第291話 僕と三穂田さんは頷き合う
「こう君、お待たせ。一緒に帰ろっ!」
週明けの月曜日。
帰りのホームルームが終わり、荷物をまとめ終えた美海から声が掛かる。
「忘れ物はない? 平気?」
「うん、机もロッカーもバッチリだよ。こう君は……え、荷物それだけなの?」
「僕は置き勉とかしていないからね。普段通りって感じかな」
「何か……こう君らしいね。私ももっとしっかりしないとなぁ」
「もっと荷物一杯の人もいるから美海は平気じゃない? それに、男子より女子の方が荷物も多いだろうし」
荷物を持つよ――と、そんな風に手を伸ばしたが、美海はどこか恥じらうように手提げカバンを体の後ろへと隠した。
美海は片付けが苦手で、それを僕に隠したがるゆえの行動かもしれない。
片付けが苦手と言っても、里店長ほどでもないから、そこまで気にしなくてもいいと思うが、彼氏より雑な事を気にしていると美空さんからこっそり聞かされている。
「重かったら言ってね」
「うん、ありがとう」
美海は空けている右手で、僕の左手を繋いでくる。
そして僕は、空いている右手で美海の頭をひと撫でしてから声を掛ける。
「じゃ、帰ろうか」
「うんっ!」
今日は、明日から始まる前期選抜試験に備えて、僕ら在校生は午前中で授業が終了となっている。
そして、全ての荷物を持って13時までに下校するよう指示を受けている。
だが、制限時間まではまだ1時間ほど残されているから、長谷と小野は教室でお昼を食べてから帰宅すると言っていた。
そんな2人に背を向けると、寄り添い合う僕らについて2人は感想を漏らした。
「なんか、最近は見慣れたな」
「だな。初めはこっちが恥ずかしく感じていたけどな」
「それな。よくもまあ、堂々とイチャつけるよなってな」
「毎日ナチュラルに手を繋いだり頭を撫でたりしているのを見てたらな」
「まあ、けどよ――」
「ああ、だな――」
溜め息を吐き出す様に聞こえてくる『羨ましい』といった声を最後に聞いて、僕と美海は教室を出る。
「どうやら見慣れたらしいですよ、こう君」
「そのようですね、美海さん」
「こう君はどうですか?」
「どう、とは?」
「私と手を繋いでドキドキしてくれていますかの『どう』です」
タイミングよくやって来たエレベーターに乗り込み、満員圧に美海が押し潰されないように、美海を胸に抱えながら位置を取る。
そして考えた。
こうして好きな人を抱き締めているのだから、当然にドキドキはする。
けれども、普段から距離の近い美海に麻痺しているのか、交際当初と同等のドキドキは感じない――と。
それを考えたら、僕ら2人が仲睦まじく寄り添う姿を身慣れた人が出ているのと同じく、僕も美海と手を繋ぐことに慣れてしまっているのかもしれない。
返事もせず考えていると、美海は僕の手をギュッギュッと握ってきた。
早く答えなさいということだろう。
「最初ほどドキドキはしていないかもしれない」
「ふむふむ」
同意してくれたのか、不満に思われたのか、判断に悩む返答だ。
一応、
「美海と手を繋ぐことが自然になっているからね」
そう言い訳しつつ反対に、一緒にいる時に繋がない方が不自然と感じるようになっていることを自覚した。
「それはそれで嬉しいけど……やっぱり――」
美海はそう言って、僕の手をグイッと引いた。
これは『こっちを見て』その合図だ。
僕ら2人の間で伝わる合図に法り、美海へ目を向ける。
不満そして拗ねているような目で、僕へ見上げていた。
視線が重なったことを確認した美海は、小さく言った。
「――私は、今もずっとドキドキしているのにな」
瞳を通して訴えるだけじゃない。
美海は、頭をコツンと僕の胸に当て、心臓へ直接訴えてきた。
たったそれだけ。僕はたったそれだけで、心臓の動きが速くなってしまった。
そしてその音は、僕の胸に片耳を当てている美海にしっかり聞かれている。
「ふふ、こう君もドキドキしてくれたね?」
美海はイタズラに笑った。なんて小悪魔なのだろうか。
そして僕はなんて単純なのだろうか。
「この小悪魔め――」
僕はそう言って美海の頭におでこを付け、グリグリとさせる。
「ん、えへへ――」
すると、美海は髪が乱れるというのに満更でもなさそうに笑みをこぼした。
