第289話 幸介が仲間となった
中学生の頃の話。
僕は中学2年生から成績も上がり、問題行動も起こさず、教室の片隅で過ごす優等生と呼ばれる部類だった。
本来なら、生徒会や部活動に所属する生徒に加えて、優等生にあたる人物にも謝恩会へ参加する声が掛かったかもしれない。
だが、僕に声を掛ける先輩や先生方はいなかった。
当事者となる、卒業した後の謝恩会についてだ。
当時は父さんが亡くなったばかりでもありバタバタとしていた。
故に、送る側、送られる側のどちらの経験もない。
そして湧いた疑問。
――謝恩会とは何だろうか。
と、幸介に何の気なしに訊いたら、いろいろと教えてくれた。
卒業生やその保護者たちが、お世話になった教師を労う会となっている。
在校生の参加は強制でない為、ほとんどの生徒は帰宅するかもしれない。
だが、委員会や部活動で仲を育んだ先輩たちと、最後の会話を楽しんだり、花束を渡したり、もしくは一世一代の告白があったり――と、思わぬドラマが生まれるイベントでもあるらしい。
「ふーん。てことは、中学生の頃にもドラマが生まれたの?」
「他校でな」
「へー、どんなの?」
「んー、郡と上近江さんみたいな運命の出会いとかじゃないけど――」
と、余計な事を言ってから幸介は教えてくれた。
とある噂話をきっかけに、仲の良かった男女2人の仲がこじれてしまった。
顔を合わせたらケンカばかり。
演技などではなく、学校でも犬猿の仲で有名な男女となってしまった。
卒業する方が女子生徒で、見送る方が男子生徒。
だけど、3年生が自由登校となったことで気付いてしまった。
互いを思い出し、考えてしまっていることに。自分の気持ちに。
だけど、これまでのことがあるから2人揃って素直になれない。
いや、拒絶されるのが怖くなって踏み込めなかった。
その結果、祝いの場だと言うのに2人は壮絶な罵り合いを勃発させた。
周囲はドン引き。止めるにも止められない状況が続き、どう収拾付けようか。
そう思った時だ。男子生徒が好きだと告白した。
今度は違った意味で、その場が凍り付いた。
『こいつはいきなり何を言っているのだろう』と。
けれども直後だ、今度は女子生徒が好きだと告白した。
あとは、祝いの場に相応しい、そう思えるくらい2人は互いの好きな所を告白し合い、多くの人に祝福されて、交際に至ったらしい。
「その男子生徒は、友達みんなの前で告白したことが黒歴史だって嘆いていたらしいぜ」
僕自身にも覚えがあり過ぎて、その男子生徒に共感を覚えてしまう。
他人事として、とても笑えることはできない。
笑えば、それはブーメランとなって僕に突き刺さってくるからな。
「いろいろな人がいたものだね」
「だな」
「ちなみに2人の仲をこじらせた、とある噂話って何だったんだろうね」
「詳しくは知らないけど、仲がいい事を揶揄われたみたいだぜ。あいつが好きとか嫌いとか、どうのこうの茶々を入れたりとか、そんな感じに」
「また……小学生みたいなことを」
いや、でも――やっぱり余計で不要な茶々だよな。
美海との関係で根も葉もない噂話を流されたら、到底許すことのできない事件だ。
「俺が言えたことじゃねーけど、男は女子と比べてガキっぽいからな」
「人によりけりだけどさ、男子は女子よりも精神年齢が低いと言われているよね」
「それそれ」
「だからと言って、仲を裂いたり傷付けたりしていい理由にはならないけどね」
言った方は翌日には忘れているかもしれない。
だが、言われた方はいつまでも残る場合だってある。
身近な人に程、ついつい言いやすいことでもあるから、発言には気を付けなければならない。
「まーな。つか、やっぱコレ着ないとダメ……だよな?」
「僕と違って決まりではないから、判断は幸介次第だよ。ただ、意見を言わせてもらえるなら、幸介は託されてそれを受け取ったんだから、着ない選択はよくないと思う」
