第281話 最近の美海はやたらと写真を撮りたがります

 1年で一番長く感じる1月が終わり、2月が始まった。


 美愛さんや元樹先輩たち3年生の自宅学習が1日より始まったことで、普段よりも校内が広く感じた。

 1年生の教室が並ぶ7階と、3年生の教室が並ぶ9階。


 階数が分かれているのだから、広く感じたのは気のせいかもしれない。


 けれど、移動教室や昼休み、放課後などなど――明らかにすれ違う人数などに変移が見られるから、やはりどこか広く、寂しく感じたのは気のせいでないのだろう――。


 そんな寂しさを覚えてから週が明けた5日の月曜日。


 今日も今日とて、友人が図書室に来るまで美海との時間を楽しんでいる。


「そう言えば、こう君何も言わなかったけど、恵方巻えほうまきは食べたの?」


 節分の日に、恵方を向いて――つまりは、その年の縁起の良い方角を向いて太巻き寿司を頬張り、沈黙を維持したまま最後まで食べ切る文化もといイベントのようなもの。


 七福神にあやかって七種の具材を巻いた太巻き寿司を食べれば、健康や金運など恵まれると言われている。

 美海は、昔ながらの風習を実践する僕なら恵方巻を食べている。


 そう考えたから質問してきたのだろう。


「食べていないよ。でも落花生まめを撒いて、歳の数だけ食べたかな」


「あ、そうなんだ。意外かも……でも、歳の数だけ落花生食べるの辛くなかった?」


 美海の言う通り16歳にもなると、歳の数だけ落花生を食べるのも限界を感じた。

 来年からは豆は撒くだけにして、数日かけて食べ切り、節分当日は恵方巻を食べてもいいかもしれない。


 さまざまな種類の恵方巻がスーパーで山積みされている光景に思うところがあり、敬遠していたが、美味しそうなのは確かだからな。


「朝から夜まで1日を通して食べたけど、さすがにちょっとしんどかったかも。美海は恵方巻食べたの?」


「だよね、さすがに多いよね。健康を祈る? どころか、食べ過ぎは反対に体壊しそうだもん。私は特になにもしていないよ」


 正確に言うならば、病気を鬼に例えて祓い、その豆を食べることで気力を貰うが正しい。


 まあ、訂正するほどの間違いでもないから黙っておこう。

 そして――これまた美海の言う通りだ。大量摂取は、体によくない。

 何事も程々が一番。適量が何よりも大事だ。


 だから、来年は撒くだけにして、恵方巻を食べようと考えたことを伝えると。


「それなら、来年は一緒に食べよ」

「いいね、そうしようか」

「私はこう君を向いて食べるね!」


 美海にとっての恵方は僕。美海はそう言っているのか……。

 いや、嬉しいけどさ、イタズラに笑っているから、美海は僕が喜ぶと分かった上での発言だろう。


「じゃあ、向き合いながら食べる?」

「んー……そうしたいけどなぁ」


「どうしたの?」

「太巻きをね、頬張っている顔をね? 見られるのは、ちょっと恥ずかしいなって」


 美海は食べている姿を見られることを、よく恥ずかしがる。

 だから配慮が足りなかった僕も悪い。


 だが、うっすらと頬を染め、恥ずかしそうにチラチラ光線を送られると、何かよくない事をしている気分にさせられてしまう。


「…………何か言ってよ」


「ああ、ごめん。恵方巻を一緒に食べるのは止めておいた方がいいかもね」


 恥ずかしいと言う美海の為、そして僕の為、互いの為の提案だ


「こう君が目隠しをしたら問題ないよ?」


「それはちょっとな……」


 目隠しをした状態で想い人へ向いて太巻きを食べる状況など、問題しかないぞ。


 とんだ羞恥プレイだ。


 美海以外の人になど、到底見せることのできない光景間違いなしだ。


「それなら……私が目隠しする?」


 僕が目隠しするよりもっと問題だ。

 美海は可愛い顔でとんでもない問題発言をしてくれた。


「いや、それならさ? もう2人で目隠しするのが無難じゃない?」


 どんな提案だろうか。


 自分で上げたのに意味の分からない提案だ。

 ただ、恵方巻を食べるだけの話がどうして目隠しプレイにまでなってしまったのか。

 僕は来年の節分が少し怖い。僕がやらしく考え過ぎなのか?

