第298話 こぼれ話「男同士の誓い」

【まえがき】

 時系列

 第275話「尾ひれはひれが付いたようです」の後の話です。


 ▽▲▽


 1月10日。冬休み明けに行われた始業式のあと。

 美海や五十嵐さんら女子に見送られて学校を後にした僕と順平は、幸介と優くんに合流すべくバスロータリーへ向かった。

 合流してからは先ず、初対面となる順平と優くんが挨拶を交わす。

 それから『腹減ったな』と呟いた幸介の言葉をきっかけに、コンビニへ立ち寄り昼食を購入、そして持ち込み可能なカラオケ店へ移動する。


 順平と優くん、2人の仲に不安はなかったが――。

 順平が優くんへ積極的に話し掛けてくれたおかげで、道中気まずい雰囲気になることもなく、カラオケ店へ到着した。

 受付してくれた店員さんに告げたコースは、3時間パックのソフトドリンク飲み放題。


「成人したらみんなで飲もうな!」


 と、僕らの前に並んでいた大学生くらいに見えるグループが、アルコール飲み放題を付けていたことで、幸介が釣られるように投げ掛けた。


「いいな! つか、幸介はめっちゃ酒強そうだよな?」

「あー、どうだろ? 親が酔っぱらう姿は見たことねーから強いかもな?」

「かー、うちとは反対だ」

「それなら、順平くんは俺と一緒で弱い遺伝子を継いでいるかもしれないね」


 順平、そして優くんの家系はアルコールに弱いらしい。

 僕はどうだろうか、こればかりは飲んでみないと分からないな。

 エタノールを使用したパッチテストを行えば目安になるだろうけど、そこまでして知りたい訳でもない。

 ただ、美波の場合は、母さんが弱いから間違いなく弱いだろうけど……。

 美波は一度、外で飲む前にパッチテスト兼自宅で飲ませた方が無難かもしれないな。

 まあ、それはまだ先の話か。それよりも今は――。


「みんな忘れていると思うけど、成人は18歳で、アルコールの解禁は20歳からだからね?」


 僕がした指摘で、それぞれの言葉で『ややこしい』と感想が飛び交う。

 受付けしながらそんな会話を繰り広げる僕たちは、どこにでもいる大人に憧れる高校生なのだろう。

 ただし、店員さんからすれば、受付で騒ぐ人は、はた迷惑な客となるだろう。

 加えて言うならば、対応してくれている店員さんは覇気のない目をしている。

 疲労がピークなのかもしれない

 そんな店員さんを察した僕らは、後は静かに、そそくさと割り振られた部屋へ移動した。


 勉強道具よりも先に昼食を広げ、

 僕はサンドイッチを開封しながら優くんに質問する。


「優くんは前回のテストどうだったの?」


 高校が違うから、多少の誤差はあるだろうが目安としては知っておきたい。

 せめて、幸介や順平よりは上だと助かる。そんな期待を込めての質問だ。


「前回は40位だったかな」


 優くんが通う高校は名花よりも生徒数が多い。

 それを考えたら、前回30位だった佐藤さんと同じくらいか、もしくはもう少し上くらいかもしれない。


「優、お前……あんだけゲームやったり漫画読んだりしてんのに、いつ勉強してんだよ?」


「いや、幸介くん。俺だっていつもいつも遊んでいる訳じゃないからね? テスト前はゲームも漫画も封印しているって」


『かー……』と唸る幸介とは反対に、

 順平はボソッと『みんな頭いいんだな……』と漏らした。さらに続けて――。


「こうなりゃ、やけだ!」


 と、言って、ソフトドリンクをお酒に見立てて一気にあおいだ。

『もう一杯』と言って、1人ドリンクバーへ移動していった順平の成績は、名花高校ひと学年160人に対して120位だった。

 極端に悪くはないが、良いとは言えない成績だろう。


「優くんは1人でも大丈夫そうだね。幸介は問題をひたすら解くのと暗記かな。順平は僕が見るけどいいかな?」


 幸介と優くん、そして戻った順平からも了承の返事をもらい、昼食を取り終わってから始まった勉強会。

 外から聞こえてくるBGM。隣の部屋から漏れ聴こえる歌声。

