第262話 私の幼馴染はどうしようもない程に――

 手の平に収まるくらいの大きさ。

 長方形をした箱。携帯電話。

 携帯電話の画面が光ると同時に人差し指で操作して送信相手を確認する。


(りこりこか……)


 別にりこりこを嫌っている訳ではない。

 お調子者な面もあるが、一生懸命な性格をしていて努力家でみゅーちゃんを好いている。

 だから、どちらかと言えば好きだ。

 八千代郡のことなど綺麗サッパリ忘れて幸せになって欲しいとも思っている。

 忘れてとは言ったが、体育祭のころのように燃え上がるような恋愛感情はすでにない。

 りこりこもその辺は割り切っている。

 みゅーちゃんと八千代郡のことを心から祝福もしている。

 だからこそ、幸せになって欲しい。


 傲慢な思いだけれど、2人のために行動して『恋』を自覚させてくれたのだ。

 何かあれば手を貸してあげたいとも――――。


(五色沼月美、か……)


 今朝からみゅーちゃんを初めとして、父親、クラスメイト、五色沼の手足たち。

 その主人である五色沼月美。

 ずぼらで他人に興味の無い五色沼月美ですら、送ってきたバースデーメッセージ。

 それなのに――。


 クラスメイトであり、幼馴染であり、祝うべき人であり、認めている人である八千代郡からはメッセージがこない。

 私が誕生日を教えていないのだから、こなくて当然なのかもしれない。

 だけど、みゅーちゃんが教えたと言っていた。

 ついでに言うと『2人はもっと話し合って下さい』って、怒られもした。

 幼馴染にバースデーメッセージを送らない八千代郡。

 みゅーちゃんに怒られるきっかけを作った八千代郡。

 やはり私はそんな八千代郡のことを――。


「呪った方がいい?」


 いや、でも――八千代郡に何かあればみゅーちゃんが悲しむ。

 いくら憎たらしくて腹立たしくていい加減で薄情な幼馴染だとしても、八千代郡のことを呪うことなどできない。


 つい、条件反射で『呪う』と言ってしまうけど。

 そもそも、八千代郡には祝福の加護が付いているから呪いなど効かない。

 掛けようとしても跳ね返してしまうはずだ。

 でも待って。これだとまるで私が――。


「八千代郡から祝ってもらいたいってことになる?」


 そんなことは断じて否。

 ただ、唯一八千代郡からメッセージが届かないから気になってしまっただけだ。

 私にとって八千代郡はみゅーちゃんのおまけ程度の存在。

 だからこれ以上考えることは止めだ。


 止め止め止め止め止め止め止め、や――――――。


(八千代郡)『今日って時間ある?』


(祝)『ない』


 挨拶もなしに都合だけ聞いてくる人に使う時間などない。断じてない。


(八千代郡)『美海から時間あるって聞いたけど?』


(祝)『みゅーちゃんに使う時間はあるってこと。つまり八千代郡にはない』


(八千代郡)『お昼くらいに会えたりしない?』


(祝)『あたまおかしいんじゃない?』


(八千代郡)『渡したい物があるんだけど』


(祝)『不要。話は終わり』


(八千代郡)『美海からの預かり物でも?』


 本当に腹立たしい。話を聞かない。後出しで言う。厭らしい。

 みゅーちゃんのことだから誕生日プレゼントを八千代郡に預けているのだろう。

 それは嬉しい。みゅーちゃんからのプレゼントなら、たとえチリ紙でも嬉しい。

 でもこれが意味するのは、八千代郡は知っていて、敢えて、私の誕生日を無視しているってこと。

 だから本当に腹立たしい。


(祝)『11時から13時までの間。その時間だけなら構わない』


(八千代郡)『分かった。じゃ、11時になったら僕の部屋に来て』


(祝)『無理』


(八千代郡)『ええ……』


 それは私のセリフだ。


(祝)『招待してあげる。だから八千代郡が私の部屋に来い』


(八千代郡)『いくら幼馴染でも、女の子の部屋に行くのはちょっと』


 だからといって、自分の部屋に呼び出す方がどうかしている。


(祝)『みゅーちゃんの格好良い姿見せてあげる』


(八千代郡)『何それ、凄く気になる』


(祝)『私の部屋に招待することは、すでにみゅーちゃんの許可は下りている』


(八千代郡)『いつの間に。でも分かった。それなら11時にチャイム鳴らす』


(祝)『不要。鍵開けておくからそのまま入って来て』


 八千代郡に似合わないコミカルなスタンプで『了解』と戻ってきた。

 11時までは残り1時間ほど。

 年末に掃除は済ませているから掃除をする必要はない。


 でも――。


「一応、部屋の鍵は掛けておくべきか」


 私からみゅーちゃんを奪った図々しい男だけど、八千代郡は礼儀を弁えている。

 だから人の部屋を覗き込むような真似はしないだろうけど念のため――。


 約束の時間。11時丁度。

 ドアノブが回り、扉が開かれた。


「……お邪魔します。ずっと玄関で待っていたの?」


