第278話 発見のある挨拶週間でした
ローテーションを組み、割り当てられている挨拶週間。
今日のメンバーは、僕と莉子さん、白岩さん、幸介だ。
時間になったら二組に別れて1階と2階へ移動する。
ペアの決め方は、じゃんけんだ。
たまには幸介と組みたいけど――と、考えながら風騎士委員団室へ入室する。
「あ、郡さん! やっと来られましたね」
「郡キュンおはっ! 今日もよろしくネ~」
「おはよう、莉子さん、白岩さん」
普段は僕が一番早く風騎士委員団室に入り、みんなを待つことが多い。
そのため、こうして待たせる側になると、
どこか違和感を覚えるというか、妙に落ち着かない気分となる。
「今日は郡さんが後でしたね。二度寝でもされていたのですか?」
莉子さんとは早朝の時間、ランニングで挨拶を交わしている。
だから遅れた理由として『寝坊』ではなく、二度寝を疑ったのだろう。
「図書室で美海と話していたら夢中になってね」
正確に言えば、膝枕に夢中だが――自ら言うことではない。
それに遅れたと言っても、ほんの数分。誤差にも近い。
「うっわ、朝から惚気とか勘弁してほしいナ~?」
「
「お、補佐がそんな事言っていいのかナ?」
「ええ、これくらい構わないでしょう。今のAクラスはバカップルのせいで、砂糖の海ができておりますので」
「なーる、ほど! どうする~? それならば……処す? 処しちゃう~?」
「良いですね、今週の鬱憤を晴らすには丁度よい機会です。処す処すいたしましょう」
美海から受けた凶悪な罰とは、また意味が異なる凶悪な罰をチラつかせる2人。
前に構える両手をワナワナ動かせていることから予想するに、何の抵抗もしなければ、くすぐりの刑にでも処されるのかもしれない。
美海から受けるのは、まあ……そうだな。
加減してくれるだろうし、相手が美海ならば、くすぐられる事もやぶさかじゃない。
だが、この2人は違う。
風騎士委員団の中でも、特に調子に乗りそうな2人組なのだから。
「莉子さん知ってる? 役職変更は団長権限でいつでもできるんだよ?」
「ふ――莉子としたことが、危うく羽雲ちんの悪いお誘いに乗ってしまうところでした」
「あ――ちょっ、りこりー!? 裏切るの早くないかナ~??」
「裏切りではありません。莉子は最初から郡さんの味方ですから。さ、お覚悟を――」
「私だって郡キュンの味方がいい! だからりこりーを倒してその地位を奪っちゃおっかナ~」
仲違いさせることを言ったのは僕だけどさ、
女子2人がくすぐり合い、嬌声を上げる姿を見せられるのは勘弁してもらいたい。
「莉子さんと白岩さんが揃うと本当に手が付けられない――それよりさ、幸介遅いね」
シャツやネクタイ、髪の毛が乱れ、息を荒くさせている2人。
その2人からはどこか色っぽい雰囲気が漂うことは――――残念ながら皆無だ。
普通に取っ組み合いのケンカをした後にしか見えない。
それが顔に出たのだろう、2人はもの凄く恨めしそうな視線を送ってきた。
「……郡さん、莉子と羽雲ちんの胸を見て何を考えたのですか?」
とんだ言い掛かりだ、胸など見ていない。
「私、りこりーよりは大きいんだケド?」
首をゆっ――くりと、白岩さんへ向けた莉子さん。
「――は?」
おっと、久しぶりに見たな。莉子さんの黒く濁った目。
莉子さんからホラー的雰囲気というか、
強者の気配が出ている為か、それに
「いいでしょう、白黒ハッキリさせましょうか。見せ合いっこです。幸いにも今日の下着は郡さんに見られても平気なやつですし」
「ふーん? りこりーったら、いっちょ前にブラ着けているんだ?」
「ええ、莉子はレディですからね。当然です。ですがその言い方ですと……これ以上は止しておきましょうか」
「誰が着けていないって? でも……カッチーンってきたナ? 下着の可愛さも郡キュンにジャッジしてもらおうヨ?」
