第258話 茶会の後は健全なデートです

 茶会終了後。

 延長した3人を残して” ラージエコー”を後にする。


 それから名花高校の図書室へ移動する。

 冬休み中でも教員たちに休みはない。

 そのため学校が閉まる30日までは図書室の利用もできるというわけだ。


 扉を開くと、司書室にいる女池めいけ先生と目が合った。

 会釈してからスリッパに履き替えて司書室まで移動する。

 僕を歓迎するように、司書室の扉が開かれた――。


「こう君、おかえりなさい!!」

「ただいま美海」


「もぉ、ここは2人の愛の巣じゃないのよ~」


 的確な突っ込みだと思うが、

『おかえりなさい』と言われたら戻す返事は決まっている。


「予定通り終わったんだね?」


「2時間きっかりで帰らせてくれたよ。それより美海? 女池先生の仕事の邪魔はしてない?」


「私がねぇ~、息抜きにぃ、美海ちゃんを呼んだのよぉ……うふふふっ」


 女池先生は返事と同時に僕の顔を見てきて、最後に生暖かい目をして笑った。

 それだけで嫌な予感しかしない。


「それならいいのですが……美海? 何か恥ずかしい話をしたりしていないよね?」


「えっと……少しだけ?」


「八千代くんのぉ、あつーい告白とかぁ、いろいろぉ~? うふふぅ~、八千代くんたらぁ、男前なんだからぁ」


 愛嬌ある垂れ目を持つ女池先生だが、今だけは憎たらしい目をして僕を見てくる。

 だが僕は女池先生の視線を流して、『ジッ』と美海を見る。


 それに対して美海は誰とも目を合わせず明後日の方を向いている。


 鳴らない口笛を吹く姿は可愛く見えるが、少しお灸を据える必要がある。

『美海?』と呼びかけると、

 ようやく目を合わせて暴露した理由を教えてくれた。


「だって……こう君とのこと自慢したくなったんだもん。うい先生なら誰にも言わないしいいかなって。ごめんね……」


「怒ってはいないよ。でも、話した内容は気になるかな」


「んっとね……こう君が夜中に私の頬をちょんっとつついたこととか」


 おっと、気付かれていたのか。

 恥ずかしいけど、これくらいならまだ許容範囲内だ。


「……とか?」


「そのあと頬に唇を当ててくれたこととか」


 女池先生の顔がスライムのように崩れ始めている。


「…………とか?」


「あとは――髪を撫でてくれたり、ギュッとしてくれたり……その……」


 女池先生に暴露されたことや、美海にバレていたこと二つの意味で恥ずかしさの限界突破をしてしまいそうだ。


 それならきっと僕が呟いたことも聞かれているのだろう。


「………………その?」


「最後に耳元で可愛いって言ったことや、その……好きって言ってくれたこととか?」


 結構限界。

 だから、頼みますから、生暖かい目を向けないでほしい。


「……あとは?」


「あとは……私がこう君に同じことをしちゃったってことかな?」


 何それ、知らない。どうして僕は寝付きがよいのか。

 その時くらいは目が覚めて欲しかった。


 腕を組み『うんうん』と首を縦に頷いている女池先生が憎たらしい。


「なるほど――それならさ、もう一層のこと女池先生にたくさん自慢したらいいよ」

「え、いいの!?」


「もちろん。女池先生なら喜んで聞いてくれるだろうし。たくさん聞かせてあげて」

「うんっ!!」


 結果、僕が女池先生に揶揄われることになるのは間違いない。

 だけれど、美海が僕とのことを自慢したいといじらしいことを言ったのだ。


 同級生に言われるのはさすがに恥ずかしいが、女池先生にくらいなら、譲歩してもいいのかもしれない。


 あとは少しばかり仕返しの意味もある。


「あ、あ……あのねぇ? も、もうねぇ? 実はねぇ? これ以上はねぇ? 胸焼けがしちゃうかも――」


 珍しく慌てる様子を見せた女池先生へ今年お世話になったお礼を告げてから、美海と一緒に学校を後にして、お買い物デートへ出掛ける。


「外を歩くには寒いから、エスパルの中を通って行こうか」

「こう君のポケットも借りたいな?」


「ポケットだけでいいの?」

「んー……こう君こそ私に何か貸したそうに見えるよ?」


「そう? でも今なら左手が空いているんだけどな?」

「私も右手が空いているよ?」


「それなら美海の可愛い右手を借りてもいいかな?」

「うん! でもその代わりにこう君の温かい左手を借りてもいい?」


「もちろん。契約成立だね」

「ふふ、いい取引でした――」


 内容の無い会話を楽しみながら、腐れ花に招待された茶会での話をサッと報告しつつ目的地であるアクセサリー屋さんへ移動して行く。


 道中、思い出深い生キャラメルパンケーキで有名なお店の前を通った時は、互いに妙な空気となってしまったが、リベンジの約束を結べたから結果良かったのかもしれない。


 エスパルの中を進みお花屋さんを過ぎたところで冷たい外気に晒される。


 ハンバーガー屋さんの前を通り過ぎ、アクセサリー屋さんが入っているアティの中へ肩を寄せ合いながら進んで行く――。


『いらっしゃいませ』と出迎えてくれ店員さんは、指輪を購入した時に応対してくれた人だ。


「先日は、当店のご利用ありがとうございました。本日は如何なさいましたか?」


 僕の事を覚えてくれていたようだ。素直に感心させられてしまう。


「こんにちは。こちらこそ先日はありがとうございました。指輪に通せる革紐みたいなものを探しているんですが……ないですよね?」


 シルバー、貴金属を取り扱うお店に革紐はないと思いつつ、美海がお店に行きたいと希望した為、寄ってみたのだけれど――。


「お取り扱いしてございます。どうぞ、こちらです」


 安心感を与える優しい笑顔をして、革紐とシルバーのチェーンをガラスケースの上に置いてくれる。


「差し出がましいとは思いましたが、こちらにご用意致しましたチェーンは、八千代様がご購入された指輪よりも純度の低いシルバーとなります。絶対ではございませんが、純度の高い指輪に傷を付ける心配も少ないですし、デザインも指輪に合う物ですので、どうぞご検討くださいませ」