満員のエレベーター内でいちゃつく僕と美海。
そのため、当然な指摘をされてしまう。
「あのさ、千代くん。そういう行為は人の居ない所でして頂戴」
「紅葉に同意。郡と上近江は見境がなさすぎる」
冨久山先輩と欅さんの意見に同意するかのように、エレベーター内にいる人たちが一斉に『うんうん』と頷いた。
そして、1階に到着したエレベーターが開くと同時に『暑い』や『あっちー』など呟きながら降りていく。
「しっかりしろ、騎士団長」
軽く当てるくらいの力加減で、欅さんが僕のふくらはぎを蹴ってきた。
「夏姫様も淑女たる行動をお願いしますね」
曇った眼鏡を拭きあげながら、冨久山先輩が美海へ注意を送る。
2人の先輩に、注意してくれたお礼と謝罪をしてから校門前で別れ、ドラッグストアに寄り道をしてから帰路に就く。
帰宅と言っても、一旦荷物だけ置いてすぐに出掛けることに。
夕方には帰宅することをクロコに伝えて、今度は美海の家に荷物を置きに帰る。
それから、並木町にある喫茶店『
バスは空いていたから、2人掛けの座席の奥を美海に譲り着席する。
「どれくらいで着くかな?」
「バスで10分ちょっとで、バス停からはすぐ近くだから15分もあれば着くと思うよ」
「そっか。楽しみだなぁ~。どんなメニューがあるのかな――」
美海は携帯を取り出し、鼻歌まじりに『あ、苺フェアだって』と言って携帯画面を見せてくる。
「美海はここのお店初めて?」
「うん――地元にも実家の方にもないからね。こう君は来たことあるの?」
「僕も初めてだよ。気にはなっていたけど、1人だと何だか入り難くて」
「美波や幡くんと行こう! って、ならなかったの?」
「んー……僕と美波は
なるほと、と言って、僕の説明に納得する美海。
それから、美海の携帯を2人で見ながら何を食べようかと話すこと10分と少し。
次に並木4丁目バス停に差し掛かるアナウンスが流れた。
「あ、ここだよね?」
「うん。ボタンお願いしていい」
任せてと言って、美海はどこか誇らしげにボタンを押した。
子供みたいでちょっと可愛い。
小学生の遠足の時、バスの切符を何枚も取るいたずら小僧もいたな。
そう言った子らは決まってボタンを押したがっていた。
まあ、美海はそんなことしていないだろうけど。
そんな昔を思い出しながら、美海にお礼を言って頭を撫でると、表情を嬉しそうにニコニコとさせた。
うん、やっぱり可愛い――。
バス停で下車、走り去るバスを眺めつつ美海に渡された日傘を差し、美海が入ってきたところで。
「なんか、こう君とバスに乗るの不思議な感じしたな」
「ちょっと新鮮だったかもね」
不思議というよりは、一緒に乗り物で移動することが初めてだからな。
「うん! 駅から離れるのって、初めてだもんね」
僕と美海の自宅は駅に近い場所にあり、学校やアルバイト先も駅前にある。
そして、駅前だからこそ。
大抵の物は揃ってしまう為、わざわざ駅から離れる必要がなかった。
けれども、こうしてたまには遠出――って程の距離でもないが、駅から離れたお店に出掛ける日を増やしてもいいかもしれない。
「これからは駅前で引き籠らないで、いろいろ出掛けてみようか」
「私、他にも気になるお店あるから賛成です!」
デートを兼ねた新メニュー研究ってところかな。
まあ、美海が一緒ならどこに出掛けたとしても楽しめるから不満などない。
「この辺は見知った場所だけど、美海が一緒だからかちょっと探検する気分かも」
「そうなの? それなら美波のお家もこの辺だったりする?」
「近いといえば近いけど、もう少し戻った所かな。バスで前を通ったから言えばよかったね」
美海はメニューを見るのに夢中だったから、教えるタイミングを逸してしまったのだ。
「じゃあ、帰りに教えてね」
「了解しました」
「ふふ――もしかして、この辺は中学生より前に……住んでいた、とか?」
僕の顔を窺い、遠慮がちに美海は質問してきた。
「美愛さんと
「え、うん?」
「僕と幸介が出会った小学校でも見に行く?」
「行く!!」
「ふふ、即答か」
「だって気になるもんっ!」
「じゃ、決まりだね。おまけして、よく行った公園はどうですか?」
よく行ったと言っても、そこまで行った訳じゃない。
でも、この辺は公園が溢れている。
