第七章 「ひろすく」

第274話 1年生は噂好きです

 入学してから続けていた朝の日課。教室内の整理整頓。

 僕が騎士団長になった時に、クラスメイトへお願いという名の命令を下してから、今ではただ一目見るだけの確認作業となっている。


 そのため、朝教室に立ち寄ってから図書室へ向かうのが今の日課だ。


 到着した図書室。

 以前なら周囲に人がいないか細心の注意を払ってから、図書室へ近付いていた。

 だが、今はそこまで警戒していない。


 というより、無警戒だ。


 僕と美海が図書室で勉強をしていることは、割と知られている。

 それに古町先生、女池先生の許可だけでなく、校長先生の許可も得ているから堂々と図書室を利用している。


 慣れた手つきで鍵を開け、靴を脱ぎ、スリッパへ履き替える。

 鍵は閉めず、そのまま美海が座るいつものカメラから視認されないテーブルへ向かう。

 名前を呼び合い、挨拶を交わし、美海の右隣りへ着席する。


「風邪引かなかった?」

「平気だよ。こう君は大丈夫?」


 昨日、寒いなか公園で棒遊びをした。落書き遊びともいう。

 美海に付き合わせてしまったから心配だった。


「僕も大丈夫。美海は風邪とかあまり引いたりしないよね?」


「よかった。私はあんまりかも? 最後に引いたのは、そうだなぁ……」


 よほど前のことなのか、言葉が止るのと同時に思案顔を見せてきた。


「確かこーくんと『またね』って言った時が最後かな?」


『こう君』ではなく『こーくん』。つまり10年以上も前のことだ。

 美海は幸介と同じで体が丈夫なのかもしれない。


「美海は丈夫なんだね」


「こう君、今、身体は小さいのにって考えたでしょう?」


「いや、それは美海の考え過ぎだよ。幸介も風邪引かないから、美海も丈夫なんだなって思っただけ。僕は油断するとすぐに熱が出るからさ」


 僕の体は正直者で、疲労が溜まると隈はもちろん、熱も出てしまう。

 特に季節の変わり目となる3月は熱が出やすい時期かもしれない。

 この時期は、毎年必ず一日は学校を休んでしまう。


「そっか、疑ったりしてごめんね」


「いいよ、気にしていないし」


「ありがとう。でも、幡くんも風邪とか引かないんだ?」


「僕が知る限り、幸介が風邪を引く……と言うか、熱が出たり体調を崩す姿は見たことがないかも」


「それは――すごいね」


 本当にそう思う。

 幸介は一度嵌まると、夜通しゲームをしたり漫画を読み続けたりする。

 モデル仕事を始めてからは落ち着いたが、長期連休があれば不摂生な生活は当たり前。


 ジャンクフードも大好きで、夕飯をお菓子で済ませる生活を1週間続けて『早百美に怒られた。ははは』って、笑いながら報告してきたこともあった。


 そのことも美海へ説明すると、珍しく空笑いをしていた。


「生まれつき健康な体を持っている幸介が羨ましいよ」


 そうしたら夜通し勉強もできるだろうし。

 まあ、一夜漬けする場面は早々起きないだろうけど、

 いざという時の保険にはなりそうだよな。


「羨ましいけど……もしも、こう君が風邪引いた時は、私が看病してあげるね?」


 美海が看病してくれるなら、隙のある体でよかったかもしれない。でも――。


「とても魅力的な気遣いだけど、美海に移したくないからダメかな」


「ほら、私も丈夫だから平気だよ」


「それでも絶対じゃないでしょ」


「キス……しなければ移らないよ。たぶん?」


 唇に人差し指を当てながら首を傾げる美海。

 うん、あざと可愛い。


「弱ってるとしたくなるかもしれないから、なおさらダメです」


 キスはしたくならない……と思うけど、手は繋ぎたくなるかもしれない。

 接触すると、移す可能性がグンと高くなるから、やはり一緒にはいられない。


「そうなの? でもそれなら――絶対に看病する。ついでに膝枕もしてあげる。そして、こう君の体で悪さする菌は私の中でメ! て、してあげる」


 膝枕をついでなどと言わないでほしい。それはご褒美なのだから。

 でもな、美海が言うのはつまり、絶対にキスをする――とも取れる発言だ。


 やらしいように捉えてしまうのは、僕がいけないのだろう。


 美海はきっと心配から言っていることであろうから。

 あと、どういう仕組みは分からないけど。

 きっと滅することを、可愛らしく言ってくれたのだろう。

 風邪を移すのが治りは早いと聞いたりもするが、移された方の症状が重くなるとも聞く。


 そのことを考えたら、やはり認めることはできない。


「可愛いけどダメです」

「え~……でもね、こう君?」


