第275話 尾ひれはひれが付いたようです

 今日は午後からが放課後となっており、僕と幸介、順平、優くんの4人で昼食を取ったのち、勉強会をする予定となっている。


 そのため、優くんが駅前に来るまでは教室で待つことにしたのだが、これがいけなかった――。


 己の不始末が原因で、朝から喜劇と言う名の悲劇に見舞われた僕と美海には、さらなる苦難が待ち受けていたのだ。


「告白はどっちから?」

「あ~ん、内緒かぁ……」

「じゃさ、じゃあさ、仲良くなったきっかけは!?」

「アルバイト?」

「え、なになにアルバイト先まで一緒なの!?」

「もうすっごい仲良しじゃ~ん!!!!」


 ――と、こんな質問はまだ可愛い方だ。


 僕らのバカップル武勇伝は、伝言ゲームのような広がりを見せ、『尾ひれ』が付いただけでなく、『はひれ』まで付く勢いだ。


 休みの日は常にペアルックで出掛ける――などと、事実と異なる話にまで誇張されて行き、その事実確認をされた時には、こちらが驚かされたものだ。


 まあ、他9割方については事実だったけど…………。


 そしてその結果、めでたく(?)学校公認のバカップル認定をされてしまった。


 ホームルーム、そして始業式が始まったことで、一旦中断されていた居た堪れない時間。

 そしてそれは、放課後に再開されることになった。


 帰りのホームルームが終わると、

 あーちゃんはバイトがあると言って、いち早く教室から去って行った。

 幸介は優くんを迎えに行くのに、先に駅前へと向かった。

 順平は日直の仕事で職員室へ連れて行かれた。

 そして教室の中はと言うと。


 佐藤さん、五十嵐さん含むクラスの男女がこぞって美海を囲み始めた。

 僕の元へやって来ない理由は、おそらく揶揄っても面白くないからだろう。


 そして美海を囲む理由は、可愛いからだろう。


『上近江さんは――』が枕詞まくらことばとして使用され、次々と質問を投げ掛けられている。

 それはもう、好きになった理由を始めとして、聞くに恥ずかしい様々な内容だ。

 だが当然すべてに答える義務などない。

 だから美海は、にこやかな笑顔で誤魔化しているのだが。


 質問の中に僕を褒める内容を含ませると、美海は途端に耳の先をほんのり染めながら固く閉ざした口を緩めてしまう。

 その時の、一緒になって僕を褒める美海の表情が可愛いのだ。

 女子は嬌声を上げ、その女子の後方から男子は僕へ嫉妬の目を向けてくる。


 暫し、それの繰り返しだ。


 離れた位置にいる僕がどうしてそれを知っているかと言うと。

 賑やかな輪から離脱して来た莉子さんに聞いたからだ――。


「意地悪なのに優しくて、時々強引になる郡さんにメロメロらしいですよ。美海ちゃんは」


「……じゃ、莉子さん。ランニングは来週の月曜日から再開ってことで」


「ええ、承知しました。ですが、莉子は明日からでも構いませんよ? お二人の熱々ぶりで雪もだいぶ解けておりますし」


「睡眠不足がたたり、昨日熱が出たばかりでしょ。病み上がりなんだから無茶は禁物」


「仕方ありませんね。不都合から目を逸らす、恥ずかしがり屋なご主人様の言い付けを聞いて差し上げることも、メイドの役割でしょうし」


「メイドを自称したいなら、主人を揶揄うことは止したほうがいいんじゃないかな。加えて言うなら、主人から注意されないような生活を心掛けて下さい。今の莉子さんは駄メイドそのものだよ」


 返事はない。だが、ジと目を作り不満を訴えてきている。

 しかもあろうことか、つま先でご主人様の足を蹴ってくる。とんだ駄メイドだ。


「……郡さんが楽しみだとおっしゃった為、休み明けからお見せできるように冬休みで頑張って仕上げました。ご主人様の願いを叶えて差し上げようとする、いじらしいメイドに向かって言うことが”駄”メイド呼ばわりですか? あんまりです」


