第282話 みんなで遊びました

『伝言ゲーム』で僕が先ずイメージするのは、幼稚園や小学校低学年、学童でも行われるレクリエーションの一つだ。


 ルールは簡単。

 ただ、与えられたお題目を伝えるだけのシンプルな遊び。

 その人にだけ聞こえるくらいの小声で口伝えをして、最初に伝えた人と最後に受けた人の内容の変化を楽しむゲームだ。


 最後の人に正しく伝えられたグループが勝ちとなるが、伝言ゲームの醍醐味は、その伝言が予想を超えたものに変容することだろう。


 挨拶週間の時に水も言っていた。


 ――人によって受け取り方が異なるのだから。

 と。伝言ゲームとは、その言葉を表すゲームでもあるのかもしれない。


 レクリエーションの一つゆえに楽しめる遊び。

 だが、誤った情報を伝えることは、伝言ゲームだけに許されることでもある。


 小学生の頃に再放送されていたテレビで、取り上げられていた事件がある。

 遠い過去に、とある女子高生が家族に投げ掛けた何気ない質問。


 その質問に尾ひれはひれが付いて誤った情報へ変化してしまった。

 噂が広がって行き、結果、街中を巻き込む事件にもなったことがあるらしい。


 何とも、恐ろしいことだ。


 女子高生もまさか自分が訊ねた何気ない疑問が発端で、街を騒がす大事件の主犯になるとは想像もしていなかったことだろう。

 人の話す噂は鵜呑みにせず、話半分に留めておくが無難なのかもしれない。

 当時の僕は、そんな感想を抱いたことを覚えている。


 さて、それでどうして僕が伝言ゲームのことを思い出しているかというとだ。


「じゃあ、書くけどいい? こう君」

「遠慮なくどうぞ、美海」


 ご機嫌に鼻歌を口ずさみながら、美海は人差し指を使って僕の背中に文字を書き始めた。


 そして僕と美海の隣では、不機嫌そうな表情をした美波が、ペンを使って幸介の背中に文字を書き始めている。


「美波、それ先っぽ出てないか!? 何か痛いんだけどよ!?」

「気のせい――」

「いや、でもよ」

「幸介――うるさい――」


 自然に名前を呼び合う2人の仲良しぶりに安心感を覚えていると。


「はいっ! 終わり!」


 美海が書き終りを宣言してきた。

 続いて美波も終わりを宣言したことで、僕と幸介が答えを発表する番となる。


「八千代郡、美海ちゃんからの伝言をすでに二度間違えている。もう後がないから覚悟して言うこと」


「いや、プレッシャー。今度は自信あるから大丈夫だと思うけどさ、山鹿さんはその怖い笑顔を向けないで」



「こう?」


「どうしてさらに笑みを深めたのか。器用に目だけ笑ってないのが本当に怖いって」


「はいはいはいはい! はふはふと郡さん、イチャイチャしない!!」


 笑顔で脅されている状況など、どこをどう見てもイチャイチャ現場などには見えない。

 止めてくれたのはありがたいけど、彼女がすぐ横にいるのだから、変な事を言わないでもらいたい。


「では、郡さん。幡様――2人とも、せーので発表して下さい」


 続けて莉子さんが言う『せーの』の掛け声に合わせて――。


「バカップル」

「バカやろう」


 おっと、結構簡単だと思ったのに答えが割れたな。


 僕が正解なのか、幸介が正解なのか。

 2人揃って間違えているのか。


 間違えたら呪われてしまうから、正解していて欲しいと願うばかりだ。


 そしてその答え合わせは、お題を決め、最初に書き伝えた山鹿さんと順平に委ねられている。


 背文字当て伝言ゲーム、第五戦目。最終戦。


 その勝敗は――山鹿さんがオープンさせた紙に書かれている文字に目を向けると。

『バカップル』と書かれていた。


 つまり――。


 山鹿さん、莉子さん、佐藤さん、美海、僕のグループが正解。

 順平、五十嵐さん、国井さん、美波、幸介のグループが不正解。

 これで3勝2敗。つまり、僕たちの勝ち越しという結果だ。


 喜び合う僕たちのグループとは反対に、幸介たちグループは誰が間違えたのか犯人探しを始めた。


 だが、僕は知っている。


 話を聞かずとも、美波の『ツーン』とした表情を見るだけで、犯人が美波と分かってしまった。

 そしてそれは、幸介にも分かったのだろう。


「わざと間違えただろ、美波?」


「合っている――」


「いや、俺がバカ野郎ってのは確かに間違っちゃいねー。けど、ゲームのお題としては間違えてんだろ!?」


「何をおかしな勘違いをしている。みみ様が正義に決まっているのだから、お前はただ黙って敗戦の責を負え。それが――くっ……か、彼氏としての、役目だろうよ」


「志乃――いい子――」


「ああ……みみ様……ありがたき幸せにございます」


 国井さんの頭を撫でる美波。それを苛立つ目で見る幸介。

 相変わらずおかしな三角関係だな――と、呑気な感想を抱きつつ壁掛け時計へ視線を向ける。


 時刻は17時を過ぎたところだ。

 中々にいい時間だ。


 朝、図書室で美海と話した通り、記念撮影をする為に書道部の部室に集まった。

 声を掛けた友人たちは、快い返事をくれて、集まることが叶った。


 全員で撮ったり、それぞれ好きに撮ったりと、和気あいあいの撮影時間となった。

 そしてその後は、来週にまで迫った後期末試験に向けて勉強をする。


 そう決めていた。


 だが果たして、10人も集まって勉強などできるのだろうか。

 僕はそう疑問に感じていた。いや、間違いなく無理だと予想していた。

 そしてその予想は正しく、勉強そっちのけで背文字当て伝言ゲームをする事なったのだ。


 では、どうして背文字当て伝言ゲームをする流れになったかというと。

 つい先ほど、新たにバカップル認定された順平、五十嵐さん2人がきっかけとなる。


 きっかけと言っても難しいことはない。

 端的に言えば、みんなで撮った写真を見せ合っている横で2人はひっそりと背中文字当てゲームを行っていたのだ。


 それに気付いた国井さんが真似て、美波とやり始めた――で、どうせならみんなで遊ぼうと美海が言って、始まるに至ったのだ。


「んだよ? 何見てんだ?」


 壁掛け時計から視線を下げた所で、五十嵐さんと目が合ってしまった。


「五十嵐さんは自意識過剰だね。僕はただ時計を見ていただけ」


「別に……前にお前と上近江が話してたことを真似ただけだ」


 聞いていないんだが?