「え、はい。なんでしょう?」

「私たちって、ほら? 将来? 一緒にその……暮らすでしょ?」


「そ、うだね、暮らすね。将来は同じ家に、うん。間違いない」


 美海が急に大胆なことを言うものだから、一瞬で想像してしまった。

 何を想像したかについては、そうだな――うん。


 ひと先ず、可愛い奥さんに起こされる朝を――とだけ。


 妙にリアルな場面が想像できてしまったせいで、おかしな返事を戻してしまった。


「それなら、将来のために? 予行演習? とかって必要だと思うの」


 看病の予行演習ってなんだ。

 美海本人も、強引な理論のせいで頭の上にクエスチョンマークが付いてしまっている。


「そこまで言うならお願いしようかな。ただ――」

「ただ?」


「僕のせいで美海の記録にストップを掛ける訳にはいかないから、全力で健康的に過ごそうって思った」


「そうだね、健康が一番だけど……でも、なんかちょっと腑に落ちないかも?」


「気持ちは分からなくもないけど健康が一番だよ。さて――今日は”国語総合”だね。7時半になったし、勉強を始めよ」


 どこか渋々とした様子で『はーい』と、美海が返事を戻してから勉強開始となる。

 12月1日に幸介は誕生日を迎えた。


 そしてその翌日から図書室は勉強会の時間となっている。

 月曜、火曜は僕と美海、幸介、佐藤さんの4人。

 木曜、金曜は僕と美海、莉子さん、国井さんの4人。

 水曜日は僕と美海の2人だけ。


 それぞれ、7時半から勉強開始時間と設定している。

 だから今日も、僅かばかりの会話を楽しんでから、

 いつも通りの時間に勉強を始めることになったという訳だ。


 本音を言えば、僕もまだまだ話し足りない。

 だけど、美海のお願いを叶える為にも、何としても1位を取らないとならない。

 だというのに、今回僕や美海だけでなく、美波もかなり気合を入れているから油断ならない。


 美波が苦手としている”国語”全般、それも最近では改善されてきている。

 きっと多くの人と交流を持つようになったことが、美波に良い影響を与えたのだ。

 そして当然に他の科目は満点ラッシュだろうから、結構本気で焦っている。

 美海の為にも、美波の為にも、そして僕の為にも1位を守り通さなければならない。


 だから涙を拭ってでも、勉強に全力を尽くすというわけなのだ――。


 8時10分までの約40分間。

 黙々と勉強をした僕と美海は、2人で戸締りをして図書室を後にした。

 12月にも何度か2人で戻ったこともあるが、今日は交際後、初となる登校日でもある。


 ゆえに――。


 廊下を歩き進めることが、教室へ入ることが、僕の心拍数を速くさせる。

 要は、少し緊張しているのだ。


「こう君、私たち何か言われるかな?」


 裏階段を上り、Dクラス側の廊下へ出る直前に美海が言った。

 僕と美海が恋人関係に至ったことは、

 暴走告白事件やクリスマスパーティをきっかけに知られている。

 冬休み中に美海と2人で出掛けている姿も名花高校生に見られているから、すでに広まっているだろう。


 けれど、これらのことがなくても、今の僕たちを見たら大抵の人は察するだろう。

 それはどうしてかと言うと――。


「まあ、言われるだろうね」


 そう返事を戻すと共に、繋ぐ手を目の前まで上げて見せる。

 手を繋いでいる、しかも指を絡ませる恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方をしているのだから、言われない方がおかしい。


 Aクラスは……と言うより、1年生はただでさえ噂が好きだからな。


「こう君は嫌じゃない?」


「恥ずかしいけど、今後一切美海に手を出すなって牽制したい気持ちの方が強いかな」


「ん、そっか。それならよかった」


 頬を緩ませ、どこか嬉しそうにする美海。

 本当に、僕と美海は互いに”重い”合っている。そう思わせる表情だった。


「時間もないし、行きますか?」


『うんっ!』と美海らしい返事が戻ると同時に、裏階段の扉を開き、廊下へと出る。

 そのまま、廊下を進み歩いて行くのだが――。


 嫉妬を含む視線も感じるが……どうしてだろうか、何とも生暖かい視線が飛んでくる。

 声を掛けられ、揶揄われる光景を予想していただけに少しばかり拍子抜けかもしれない。


 前期末考査から始まり体育祭、文化祭と目立つことばかりしてきた。

 そして今度は四姫花の1人と交際に至った。

 だから当然に注目されていると考えていたが、自意識過剰だったかもしれない。


(反省だな)