その中でも一番多く利用した公園だから嘘ではないだろう。
そして美海は、ここでも即答で返事を戻してきた。
「そっちも行く! なんか……えへへ、今日はこう君の思い出巡りツアーだね? ちょっと――ううん、『
僕の浅い歴史を巡っても楽しいのだろうか――と考えたけれど。
美海が生まれた新潟の町。そして育った
遠方の為、気軽には出掛けられないが、いつかは絶対に行きたいと思っている。
好きな人を知りたい、そう思うのは当然のことなのだから、僕を好いてくれている美海が僕を知りたいと思うことも当然なのだろう。
そして、自信を持ってそう思えることが、美海が僕を知ろうとしてくれていることが、凄く嬉しい。
「美海?」
「ふえ?」
「好きだよ」
「んんっ!? 嬉しい――って、急にどうしたの? あ、でも、その……私も好き、だよ?」
嬉しい気持ちが溢れたことで言いたくなったのだ。
そして、脈絡もなく告白したのだ、驚くのは当然かもしれない。
だと言うのに美海はチラチラ光線付きで、しっかりと言い返してくれた。
本当の本当に可愛い彼女で仕方ない。
「いつかは美海が過ごした場所を僕にも教えてね」
美海は『え?』と、目をぱちくりとさせたが、意味が伝わったのだろう。
すぐに相好を崩して、魅力的な企画を提案してくれた。
「うん――分かった。んへへ、ツアーガイドは任せてね?」
「僕専用ツアー?」
「こう君専用のガイドさんです」
「なんて贅沢なツアーなのか」
「その贅沢を今日は私が堪能するからねっ!」
つまり今日は美海専用ガイドとして、しっかり案内してと、言っているのだろう。
「――あ、美愛さんたちもう着いているみたいだね」
店の敷地に入ると、店頭入り口付近で美愛さんが大きく手を振っている姿が見えた。
その隣には、美愛さんと
「2人……手、繋いでいるみたいだね」
「ふふ、だね!」
美愛さんの卒業。そして、美愛さんは昨日の3月3日で18歳となった。
だから、2人は堂々と交際するに至り、手を繋げる関係になった。
距離が近くなるにつれ、僕と美海の視線の行き先に気付いた三穂田さんは、どこか照れくさそうに笑っている。
あまり見たら悪いか――と、視線を美海へ向け直す。
すると、美海に日傘を閉じる様に言われる。
言われるまま日傘を閉じると、『えい』と可愛らしい掛け声を上げるのと同時に、美海は僕の左腕に抱き着き、体を押し付けてきた。
女性特有力に意識してしまったことなどお見通しだろうが、僕は当然に平然を装う。
「どうしたの?」
「んー、仲良く手を繋ぐ美愛さんを見たら負けていられないなって思って」
美愛さんたちのおかげで役得となったが――。
張り合う事なのだろうか、そう首を傾げてしまう。
そうしたら『おい、美愛!?』と、三穂田さんの焦る様な声が聞えてきた。
美海に対抗心を抱いた、もしくはイタズラ心に火が付いた美愛さんが美海を真似たのだ。
あと、外から見たせいで分かってしまった。
三穂田さんが一瞬だけ美愛さんの女性特有力へ視線を送ったことに。
一瞬とはいえ、あれでは確かに――女性側からしたら丸わかりだろう。
簡単に気付かれてしまう、それが分かったのだ。
視線を送らない様に気を付けたいところだが、不意に抱き着かれたりしたら、つい目が行ってしまったりする。
結構、難易度が高いぞ――。
「別にいいよ? こう君なら」
「……えっと?」
ここでも当然のように思考が読まれている。
いい加減、美海をエスパーか何かと疑ってしまいそうになる。
「私にだったら、その……むしろね、もっと興味を持ってほしいなって」
美海さんや、むしろ興味津々だからこそ困っているのですぞ。
自分の鬼むっつりを自覚、そして反論もできぬ内に、美愛さんと三穂田さんの前まで到着する。
4人で挨拶を交わし終えると、美海と美愛さんは何か通じ合ったように悪い笑顔を浮かべ始めた。
その笑顔を見た僕と三穂田さんは悟った。
彼女たちの可愛いイタズラに晒される数分後の未来を。
僕と三穂田さんが目を見合わせ『健闘を祈ろう』。
そんな風に頷き合ってから、その未来へ向かって足を進めることとなった。
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