第256話 穏やかな茶会になることを願います

 多くのお客様から感謝の言葉をいただき、

 知人たちに新たな出会いの場を作り、

 新たな関係がスタートした友人もいた。

 終始笑い声の絶えなかった時間を考えれば、

 クリスマスパーティは大成功で収めることが叶ったと言ってもいいだろう。


 そして翌日。本来定休日となる25日の月曜日。


 この日は11時開店17時閉店で、

 クリスマス特別メニューを用意して臨時営業日とした。

 お客様の退店時には、24日同様に焼菓子もプレゼントした。

 気持ちとしては楽器コンサートも行いたかったが、こちらは断念するしかなかった。


 理由は、24日に有料で行っているからだ。

 有料と言ってもパーティ料金と別途に頂戴したわけではない。

 頂戴した料金に含まれているから有料扱いとなっているのだ。


 それでも興味を示してくれたお客様へは、来月から行われる楽器コンサートのご案内をさせてもらった。


 17時に閉店してから後片付けを済ませた18時の時間に退店となったが、店を後にしたのは僕1人だけである。

 美海や美空さん、他の従業員、あとから美緒さんも合流してお店でクリスマスパーティをすることが急遽決まったからである。


「こう君も一緒にどう?」

「郡くんもよかったら参加しない?」


 美海と美空さんに誘ってもらえたが、夜は美波と母さんとケーキを食べる約束をしていたため、丁重にお断りさせてもらった。


 目尻が下がる優しい笑顔をして『そっか』と言った2人に見送られてからマンションへ帰宅すると、リビングにコタツが用意されており、美波とクロコが仲良く横になっていた。


 並んで伸びている様子がだらしなくもどこか可愛く思えた。

 けれど、コタツを購入することを決めてはいたが誰にも話していなかった。

 だから、つい、驚いた表情を母さんへ向けてしまった。


「冬にコタツがないと何だか落ち着かなくて買ってしまったけど、不要だったら引き取るわよ……って、言うつもりだったけどその必要はなさそうね?」


「元から購入するつもりでした……だったけど、この様子を見たら撤去はできなさそうで……できないかな」


 いまだ抜けきらない敬語が可笑しいのか、母さんは笑いを堪えたように聞き返してくる。


「そう――つまり?」


「えっと、必要ってことで」


「ふふ――可愛い息子の頼みだからね。置いて行くことにするわ」


「ありがとう母さん」


「どういたしまして。すぐに夕飯だから、郡はお風呂に入ってきなさい」


 ひと言『そうする』とだけ返事を戻そうとしたが、その前にコタツで横になっている美波が割り込んできた。


「作った――」


「今日は珍しく美波がシチューを作ってくれたのよ」


「即行でお風呂入ってくる――」


 美波が僕に手料理を振る舞ってくれたのは、中学2年と3年の時にあった僕の誕生日だけである。


 今年の誕生日は、僕が家から逃げ出したせいもあって作って貰うことができていないため、四捨五入すれば2年ぶりとなる美波の手料理である。


 妹が作る手料理なのだから、楽しみで仕方ないという訳だ。


 シスコンと言って呆れる母さんに『うるさい』と返してから、シャワーで汚れを落として湯船に浸かり、髪を乾かす時間も含めて約30分でリビングに戻った。


 それから、美波が作ってくれたシチューや母さんが用意した夕飯をコタツで囲みながらいただいたが、どれもこれも美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまった。