 そう考えつつ、Aクラス前方の扉を開くと。

『バッ』と一斉に、一糸乱れぬ動きでクラスメイトたちから視線が届いた。


「え……な、なに?」


 首を回し視線をぶつけてくるクラスメイト。

 会話が止んだことで教室の中は静寂に包まれている。

 この状況は異様で、どこかホラーの世界に迷い込んだようにも感じる。

 僕でさえ僅かに恐怖を覚えたのだ、美海も怖かったのだろう。

 呟くと同時に、僕の左腕へギュッと抱き着いてきたからな。


 彼女が恐怖しているのだ、その恐怖心を取り除くために抱き返してあげたいが、ひと先ず我慢して、美海を席まで連れて歩く。

 その動きに合わせて、クラスメイトの顔も動いている。


 いや、本当にホラーだ。怖すぎる。


 美海と席が隣り合う莉子さん、佐藤さんの2人へ挨拶を送り、その流れで状況の確認をしたいが、2人とも顔は向けているのに目を合わせてくれない。

 埒も明かないため、意を決し、クラスメイトたちに質問を投げ掛けてみる。


「何?」


 冷たく問い掛けたのがいけなかったのか、誰も何も答えない。

 が――今度は一斉に僕の席の方へ顔を向け、指を差した。

 何がなんだか状況を掴めない。一体何だと言うのだ。


「あっ」


 どうやら美海は何かに気が付いたようだ。

 でも、すぐに着席して顔を机に突っ伏してしまった。


 それだけで嫌な予感しかしないのに、美海の真っ赤に染まる耳のせいで、その嫌な予感に拍車がかかってしまう。


 美海へ向けられる視線、僕へ向けられる視線と二分され、

 自分の席へ移動すると、この状況の理由が嫌でも分かってしまった。


 ――ぼくは、みうがすきです

 ――バカ!

 ――わたしも こうくんがすきです

 ――ぼくのほうがすきだよ

 ――わたしのほうがすき すき すき!!


 結露となった水滴が垂れ落ち、所々読み難くなってはいるものの、前後の文から書いてある内容が容易に分かってしまう。


 要は、やってしまったのだ。


 僕と美海は、バカップル丸出しの証拠をクラスメイトに晒してしまったということだ。

 いや、廊下を歩き感じた雰囲気を察するに、Aクラスだけでは収まらない。

 一学年全体に広がったと考えるべきだ。

 ある意味では、僕の目的としていた牽制にはなったが――頭痛がする。

 頭痛がして、頭が痛いって馬鹿なことを言いたい気分だ。

 とりあえず、消そう――あ、でもその前に。


「山鹿さん、おはよう」

「おはよう」


「これ、撮った?」

「当然」


「あとで送って」

「わかった」


 あーちゃんなら十中八九、写真に収めていると考えての質問だったが、確認するまでもなかったようだ。


 だが、これで心置きなく消せる。


「八千代、お前……はぁ、クソが。まじでお前……はあぁぁ」

「朝から見せつけやがって……クソッ、リア充が爆発しろ」


 長谷と小野から発せられた酷い言葉の暴力を無視。

 そして、バカップルの証拠を消してしまう。

 それから着席して、長谷と小野へ挨拶を送る。


「長谷、小野、おはよう」


「うるせぇ」

「バカップルが!!」


 挨拶も返って来ず、暴言を吐く2人に物申したい所だが、

 クラスメイトたちが一斉に『うんうん』と首を縦に振った為、黙るほかなかった。

 そして安定と言うか、お決まりと言うか、何と言うか。


 美緒さんが教室へ入ってきた。


 そして今年最初の話は2月から始まる三者面談についてだ。

 進路を決める大事な場となる為、大切な話でもあるが――。


 美海のお母さん、陸美むつみさんと対面するかもしれない日でもあるため、僕からするとかなり重要な時期でもある。


▽▲▽


【あとがき】

 本日より1日一話。

 0時に更新していきます。


→あとがき訂正

 完結予告です。

 8月28日。12時となります。


 それまで、1日数話ずつ投稿いたします。


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