 完全防音でもない為、様々な音が聞こえてきたが、これが案外気にならなかった。

 無音よりも、程よく音があった方が集中できるのかもしれない。

 イヤホンを付けながら勉強に向き合う人へ疑問を持っていたが、少しだけ理解できたかもしれない――。


 そんなこんな。

 途中、手洗いや飲み物のお代わりを挟みつつ、2時間が過ぎたところで――。


「ズッくん、ちょっと無理……俺もう……ゲンカイダ……」


 集中力を切らした順平がを上げた。

 テニスや体育などは、体力が続く限り何時間でも動けると豪語する順平。

 けれど、苦手意識からか勉強に対しては集中力が続かない。

 その順平が、2時間黙々と頑張ったのだから十分だろう。


「頑張ったね、順平。少し休憩しようか」

「アリガト……」


 まるで熱に当てられたスライムの様に、順平は『ねむい……』と呟き、テーブルの上に体を溶かしていく。

 その様子を見たら、休憩とは言ったがこれで終了になるだろうと悟った。


「もう2時間経つんだね――」


 そう言って、体を伸ばす優くん。


「つか、俺の時は甘えるなとか言ったのに、順平には随分優しくないか? 郡、え!?」


 正式な騎士を目指す幸介に厳しくなるのは仕方ないと思うが――。


「幸介、あのさ? さすがに今の順平に甘えるなって言うのは酷だと思わない?」


「…………まあ、だな」


 自分の話をされているというのに、順平は身動き一つ取らずテーブルと一体化している。

 よほど疲れたのだろう。

 そして幸介は、そんな順平の姿を見ると頬を掻き苦笑いを浮かべた。

 3人に手洗いへ行くことを伝えて、僕は一旦離席する――。


 手洗いに入ると、受付で見た大学生らしき人たちと遭遇した。

 そのまま順番が来るまで待っていると、大学生2人組は、僕の存在を気にも止めず、用を足しながら会話を始める。


「先輩、アルコールの場合は何でストローが付いていないんすかね? 俺、じか飲みってどうも苦手で……」


「んー? お前、んなの簡単だろって。夢ちゃんはホラ、アルコール苦手だろ?」


「え? あ、はい。そうっすね?」


「夢ちゃんみたいに飲めない人が間違えて飲んだら大変だろ? だから一目で判断ができるように、ソフトドリンクにはストローを挿して、んで、アルコールには挿さない」


「なっるほどー! そんな理由があったんすね。俺はてっきり、ストローで飲むと酔いやすいって言うじゃないですか? だから、酔っぱらって客が暴れたら嫌だから挿さないのかって思ってました」


「バカ、お前それは根拠のない都市伝説みたいなもんだっつーの」


「ほへぇ~、先輩って実は頭いいんすね――」


 ――と、会話する大学生2人組が立ち去った後、息を止め、残されたアルコールの臭いに耐えながら用を済ませ部屋に戻ると、幸介と優くんが名花の特権について花を咲かせていた。


「名花って、テストで1番取ったら何かご褒美があるって聞いたけど本当なの? それ」

「本当だぜ」

「へー、面白い制度だね。俺も名花に行けばよかったな」

「優の場合、褒美どうこうより、のぞみんがいるからそう思うんだろ?」

「そうとも言うね」


 幸介から目を逸らし、そう答えた優くんに対して僕は、心の中で『そうとしか言わないのでは?』と突っ込みを入れる。


「いや、そうとしか言わないだろ」

「はは――ところで、郡くんは前回1位だったんでしょ? その時はどんなご褒美をもらったの?」


 僕と同じ突っ込みを入れた幸介を流した優くんは、僕へ質問したのだが、当時の古町先生と交わした『他言してはならない』という約束がある為、僕は答えることができない。

 そのため、体育祭にオールベットして、クラスのみんなで焼肉を食べに行ったと表向きの報酬を説明する。


 幸介や順平に『バス旅行でこずるいことしただろ!?』的な、突っ込みを受けると警戒していたが、特に突っ込まれることもなく、カラオケルームに優くんの『いいな~』という感想が広がるだけとなった。


