第263話 ――世話の焼ける人物だ
『みんなに聞いてもらいたい話……
ううん。協力してもらいたいお願いがあるの――』
この映像は11月21日の火曜日。
その放課後に平田莉子によって撮影されたもの。
八千代郡と私を除いた全員に、ミサンガを配り終えたあと、美海ちゃんがクラスメイトへ呼びかけた。
『今――みんなも知っての通り、
校則が厳しくなったよね?
そのせいで不自由な日々を過ごしている――』
滅多に見ることのできないみゅーちゃんの訴え。
入学してから初めてのことかもしれない。
だからクラスメイトたちは、静かにみゅーちゃんの言葉を待っている。
『今は文化祭準備期間で緩和されているけど、文化祭が終われば窮屈な日々が戻って来てしまう。私はそんなのおかしいと思うけど、みんなはどう思う? 聞かせてほしい――』
みゅーちゃんの問い掛けに対して、同意する声が次々に上がっていく。
――上近江さんの言う通り絶対におかしい。
――だな、絶対に間違っている。いつの時代だって!!
――私も黒田くんとぉぉっ!? ……男子の友達と話せないのは嫌。
――高校生に恋愛禁止って意味分かんない!! ね? 黒田くんもそうは思わない?
――えっ!?
――(お前、白田さんが口を滑らせたんだから何か言ってやれって)
――お……俺は、もっと自由に青春を送ってもいいと思ってる。し……。
――白田さんとだって前みたいに話したい。
この後は、黒田、白田両名を揶揄う声が上がり、似たような意見が続くため場面を飛ばす。
『ありがとう、みんなも私と一緒でよかった。それでね、ここからがお願いになるんだけど――』
みゅーちゃんは凛とした姿勢で、綺麗な声で、そう――まるで天使のような声で、八千代郡が横暴な風紀委員長、
後夜祭の場で八千代郡が行動を起こすから、その時に協力してもらいたいと訴える。
幡幸介や関順平を初めとして、平田莉子やクラスメイトたちから『協力する』と言った声が上がり始める。
――やっぱ……俺らの扇動者ってやばいな。
――あたし八千代くんに本気になろっかな。
――八千代くんって結構スペック高いもんね。私も狙っちゃおっかなぁ。
――あーあ、なんか一気に協力したくなくなったな、オレ。
――分かる。あいつがモテるのとか、なんか……な?
――でもさ……八千代って、もうなんか、何かやってやるって感じするよな。
「「「「「そうなんだよなぁぁ……」」」」」
『ふふ、八千代くんは人気者だね。でも、みんなは協力してくれるってことで考えてもいいのかな?』
6月の頃と違い、今はクラスメイトたちから八千代郡の良さが分かって貰えた
それが嬉しくて、つい漏れ出たみゅーちゃんの笑顔。
その笑顔が出るのと同時に静まり返る教室。
みゅーちゃんの笑顔に惚れた人は数えられないくらい居る。
告白した人数で言えば、今年だけで57人にも上る。
それだけの魅力を持っているみゅーちゃんだけど、八千代郡にだけ見せる笑顔を見た者は、この時まで誰もいなかった。
男子は当然に。女子ですら、頬を染め、みゅーちゃんに目が釘付けとなってしまった。
この時見せたみゅーちゃんの笑顔は、それくらいの破壊力があった。
でも――。
でもただ1人だけは違った。
あろうことか、ケンカを売るような荒げた声で、みゅーちゃんに対して質問をぶつけてきた。
「ごめん、あーちゃん。一旦止めて」
「……なに? ここからがいい所なのに」
「集中して観たいからさ、変なナレーションというか説明を止めて貰えないかな?」
「あった方が臨場感も出る。みゅーちゃんの魅力を引き出すには必要」
「美海の魅力は美海にしか出せないって。変な茶々入れて濁さないでほしい。それにさ、ここからがいい所なら本当に黙っていてほしい」
「一理ある」
「分かってもらえて嬉しいよ。と言うか、美海へ告白した人の数が凄いね」
「男子生徒のほぼ四分の一にあたる」
「すさまじいな」
「(腹立たしいことに、八千代郡宛に届いた手紙も同じだけある)」
「何その顔? まあ、いいや。続きお願い――」
八千代郡に望まれるまま、私は映像を再開させる――。
『――おい!!』
『……何かな?