「いいでしょう、返り討ちにして差し上げます」
頼むから僕を巻き込まないでくれ。
美海のおかげで充電された気力がゴリゴリに削られていく。
次に何か活動する時は、この2人が一緒にならないローテーションを考えよう。
「087騎士団のメンバーが、しかも風騎士委員団室でケンカしないの。そもそも、女の子ならもう少し慎みをだね――」
「誰が慎ましい平たい胸族ですって!?」
「どうせ私は慎みどころか絶壁だヨ!!」
何だか、前にも似たようなことを莉子さんから言われたな。
体育祭の頃かな、懐かしい――でも、うん。
この2人の前では『慎み』という言葉を禁句にしよう。
にじり寄って来る2人を無視して、
未だ慣れない騎士団長のシンボルとも言えるコートを羽織ってしまう。
時間は7時40分。
幸介が来ていないけど、そろそろ校門へ移動しておきたい。
だから、遊びは終わりだと2人に最終宣告する。
「羽雲ちん楽しかったですね」
「ねー、りこりー楽しかったネ」
冗談か本気か分からない2人のやり取り。
だが、キャッキャと笑い合い、手を合わせている姿を見るに、ただ仲良く戯れていただけなのかもしれない。
女子とは難しい――。
そう思いながら、電気を消そうとした所で幸介がやって来た。
「わり、遅れた!」
「おはよう幸介。遅刻した訳じゃないし大丈夫だよ。でも、どうしたの? 寝坊?」
「いや、いつもの時間に学校には来たんだけど、マネージャーから電話きて、それが長引いちまった。あと、おは!」
時間もない為、それぞれ挨拶を交わしつつ移動を開始する。
「あまり無理しないんだよ」
「もちろん。ま、健康が俺の取柄でもあるから大丈夫だろ」
正式な騎士になる為、幸介は遅くまで勉強していると言っていた。
だから寝不足がたたり、寝過ごしたのかと思ったが違っていた。
佐藤さんやクラスの女子が噂していたが、幸介は最近テレビ露出も増えているらしい。
モデルの仕事も順調……と言うより、忙しいのだろう。
だから体調を心配したのだが、幸介は『ニッ』とした笑顔を向けてきた。
相変わらず眩しい。そして、取柄と言った事を肯ける様に顔色もすこぶる良い。
羨ましい限りだ――。
エレベーター前に到着したが、乗り込む前に配置を決めなければならない。
故に、例の如くジャンケンをして組み合わせを確定させる。
そのまま、エレベーターに乗り込み、莉子さんと白岩さんが先に2階で降りて行った。
「……あの2人、ケンカしないといいけど」
「相性いいし、平気だろ?」
僕には判断が付かないというのに、幸介には分かるらしい。
さすがコミュ力お化けだ。
「おはよう、亀田さん。最終日もよろしくね」
「ああ、おはよう郡くん。幸介くんもおはよう」
「ちっす! 水は今日もピシッとしてんな」
「ボクの評価は真弓さんの評価へと直結するからね、いつ
お手本のように制服を着こなす亀田さんは、姿勢も綺麗で真面目な雰囲気が漂っている。
生徒会に所属するに相応しい人物だ。
本宮先輩を敬愛してさえいなければ、087騎士団へスカウトしたいくらいでもある。
ふざける場面が散見される莉子さんと白岩さんは、あれでいてよく働いてくれる。
助けられる場面も多い。
だが、1人くらい実直な生徒がいても……と思ったが、無い物ねだりと気付いた。
「じゃ、挨拶週間最終日――ラスト30分、頑張るとしよう」
「ああ、よろしく頼むよ」
「うっし!」
それから――登校してくる生徒に挨拶を送ること20分。
残り時間10分というところで生徒が途切れ、幸介がボソッと言った。
「つか、うちの学校の校則緩いから本当にただ挨拶するだけなんだよな」
本来、服装や風紀の乱れを正す場でもある挨拶週間。
けれども、校則によって頭髪や服装の自由が認められている為に幸介の言った通りの1週間となっている。
果たして活動の意味はあるのか?