 より硬い方が一方へ傷を付けるは当然なのかもしれないが、同じシルバーなら傷付け合ってしまうと思い込んでいた。


 だから純度の低いチェーンの存在を教え、用意してくれたことにお礼は言っても、不満など言い様もないことだ。


「ありがとうございます。少し、彼女と相談してもいいですか?」


 ああ、なんか彼女って響きいいな。

 美海は恥ずかしかったのか、『彼女』と言った時に手をギュッてしてきたけど。


「もちろんでございます。わたくしはあちらで控えておりますので、ご相談がお済みになられましたらお声掛け下さい――」


 真上にカメラもあるし、一度購入しているから信用してくれているのかもしれない。


「美海はどっちがいいかな? 値段は気にしないで好きな方を教えて」

「ありがとう。でも、私に似合う方をこう君に選んでもらいたいです」


「それならチェーン一択かな」

「ん、それならチェーンでお願いします」


 店員さんへ声を掛けようとするも、察していたのか声を掛ける前に寄って来てくれた。


「お決まりになられましたでしょうか?」


「はい、チェーンの方を購入させてください」


「ありがとうございます。ご用意致しますので少々お待ちください。もし、よろしければですが、指輪のクリーニングも致しますが如何でしょうか? 当店でご購入いただいた物につきましてはサービスとさせて頂いております」


「どうする?」

「お願いしようかな」


 右手薬指に嵌めていた指輪を外し、店員さんへ預けてから会計を済ませてしまう。

 指輪のクリーニングは1分としないうちに終わった為、会計後すぐに返却してもらった。


 返却のタイミングで、月に一度はクリーニングした方がいいと教わった為、専用のクリーニン液を購入しようとしたが、気軽にお店へ来て構わないと言ってくれたから、今回の購入は見送ることにした。


「いろいろとありがとうございました」


 お礼を告げ立ち去ろうとしたが、店員さんは綺麗になった指輪を見て嬉しそうにしている美海へ声を掛けた。


「よくお似合いでございます」


「え、ありがとうございます」

「こちらの指輪には対となる指輪もあるんですよ」


「そうなんですか?」

「見るだけでも結構です。お時間よろしければ、ご用意致しますが如何でしょうか?」


 お手本にしたい営業力と感じた。

 お世話になったし、僕も美海とのペアリングを欲しい思いはある。

 だから購入を検討してもいいかもしれない。


「こう君どうする? 私はちょっと、その……ペアもいいなって思う」

「僕も同じ気持ちかな」


「じゃあ、見させてもらう?」

「そうだね、でも今はまだいいかな」


「この後何か用事?」

「いや、美海が18歳になってから同じ指輪を付けたいなって」


「ん……すぐまたそうやってこう君は――」

「ダメだった?」


「ダメじゃない、けど……。分かった、私も18歳までの楽しみに取っておくことにする」


 店員さんへ断りの言葉を戻そうとしたが、目を見開き、手の平で口元を覆い隠した状態で固まってしまっていた。


「あの、大丈夫ですか?」


「は――し、失礼致しました。あまりにも尊いシーンを見てしまった為に……って、私ったら何を言って――」


 既視感のあるこれは止まらなくなる『やばい』やつだ。

 国井さんに通ずるものを感じてしまった。


「えっと、また来月も来ますのでよろしくお願い致します」


「は、はい――お二人でのご来店お待ちしております――」


 興奮抑え切れぬ店員さんへ背を向けて、

 気持ち早足で逃げる様にアクセサー屋さんを後にする。


「親切でいい人だったけど、少し変わった人だったね」


「来月からは僕1人で行くよ」


 僕はすでに国井さんによって毒され始めているが、美海はまだ何も影響を受けていない。

 だから僕が守らなければいけない。


「それは嫌。私も一緒に行きたい」

「僕は美海を守りたいだけなんだけど」


「おかしなこと言わないのっ」

「これでも騎士だからさ」


「そうだけど、今は関係ないでしょ? だから来月からは私も行く。はい、決定!」


 押し切られてしまうことになったが、強引な美海も悪くない。


「こう君、この後の予定は何か決めていたりする?」

「特に決めていないけど、どこか行きたい所とかある?」

「あーちゃんの誕生日が近いから、何か探しに行きたいかな。こう君は用意した?」


 何それ、初耳情報なのだけれど。


「その顔は……もしかしてこう君、あーちゃんの誕生日知らない?」

「……いつなの?」

「1月1日だけど……あーちゃんもこーくんも、2人はもっと話し合った方がいいと思うな」


『幼馴染なんだから』と、チクっと刺されてから買物デートの続きが決まった。

 何件か回っているうちに、美波たちと遭遇して揶揄われる場面もあったけれど。

 美海をアパートに送り届けるまで、笑顔が絶えない時間とすることができたのだ。

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