第296話 運命を変えた人物と遭遇してしまいました

「頼む!! 八千代!! 付き合ってくれ!!」


「ごめん、上近江さん! 今日だけ、今日だけ八千代を俺たちに貸してください!!」


 18日の月曜日。放課後。

 美海と2人、校門から出たところで長谷と小野に呼び止められた。


 僕たちが足を止めてすぐに、長谷と小野の2人は目的も告げず頭を下げてきた。


 僕と美海は顔を見合わせてから、それぞれ質問を投げ掛ける。


「何? どうしたの、2人揃って?」


「えっと、帰るだけだから私は別に大丈夫だけど……何か理由があるの?」


 この問いに対して2人は、意外な返事を戻してきた。


 昨晩、この2人は里店長から突拍子もなくご飯の誘いを受けたと。

 初めは大人な美人との食事、しかもご馳走をしてくれる話だから二つ返事で了承したと。


 けれども、何を話せばいいのか分からず、段々と不安になってきた。

 その結果『よし、八千代を連れて行こう』と、何ともはた迷惑な思い付きに至った。


「…………」

「そ、そうなんだね……」


 無言を貫く僕。愛想笑いをする美海。

 呆れてしまったのだ。


 里店長がこの2人を突拍子もなく誘った理由は、

 どうせ、くだらない理由に決まっている。

 また合コンで失敗したから慰めてほしい。

 もしくは、里店長に頬を染めていた2人の存在を思い出し、チヤホヤされたいとか、そんなことを考えている可能性もありそうだ。


 だから、そんな面倒に巻き込まれるのは御免だ。

 全力で拒否させてもらおう。


「行きたくないな。それに、相談もなく勝手に人数を増やしたら駄目でしょ」


「八千代と里さんの仲なら大丈夫!! ……だと思う!!」


「お前が食べる分は俺たちが出すから!! な、頼むよ!!」


「支払いうんぬんより、ご馳走すると言ってくれた相手に無断で人を呼ぶのは失礼だと思うよ」


 まあ、里店長なら僕が急に現れても『問題ない!』とあっけらかんと言うだろう。

 それが分かるくらいの付き合いにもなっている。

 けれど、親しき中にも礼儀ありという教訓を示す言葉もあることだ。


「それは……確かに……」


「なら、里さんに聞いてみっから――」


「いや、僕はまだ行くとは言っていないんだけど……」


 小野は僕の訴えを無視。

 取り出した携帯の画面へ打ち込み始めた。

 その小野の相方である長谷が、今度は美海へ説得を始める。


「上近江さんはやっぱり女がいると反対? 里さん綺麗だもんな……」


須賀川すかがわさんは綺麗な人だけど……須賀川さん相手なら何も心配はないかな」


 オブラートに包んだけれど、美海も中々酷いことを言っている。

 その酷いことを言った可愛いお口は、今度は僕へ向けて酷いことを告げてきた。


「須賀川さんが許可してくれるなら、いいんじゃない?」


「美海……君はどっちの味方なんだい?」


「もちろん、こう君だよ? でも、たまにはクラスの男の子との交流もいいのかなって思うの。1年Aクラスとしての登校は明日で最後になるわけだし」


 明日は終業式。それが終わると春休みへ突入する。

 春休みが終わると、僕たちは2年生へと進級する。

 美海が言うように、クラスメイトとして長谷と小野と出掛けるのは今日が最後になるかもしれない。


 それを考えたら意固地になる必要もないのだろうけど、トラブルメーカーの里店長だからな……それに、長谷と小野からもその気質が感じられる。


 だから悩ましい――そう思ったのだが、里店長から『2、3人増える分にはいい』と返事が戻ってきてしまった。


伸二しんじ晴翔はるとを誘ってみたら?」


「あいつらは裏切り者だから今回はパスだ」


「俺らもクリスマスパーティに行ったのに、なんであいつらだけ……」


『空と海と。』で開催されたクリスマスパーティ。

 その場に参加していた女子と意気投合して、中々にいい感じらしい。


 そして伸二と晴翔は本日ダブルデートらしく、長谷と小野はすでに断られている。

『無慈悲だ』『なんで俺らだけ』と言って嘆かわしい様子を見せている。


 そんな2人を見ていると、段々と悲しい思いにさせられてくる。

 それに、他者から見ると、

 何だか僕がこの2人に意地悪をしている場面に見えなくもない。


「な、いいだろ!? あとは八千代にしか頼めないんだ!!」