 と、そんな僕の気持ちも露知らず、美海はあっさりしたものだ。


『決まりだね!』と返事をして……え? と言うか目隠しで決まりなの?

 目で訴える僕を見た美海はニコッとだけ笑い別の話題を振ってきた。


「今日は写真撮影だね」


 美海が言う写真撮影とは、2年生時に使用される学生証の為のものだろう。

 今日はその撮影があり、終業式の日に出来上がった学生証が配付される。


「別に同じ写真のままでいいんだけどな」


「1年で顔つきが変わる子もいるから仕方ないよ」


「そうなんだけどさ、どうも『今から撮ります』って空気に慣れなくて」


「それはちょっと……分かるかも。何かコツとかあればいいのにね」


 一瞬のうちに撮影は終わるのだけれど、その一瞬に緊張して体に力が入ってしまう。

 だから妙に疲労を感じる行事でもある。


 幸介なんかは撮影慣れしているから、参考になるかと考え、緊張しない方法を聞いてみた。

 が、『慣れ』の短い返事が戻ってきただけで、何の参考にもならなかった。

 美海にする返事として、それをそのまま伝えると。


「それなら、今から少し練習する?」

「練習……ですか」

「うん! 互いに互いを撮り合うの」


 美海のおかげで、写真を撮ることへの抵抗感は薄れている。

 だが、僕単体が被写体となるのは、まだ何というか恥ずかしい。

 けれど、堂々と美海を撮れるなら――そんなチャンスを不意にするのは勿体がない。


 僕の恥ずかしさなど些細な問題でしかない。

 つまり、美海にする返事はイエスだ。


 相手が美海と言えど、やはりどこか緊張する。

 美海はそんな僕に気付いており、撮影権を先に譲ってくれた。優しい配慮だ。


 乱れてなどいないが、シャツの襟やネクタイ、前髪を整え終えた美海に向けて携帯を構えるが――うん。


 圧倒的美人力だ。


 美海の目線がカメラに向くのは当然だ。

 だが、どうしてだろうか。

 レンズそして携帯画面を通して、僕が見つめられている様に錯覚する。

 美海と見つめ合うことは、幾度となく経験している。

 その度にドキドキしてしまうのだが、今はその時とは違ったドキドキを感じる。


 理由はきっと、美海がいつになく真面目な表情で、凛々しい眼差しを向けてくるせいなのだろう。


 …………動画にしたらダメかな?


 とか、考えていたら『恥ずかしいから早く!』と怒られてしまった。

 そのため動画は諦めて、親指に全神経を集中させてシャッターボタンをタッチする。


「ふー……撮影する方も大変だね」


「どうしてこう君の方が疲れているの? 私、そんなに変な顔していた?」


「いや、美海みたいに美人さんを撮るのは緊張するんだなって。この写真は一生の宝物にするよ」


「ん、もう! それより、次はこう君の番ね!」


 ――と、言うことで役を交替して、僕が被写体となった訳だが。


「あの、美海さん――」


『静かに』と、そんな意味が込められ、美海は立てた人差し指を唇の前にかざした。

 その顔は真剣そのものだ。

 美海自身が被写体となっている時とは比べ物にならない程の気迫を感じる。

 耳を染めてまで、集中しなくてもいいだろうに。

 そこまで真剣に撮影しなくてもいいと思うぞ。

 いや、僕はそれが言いたかった訳じゃない。


 美海さん、絶対にそれ――動画ですよね?