「私もそこまで暇じゃない」


「そっか――えっと、腕を組んで仁王立ちされていると上がりにくいんだけど、上がってもいいのかな? それとも玄関の方が都合よかったり?」


 髪の毛先から足のつま先まで入念に見るけど――穢れはなさそう。


「上がって。そのスリッパ使って。飲み物はコーヒーでいい?」


「お邪魔します――。でもさ、ちょっといい?」


「……なに?」


 背を向けようとしたところで呼び止められたから、思わず睨んでしまった。

 でも、飲み物くらい答えてから訊ねるべきだと思ったから仕方ない。


 全て八千代郡が悪い。


「直接言いたかったからメッセージ送らなかったんだけどさ――誕生日おめでとう、あーちゃん」


 この男は本当に本当に本当に本当に本当に――――――本当にッッ。


 私は八千代郡のこういうところが嫌いなのだ。


 憎たらしく、柔らかさせている頬を引き千切ってやりたい。


「……ありがとう。でも、サプライズはかえって迷惑」

「こんなのサプライズでも何でもないんだけど?」


「なに? ケンカ売っているの?」

「あーちゃんにケンカなんて怖くて売れないよ」


「そ。で?」

「えっと、コーヒーでお願いします」


 言ったのは私だけど、まさか『で?』の一言で伝わるとは思ってもいなかった。


「ん。ここで注意事項が一つ」

「何だろう、聞いた方がいい筈なのに聞きたくない気持ちが――」


「黙って聞く」

「はい」


「リビング、手洗い、洗面所。ここ以外はけして立ち入っては駄目」

「分かった」


 やけに聞き訳がいいことが気になるけど、これまで何度も『呪う』と言ったから、警戒しているのかもしれない。


 今度こそ玄関から移動して洗面所へ案内する。

 手洗いうがいが済んだらリビングへ来てと、言い残し、私は先にリビングへ。


 それからキッチンで飲み物の用意をしてしまう。


「今日お父さんは? 一応、お菓子持って来たんだけど」

「いない。会津の方へ行っている」


「そっか。でも、せっかく持ってきたからあーちゃんに渡しておこうかな」

「ありがとう、遠慮なく頂戴する」


「よかった。適当にテーブルにでも置いておくね」

「ん。適当に好きな所に座っていて。あと寒かったら言って」


「過ごしやすい温度だから平気。コタツもあるみたいだし――」


 八千代郡は持参したお菓子をダイニングテーブルに置くと、真っすぐコタツへ移動して行った。

 テレビを点けたかったから丁度いいかもしれない。


「はい、お待たせ。コタツに置いてあるミカンと煎餅は好きに食べていいから」


「ありがとう、至れり尽くせりだ」


「大袈裟――」


 そう言いながら、私もコタツに足を入れる――あったかい。


「……彼女以外の足に足を絡めるとか正気?」


 私が冗談を言うと、八千代郡は面白いほどに慌てた様子で否定の異を唱えた。


「いや、ちょっと当たっただけで絡めてないから。というか、あーちゃんの足物凄く冷たかったんだけど? 靴下の上からでも伝わってきた」


「冷え性だから。それより早くみゅーちゃんからの預かり物をちょうだい」


 嘘。本当は1時間近く玄関にいたから足が冷えていただけ。


「忙しいとか言ってどうせ長い時間玄関で待っていたんでしょ?」


「待っていた訳じゃない。それより早くちょうだい」


「ちょっと待って――――はい。改めて、誕生日おめでとう。あーちゃん」


「ありがとう。でも二つ?」


「そ。小さい方が美海からで、それより大きいのが僕から」


「……ありがとう。保存してくる」


「この場で開けてもいいよ?」


「私はリアクションとか苦手。だから1人になった時に開けたい」


『そっか』とだけ言った八千代郡を残して、自分の部屋に移動する。

 みゅーちゃんからのプレゼント。

 とっても中身が気になるけど、今は八千代郡がいるから開けられない。


 開けてしまったら、間違いなくだらしのない顔を晒してしまうから1人の時でないと見ることができない。


 みゅーちゃんからのプレゼントを金庫に入れて、八千代郡からのプレゼントをクローゼットに入れてからリビングへ戻る。


「お待たせ――見る?」


「見る。でも美海の格好良い姿って何? あまり想像つかないんだけど?」


「見てのお楽しみ」


 テレビ、それからDVDプレーヤーの電源を入れて、1枚のディスクを入れる。

 次に電気を落とし、部屋を暗くする。


「何かの映像? やけに本格的だね」

「シッ――流れるから黙って。すぐにみゅーちゃんが映るから」


 八千代郡は肩を竦める仕草をしてから画面に視線を向けた。

 私は暗記しているけど、みゅーちゃんの姿は見飽きることなどない。

 そして流れ始めるみゅーちゃんの雄姿――――。

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