第257話 敵にまわさない事を心に誓いました

 栢木かやのき先輩への第一印象は人当たりの良い柔らかな性格の持ち主。

 だが、茶会が始まる直前に見せてきた冷たい目と、よこしまな微笑みのせいで、抱いた第一印象など瞬時に消え失せた。


 けれども――。


 腐れ花の3人に囲まれた室内だけでなく、栢木先輩の揺さぶりによる精神的不利な状況で開催された茶会は、意外にも穏やかに進んでいった。


 自己紹介を含む会話や学校生活での話題。

 当たり障りのない会話が落ち着いてからはカラオケ屋らしく歌を楽しむ。

 間に飲み食いを挟みつつ時間が過ぎていく。

 招待状に書かれていた茶会は2時間ほど。

 それも残り20分というところで、ようやく『腐れ花』らしい会話が飛び出してくる。


「てかてか! 実際のところ、八千代くんと幡くんはどっちがタチでどっちがネコなの? 私的には八千代くんはネコだと思うんだよね~?」


「ふうも気になる! でも八千代はタチだと思う。大人しそうな顔して大胆なことしでかすし」


「うふふ、それで八千代くんはどちらなのでしょう? 石川元樹もときさんとの場合もお聞きしたいところですね」


 カラオケ屋へ向かう道中、久留米くるめさんは僕の呼び方の中で『猫』って言っていた。

 あの時は文字通り『猫』を差しているのかと考えた。


 けれど、今このタイミングで『ネコ』だけでなく『タチ』という言葉が出てきた。

 予想するに僕の知らない意味が隠されているのかもしれない。


 これまた予想だけど、僕からしたら知りたくもない意味なのだろう。

 聞きたくないけど、今日一番となる純粋な目を向けられたら断りにくい。


「その……すみません。タチとかネコの意味から教えてもらいたいのですが……」


 タチが攻める人でネコが受ける人。

 それだけ知っていれば十分だと久留米さんが教えてくれた。


「それでそれで!?」


 正直に言わせてもらえるならば、友人同士で攻めだとか受けだとか考えたこともない。

 それは男同士に限らず女友達に対してもだ。

 きらきら輝く目をした3人の期待に応える返答などできる筈もない僕が捻り出した答えは逃げ一択だ。


「えー……っと……みなさんの想像力の邪魔をしたくはありませんので、返答は控えさせて頂きたく思います」


 本気で考えてしまえば、次に幸介や元樹先輩と会う時に顔を見て話すことができなくなると思ったのだ。


 下剋上に協力してくれた人に対して不義理かもしれないが、これが精一杯なのだ。

 不満の言葉、もしくは怒りの言葉をぶつけられる可能性も考えたが、3人は穏やかだった。


風香ふうかちゃん、れんちゃん、お優しい八千代さんから好きに想像する許可を得ました。他12人への通達をお願いしても?」


 許可などしたつもりなどないのに、どうしてそうなるのだろうか。

 想像することを止めることなど誰にもできないけれど、許可したという事実が残れば、どんなことに波及するのか分からない。


「あ、いや、待っ――」


「八千代さん、会長としてお礼申し上げます。ありがとうございます。派閥争いに加担するつもりなど考えておりませんでしたけれど、あの日あの文化祭で八千代さんへ味方して本当によかったと、今は心から思えます。それで八千代さんは今何かを発言されたそうにされておりましたね、遮ってしまい申し訳ありませんでした。何なりとおっしゃってください――」


 ほんの少し首を傾け、柔和な笑顔をして手の平を向けて言ってくる。

 栢木先輩は僕が何を言おうとしたか分かっているのだろう。


 だが、その目やその手の平からは、

『恩を仇で返すのですか?』と言っているように思えてしまう。


「その……ほどほどにお願いしますね? 僕だけの問題ではありませんので……」


「ええ、ええ――承知しております。ご迷惑をお掛けする者は、私の下にはおりませんからご安心なさってください。風香ちゃんと恋ちゃんもよろしいですね?」


「ふうにおまかせあれー。安心しろータチくん」


「推しに迷惑を掛けてはならぬ。見守ってこそ腐れ花。ちゃんと弁えているから大丈夫だよ、ネコくん」


 少し待ってほしい。呼び方について物申したい。

 たった今、迷惑な気持ちにさせられている。


「私たち腐れ花は、本来でしたら接触すること自体禁止しております。ナマモノへの接触はトラブルの元となりますから、心のうちに秘めるべきものとお教えしております」


「……では、どうして今回は茶会にご招待頂けたのですか?」


 おそらく――。


 栢木先輩からの返答が文化祭で協力してくれた理由に当たるのだろう。


「腐れ花内で人気ナンバーワンとなるカップリングだけではなく、ナンバースリーのカップリング。ふたつの素晴らしい映像をご提供してくれたお礼となります」


 順番は不明だが、僕と幸介もしくは僕と元樹先輩を表しているのだろう。

 ナンバーツーが気になるところだが、聞いたら負けな気がして躊躇ってしまう。


 まあ、予想だが……流れから察するに、幸介と元樹先輩の組み合わせかもしれない。


 いや、それよりも重要なことがあるのだから、優先順位を間違えてはならない。

 そう考えて質問しようとするも、室内に設置された受話器からけたたましい呼び出し音が鳴り響いた。


 久留米さんが受話器を取ったことで音は止んだが、茶会終了の合図にも感じられた。


「最後に一つ、いえ二つ質問をしてもよろしいですか?」


「ええ、なんなりと」


「もしも、また来年に力を貸してほしいとお願いしたら、協力してもらえたりするのでしょうか? また会員を教えてもらうことは可能ですか?」


「八千代さんのことですから、私の返事をお聞きにならずとも存じておりますでしょうが、お答え致します。私たちはひっそり活動することを主としております。今回は『特別』なのですよ。会長を務めた私の最後の我儘が通ったと考えてもらうのが良いかもしれませんわね。ですから、二つとも『否』となります」


「残念ですが、承知致しました」


 月美さんが予想した通りの結果だな。会員については消去法で調べることができるけど、わざわざ怒らせることをする必要はない。


「うふふ、賢い選択かと――それでは、お開きといたしましょう。本日はとても有意義な時間となりました。八千代さん、誠にありがとうございました」


 来年の協力だけでなく、腐れ花の会員について教えてもらうことは叶わなかったが、窓口として菜根さいこん先輩と久留米さんの二人と連絡を交わしたところで、一癖も二癖もある茶会が終了となった。


 

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