 シャッターを切らず、携帯を構え固まる美海を不審に思っていた。

 心配になり、声を掛けようとした時に音が鳴った。

 だが、その音は『カシャッ』じゃなくて『ポン』みたいな音が鳴っていた。

 そして美海は何も言わず携帯を構え続けた――。


 別に相手が美海なら動画でも構わない。

 でも僕はいつまで、レンズを見続けなくてはならないのか。

 おかげで慣れはしたが、少々疲れてきだぞ。

 そう思っていると『ポン』と音が鳴った。

 直後、美海はホクホクした顔で終わりを宣言してきた。


「うん、ありがとう。満足です!」

「……それは何よりだ」


 趣旨が変わっている気がするけど、まあ、いいだろう。


「この動画は一生の宝物にするね!」


 やはり動画だったのか。堂々と暴露した美海はご満悦の表情だ。

 まあ、可愛いし、とやかく細かい事はいいか。

 それに時間も7時半になるところ。

 そろそろ幸介と佐藤さんも来るだろうし切りも良い。


「勉強始めようか」


「んー……最後に2人の写真撮らない? 奥の席で」


 奥の席とはつまり、僕と美海が図書室で初めて遭遇した場所のことだろう。

 ある意味で思い出の場所と言ってもいい。


 美海と2人、思い出の場所で写真を撮るのもやぶさかではない。

 それくらいなら、大した時間も要しないだろう。


「僕も美海との写真は欲しいかも――」


 そう返事した所で、佐藤さんが図書室にやって来た。


「おっはよ~! 美海ちゃん、八千代っち、今日もよろしくね~!」


 2人で佐藤さんに挨拶を戻すと、今度は幸介もやって来た。


「おはっす」


 挨拶を送ってすぐ大きく口を開き欠伸をする幸介。

 未だ早起きは慣れないのだろう。


 そんな幸介に3人で挨拶を戻してから、美海は佐藤さんに撮影係をお願いした。


「美海ちゃんの頼みなら喜んで引き受けるけど、何でまた急に写真撮ることになったの~?」


「今日って、個人撮影があるでしょ? その練習をこう君としていたんだけどね、今度は2人の写真も撮りたくなったの。図書室での写真はまだ1枚もないし」


「な~るほど! それならりょーかい! 美海ちゃんの携帯かーして!」


「望ちゃんありがとう! お願いね」


「ほいほい! でも、個人写真の練習って、また2人は変なイチャイチャ方を試していたんだね」


 変なイチャイチャ方って何だ。それに『また』って何だ。

 僕と美海はそんな可笑しなイチャイチャをするカップルだと思われているのか。

 内心で1人突っ込みをしている間に、左手を美海に引かれ、3人で奥の席へ移動する。


 幸介はよほど眠いのか、顔を洗いに手洗いへ行くそうだ。


「ふんふん、ここが2人の出会いの場の一つなのか~。奥まっていていい場所だね。ダメだよ八千代っち? 人目がない事をいいことに、美海ちゃんを襲ったりしたら?」


 どちらかと言うと、隙あらばくっついてくる美海の方が僕を襲う可能性は高い。

 怖い種類たぐいの笑顔をして僕を見る美海を見たら、そんなことは言えないけれど。


「図書室には監視カメラがあるから、悪いことはできないよ」


「つまり八千代っちは、カメラがなければ人には言えないイタズラを美海ちゃんにするってことかな??」


 僕も佐藤さんとはそれなりの付き合いとなった。

 だから知っている。


 にやついた表情を顔に張り付けた状態の佐藤さんには、何を言っても通用しないってことを。


「佐藤さんは朝から元気だね」


「朝から推しカップルを見ればそりゃあねぇ~? 元気にもなるって。それより、どんな感じで撮るの? 立ったまま? 椅子に座って撮る? キスなんてもありかも?」


「ふふ、監視カメラが無ければ有りだったかな?」


 美海は佐藤さんにではなく、首を傾げ、僕へ返事兼質問を投げ掛けてきた。


「そうだね、美海が僕の頬にキスしている写真なら有りかもね」


「こう君が私にもしてくれるなら、有りかもね?」


「いいよって言いたいけど、ここは学校だから。無難に着席した普通の写真にしよう」


