第292話 初めてのケンカ?

 外観は煉瓦調の外壁に、三角形のとんがり帽子みたいな屋根が特徴的。

 店内に入ると、ステンドグラス調のガラス細工やアンティークを思わせる装飾品。

 BGMはクラシックが流れており、店名からは想像ができない、どこか中世ヨーロッパを思わせる雰囲気だ。


 けれども、格式が高い訳でもなく、むしろ主婦や家族連れの人たちで賑わっているから、居心地の良いカジュアルなレストランという趣かもしれない。


 各座席は広めに作られていて、隣のテーブルとの仕切りも高く、周りを気にせず過ごせる空間が配慮されている半個室のような造り。


 どうやら自家焙煎の珈琲が売りらしく、それを美海が興奮気味に教えてくれた。

 和食から洋食まで160種類を超えるメニューがある為、何を注文しようか珍しく迷ってしまったが、店名が付いている沙羅サラハンバーグセットを選び、飲み物は沙羅サラ特製ブレンドを注文した。


 美愛さんはふわふわ半熟オムライスにハニーアップルティ。

 三穂田さんは沙羅サラピラフにカフェモカ。


 美海は海老グラタンに沙羅サラ特製ブレンド。美海は海老が好きだからな、もしかしたら頼むかなと考えていたら、そのもしかしてだった。


 デザートは苺フェアから選び、僕と美海は2人で『たっぷり苺のティラミスパフェ』を。


 美愛さんと三穂田さんは2人で『苺のレアチーズパルフェ』を。


 お昼時でもあり、配膳までは多少の時間を要したが、料理の味はどれも美味しかった。

 学生の身分では、おいそれと来ることのできない価格だが、他の料理も是非味わってみたい――。


 料理に舌鼓を打ち、美愛さんの誕生日そして『ヴァ・ボーレ』への就職、そして、そして、2人の交際を祝した、和やか……まあ、女性陣に終始振り回される食事会だったが、楽しい時間となった。


「やっくん! 上近江ちゃん! 今日はごちそうさまでした! また来ようね!!」


「はい、どういたしまして。次は咲菜ちゃんも一緒に来られたらいいですね」


 僕がそう漏らすと、美海も『会いたかったなぁ』とぼそっと呟いた。


「咲菜ちゃんは、春のお泊り保育だからね~。残念だったね、やっくん? 愛しい咲菜ちゃんに会えなくて」


 てっきり咲菜ちゃんも来るかと思っていたから、ドラッグストアで子供用のお手拭きまで購入していた。


 故に本当に残念――そんな意味を込めて、大きな動作で頷いてみせた。


「私とどっちが愛しいですか?」


「そんなの美海に決まっているでしょ」


「ふーん? 咲菜ちゃんの前で同じ質問しても、そう答えられる?」


 それは――どうだろうか。

 今みたいなストレートな伝え方をするかどうかは、ちょっと悩むかもしれない。


「……言い方は変えるかもしれないね」


「ふふふ、それは不正解だよ。私はこう君の優柔不断な態度に怒ったりしないけど、子供だと甘く考えて咲菜ちゃんに中途半端な返事をしたら、きっと咲菜ちゃんはいじけると思うな~?」


「そうだぞー、やっくん? 女の子は早熟なんだからね~? それに、好きな人に対しての勘は本当に鋭いから油断しない方がいいからね?」


 咲菜ちゃんが僕へ向ける好意の種類については、ひと先ず置いておこう。

 そして好きな人云々うんぬんを仮定したとしよう。

 だが、仮定したとしても、さすがにそれは早熟が過ぎやしないか?

