第288話 立つフラグは幼馴染が折ってくれるそうです

 2月29日。木曜日。

 この日は卒業式の予行日だ。

 3年生がいないことで学校が広く感じ、寂しさを感じたものの、すぐに慣れてしまった。

 だがやはり、3年生160人が登校すると賑やかさが増した。

 その理由はきっと、自宅学習が始まって以来に顔を合わせるクラスメイトたちが、大いに会話を盛り上がらせた事が原因だろう。

 加えて、3年生たちが、部活や委員会の後輩にあたる2年、1年の教室に顔を出したことも要因かもしれない。


 そして今日。3月1日。金曜日。

 卒業式。

 すべての過程を終了させた3年生たちの旅立ちの日となる。

 3年生と関わり合いのない在校生からすると、単なる学校行事、面倒くさい通過儀礼にも感じるかもしれない。

 だが、当事者にとっては高校生最後となる、最大のイベントとなるだろう。


 そして、生徒や教師、関係各位などなど、普段あまり見かけない大人たち、大勢が集まる体育館。

 進学や就職、それ以外の可能性――新たな門出に向けて、子供から大人へ踏み出そうとする3年生たちを温かく見守っている。


 人生百年時代と呼ばれるこの世界で、未だ五分の一にも満たない人生で、この先どのような人生を歩んでいくのか、可能性は無限大だ。


 きっと、今この時――それぞれが、それぞれの未来を胸に思い描いている。

 名花高校で得た経験が、この先の糧になる――それは少し大げさにも思えるが、思春期にあたる高校3年間で得た経験は、個人に大きな影響を与えたことだろう。


「では、これより3年生代表に答辞を述べてもらいます」


 ただでさえ静かな体育館が、より一層の静寂に包まれる。

 そして、進行役としてマイクを握る本宮先輩が、続けて代表者の名を読み上げる。


「――――田村たむら将平しょうへい先輩、お願いたします」


 名を呼ばれた田村先輩は、壇上へ堂々と歩み進めていく。

 そして、体育館の中にいる人たちを見渡す様に視線を移していった。


「答辞。梅の香りが春を運び、新たな日々を予感させるこの佳き日に、名花高等学校12期、160名の卒業式を挙行くださること、卒業生を代表し感謝申し上げます――――」


 田村先輩は礼をして、それから感謝の言葉を述べていく。


「3年間私たちに知的好奇心の入り口を開け続けてくださった先生方、また何より18年間私たちの成長を見守ってくださった保護者の皆さまに、重ねて御礼申し上げます――――」


 そして三年前に入学した時の事から今に至るまで。

 田村先輩自身が生徒会長という役を担った経験や出来事を述べていき、最後に僕たち在校生へ温かい眼差しを向けた。


「在校生を牽引していく立場となる2年生、そして後輩という立場から先輩となる1年生には、ひと際変わった校則が定められているこの学校の規律を守ったうえで、新入してくる1年生の模範となるよう、存分に伸び伸びと自由を謳歌して頂きたいと思っています」