 何を頑張って仕上げたかどうか主語はないが、要はロングスカート仕様のメイド服を完成させたことを言っているのだろう。

 制作していることを報告され、楽しみだとは言ったが――体調を崩してまで作ってくれとは一言も頼んでいない。


 けれど、駄メイド呼ばわりは確かに反省すべきことだ。

『う、ううう』と言いながら目元に手を当て、

 傷付いた振りをして、見るからに嘘泣きしていたとしても反省すべきだ。


「ごめんね、莉子さん。言い過ぎたよ」


「よいのです。制作最後は、興が乗って時間を忘れたことは確かですし。あ、ですがお詫びとかは別に要らないですからね? 郡さんは真面目で律儀な人ですけれど、莉子がいけなかったことも確かですから。郡さんがどうしてもとおっしゃるなら、受け取ることもやぶさかではありませんけど?」


 わざとらしくチラチラと視線を向けてくる莉子さん。

 もう面倒だから口にしたりはしないが、そんな莉子さんはやはり駄メイドかもしれない。


「ふー……何が望みだい、言ってごらんよ」


「わ、ノリがいいですね郡さん」


「うるさい、早く言え」


「命令口調もたまりませんね――と、郡さんの目が本格的に格好良いので、本題へ入りましょう」


「はいはい、それで。言っておくけど、大したことはできないしするつもりもないからね?」


「大したことは望みません。4月に莉子の従弟が名花に入学します。男の子なのですが、少々こじらせておりまして……可能な範囲で構いませんので、何かある時は力になって貰いたいのです」