『ズッくんの頭がおかしいことは分かった。でもよ――』
『八千代くんはどこもおかしくなんて――』
『いいから聞け。それでよ、上近江はどうなんだ?』
『えっと、どうって?』
『上近江はどうして校則を元に戻したいのかって聞いてんだ』
『それはさっきも――』
『あたしはお前の本当の声を聞かせろって言ってんだよ』
『……本当の声?』
『もう隠さなくたっていいだろ? どうせ文化祭のタイミングで公にしようとか考えてんだろ? ならよ、言っちまえ。じゃねーと、
(癪だけど、五十嵐涼子の言った通りだと思う。私がこの場に居たとしても言えたかどうか分からない。だから本当に悔しい。この時、こう言って貰えなければ八千代郡の下剋上は成し得なかった可能性すらある。そう考えると五十嵐涼子が陰の立役者だ)
『私は…………』
(五十嵐涼子の言葉。それによって言葉が詰まるみゅーちゃん。クラスメイトは状況の変化に付いて来られず、ただただ視線を彷徨わせている。でも、ここから。ここからがみゅーちゃんの最高に最強で格好良い場面がやってくる)
『ごめんね、みんな。私はさっき、窮屈な日々がおかしいと言った。それも本音だけど、もっと別の本音があるの――私は、八千代くんと前みたいに普通に会話がしたい。八千代くんと……ううん。こう君と周りの目を気にせず過ごせる日常が欲しいの』
――え……上近江さんそれって……?
――う、そ、だ、ろ……まさか上近江さん……まで??
――上近江さんが言った『こう君』って、八千代くんのこと??
――2人の関係って……えっ!? 2人って付き合っていたり!??
『こう君は八千代くんのこと。でも付き合ったりしていないよ』
(ざわめきの中でもホッと安堵するような声が聞こえてくる。でもそれは、みゅーちゃんが次に発する言葉で絶望へと叩き落とすことになる)
『まだ、ね――』
(声にならない声を出しながら机に突っ伏す男子が多数。後夜祭の場で、Aクラスだけが平静でいられた理由は、この時すでに経験していたから)
――それってつまり上近江さんは八千代のことが??
――待って待って待って! 上近江さんはこの間八千代くんのこと振ってたよね!?
『私はこう君のことを振ったりしていないよ? あと、狡い言い方かもしれないけど――私が抱くこう君への想いは、みんなより先にこう君に伝えたいから今は言えないです』
(みゅーちゃんが見せる乙女の顔。好きな人を想像して見せる恋する乙女の顔。その表情を見て息を飲む音が聞こえてくる。画面からも、その画面を集中して観ている八千代郡からも。でも当然に浮上する疑問がみゅーちゃんへ投げ掛けられていく。どうして2人は付き合わないのかって)
『それは私が聞きたいくらいなの。私はいつでもいいのになって思っているから――。でも、こう君は凄く真面目でね、校則やルールを破りたくないんだって。守ったうえで堂々と、その……先の関係に進んで青春を送りたいって。だからなんとかするから待っていて欲しいって』
――それって……つまり??
――八千代くんは上近江さんを迎えに行くために校則を変えようとしているってこと?
――あ、もしかして制約もか!? 四姫花と騎士がってやつ。
――なるほど……。
――八千代くんって見かけによらずロマンチストなんだ……いいなぁ……。
『だからね――だから、今の制度を変えたいの。壊したいの。四姫花みんなでこう君を騎士にして、アコレードを達成させたい。勝手だけど、みんなにも協力してもらいたい』
(みゅーちゃんは自分勝手な思いと分かっている。クラスのみんなには関係のないことで、協力する必要がないことだってことも理解している。だから不安な表情を浮かべクラスを見渡している)
――俺と順平はもちろん協力するぜ。郡のためだからな。
――もちろん私も美海ちゃんに協力するよ~!!