「はー……だよなあ……」
幸介が躊躇していることは、僕も通った道だから共感できる。
いや、騎士団長専用の
国井さんは火曜から木曜までの3日間、学校を休んだ。
ズル休みにあたるから、賛否はあるかもしれない。
けれど、国井さんはその休んでいる間で幸介専用の外套を作り上げた。
そして今朝、国井志乃は悔しい表情を浮かべながらも、幸介に外套を託したのだ。
「……どうだ? 笑いたきゃ笑え」
外套を羽織った幸介は珍しく、本当に珍しく赤面していた。
細部に金や蒼が刺繍されているが、全体的に白色を基調とした外套が幸介の赤面をさらに際立たせている。
そして、恥ずかしい思いを誤魔化す様に、
いやむしろ開き直る様に『笑え』と訴えてきた。
「笑わないよ」
「く……」
「よく似合っているよ、幸介。格好いいぞ」
「あーあー、ありがとよッ!! 郡もよく似合ってんぞ!!」
「ありがとよ」
風騎士委員団室を出た僕らは、一部の先輩方から揶揄われつつ体育館へ移動した。
人からいじられる事に慣れていない幸介は、すでにグッタリだ。
けれど、第二陣というか本命が待っているのだから、背中を丸めるのはまだ早い。
その証明に、体育館入ってすぐのとこで待っていてくれた佐藤さんと莉子さんが、幸介へちょっかいを掛け始めた。
「わー! え、わー……それがシノシノから託されたやつか~……なんか、似合い過ぎって言うか何ていうか、幸介くんの回りにキラキラがエフェクトされて見えるかも」
「この場に白馬がいれば、是非、幡様にまたがってもらいたいですね」
佐藤さん、莉子さんが幸介の回りをクルクルと回り、前や横、後ろの全方位からチェックしている。
好き勝手感想を言い続ける2人に対して、幸介はけして返事を戻さない。
ただ、遠くを見て、2人が飽きるのを待っている。
他人事のように見ていると、イタズラ妖精の2人は僕にも火の粉を撒いてきた。
「ねねね! せっかくだから八千代っち、幸介くんの隣に並んでよ」
「莉子たちを代表する騎士団長とその親友、2人の晴れ舞台です。写真を撮らせてください」
幸介の手首を掴み、引っ張る佐藤さん。
そして僕の背中を押そうとする莉子さん。
けれど、待ってほしい。
今、この場で写真撮影するには、少し考えてもらいたい。
「2人とも、謝恩会が終わった後でね。今撮ると際限がなくなりそうだし」
怪訝な表情を浮かべる2人に、目で周囲を見てくれと訴える。
チラチラと幸介へ視線を送る生徒が目に映るだろう。
そんな場で写真撮影を行えば、文化祭の二の舞となりかねない。
僕はそれを伝えたかった。
そして伝わったのだろう、2人は唇を尖らせながらも諦めてくれた。
「美海と山鹿さんは?」
話題を逸らす目的で、この場にいない2人の居場所を訊いてみた。
「美海ちゃんは他の四姫花と一緒に壇上の裏です。はふはふは鈴先輩と一緒にお手洗いですよ」
「そっか、ありがとう莉子さん。僕らも本宮先輩に挨拶したら配置に就こうか」
「ええ、そうですね。とは言いましても、莉子と郡さん、はふはふの3人は配置などありませんけれどね」
四姫花付きの騎士である、鈴さん、佐藤さん、白岩さん、幸介は担当する姫と行動を共にする。
団長とその補佐、そして監査役は、体育館の出入り口で受付という名の待機。
もしくは生徒会の雑用をこなすことになる。
――団長なのに下っ端みたいですね。
と、莉子さんは言ったが、僕らはあくまでお手伝いだ。
だから、受付くらいの役が丁度いい僕にとっては、ありがたいお仕事だ。
それから、手洗いから戻り合流した鈴さんと山鹿さんと一緒に本宮先輩へ挨拶をする。
少しだけ美海と会話してから配置に就く。
あとは謝恩会が始まるまで、ひっそりと体育館の端で楽をさせてもらった。
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