 莉子さんのことだから、もっと変なお願いでもしてくることを予想していた。

 だが、蓋を開けてみたら至って真面目なお願いだった。

 そして莉子さんに従弟がいて、小さい頃は姉弟のように過ごしたと聞いている。


 年末年始にお母さんの実家があるいわき市に帰省したと言っていたから、もしかしたら、その時に従弟と会って、名花に来ることを言われたのかもしれない。

 その従弟の子が何をどのように拗らせているのかは定かじゃないが、莉子さんはまるで、弟を心配するお姉さんのような表情を作っている。


 調子のいい莉子さんばかり見てきたせいか、そんな莉子さんの表情はどこか新鮮だ。


「分かった。その子が困っていたら、微力ながらも手助けするよ」


 この時期に入学が決まっているということは、ほぼ間違いなく推薦だ。

 つまり、優秀かつ優良な生徒ということだ。

 そのため、手助けするとは言ったが、

 僕が手を貸す場面などやって来なさそうにも感じる。


「莉子が言うのも何ですが、そんな簡単に頷いてよろしいのですか?」


「莉子さんの弟みたいな人なんでしょ?」


「ええ、まあ……弟と言えばそうかもしれません」


「それなら別に大丈夫だよ。そもそも改まって頼むことでもなかったと思うけど」


「どうしてです?」


「え、だって莉子さんの大切な人が困っているなら手を貸したいでしょ?」


 莉子さんは口を半開きにさせ、呆気にとられたようなポカンとした、どこか間抜けな表情をしている。


 だが次には口を一文字に結び、僕の右腕をポカポカと叩いてきた。


「まったく! もう、まったくです! いけませんよ、郡さん。そうやって美海ちゃん以外の女性に躊躇いなく優しい言葉を掛けてはいけません」


「いやいや。莉子さんは僕の友達であって、美海の大切な友達でもあるんだから、多少の面倒はみさせてほしいな」


『おバカさん!』そう返事を戻した莉子さんのポカポカ叩く手は止まらない。

 力など入っていない見せかけのポカポカだから痛くもなんともないのだが、いかんせん、遠巻きに美海を見ていた男子からの視線が痛い。


 彼女以外の女とイチャイチャしやがって、屑野郎、振られてしまえ、刺されちまえ――等々、声が聞こえてくる。


 過激な内容もあるが、言いたくなる気持ちは分かる。

 はたから見たらイチャイチャしているようにも見えるからな、ごもっともだ。


「はいはい、莉子さん。もうこの辺で勘弁して。僕はもう行くから」


「ええ、お姫様をお助けに行かれるのですね。いってらっしゃいませ――ご主人様」


 子供のような態度を見せていた莉子さんは一転。

 僕から離れ、キリッとした真面目な表情を作った。

 それから片足を半歩ほど後ろに引き、両手でスカートの一部を抓み、僅かに持ち上げた。


 最後に会釈を送り――と。綺麗なカーテシーだ。


 不真面目なようで真面目な莉子さんのことだから、メイドになり切るつもりで練習でもしていたのかもしれない。


 でも最後は顔を上げ『ニヘ』っと、笑った。


「ほら、お姫様がチラチラ見ておりますよ」


 慣れない行動への照れ隠しだろう。

 だが、この温度差というか緩急が莉子さんの魅力でもある。


「はいはい。美海から聞いたけど、莉子さんはこの後予定があるんだっけ?」


「ええ、その従弟が部屋を探しにくるので、お母さんと一緒にそのお手伝いです」


「あ、そうなんだ。よければ母さんに聞いてみようか?」


 部屋探しは母さんの専門だからな、そう考えての質問だったのだけれど。


「ありがとうございます。ですが、すでに光さんにお願いしてあるので大丈夫です」


 美海や美空さんも、母さんと頻繁に連絡を取り合っているようだけれども。

 僕の知らない所で――。


 母さんと僕の友達が親密になっている。


「そっか、それならいいんだ。いい部屋見つかるといいね」


「はい! では、郡さん。また明日」


「また明日、莉子さん――」


 莉子さんに背を向け、依然として囲まれている美海の元へ移動する。

 美海に対しては、恥ずかしいから2人の事を余り話さないようにと言って、やんわり注意する。


 クラスメイトには、これ以上踏み込まないでほしいとストレートに告げる。


 ブーイングが起こる中、

 美海、それから佐藤さんと五十嵐さんを連れ出し、教室から退室する。


「美海、一応聞くけど余計なこと言っていないよね?」


「もちろん、こう君がどれだけ格好いいかってしか言っていないよ」


 それも含めての余計なことなのだが――と、ニコニコ顔で報告する美海を見たら、とてもじゃないけど言えなかった。


「あたしから見るズッくんと別人だから、だいぶ盛ってるように感じたけどな」


「私から見る関くんと、涼子から見る関くんも違うと思うよ?」


「あぁー……ま、そうだな。今のはあたしが間違えてたな。悪かった」


「ふふ、いいよ」


「友達に見せる顔と恋人に見せる顔は、また別だもんね~。ね、八千代っち?」


 五十嵐さん、美海、佐藤さん、女子3人の会話へ混ざるには、どこに危険が潜んでいるのか僕には判断が付かない。

 だから僕へ話を振らず、そのまま女子3人で会話を楽しんでもらってよかったのだが。


「加えるなら家族にもかな」


「こう君はとことん美波に甘いもんね」


「ハッ、さすがシスコン野郎だ」


「いや、美海も五十嵐さん。僕は美波に駄目なことは駄目だと言うから、そこまで甘やかしているつもりは――」


 ――ないんだけど?

