第271話 冬休み最終日。急遽デートが決まりました

 冬休み最終日を過ごすに選んだ場所は学校の図書室。

 美海とデートをしたいと考えたけど、美海には先約に莉子さんがいたため断念した。


 僕はこれと言って、他にすることもない。

 時間があるならば勉強をしたらいいのかもしれないが。

 勉強はゴールの見えないマラソンのようなもの。

 際限なく続く勉強ロード。

 知識が増えるから勉強は嫌いじゃないけど、息抜きは必要だ。

 水がなければ走り続けることなどできないからな――。


 そう言った理由で、息抜きに勉強することを決めたのだ。

 勉強と言ってもテストや資格ではない。

 万代さんから頼まれている歌詞作りの勉強をしようと思ったのだ。

 歌詞作りに関係する本があれば幸いなのだが、無くてもいいと思っている。

 万代さんは、それっぽく書いておけば最後はまとめると言ってくれたからな。


 それなら、素人が下手に手を出すより、歌詞となる言葉選び(?)に専念した方がいいと考えている。

 だから、普段はあまり読まない恋愛小説もしくは少女漫画などでも読んでみよう。

 昨晩まではそう考えていた――。


 起床してから、諸々を済ませコーヒーを飲んでいると美海からメッセージが届いた。


(美海)『こう君、おはよう』


(郡)『おはよう、美海。どうしたの?』


(美海)『莉子ちゃんが熱を出してしまいました』


 この時期の熱は心配だな。インフルエンザとかじゃないといいけど。


(郡)『お見舞いのメッセージとか送っても平気かな? あと、美海がよければ映画でも観に行く?』


(美海)『大丈夫だと思うよ。むしろ何もない方が莉子ちゃん怒りそうだし送った方がいいかも。映画は行かない』


 振られてしまったのは寂しいけど、何か予定があるのかもしれない。

 ひと先ず、莉子さんへメッセージを送っておこう。

 長くなっても迷惑だろうし、さっと短く打ち込んで送信する。

 次に美海に返事を戻そうと画面を開いたら、もう1通メッセージが届いていた。


(美海)『今日は図書室デートの気分かも』


 美海と2人で静かに読書する時間は、僕の好きだと思う時間の一つだ。

 だから、このお誘いは嬉しい。


(郡)『いいけど、今日は他の生徒もいるだろうから会話とかできないと思うよ?』


(美海)『こう君と一緒にいられるだけで嬉しいよ。邪魔しないから私も行っていい?』


 たった一文、それだけで顔がにやけそうになってしまう。

 とりあえず、スクショしておこうか。


(郡)『それこそもちろんOKです。9時に行くつもりだったけど、美海はどうする?』


(美海)『同じ時間に行く! でね、一つお願いがあるの』


(郡)『いいよ』


(美海)『ありがとう! じゃあ、制服を着て来てね!!』


 なるほど、制服図書室デートか。悪くない。むしろ歓迎したい。

 1時間ほど余裕があるため、クロコとソファで寛ぎ、それから図書室へ向けて出発する。


 本当は美海の家まで迎えに行きたいのだが、デートするなら待ち合わせがいいと言った美海の希望で、お迎え禁止令が発せられている。

 デートの定義に拘りもない為、僕としては少しでも早く会いたいと思うのだが。

 まあ、会える時間までのドキドキを楽しみたい。

 その気持ちも分かるから、彼女が言う可愛い拘りに付き合うとしよう――。


 約束した時間の10分前に到着すると、女池先生が鍵を開けているところだった。

 挨拶を交わしてから美海と図書室デートすることを伝えつつ、図書室へ入室する。

 注意事項として、イチャイチャするのは他の生徒が来るまで。


 その後は静かにするようにと言われる。

 それに対して『マナーは守ります』と返事すると、満足げに頷いて司書室へ移動して行った。


 いつもの席、監視カメラから視認されない机に着席すると、頭上から風が降り注いできた。

 女池先生が司書室の中にある暖房のスイッチを入れたのだろう。

 普段は気にならない風量なのだが、今は中々に強い風量が直撃してくる。

 図書室内を早く暖かくする為、女池先生がしてくれた配慮かもしれない。

 それなら時期に風も落ち着くだろうし先に本でも探そう。

 そう考えて、荷物だけ置いて奥にある漫画コーナーへ移動する。