 田村先輩は言葉を切り、改めて列をなす在校生たち、そして壇上袖にいると思われる本宮先輩へ視線を送った。そして――。


「3年間、ありがとうございました」


 真面目で頭が固いと噂される、そして実際に生真面目な田村先輩らしい至ってシンプルな答辞だったかもしれない。


 けれども、田村先輩は淀みなく流れるように答辞を読み上げ、終わりを告げた。

 それは、本宮先輩が率いる2年生、そして先輩となる1年生にバトンが渡された瞬間でもあったのだ――。


 卒業式が終わった後、在校生は一度教室へと戻った。

 来週から前期選抜試験、つまりは中学生の子たちの入試が始まる。

 その期間中の過ごし方や、登校日などの説明を受けなければならないからだ。


 説明を受け、そして迎えた放課後。

 しんみりとした卒業式はいずこやら。

 卒業からまだまだ縁のない僕ら1年生の教室では、春休み前に約10日間もの休みが貰えることで大いに賑わっている。


 旅行に行こうだの、

 アイドルのライブに行こうだの、

 東京千葉にある某テーマパークに行こうだの、

 一晩中ゲームしようだの――と、会話があちらこちらから聞こえてきている。

 正直に言えば、羨ましい。

 僕も叶うならば、勉強したいし、クロコと一緒にゆっくりとした時間を過ごしたい。

 幸介や友達と出掛けたいし、それに、美海と遠出もできたかもしれない。


 けれども、僕は風騎士委員団『087騎士団』の団長だ。

 生徒会と共に、先生方の補佐をしなければならない。

 テストの配布や校内の案内、巡回、巡視などの仕事が待っている。

 故に、今盛り上がっているクラスメイトと一緒に盛り上がることができないのだ。


 まあ、とは言っても、縛られるのは10日ある休みのうち4日だけだ。

 それに春休みも近いから、僕自身はそこまで面倒に感じていない。


「う、ううう……今ばかりは騎士になったこと後悔しちゃうかも~」


「望さん、郡さん曰く莉子たちが所属するのはブラック騎業ですから。仕方ありませんよ」


「おにー! 八千代っちのおにー!!」


 それだと騎業ではなく鬼業となるだろう――とは、当然に言えない。

 それに、僕の責任ではないだろうから否定させてもらう。


「僕のせいではないし、それでも6日は休めるんだから頑張ってほしいな」


「そうだけどー、なんか損した気分じゃん?」


「10日は幻。最初から6日も休めるって思えばいいよ」


「う、ううう……美海ちゃんの彼があの手この手で誤魔化そうとしてくるよぉ」


 佐藤さんは人聞きの悪いことを言って、美海に抱き着き泣いた振りをした。

 美海は佐藤さんの背中を撫でつつ、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべている。


「私も手伝えたらよかったんだけど……」


「四姫花目当てで受験される方もおります。騒ぎを起こす訳にはいきませんから仕方ありませんよ、美海ちゃん」


 本来は、学校行事への積極参加を義務付けられている四姫花。

 けれど、今度に関しては免除されている。

 と言うより、絶対に参加しないように学校から指示されている。


 その理由は簡単だ。

 第四代目四姫花の誕生は、学校ホームページにも載せられている。

 顔写真は載せず名前だけが出ている為、四姫花がいると分かれば、一目見ようと騒ぎになる事が容易に想像できてしまうからだ。


 四姫花に興味のない子たちからすると、大切な日に集中力を削ぐような出来事は勘弁してもらいたいことだろう。

 騒ぎの末、怪我人を発生させてしまったら目も当てられない。


「騎士団長目当てもいたりしないかな?」


 美海が言ったように、アコレードがなされ、騎士が誕生した事で僕の名前も載っている。

 だが、四姫花と違って、騎士は見目麗しい人が選ばれる決まりはない。


 それに僕の名が知れ渡っている訳でもない。

 だから、不安そうに僕を見つめる美海を否定するようで悪いが、僕目当てで騒ぎになる心配は皆無だろう。


 幸介を目当てにしている女の子はいそうだけれども。


「どちらかと言うと、幸介くんの方が危険かも~?」


「ええ、幡様は芸能人でもありますからね」


 佐藤さん、そして莉子さんは僕と同意見のようだ。


「こう君って、想像を平気で超えてくるでしょ? それがちょっと心配かなぁって」


 それは杞憂が過ぎるぞ。

 そう思ったのだが、佐藤さんも莉子さんも苦笑を浮かべて黙ってしまった。


「美海? お願いだから変なフラグは立てないで」


 僕の為にも。

 そして、一大イベントを迎えている中学生の為にも騒ぎなど起こしたくない。


「大丈夫。安心して、美海ちゃん。私が傍にいる間は、八千代郡に立つフラグは私がバキバキに折るから」


「祝ちゃんが傍にいるなら安心かな?」


「そう――だから八千代郡。当日は私とペアで回ること。これは確定事項」


 ペアも何もまだ配置すら決まっていないから別に構わないのだが、団長補佐である莉子さんが恨みがちな視線を向けているのが気になるな。


「その辺は本宮先輩や先生方と話合いで決めるから、勝手には決められないって」


 そう返事を戻した僕を放置して会話を再開させる女子4人。

 終始会話に混ざらなかった幸介が、ここで僕へ声を掛ける。


「騎士団室にも寄らないとだし、先に行くか?」


「そうだね……」と言いつつ、壁掛け時計に目を向けてから。


「少し早いけど、そうしようか」


 と、幸介に返事を戻し、美海たち女子へ先に教室を出ることを告げる。


「こう君、幡くん、またあとで謝恩会でね」


 この後は卒業生とその保護者、全教師が体育館に集まり謝恩会が開催される。

 例の如く、生徒会や四姫花、風騎士委員団の三権は参加することになっている。


 そのため、美海に続いて一旦の別れを告げてくる佐藤さん、莉子さん、山鹿さんに背を向け、僕と幸介は教室を後にした。

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