 それに、それはひと月以上も前の話だな。

 あと、僕と美海は背文字当てゲームを実際には行っていない。


 ただ、美海が提案してそれを僕がやんわり断っただけだから、真似たとはちょっと違うと思う。鋭い眼光をして睨んでくる五十嵐さんには言えないけど。


「僕は何も聞いていないんだけど?」

「うっせ!」


 理不尽な言葉と同時に頭へ衝撃がプレゼントされた。

 送り主はというと、顔一面を紅潮させて『トイレ』とだけ言って去って行った。


「順平……」

「言いたいことは分かる。痛いよな、あれ」


 何も分かっていないぞ、順平。

 それも確かに言いたいけど、僕が言いたいのは別の事だ。


「何回目になるか分からないけど、彼氏ならしっかり手綱を握ってもらいたい」

「何回も言うが無理だ……」


 自分の頭をさすりながら、遠い目をしている。

 相変わらず手を焼いているのだろう。

 そんな順平に対してこれ以上言い難いが、これだけは言っておきたい。


「せめて手や足が出ないくらいにはして欲しいな」


「だな、俺もそれは切に願うぜ……恥ずかしがり屋すぎて、中々……な?」


 これもまた見当違いな返事だけどな。


「……五十嵐さんは案外にお嬢様だからね。照れ屋さんなのは仕方ないんじゃない?」


 環境によって性格が形成されることもあるが、大部分の所は人の本質によりけりだから、照れ屋とお嬢様どうこうは関係ないだろうけど。


「まあな……。ズッくんたちはどうなんだよ?」


「僕は紳士で美海は淑女とだけ答えておこうかな」


「人前であんだけイチャイチャしてる2人には当て嵌まらない言葉だと思うな」


 ぐうの音も出ないな。少し反省だ。


「んで、どうなんだよ?」


 2人がキスより先に進んでいない事は、4人でした勉強会の時に順平から聞いている。

 と言うよりも、タイミングはいつがいいのかと相談されている。


 あれを相談と言っていいのかどうかは……あ、いや、順平の名誉のために、僕と幸介、優くんの3人は忘れることで決めたんだったな――。


 まあ、兎に角。


 順平は悶々と悩み続けているのだろう。

 参考にしたいがゆえ、バカップルと呼ばれる僕と美海がどこまで進んでいるのかが気になっている。


 僕自身も、冬休みを最後に、タイミングが合わず美海とキスができていない。

 故に、久しぶりに――と、欲深にも考えてしまう。


 だから、悶々する順平の気持ちも分からなくもない。

 だからと言って、いくら友達でもそんな事など気軽に話せる訳がない。


「可もなく不可もなくって感じかな」


 ただし――。

 僕の覚悟が決まれば、一瞬のうちに一線を越えてしまうことは間違いない……と思うが。


「はぁぁ……付き合うって難しいよな。進路や将来の事とか、いろいろ悩みも増えるし」


 僕は美海とのことで、そこまで悩みはないから順平に肯定しかねるが。


「まあ……ね。話し合う事は大切だと思うけど――」


 五十嵐さんがもう少し素直なら、順平もここまで悩んだりしないのだろう。

 また蹴られるかもしれない――が、どこかで五十嵐さんと話してみるか。


 そんなお節介を考えながら、五十嵐さんが去って行った扉へ目を向けていると、美海がそっと僕の左手を繋ぎ横に並んできた。


『どうしたの?』そんな意味を込めて美海を見るが、美海は順平に声を掛けた。


「関くんのお悩みは分からないけど、真剣な目でお話したら涼子は素直に答えてくれると思うよ?」


「……そうかな?」


「うん、涼子自身が言っていたから間違いないよ。ちょっと乱暴なこと言うけど……肝心な所で目を逸らし、ナヨッとすんのが気に入らねーって、言っていたから」


 あの五十嵐さんが美海に相談なのか愚痴なのか分からないが、話をするということは、美海たち女子の間では、案外に筒抜けになっていそうだな。


 後で念のため、美海には釘を差しておこう。


「う……確かに思い当たる節しかねー……。でも、ありがとう上近江さん。あとで、涼ちゃんと話してみんわ!」


 美海がにこやかに『うん』と返事を戻すと、順平は幸介に声を掛けにいった。


「五十嵐さんの許可も得ず、話したりしてよかったの? 蹴られるよ?」