 何冊か手に取り、ページをパラパラ捲り読んでみる。

 どれも新鮮に感じるものの、決めきれない。

 少女漫画コーナーは、男子からすると足を踏み入れ難い聖域のようにも感じる。


 そのため、初めて踏み入れ本を手に取ったが、中々に興味深いかもしれない。

 有名どころを読んだら、僕にも乙女心が理解できるやもしれない。

 そんなことを考えていたら、少女漫画コーナーの入り口から僕へ向かって歩く美海の姿が見えた。


 手にしている本を閉じ、僕からも近付いて行く。


「おはよう美海」


「おはようこう君。少女漫画を読んでも乙女心が分かるとは限らないからね?」


「そうなの? と言うより、的確に心を読まれると恥ずかしいな」


「心を読もうとしなくても、こう君は見て分かりやすいから」


 口元を隠しクスクス笑いつつ、僕の空いている左手を繋いてくる。

 その手をしっかり握りしめ、美海にお勧めの少女漫画を聞いてみる。

 いくつか教えてくれたが、ひと先ず美海イチオシの少女漫画に決めた。


『氷の城壁』というタイトルで、僕の名前の読み方と似ているのも決めた理由だ。

 右手で3冊手に取り、そのまま席まで持って行く。


「こう君は先に読んでいていいよ。私は適当に過ごしているから」


「何かあれば言ってね」


『うん』とだけ返事した美海は、本を選びに純文学コーナーの辺りへ移動していった。

 その姿を見送ってから天井を見上げる。

 風量も多少落ち着いたように感じる。


(これくらいなら平気かな)


 そう判断して、上着を脱いで椅子の背もたれに掛けてから着席する。

 本に集中すると、体に熱がこもるから予め脱いだのだ。

 暖房も付いているしカーディガンも着ている。

 だから寒さに凍える心配はない。


 準備が整ったところで、第一巻を手に取りページを捲っていく。

 数ページ読み進めたところで、図書室の扉が開いた。

 同じ1年生、Dクラスの男子だ。

 特に親しい訳でもないため、声を掛けたりせず本に視線を戻す。


 さらに数ページ読み進めたところで、美海が定位置の左側の椅子へ着席した。

 目を合わせ『おかえり』と伝える。ニコッと『ただいま』と返ってきた。


 美海が選んだ本は川端康成さんの『雪国』のようだ。

 中学生の頃に読んだが、冒頭から詩情あふれる素敵な文体をした本と記憶している。


 当時の僕には小難しく感じたが。

 今読んだらまた違った解釈ができるかもしれないし、僕も今度読み直してみよう。


 それから――。暖房の送風音、時計の秒針が進む音、本のページを捲る音、美海の呼吸音、読書するに集中を削ぐような音は一切なく、静かな時間が過ぎて行く。

 持ってきた3冊を読み終え顔を上げると、図書室の扉が開かれた。

 同じ1年生、今度はCクラスの女子だ。


 やはり面識はない為、特に声を掛けたりしない。

 本を戻しに、それから続きを取りに行こうと考え、美海へ視線を向けると、何やらノートに書き込んでいた。


 そして、そのノートをスッと差し出してきた。


 ――続きを取りに行くの?

 と、書かれていた。


 首を縦に『コクッ』と頷くと、先ほどと同じようにニコッと笑顔を向けてきた。

 つまり『いってらっしゃい』と言ってくれたのだろう。


 一緒に付いて来るかと思ったが、そうではなかったらしい。

 少しの寂しさを覚えてから、少女漫画コーナーへ移動する。


 返却本と続きの本を取り替えてから席へ戻ると、美海が付いて来なかった理由が見て分かった。


 ひと先ず着席してからペンを手に取り、ノートへ書き込む。

 それからニコニコ顔をして僕を見る美海へノートとペンを差し出す。


 ――それ、僕のブレザーなんだけど?

 と。美海が羽織っているブレザーは明らかに大きさが合っていない。


 それに僕が座っていた椅子の背もたれに掛けていたブレザーがなくなり、美海の背もたれに、美海の身体にあったブレザーが掛けてあるように見える。


 これらから、美海が僕のブレザーを着ている。と判断したという訳だ。

 深く考えずとも分かる推理。

 その間に返事を書いた美海からノートとペンが戻ってきた。


 ――こう君の匂いがして、つい。ダメ?