「あ、逃げた」


「逃げたね~、八千代っち」


 僕は常識を説いただけで、逃げた訳ではない。

 そう言い訳したところで、女子2人の勢いに敵うはずもないだろうから、返事はせず、無言で美海の手を引き、椅子に着席してしまう。そしてそのまま――。


 2人並んだ写真。美海が僕の肩に頭を乗せ寄り添った写真。本棚を背景に映した写真の3枚を佐藤さんに撮ってもらった。


 佐藤さんに礼を告げ、場所をいつもの机に移動したのだが――。

 戻った幸介も含め、今日は4人で写真撮影する流れとなり、時間が過ぎて行った。

 そして、広げたはいいが出番のなかった勉強道具をカバンにしまい、図書室を後にする。


「私たちだけだと何か抜け駆けって気がするし、りこりーも誘って写真撮りたいね~」


「それなら放課後に集まって撮らない? 美波や志乃ちゃん、祝ちゃんや涼子も誘って」


「いいね~! 撮ろう、撮ろう! 男2人は関くんのことも誘っておいてね。場所はどうしよっか、図書室――だとダメか……」


「こう君、関くんのことよろしくね。場所は部室でいいんじゃない? 結構、広いから」


 朝、勉強できなかった分、放課後は勉強したいのだが……。

 僕と幸介、男子2人の意見は求められぬまま、次々と決まっていく放課後の写真撮影会。


「幸介は放課後時間あるの?」


「元々オフだから平気だけど、結局写真は撮るのな」


 モデルの仕事が休みなのに、写真を撮ることが決まったから複雑なのだろう。


「勉強は写真の後だね」


「それはそれで拒絶したい気持ちもある。放課後くらいは、ダラダラしたいからな」


「昨日も夜遅くまで?」


「ああ、サボっていた分頑張らねーとな。美波にバカにされんのも癪だしよ」


「だから真面目に騎士を目指しているんだ?」


「そんなところだ」


 美波に負けたくない。馬鹿にされるのがむかつく。

 幸介は騎士を目指す理由に、前も同じ言い訳をした。


 気持ちの変化があったんでしょ?


 と、揶揄う言葉も浮かんだが、それは飲みこんだ。

 揶揄ってはいけない、そんな空気を感じたからだ。

 だから僕は黙って力を貸すだけ、ただそれだけで十分だ。


「頑張るのはいいけど、体には気を付けるんだよ」

「ああ、それは問題ない」


 自信満々な表情で言い切った幸介。

 心身共に壮健そうけんな幸介には余計なお世話だったかもしれない。


「こう君も頑張り過ぎはよくないからね」


 美海が声を掛けてきたことで、幸介は気を使い佐藤さんの隣へ移動していった。


「ありがとう。でも今は比較的余裕があるから大丈夫だよ」


 これまでの人生で一番忙しいと感じた11月と比べたら、心も身体も余裕がある。


「それならいいんだけど……最近頑張り過ぎだと思うの。息抜きも大事だからね?」


 そんなことはないと思うが、美海は心配そうな表情で僕を見ていた。

 美海には僕が一杯一杯に見えているのかもしれない。

 今は本当に平気なのだけれど、自覚がない可能性は否定できない。


「まあ、もう少しの辛抱だから」

「うん……」

「心配掛けてごめんね。でも、ありがとう」


 お礼を言ってから美海の頭をひと撫でして手を繋ぐ。それから言葉を続ける。


「後期末試験が終わったら、また膝枕お願いね」


 それが最高の息抜きの仕方になるだろう。


「それは、いつでもする」

「じゃあ、今日の放課後早速お願いしようかな」


 棚から牡丹餅的にラッキーだ、そう内心でほくそ笑んでいる僕に突っ込みが届く。


「そろそろ教室だから自重しとけ、郡」


「仲良し小好しこよしは良いことなんだけどね~……糖分過多気味だから、私たちのクラス……」


「だって、美海?」

「今のはこう君が言われていたでしょ?」

「お互い様じゃない?」

「え~……ならいっかな?」


「「そういうとこだって」」


 呆れた表情をした友人2人から届いた言葉を最後に、僕らは教室へと入った。

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