 最近、美波は和食以外の料理も覚えているようで、今度の誕生日は覚えた料理を振る舞ってくれるそうだ。


「楽しみにしておく。でも3月にある美波の誕生日が先だね。いちご狩り以外でも何かしてほしいことや欲しいものがあったら言ってね」


「ん――兄さんが一緒――なら――」


「そっか、美波のために時間は作るけど、幸介のことも忘れないんだよ?」


 頬を柔らかくした美波だったが、その表情を瞬時に歪ませプイっとそっぽを向いてしまう。


 けれど母さんがケーキを出したことで、子供のように目を輝かせ喜色の表情を浮かべることになった。


 ケーキを食べ終えた後、美波にはイヤリングを母さんにはシルク生地のパジャマをプレゼントした。


 早速『着けて――』とねだってきた美波にイヤリングを着けてあげたが――。

 白椿がデザインされたイヤリングが金色の髪に映えて、可憐でいて凛とした雰囲気を持つ美波によく似合っている。


 母さんには『母親に大金を使わなくていいのに』と言われてしまったが、それでも美波と一緒に喜んだ様子をみせてくれたから満足だ。


 そして2人からも僕へプレゼントが用意されていた。


 美波からは黒猫が描かれたガラス製の栞を、母さんからは革で作られた文庫版サイズのブックカバーをもらった。

 2人へお礼と一緒に大切に使うことを伝えて、読み途中であった本に使用させてもらった。


 予定になかったプレゼント交換をしたあとは、コタツを囲み、就寝する時間まで家族団欒の時間を楽しみ過ごすことになった――。


 そして翌日のお昼前の時間。


「行って来ます」

「いってくる――」


「ええ、いってらっしゃい」


 今日からお正月休みに入る母さんに見送られ、僕と美波は一緒に家を出た。

 目的地はお馴染となった駅前にある緑の扉前。


 けれどそこから先は、それぞれ約束した相手がいるため別々に行動をすることになる。


 僕はクラスメイトの久留米くるめさんから招待を受けており、美波は国井さん含む同じクラスの友達と出掛けるそうだ。


「みみ様、お義兄様!! おはようございます!!」


「志乃――おはよ――」

「おはよう国井さん」


『お義兄様とは呼ぶな』と何度言っても、呼び方が変わることはないため諦めてしまった。


 お義姉様と呼ばれるよりはマシだと考えたのだ。

 国井さんが来てから5分としないうちに、美波のクラスメイトたちも続々とやって来た。

 名前も知らない女子たちと挨拶を交わしてから、買物へ出かける美波たちを見送る。


「さすがに寒いな――」


 美波の時間に合わせて家を出たが、僕が約束している時間は30分後となっている。

 冷たさを優に超える耳を痛くする風が吹き、雪も残る噴水広場という水場の近くにいては凍えてしまう。


 そのため時間まではエスパルの中に避難して寒さを凌ぐことを決める。


 建物内に入るが、それでも寒いと感じる。


 その理由は奥にある改札、その先にある電車のホームから風が流れてくるからであろう。

 緑の扉が見える位置で待機していたかったけど、風の届かない場所へ避難することを決め直す。


 久留米さんと連絡先を交換しておけばよかったなと考えていると『あっ』と声が聞こえて来たため、声の方へ振り向くと。


「おはよう! えーっと……八千代くん? ズッくん? 先導者? 英雄様? 騎士団長様? それともぉ……ネコ?」


 声の主はこれでもかってくらいに厚着して、防寒対策バッチリな久留米さんだった。

 頭からつま先までもこもこしている。

 寒がりなのかもしれないけど、さすがに暑くないのかなと疑問が出てくる。


「おはよう久留米さん。久留米さんも中に避難していたんだね? 呼び方については、八千代でお願い」


 その他の呼び方は学校内でなら構わないが、外ではご遠慮願いたい。

 というか、猫ってなんだ。

 僕の家に猫がいることを同じ猫好き仲間である佐藤さんが言ったのかもしれないけど、呼び方としては不適切だろう。


「おけおけ、じゃあ八千代くんって呼ぶね……ところで今日は幡くんや石川先輩は一緒じゃないの?」


「えっと、受け取った招待状には2人を呼ぶこととか何も書かれていなかったけど、呼ばないとまずかった?」


 呼んでよかったなら全力で巻き込んだのに。


「あ、そうなの? てっきりどっちか1人は呼ばれているかと思ってた」


「招待状の内容、久留米さんは知らなかったの?」


「知らないよー。てか人に宛てた手紙とか見たら駄目でしょ?」


「ごもっともです」


 そうは言ったが、僕も当然に常識だと把握している。