 と。前から思っていたけど、美海は匂いフェチなのかもしれない。


 ――ダメじゃないよ。好きに着て。

 ――ありがとう! どう? 似合うかな?


 肩はもちろん、指先まですっぽり隠れてしまっている。

 つまりは、明らかにブカブカでサイズが合っていない。


『着る』と言うより『羽織る』『着られている』と言った具合だ。

 本来なら、だらしなくみっともない姿なのかもしれない。けれど。

 けれど、どうしてか目茶苦茶かわいい。愛くるしいと言ってもいい。

 オーバーサイズの服を着る美海が可愛いのか。

 それとも僕のブレザーを着ているからなのか。


 あるいは両方か――。もう、とにかく可愛いが過ぎる。


 美海は可愛いという概念の化身(けしん)なのかもしれない。

 だから僕が書く返事など決まっている。


 ――とにかく全てにおいて可愛いです。

 ――ありがとう。ちょっと憧れていたの。

 ――憧れ?

 ――彼氏の服を着てみたいなって。

 ――前も言っていたね。

 ――うん。

 ――もっと早く言ってくれてよかったのに。

 ――言い出すのがちょっと恥ずかしくて。


 それよりも恥ずかしくなることなど、たくさんしている――と言うのは野暮か。


 ――これからはいつでも言ってね。

 ――私だけの専用?

 ――それだと僕が着られないね。

 ――もう!

 ――ごめん、美海だけの専用ってことで。


 返事をすると共に、頬を膨らませている美海の頭を撫でてご機嫌を取る。

 秒でニコニコ顔となるところはチョロくて可愛い。

 もしかしたら美海は、僕がそう思っていることを分かっていてニコニコしているのかもしれないが、別に構わない。


 だって可愛いことは事実だから。


 暫し、美海の髪を堪能していると、男子生徒、女子生徒共に退室していった。

 撫で止め時が分からなかったが、丁度いいので撫でるのを止めた。

 それから、再度、読書の時間に没頭することに――。


 新しく持ってきた3冊を読み終え、時計を見ると13時に近い時間となっていた。

 かなり集中して読んでしまったようだ。

 お昼を過ぎている。


 そんな情報が脳へ伝わると、空腹を証明する音がお腹から響いた。

 静かな空間のため、すぐ隣にいる美海にはバッチリ聞こえたようだ。

 声は出していないが、おかしそうにクスクス笑っている。

 美海と筆談でお昼を食べに行くことを決めてから、本を戻し、荷物をまとめる。

 それから司書室にいる女池先生に挨拶してから、退室する――。


「すごくお腹なっちゃったよ。多分、美海以外の人にも聞こえたよね?」


「多分ね。でも、気にしなくてもいいんじゃない?」


「それもそうか。何食べようかな……美海は何か食べたいのとかある?」


「実はですね」


「え? 実は?」


「お弁当を作ってきました」


「何それ最高。あれ、でも、え――僕の分もってこと?」


「ふふっ、こう君が食べたいって言ってくれたから作ったんだよ」


 交際翌日の朝に言ったことを覚えてくれていたようだ。


「ありがとう。嬉しいサプライズだ」


「急だったから、あまり凝った物は作れなかったけどね」


「それでも嬉しいよ。楽しみ過ぎて、またお腹も鳴り出した」


「ふふ、教室でいい?」


「部室じゃないんだ?」


 部室なら電子レンジもあるしポットもある。

 だから食後に、お弁当のお礼として紅茶だって淹れられる。

 ソファもあって居心地もいい、そう考えて提案したのだが。


「恋人と教室の机でお弁当食べるのって、青春してるって感じしない?」


「……確かに」


「でしょ? それにこう君は人気者だから、2人で食べられる日は無さそうだなーって。だから、今日は教室がいいの」


 僕が人気者どうこうは置いておく。が――。

 確かに幸介や美波、国井さん、莉子さんや佐藤さんなど、約束している人がいるから、願い出ない限りは美海と2人で食べる機会というのは、中々やって来ないかもしれない。


『今日は美海と2人で食べたい』。そう言えばいいだけなのかもしれないが、誰もいない教室で恋人とお弁当を食べる空間もまた、抗うには難しい魅力を感じる。


 だから美海の提案に全力で乗ることを決め、人気のない廊下で仲良く手を繋ぎながら、教室へ移動することにしたのだ――。

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