と、意見も出たが、校門前で挨拶を送ることで良いこともある。
「まあ、普段会話する機会のない人との接点にもなるから」
他のクラスの人や上級生など、知り合いではあるけど話す機会のない人も多いからな。
それが挨拶週間のおかげで、ひと言ふた言と短くはあるものの、会話できている。
幸介は休み時間とかに他クラスへ顔を出しに行くから、僕と違って恩恵はないのかもしれないけど――まあ、それでもだ。
幸介はこの挨拶週間で、亀田さんと広野入りさんの2人と友好を築き、名前で呼び合う仲になっている。
僕とて、幸介程ではないにしろ、2人とは前より仲良くなった。
敵対さえしていなければ、
亀田さんは知識も豊富で話していて面白い。
広野入さんは白岩さんや莉子さんと近い匂いがするから油断ならないが、悪い人ではない。
表面部分ではあるかもしれないが、人柄を知ることができたのだ。
そう考えたら、挨拶週間は良い行事だったのだろう。
「郡くんの言う通りだね。それに、表情や姿勢、前を向いているのか、俯いているのか――他にも判断できる部分はあるけど、そう言った面をじっくり見られることも挨拶週間の良い所だよ」
なるほどな――いや、さすが亀田さん。思慮深い。つまりそれは――。
「つまり何だ?」
「全員に当てはまる訳ではない。隠すのが上手の人もいるだろうから。だが――問題を抱えている生徒とは、表情に影を差し、肩を落とし、背を丸め、俯き気味に歩いてしまうものなのだよ。そう言った生徒が、限界を超え、非行に走るもしくは殻に閉じこもる前に、気付いてあげられる場でもある。ボクは真弓さんからそう教わったよ」
「かー……なんか深いな! 勉強になったわ! サンキュウ、水!!」
いや、本当に。幸介が僕の気持ちを全て代弁してくれた。
僕は人の機微に疎いから、見ただけでは判断することは難しいだろう。
だが、知っていれば何かの役に立つ場面もきっとある。だから勉強になった。
「ボクは真弓さんの教えを説いたに過ぎない。それに、見つけた後は幸介くんや郡くんの出番だよ。人を明るくさせられる、活力を与えることができる人。想像もつかない何かを起こす人が必要となる。要は適材適所ってことさ」
「郡は問題児だって言われてんぞ!」
「幸介、亀田さんはそんなことを言わないよ」
今の
気のせいでなかったとして、幸介が言った意味ではない筈だ。
そう思いたい。
「言葉とは面白いものだね。些細の言い回しで、人によって受け取り方が異なるのだから」
「確かにな! 俺は郡や水みたいに、言葉の裏を読むことはそこまで得意じゃないし」
「誰が腹黒だってか」
「おや、郡くん? それはボクにも飛んで来るナイフのようだよ」
「投げたのは幸介だから、亀田さんは文句があるなら幸介にどうぞ」
『おい!』と言って、幸介は僕のわき腹を小突いてきた。
仕返しに小突き返そうと思ったが、それでは莉子さんと白岩さんと同類となってしまう。
そのことに気付いた為、寸止めの様な形となった。
「2人は仲がいいね。仲がいい繋がりで、郡くんに言いたいことがあるのだけれど、いいかな?」
目尻を下げ、優しい表情を作っていた亀田さん。
けれど、その柔和な表情を真面目な表情へと変化させてきた。
何か不満やクレーム、もしくは、よくない事でも言われるのかもしれない。
そう身構えたのだが。
「ところで、ボクのことをいつになったら『水』と呼んでくれるのだろうか。幸介くん同様に、名を呼んで貰えたら嬉しいのだけれど」
どこか不満気な表情に見えるが、
僅かにイタズラな光を目に宿しているようにも見える。
名を呼ぶことに抵抗はないが、
美海は僕以外の男子に名を呼ばせないから考えてしまう。
僕から頼みこんだことではないけど、僕だけの特別にも感じて嬉しい気持ちもある。
だから、美海は言わないだけで、
もしかしたら僕にも同じことを求めている可能性がある。
故に、女子の名を気軽には呼べないのだ。
(あとで美海に確認しといた方がいいな)
そう結論付け、亀田さんには保留をお願いする。
「前向きにご検討させて頂きます」
「それ、断り文句的なやつだな」
「ふ、分かったよ。残念だけれど、期待しないで待つとしよう。それに、団体さんがお見えのようだ。残り10分――最後までよろしく頼むよ」
駅の方面から歩いてくるから、電車通学の生徒たちが到着したのだろう――。
087騎士団として初めての挨拶週間は、亀田さんの言葉を最後に挨拶ラッシュに突入。
そしてそのまま、終わりを迎えたのだ。
昼休み、廊下ですれ違った亀田さんを僕は『水』、そう呼んだ。
何てことない、美海は普通に許可した。
むしろ、僕がそんなこと心配していたことに対して若干ご立腹だった。
『私のこだわりを、こう君に押し付けるつもりはない』って。
『そこまで束縛したりしないよ』っても言っていた。
ちょっと寂しく思ったのは言わなかったが、きっとバレていたことだろう。
夜、朝に約束していた通り、僕が美海に心内を打ち明けた後だ。
心が軽くなった僕に対して美海はちょっとニヤニヤしながら、
「こう君は束縛されたいのかな?」と言って、束縛云々の話を掘り返してきたからな。
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