「上近江さんも一緒に来ていいから!!」


 上からな態度で美海を勝手に誘うことは――ひと先ず、置いておこう。

 そして、美海が来られるなら二つ返事で了承してもいいのだが――。


 美空さんとの研究をする予定があり、今日は都合が悪い。


「はあ……分かった。行くよ。でも、美海を送ってからだよ――――」


 喜ぶ2人から待ち合わせ場所を聞き出し、それから美海を『空と海と。』まで送り届ける。

 食事が終わり帰宅したら連絡すると美海に伝え、僕も一度帰宅する。

 クロコにご飯をあげて、時間に合わせて家を出る。


 駅前からバスへ乗り込んだのだが帰宅時ということもあり、あっという間に満員となる。

 満員による不快感。さらには空腹。


 加えてバス特有の振動に胃腸が揺らされるというトリプルコンボによって、ほんの少し気持ち悪さを感じ始めたところで、目的地付近にあるバス停西ノ内にしのうちで下車する。


 里店長がご馳走してくれるお店の中華料理店”浦島うらしま”、その白い建物を目印に進んで行くと、すでに里店長が店頭入り口付近で立っていた。


 その裏から長谷と小野も現れて、会話らしきものを交わした後に、長谷が僕へ指を差す。


 こちらに気付いた里店長だったのだが、

『あちゃー』の声が幻聴として耳まで届きそうな程に『やらかした』、そんな表情を浮かべ、手の平をおでこに当てていた――。


 ▽△▽


「お前ら郡とは因縁の仲だとか犬猿の仲だとか言ってなかったか!?」


 里店長は長谷と小野の2人へ詰め寄り、挨拶そっちのけ、開口一番にそう言った。

 その2人はというと、言いようのない複雑な表情をさせて、どきまぎしている。


 美人に詰め寄られ満更でもない。


 僕に対して抱いている気持ちを漏らされ気まずい。

 そんな二つの感情がせめぎ合うように表情へ出ていた。


「あ、いや……いろいろあって和解したというか……」


「今は普通になったというか……」


「だったら言っておけってぇーの!! あたし、美空と美緒ちゃんにまた怒られんじゃんかよぉー……」


 里店長の表情は焦燥色に染まっていた。

 交際翌日に美海へキスマークをつけたことで、僕も2人から説教をされている。

 その時のことを思い出すと、今でも身震いしてしまいそうになる。

 だから、里店長が焦るのも理解できるが、どうして怒られるに至るのかは不明だ。


 不明だったのだが――その答えは、すぐに分かった。

 そしてその答えは、

 テーブル席に着いた目の前に堂々と鎮座している。


「さ、八千代くん。食後にデザートはどうだい? ここは俺が出すから、何でも好きな物を頼んでくれていいよ」


「はい……ありがとうございます。副店長」


 数カ月ぶりに再会した副店長は、スタイリッシュになっていた。

 一目見ただけでは分からないくらい、別人に映って見えた。

 里店長は以前、預けた師匠に副店長はしごかれていると言っていた。

 もしかしたら引き締まっているかも、とも言っていた。


 うん――凄く引き締まっている。


 食事の量は全て大盛りだった。

 それを考えたら、それ以上のエネルギーを日々消費しているのかもしれない。

 それだけしごかれている証拠でもある。


 そして里店長と姉弟なだけあって、顔も整い凄く爽やかな青年に見える。


「やだな、八千代くん。俺はもう君の副店長ではないんだから須賀川すかがわ、それかおさむって呼んでくれよ」


 続けて『はい』とメニューを手渡してくれたこの人は、別人に映って見えるのではない。

 もはや別人だ。誰だ、この人物は。

 あと、君の副店長とか、妙に寒気を覚えることを言わないでほしい。


 戸惑いながらお礼を告げると、

 僕の隣に座る里店長が須賀川さんに『いい加減にお前は帰れ!』と言った。


「いやいや、姉さん。俺は八千代くんに酷いことをしたんだ。その償いになるとは思えないけれど、せめてメシくらいはご馳走しなくっちゃ」


「だったら、金だけ置いていけって。お前がいる方が迷惑だって」


「そうなのかい、八千代くん? それなら俺はここで離席するけど?」


「いえ……さすがにそれは悪いので、大丈夫です」


「郡、別に気にせず邪魔だって言ってやっていいぞ?」


『姉さんは黙っていてくれ』と続く姉弟ケンカ。

 終始、この調子だから長谷と小野の2人も肩身狭そうにしている。