「で、郡は――」


 幸介が僕の名を呼び、何かを聞こうとしたところで、順平がおもむろにバッと起き上がった。そして、突拍子もない提案をしてきた。


「なあ……? せっかく知り合えたんだしさ、4人で乾杯しね? 確かノンアルコールなら、未成年でも飲めるって法律だったよな?」


 やけ酒ならぬ、お疲れ会的なノリで言っているのか判断に難しいが、それよりもだ。

 確かに法律では認められている。

 だが、嬉々として外で飲むには、あまり良い印象ではないかもしれない。

 順平は受付で見た大学生たちに影響受けたのだろうか。

 それとも、勉強のしすぎで頭がおかしくなったのだろうか。

 あ、眠いと呟いていたから眠気のピークがきて、変なテンションになった可能性も捨てきれないな。

 そんな風に、僕が割と本気で順平を心配していると。


「ダメだ、順平。ノンアルコールつっても、微量にアルコールが含まれてっから、止めといた方がいい」


「え、そうなのか?」


「ああ、まじだ。俺がノンアルコールに興味を示すと疑った母親がな、証拠を見せながら口酸っぱく注意してきたから間違いない」


 だらしのない姿を見せている幸介は、実の母親に非行……とまでは言わないが、ある種の注意をされていた。

 だが、そのおかげで幸介は冷静に順平を諭すことができた。

 そして、優くんがその間に携帯で調べていたらしく、その証拠を順平に提示した。

 僕も覗かせてもらったが、確かに含まれているようだ。

 それに、ノンアルコールドリンクは、20歳以上の人が飲むことを考えて製造されている為、未成年者は飲まないようにと、メーカーから呼び掛けも出ている。


「あぁ……じゃ、だめだな……残念だけど諦めっか……」


「それなら、コーラやジンジャーエールみたいなお酒っぽいやつで乾杯する?」

「お、いいじゃんそれ! カルピスソーダやオレンジジュースでもいけんじゃね?」


 しょんぼりと落ち込む順平に対して、心優しい優くんと幸介は代案を出した。

 順平が『4人が知り合えた記念に乾杯したい』と言った気持ちに共感しているのかもしれない。

 20歳になった時の予行演習――ではないが、実際にアルコールを飲む訳ではないなら、記念に乾杯したい気持ちは、僕もちょっと抱いている。

 だから僕も3人の勢いに乗らせてもらうことに決めて、さっき得たばかりの正しいかどうか判断に難しい知識をひけらかす。


「アルコールを提供する時って、誤飲防止でストローを挿さないらしいから、取り除いたら雰囲気出るかもよ」


『よく知っているな?』と聞き返してきた3人に、先ほど手洗いで話していた大学生の事を説明する。

 それに納得した3人と一緒にドリンクバーへ移動。

 僕がオレンジシュース。幸介がコーラ。優くんがジンジャーエール。順平がカルピスソーダをグラスへ注ぎ入れ、部屋へ戻る。


 つまみの代用として、事前に購入していたスナック菓子やチョコレート菓子をテーブルに広げて、そして――。


「「「「カンパイッ!!!」」」」


 グラスを合わせ、ストローを使用せず直接グラスに口を付け飲んだのだが。


「かぁー……ベロを通してのど越しピリピリ――ふっつーの、コーラだ!! バリバリのソフトドリンクだぜ!!」


 と、皆の気持ちを代弁するかのように幸介の叫びへ、口々に同意の返事を戻した。

 雰囲気だけでも――と、考えて始まったなんちゃって飲み会はその後も継続され、話題は僕が起こしたアオハル実行委員会の進捗具合へと移っていく。


 勝手なイメージとなるが、男性のみで行われる飲み会の定番。