 けれど招待状を渡す役を担っているのだから、てっきり中身を知っているものとばかり思っていたのだ。


『寒いし案内するね』と言った久留米さんの後に付いて行くが、後ろから見てもフォルムがモコモコしていて、全体的に丸く感じる。

 寒いと言ったことを考えたら、これだけ厚着でいてもまだ足りないのかもしれない。


「八千代くん、後ろ歩いてないで横おいでよ! せっかくだからお話しよ」


 断ることでもないため、手で早く早くと煽って来る久留米さんの横へ移動する。


「今さらなんだけどさ、どこに向かっているの?」


「カラオケだよー。てかてか聞いてもいい?」


「あ、カラオケなんだ。それで聞きたいことって?」


 茶会への招待とあったから、てっきりカフェかどこかと予想していた。

 歌える曲のレパートリーは1曲増えているからカラオケでも構わないけど、茶会に参加する人数や他に男子がいるかどうかは気になるな。


 質問を順番にする決まりはないが、久留米さんの質問へ返答したら聞いてみるとするか。

 招待状の中身を知らなかったくらいだから、あまり期待はできないが。


「上近江さんとはどうなったの? 付き合ってるの? 23日にどうのこうのって言ってたよね?」


「おかげさまで、美海からオーケーしてもらえたよ」


「えー、おめでとう!! でも、八千代くんあっさりしてるね? もっとこう……何ていうか、『めっちゃ嬉しい』って空気が出るの想像してたから意外。嬉しくないの?」


 文化祭の後夜祭でやらかしたピンマイク事件のせいで、僕と美海が23日に出掛けていることは、全校生徒に知れ渡っている。


 そのため慌てる必要のない質問でもあったから、淡々とした返事となりあっさりに感じたのだろう。


「まさか。表情に出にくいだけで、めっちゃ嬉しがっているからね?」


「うける、真面目で堅い八千代くんの口から『めっちゃ』とか言われると、なんか嘘臭く感じる」


 久留米さんの言葉に合わせて言ったのに酷い言い草だ。


「……僕からもめっちゃ聞きたいことあるんだけどいい?」


「ちょっ、やめて! 笑わせないで――――」


 満足いくまでゲラゲラと笑い目頭に涙を溜めた久留米さんから、『どうぞ』と返事が戻ってきた。


「今日の茶会って、他に男子とかいるの? 参加人数とかも知りたいかも」


「男子は八千代くんだけで、人数は八千代くんを入れて4人だよ。てか、女子しかいないカラオケに八千代くんを連れてったりして上近江さん平気かな? 言った?」


 招待状には内密にしろとか書かれていないため、当然に美海へは伝えてある。

 書かれていたとしたら、茶会を断っていただろうけど。


「伝えてあるから平気だよ」


「そっか、ならいいのかな?」


 女子しかいないことは事前に知り得なかった情報だけど、可能性が高いことも伝えてある。


 というより、美海から『多分、女子だけだよ』と言われている。


 女子しかいない場に送られることは複雑だが、交際前に受けた招待状だからと言って美海は渋々といった表情で許可してくれた。


「でも、次からは参加できないと思う」


「いいんじゃない? それが普通だよ。あと、次はないから大丈夫」


 なるほど、今回限りというわけか。

 断言する理由が気になるが、答えてはくれなさそうに思う。


「久留米さんは誰か好きな人とかいないの?」


「私? ないないない!! 私は見る専だから。自分の恋愛とか考えただけでゾッとしちゃう」


 久留米さんの名前は確か『久留米くるめれん』。

 名前の通りに生きなければならないって決まりはないが、あきらかな反対姿勢のため可笑しく感じてしまう。


 けれど、僕の考えと他の人の考えが一致するとは限らないからな。

 人にはそれぞれの人生があるのだから不思議ではないのかもしれない。


「今、名前は『恋』なのにって思ったでしょ?」


「人それぞれ考え方があるよなって思っただけ」


「なんか納得いかないけど……」


「人生は納得のいかないことの方が多いよ」


「悟った風に言ってるけど、八千代くんって私と同じ歳だよね? もしかして人生2回目とか?」


「2回目の人生ならもっと上手に生きていると思う」


「下手なふりとか?」


 自分自身、器用に生きているつもりなど考えたことがないけど、面と向かって生きるのが下手と言われると、少しばかりへこむな。


 あとで美海に慰めてもらうとするか。


「こうして久留米さんとゆっくり会話するのは初めてだけど、凄く話しやすくて驚いたよ」


「そう……かな? 思ったことズケズケ言っちゃうから、そんなこと言われたの初めてかも。褒められるのってやっぱりちょっと嬉しいね」