「涼子は私からこう君を通して順平に伝えたがっていたから平気だと思う」


 美海の言葉を鵜呑みにするなら、順平同様五十嵐さんも、今の状況にもどかしさを覚えているのだろう。


「それなら平気だね」


「うん。それに涼子が叩いたり蹴ったりする人は、こう君と関くんだけだから私はどちらにせよ平気だと思う」


 そんな特別は望んでいない。

 と言うか、その場合美海が何か五十嵐さんの秘密を漏らしたら、蹴られたりするのは僕なのではないだろうか。


 美海の代わりになるのは彼氏として騎士として、当然に受け入れる。

 だが、なるべくその様な状況は回避したいところだな。


「こう君は私に何か不満や悩みとかある?」


「いや、特にはないよ」


「本当に? 私、こう君の重荷とかになったりしていない?」


 重荷どころか、むしろ美海のおかげで気力が湧いたりもするから、羽や翼が生えたくらいの軽やかさを感じることの方が多い。


 だから、深く考えずに返事を戻そうとしたのだが、美海は真剣そのものの眼を僕に向けていた。


「美海が言う重荷って例えば?」


「……私の言った願いを叶える為に何かを犠牲にすることを考えていたり……とか?」


 抽象的なようで、妙に具体的に思える返答だ。

 美海は何か思い当たる節があるから、こんなことを聞いているのかもしれない。


 だが実際にそんな事実はないから、美海の杞憂にすぎない。


「僕は欲張りだからさ、美海の願いを叶える為に他を諦めたりはしないよ」


 どうしても選ばないといけない。

 そんな究極の二択を迫られた状況なら、美海を第一に優先させるだろうけど。


「……そっか。ごめんね、変なこと聞いたりして」


「謝る必要はないよ。でも、何か気になることでもあるの?」


 美海の心に刺さるものの正体が知りたくてふわっと訊ねてみたのだが、美海は『ありがとう』とだけ言って、僕の胸元に頭をグリグリとさせてきた。


 まだ言いたくないのだろう。

 気にはなるが、どうしても限界を迎えた時。

 美海なら僕に相談する。


 それならば、僕はそれまで待つだけ。

 もしも僕へ相談する前に限界を迎えそうなら、僕が無理矢理こじ開けるだけだ。


 グリグリが治まった美海の前髪を直し、次に頭を撫でつつ聞き返してみる。


「ちなみに美海は僕に何か不満や悩みとかある?」


「んー……聞いたら教えてくれるけど、聞かないと教えてくれない事とか?」


 これはまた、痛いところを突かれてしまった。

 順平の言葉を借りるが、思い当たる節があり過ぎるな。


「それは、何とも……なるべく改善するように、努めさせていただきます」


「はい、努めてください。でも、今はこのまま頭を撫でてほしいです」


 美海に不満を訴えられたことで、思わず撫でる手を止めてしまっていた。

 何て勿体ない事をしてしまったのか。


 そう思った僕は、美海の頭を撫でることを再開させる――。


 五十嵐さんも戻り、部室の中ではそれぞれが談笑を楽しみ時間が過ぎていく。

 本当は勉強したかったけど、それは帰宅後にすればいい。


 彼女や友人と過ごす時間も掛け替えのない思い出となる。

 今日、撮影した写真を将来見た時、記憶と共に、今、心の中に抱いているホワホワと暖かい、どこか優しくなる気持ちを思い出すこと間違いないだろう――――。


「もう18時になるから、みんな帰るよ」


「わ、もうそんな時間か~」


「あっという間でしたね。わちゃわちゃ、わちゃわちゃしてちょっと楽しかったですね」


「だね! りこりー、途中まで一緒かえろ~」


 僕の呼びかけに、佐藤さんと莉子さんが反応をみせ、それから全員で帰り支度を始める。


 学校を出た所で、自宅の方角ごとのグループへと分かれ解散する。


「じゃあ、僕たちも帰ろうか。家まで送らせて」

「うん、いつもありがとう!」

「いえいえ、僕の望みですから」


 美海の住むアパートまでの帰り道は――。


 2人で手の平に言葉を書き合い、くすぐったい時間を過ごしながら帰路に就いたのだ。

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