 須賀川さんが通路側に座っている為、トイレと言って逃げ出すことも叶わない。

 ただただ、空になった器を見ている。


 まったく――やっぱり、面倒なことになった。


 里店長が長谷と小野を誘った理由は、僕の予想した通りだった。

 が強く、誰の意見にも染まらない里店長は、ある意味で誰に対しても公平だ。

 忖度なしで、自信の目で相性を判断するから、僕と仲の悪かった2人に対しても普通に接する。


 そして、中華を希望した長谷と小野の為に里店長は須賀川理が勤めるこのお店を選んだ。

 あわよくば値引いてもらおうと考えていたらしい。


 学校校門前で長谷が里店長に連絡していたのだが、僕の名前は伝えていなかった。

『1人増えてもいいですか?』と、無遠慮極まりない雑な確認をしていたのだ。


 そして里店長は、『郡と仲が悪いと聞いているし、郡が来ることはないだろう』と考えて了承した。


 そのやり取りで僕の名を聞いていたら、美空さんと美緒さんに怒られたくない里店長は、きっと僕が来ることを拒む、もしくは店を変更していた。


 入店する前に僕が帰れば済んだ話かもしれないが、間の悪いことに勤務を終えた須賀川さんが合流して、なし崩し的に食事が始まることになった――。


 チャイナドレスを身に纏った従業員へチラチラと視線を送る長谷と小野。

 その2人と下世話な話を繰り広げる須賀川さん。

 自身が勤めるお店で、そんな会話はしない方がいいと思う。


 空気の読めなさや強引で女性好きな性格は変わらない。

 長谷と小野に対しては、尊大な態度で接する。


 これらのことで、やはりこの好青年の仮面を被った人物は、あの副店長だ――と、内心で呟きながら杏仁豆腐を完食させる。


「ごちそうさまでした」


 と、僕が食事を終える言葉を告げると、里店長はおひらきを宣言。

 会計を須賀川さんに任せて僕らは先に退店する。

 改めて僕へ謝罪する里店長。


 状況は分からないけど、悪いことをしたと察した長谷と小野も僕へ謝罪してくれたのだが――。


「ある意味、須賀川さんのおかげで美海と美空さんに拾って貰えたので、結果オーライです。むしろ感謝してもいいかもしれません」


 済んだことに対して、

 実際に悪くない人たちから何度も謝られると、こちらも負い目を感じてしまう。

 だから、本音をおちゃらかし気味に告げて、この話を終わらせてもらった。


 自転車にまたがる長谷と小野、車へ乗り込む須賀川姉弟を見送り、僕は1人バス停へ。


 バスが来るまでは15分ほど。

 道路状況を考えたら、20分は掛かるかもしれない。

 これなら、送ると言ってくれた里店長の申し出を受けてもよかった。

 断らなければよかった、そう後悔の言葉を口から出すのと同時に、白く染まる息を吐き出す。


 天気予報は当たり、やってきた寒波の影響で、暖かかった昨日と打って変わって、今日はとてつもなく寒い。


 寒いのは苦手だ。

 気温は厚着すればどうにか耐えられる。

 でも、下に沈む冷たい空気に引っ張られるように、気持ちが暗くなることを考えてしまうから苦手だ。


 それにあの日も――。


「――寒い日だったな」


 小学4年生最後の3月。

 僕はあの日、数年ぶりに母さんへ笑い掛けた。

 笑い掛けた理由は、母さんが僕へ微笑んでくれたからだ。

 僕へ微笑むほどにご機嫌だった理由は分からない。

 僕が上手く笑えていたかも分からない。

 でも、幼い僕は嬉しかった――のだと思う。


 だから、つい魔が差し笑ってしまった。


 その翌朝、母さんは父さんと離婚して新潟へ戻って行った。

 あの時、あの最後で、あの一瞬、母さんがどうして微笑んでくれたのか、何を言っていたのか、今ではもう分からないし思い出すことができない。


「母さん、なんて言っていたのかな……」


 やっぱり寒い冬は嫌いだ――と、大きな溜め息と共に吐き出す。

 寒さのせいで、思い出してしまう。


 3月19日。

 今日がその前日でもある為、昔を思い出してしまう――。


 珍しく定刻通りにやって来たバスへ寒さから逃げる様に乗り込む。

 空いている座席に座り、帰ったら美海に連絡して、それから湯を溜めて、冷えた体を温めよう。


 そして明日に備えよう。


 そう考えながら帰路に就いたのだ。

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