 下ネタに近いギリギリのラインで、脚の良しあしで盛り上がる幸介と順平。

 人間は視覚的な錯覚により、実際よりも美しいと感じるものに惹かれやすい。中でもタイツにはセクシーさの因子が含まれている為、それが顕著に表れ易い――など。

 一部、『へー、なるほどな』と参考になった話もあったが、ムッツリ判定された僕と優くんでは、何とも会話に混ざりにくい時間が続いた。


 どこか普段よりも陽気な口調で語る順平を見た僕たちは、段々と雲行きの怪しさを感じ始めていく――。


「つか、俺と涼ちゃんってそれなりに付き合い長いだろ!?」


 遊園地に行った8月14日に交際が始まったから、来月には半年を迎える。

 高校生の恋愛は長く続かないと聞くことを考えたら、確かに長いと呼んでも過言ではない期間へ突入しているのだろう。


「そりゃあ、俺だって……自然にキスができるようになったのは嬉しいさ!!」


 あ――うん。この流れは不味いやつだ。

 順平のというよりは、五十嵐さんの為にも会話を終わらせたほうがいい。

 いくら気の置けない友達同士だとしても、恋人とのプライベート話を、しかも恋人の許可も得ず話す事はよくない。

 そう、僕と幸介が目で会話する。


「そろそろさ~あ~? 俺たちもさ~あ~、先に進んでもいいと――」

「順平、ちょっとトイレ行こうぜ? な?」

「なんだぁ~幸介? 連れションとか珍しいな~?」


 幸介の肩に腕を回し、二つの意味で絡みつく順平。

 終いには靴を脱いで、横になり始めた。


「うっざ!! つか、これほんとにソフトドリンクだよな!?」


 幸介の叫びに合わせて、優くんは順平が飲んでいたグラスのにおいを確認。

 僕は、順平がチョコレート菓子を食べていたことを思い出し、念のため袋を確認。


「――においは……普通のカルピスっぽい甘いにおいだね」

「チョコもアルコールが含まれていない普通のチョコみたい」

「つーことは……」


(((ただ雰囲気に当てられて酔っただけ???)))


 順平を除いた僕ら3人の意志が疎通された瞬間だった。


「わり、俺は絡まれて動けねー」

「あ、じゃあ俺は……ストロー挿してみようかな」

「僕は水取ってくるよ――」


 ドリンクバーで水をグラスに注ぎ、足早に部屋へ戻ると、疲労の色を顔に浮かべた幸介の膝を枕にして、順平は眠ってしまっていた。


「なんか静かだなと思ったら、寝ちゃったみたい……」


 優くんが、憐憫な眼差しを順平へ送りながら教えてくれた。


「優、あのさ。普段の順平は友達思いのいい奴なんだ」

「幸介の言うように、僕も何度も助けてもらっているんだよね。だから優くん、あのさ」

「あ、うん……大丈夫。順平くん、こうなる前は俺に凄く気を遣ってくれていたから分かっているよ。ただ…………」


 苦手な勉強に集中したことで脳が限界だったのだろう。

 人一倍、優くんへ気遣ったことで気疲れしていたのだろう。ここは配慮の足りなかった僕と幸介の落ち度だ。

 疲労や眠気も相俟あいまったことで、雰囲気に当てられてしまったのだろう。

 アルコールに弱い家系というのも本当なのかもしれない。

 諸々のことも含めて、これは不幸な事故だ。


 ただし。


 弱い強い、いずれにせよ。


『順平にお酒を飲ませてはならない。駄目、絶対――』と。


 僕ら3人は、そう強く心に誓い合ったのだ。


 ▽▲▽


【あとがき】

 本日から9月末まで。

 第七章のこぼれ話を週2回ほど不定期更新します。

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