 そう否定の言を述べようとするも、美海は美愛さんに全力で同意していた。


「ははは――まあ、美愛も上近江さんも、郡くんを揶揄うのはその辺にしておいて――」


「麦ちゃん、他人事のように笑っているけどね。私は麦ちゃんに対しても言ったんだよ? 私に何か隠しているでしょ~?」


 僕に助け船を出そうとしてくれた三穂田さんだったが、その助け舟の底には穴があいていたようだ。


 そしてその沈没寸前の船の上から助けを求める視線を送ってきた。

 気持ちとしては、三穂田さんの味方をしてあげたいが――。


 隠し事の内容を知らないのに、どちらかを擁護するような下手な事など言えない。


「……怒らせるような何かなら、正直に白状することを奨めておきます」


「ふっふーん、偉いぞ、やっくん! やっくんは卒業するまでの特別な人だったけど、お礼記念にギュッと、してあげてもいいよ??」


 続けて美愛さんは『おいで』と言って両手を広げたが。


「いえ、それは美海にしてもらうので大丈夫です」


「あ~、もお~! すぐそうやって、見せつけてくれちゃって~!!」


 美愛さんがそう言った理由わけは、僕が即答したことに対してではない。

 僕が美愛さんからの抱擁を即答で拒絶すると同時に、美海がギュッとしてくれた事に対してだ。


「美愛さん、三穂田さん、僕の彼女かわいくないですか?」


「はいはい、もうご馳走様だよ! この2時間でたっっっぷりと!! 可愛い2人の姿を見たせいで、ちょっと胸焼け気味かな~、私は――てい」


 と、久しぶりに美愛さんからデコピンをされた。

 力を込めている様子などない。それに、ぺチっと可愛らしい音なのに、美愛さんのデコピンは不思議と痛い。


 芯まで響く痛みだ。


 ほんのり赤くなったおでこを美海に撫でてもらう一方で、三穂田さんは自分から話が逸れた事に安堵する様子をみせている。

 だが、美愛さんはさすがだ。『帰ったら聞き取りだからね』と釘を刺した。


「でも――ははっ! 本当に仲良しだね? やっくんったら上近江ちゃんにデレデレだったし!」


 デレデレは否定しないが、それが分かる様な態度を美愛さんの前でした覚えはない。


「ご飯を食べさせてもらった後は特にね。郡くんの表情が溶けた様に見えたよ」


 いつも優しい笑顔を浮かべている美穂田さんが今は意地悪な顔をしている。

 先ほど、見捨てた腹いせかもしれない。


 ただ、まあ……あーんってしてもらった時に、ちょっと頬が緩くなったことは否定できないからな。


 嬉しい気持ちと、人前で恥ずかしい気持ち。

 両方の気持ちがあったから、デレデレとは違うと思うけれど。


「ふふ、こう君言われているよ?」


 美海までもが僕をからかい始めたのだが。


「言っておくけど~? やっくんよりもずっと上近江ちゃんの方がデレデレしていたからね?」


 美愛さんが標的にしているのは僕と美海の2人だった。

 美海は『え!?』と驚いたけど、

 すぐに『私の方がこう君のことが好きだからいいのかな?』と呟いた。


「それは聞き捨てならないかな」


「え、でも私の方がこう君にデレデレしていたんだよ?」


「美愛さんと三穂田さんには、僕に潜在する思いが見えないだけだよ」


「その潜在しきれなくなった思いが溢れた結果、デレデレに顕れたんじゃないかな?」


「人によってキャパは異なるから、僕の方が美海より大きいってこと」


「今、私のことちっちゃいって言った」


「いや、言っていないよ」


 美海はいじけた様に『むうぅっ』と頬を膨らませた。

 その膨らんだ頬に人差し指をツンと当てていると、呆れた笑い声が届いた。


「――はー……もう、事あるごとに見せ付けてくれるんだから~……でも、ちょっと安心」


 気になる言葉。その為、僕と美海は一時休戦して声を揃えて聞き返した。


「「安心?」」


「そ、あーんしん。やっくんたちにも外野の声が届いているかもだけど、2人が別れるとかどうのこうのって噂」


 先週末の謝恩会で莉子さんから聞いた噂話だ。

 情報通の美愛さんなら知っていて当然の話かもしれない。


「根も葉もない事実無根、ただの噂ですよ」


「ね! 聞いた時は私も笑い飛ばしたけどさ。でも、よく言うでしょ? 交際3カ月目が最初の試練だーって? それでちょぴっと不安になったけど……こうして2人がどっちの好きの気持ちが強いかーって、可愛いケンカしているのを見たら、なんか安心したなぁって」


 ケンカ、ケンカ……か。

 さっきのやり取りは、僕と美海がする記念すべき初めてのケンカだったのか。


「美海とケンカしたのって初めて?」

「たぶん?」


 首を傾げ僕を見上げてくる美海の頭を撫で、仲直りの証とする。

 幻聴にゴロゴロと喉を鳴らす音が聴こえてしまうほど、目を細め気持ちよさそうにしている。


 かわいすぎる――。


「美愛さん、ちなみに噂の出どころって分かりますか?」


「私は鈴ちゃんから聞いたけど……鈴ちゃんが言うには、いろいろと錯綜さくそうしていて掴めていないみたい」


「錯綜……ですか?」


 クラス内ではそんな話を聞かないから、分からなかったけど――。

 鈴さんでもハッキリと分からない程の噂話が蔓延しているのか。


「別れ話以外にもなんかいろいろあるみたいだよ。まあ、でも――何か分かったら莉子ちゃんや祝ちゃんから、やっくんに話がいくと思うから放っておいていいと思うよ」


「そうですね……ありがとうございます」


 それから――。美愛さんのご両親に交際の挨拶へ行くと話を聞いた。

 美愛さんと三穂田さんは幼馴染であるから、ご両親とも顔なじみなのだが、それでもやはり緊張すると、三穂田さんは苦笑いを浮かべていた。


 僕も美海のお母さんの陸美むつみさんとは先日挨拶を交わしたけれど、凄く緊張した。


 そして、夏にはお父さんとも挨拶を交わすことになるのだが――。


 そのお父さんは、美海に溺愛しているらしいから、一体どれだけ背中に汗を掻くことになるのだろうか。


 緊張する三穂田さんに共感を覚え、最後に握手を交わしてから別れを済ませた。

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