 と言う言葉は呑み込んだ。いや、呑み込まざるをえなかったが正しい。


「……美海たちは図書室で勉強するんだよね?」


 些細な抵抗、僕お得意の誤魔化す為の話題変更を、美海は『ふふ』とだけ笑って呑み込んでくれた。


「美波と志乃ちゃんと合流してお昼を食べた後にね。こう君たちはお外でお勉強?」


「そうだね、優くんと合流してから場所は決めるけど……多分、カラオケ屋かどこかかな」


 飲食店だと長居は難しいし、市立図書館だと会話もできない。

 音さえ切ってしまえば、カラオケ屋でも勉強は可能だ。

 個室だから周囲に迷惑も掛からない。

 ソフトドリンク飲み放題も付けたら、勉強するには案外快適な環境かもしれない。


「そっか。大島くんも学校に入れたら一緒に勉強できたのにね」


「ごめんね~、うちの優が『郡くんと勉強したい』とか、わがまま言ったりして」


「あ、そういうつもりじゃないの! こう君が男の子にモテるのは私も推したいから」


 ちょっと待って美海。そんなこと思っていたの?

 僕はそれ初耳なのだけれど。


「仕方ないから今日は八千代っちに優を貸したげるけど……」


 何となく想像は付くけど、一応聞き返してみる。

 佐藤さんの目が聞き返せと訴えているからな。


「けど?」


「奪ったりしたら承知しないからね~?」


 ニヤニヤ顔を見るに、冗談で言っているのだろう。

 佐藤さんはこういったやり取りが好きだからな。

 だからつい、興が乗ってしまった――。


「僕にそのつもりがなくても……ね?」


「あー? 八千代っちったら、彼女がいる目の前で悪い男ムーブかましてる!?」


「こう君? 相手が男の子でも浮気はダメだよ?」


 今回に限っては、佐藤さんのノリに乗った僕も悪い。

 けれども、何だかどんな話題になっても最終的には僕が責められる結末になっている。


 やはり、女子の中に男1人が会話に混ざる状況は中々に不利な立場だ。


 返事もせず黙ったまま、そんなことを考えていたら、繋ぐ左手をグイッと引かれる。

 美海はいじけたように頬をプクッと膨らませていた。


 ただ、その目にはイタズラな光を宿しているから、これはいじけた振りなのだろう。


「僕は美海しか見てないよ」


 遅くなった返事を戻すと同時に、空いている右手で美海の髪を撫でる。

『えへへ、知ってる!』と言って、美海は左腕に頭をコツンと当ててきた。


 それはもう、嬉しそうに――表情だけでなく、体全体で『嬉しい』を表現している。


 オレンジに近い黄色をしたオーラが美海から放出され、そして僕はそんな美海を見ているだけで、似たオーラを放出してしまう。


 他者から見たらピンクかもしれないが、大きな違いはないだろう。

 そして、僕らバカップル2人がイチャイチャムーブをかましている横では。


「見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうなぁ~」


「だな。しゃくだが、順平はちとズッくんを見習った方がいいかもな」


「あれ? てことは、関くんて結構奥手な感じ?」


「あー、筋金入りのな。でも、ま……そんなとこもいい所だけどよ」


「涼子も乙女してんねー」


「うるせっ! つかよ?」


「んー? あー……ね?」


馬鹿二人こいつらって、デフォルトで手繋いでんのな? さっきから男どもの……いや、ムカつくけど女子からもか。嫉妬の視線が居心地わりーんだけど?」


「だぁーっね! てことで、八千代っち! 職員室から関くんも出て来たし、とっとと行った行った!!」


 あっち行けシッシとばりに手を払う佐藤さん。

 砂糖を吐き出す様な表情に加え、どこか羨望が混じる表情をしている五十嵐さん。

 その羨望はどちらの意味だろうか。

 廊下でイチャイチャしているのが羨ましいのか。

 順平と勉強することが羨ましいのか。


 あるいは両方か――分からないけど、知らなくてもいい事。それは確かだろう。


「じゃあ、美海。また夕方、アルバイトでね」


「うん! いってらっしゃい!」


 最後にもう一度、美海の髪を撫でてから、

 五十嵐さんそっくりな表情を向けてきた順平と一緒に、駅前へと向かったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る