――莉子もです。
――あたしもだ。ズッくんには世話になったし、上近江には迷惑掛けちまったからな。
(幡幸介、関順平、佐藤望、平田莉子、五十嵐涼子と親しい友人たち、他数名が賛同の声を上げるけど状況は芳しくない。でも、ここで思いもよらぬ2人が賛同の声を上げた)
――俺も協力する。
――長谷に同じく俺だって協力する。
(クラスで最後まで八千代郡に反感を抱いていた長谷と小野。2人は、八千代郡が変化した理由を自らの予想だと加えながら語った。好きな人ができて、好きな人に格好つけたい。だから八千代郡はあんなにも格好良くなったんだと。そして今度は反対に、自身の幼稚な態度を
『それで……ダメ、かな? ――ううん。協力してくれるよね?』
(ずっと可愛い笑顔を浮かべていたみゅーちゃん。でも最後は底知れぬ『圧』を感じさせる笑顔で協力を募った。その結果は語る必要もない。無事、Aクラスをまとめ上げるに至ったのだ、が――最後に五十嵐涼子の言葉で形勢が逆転する)
――んじゃ、こっからは上近江への質問タイムってことで……2人の出会いから教えろ。
と。クラスメイトから質問の嵐が飛び交うことになった――。
「――どうだった?」
「控えめに言って最高。だけどさ、美海の格好いい姿というより可愛い姿じゃない?」
「見解の違い」
「人によって異なるか……ちなみに――」
「コピーなら準備してある」
「さすがあーちゃん」
「でも少しだけ待って。長谷と小野が
「……もう一度言うけど、さすがあーちゃん」
長谷と小野だけでなく、八千代郡にとっても黒歴史だったのだろう。
心から言ったお礼に感じた。
「でも美海は最後、僕に内緒するよう言っていたけど……僕が見てよかったの?」
「バレなければ平気」
「なるほど……でも、僕は美海に嘘をつきたくないんだけど?」
「その時はその時」
全ての責任を八千代郡に負わせるだけ。
「どうせトカゲの尻尾切りでも考えているんでしょ」
「……どうして?」
「あーちゃんって結構顔に出やすいから」
「うるさい生意気用が済んだなら帰れ」
「そうだね、長居しても悪いしお暇しようかな」
八千代郡はコーヒー、そして映像のお礼を言ってから立ち上がり玄関へ移動して行く。
あと1時間くらい余裕はあるけど、私も早くプレゼントを見たいから引き止めたりしない。
「お邪魔しました」
「気を付けて帰って。八千代郡に何かあると悲しいから」
「あれ、やけに素直だね?」
「何を勘違いしているの?」
「え?」
「八千代郡に何かあるとみゅーちゃんが悲しむ。みゅーちゃんが悲しむから私が悲しむ。それこそ本当に呪ってやりたくなるほどに」
「……気を付けるよ。いい加減帰るよ、またね。いい初夢が見られるといいね」
「八千代郡もね。でも、みゅーちゃんみたいに素敵で最かわ彼女がいるなら悪夢なんて見ないか」
それこそ一富士二鷹三茄子を超える吉夢になること間違いない。
私は今日、枕の下にみゅーちゃんの写真を入れて寝るつもり。
「最強可愛い彼女は肯定するけど、僕は夢を見ても覚えていられないからな」
「夢を覚えていられない? 何それ、詳しく言って」
「気になるの? 大した話じゃ――」
「いいから」
「まあ、いいけどさ。玄関で話すことでもないから、簡単に言うけど――」
小学生に上がってすぐのこと。
母親の手で思い出の写真を燃やされたこと。
その母親に言われて自身の手でも写真を燃やしたこと。
その翌日、朝目を覚ますと涙を流していたこと。
その時の喪失感で夢を見られなくなったこと。
もしくは覚えていられなくなったことを悟った。
それを八千代郡は淡々と説明した。
「どう? これこそ呪いみたいじゃない?」
「――――」
呪いと言えば呪いだけど。
これは呪いではない。一種の暗示のようなもの。
八千代郡は深層心理で自身を許せない。そう思っているのだろう。
母親に嫌われたくない。捨てられたくない。だからそれ以外の思い出を捨てた。大切な記憶の一部、みゅーちゃんとの約束を捨てた。自分を責めているのだ。
「呪いなんかじゃない。でも――」
「でも何?」
「なんでもない」
「そっか」
「用事を思い出した。早く帰って」
八千代郡は呆れたように肩を竦めると、今度こそ帰って行った。
私は部屋に戻って、携帯を手に取りみゅーちゃんへ連絡を入れる。
「これでもう大丈夫」
近い将来。みゅーちゃんが八千代郡の自己暗示を必ず破ってくれる。
それを確信してからプレゼント開封の儀へ臨む。
誰にも見せることができない程に顔を綻ばせたのだ――。
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