「ズケズケとは違うんじゃない? それに友達の中ではその良さが当たり前になっているだけだと思うよ。正直者の久留米さんに救われている人だっているはずだよ」


 昔の莉子さんみたいに1人でいる姿を見たことがない。

 休憩時間になれば、クラスメイトの誰かしらが久留米さんの元へ声を掛けに行っている姿を何度も見ている。


 嫌われ者ではありえない光景だろう。


「……八千代くんって、天然ジゴロって感じ。上近江さん可哀想……」


「ええ……」


 フォローしたつもりなど全くなかったけど、戻って来た返事が『天然ジゴロ』には遺憾な思いしかない。


「あ、着いたよ! ここのビルに入ってるカラオケ屋さん」


 久留米さんが指さしたビルに入っているカラオケ屋は” ラージエコー”のひとつだけ。

 前に美愛さんと行ったことのあるお店と同じ名前だけど、そことは別の駅から少し離れたお店だ。


 1階入り口から入店して、受付で待ち合わせであることを伝えてから、久留米さんに案内されるまま店内を移動する。


 ノックもせず扉を開けた久留米さんに『入って入って』と勧められるまま、部屋へ足を踏み入れるが、室内は僕の知っているカラオケ屋とは別の世界のように感じた。


 淡い水色を基調とした空間にシャンデリア風の照明。

 お城の一室をイメージして装飾された部屋に感じた。


「プリンセスルーム、その中の1種類『シンデレラ』をイメージして作られた部屋なんだって」


 招待主への挨拶そっちのけで室内を観察している僕に久留米さんが説明してくれる。


「なるほど、茶会にはもってこいだ」


「そうそう。それで――」


 久留米さんが室内にいる2人を紹介してくれようとするが、そのうちの1人が手の平をかざし不要だと伝えてきた。


「八千代郡さん、初めましてとお伝えしておきますね。私は3年A組の栢木かやのき明日香あすかと申します。隣にいる子は2年A組の菜根さいこん風香ふうか。さん。親しみを込めて『風香ちゃん』とお呼びしてあげて」


 栢木先輩に紹介された菜根さんは『ペコッ』と軽く会釈だけして、久留米さんに着席する場所を指示している。


「栢木先輩、菜根先輩、初めまして。1年A組の八千代郡です。呼び方については、もう少し時間を頂けると助かります」


「ええ、それで構いませんよ。八千代くんもどうぞご着席なさって」


 勧められるまま久留米さんの隣へ腰を下ろす。

 そんな僕を柔和な笑顔で見ている栢木先輩は驚くほど大人に見える。


 物腰柔らかな口調に上品な仕草。

 胸元まで伸びる長い髪、その毛先がクルクルと綺麗に巻かれている。

 栢木先輩が放つ雰囲気が『茶会』の格をあげているかのように錯覚する。

 何を言われるのかといった意味では緊張していた。


 けれど今いる場所がカラオケ屋でなく、本当に格式高い部屋に感じてしまって、余計な緊張感を抱かされてしまう。


 気を引き締めた方がいいかもしれない。


「ただのお茶会です。言葉で伝えきることは難しいですけれど、緊張なさらないでください」


 作られた笑顔であることは分かる。

 それでも自然に見える綺麗な笑顔を僕に向けて言ってきた。


「お見通しなんですね」


「ええ、私は年上のお姉さんでもありますから。ですが、年上と言いましても僅か二つです。社会に出てしまえば年齢差二つなどあってないようなもの。ですから八千代くんもお気になさらずに、本日、この時間を楽しんで頂けると幸いに思います」


「でも明日香ちゃん、高校生の先輩後輩の関係って実際年齢1歳違うだけでも、精神的には3歳違うって聞くよ?」


「細かいことはよいではありませんか。それに風香ちゃん? 私はそのようなお話を初めて耳にしましたけれど、情報は正確なのでしょうか?」


『しらなーい』と返事して、いい加減な情報をもたらした菜根先輩に対しても、『まぁ』と柔らかく笑って見せる栢木先輩。


 菜根先輩の話は鵜呑みにできない都市伝説や迷信のたぐいだろう。

 けれど栢木先輩を見たら、頭から否定することが難しいと考えてしまう。

 それだけ大人びて見えるのだ。


「ねー、八千代くん。明日香先輩って、ザッ大人の女性って感じしない?」


「そうだね、久留米さん。名花高校では一番大人びて見えるかも」


「だよねっ! 憧れるなぁ~」


「うふふ――恋ちゃんに八千代くん、おふたりのような可愛い後輩に褒めてもらえることは嬉しく思いますけれど、私は一生懸命に見栄を張っているだけかもしれませんよ? 自宅で過ごす姿を見られれば、幻滅されてしまうかもしれませんね」


「明日香ちゃんは家でもこんな感じだよー。恋と八千代は何飲む? テキトーに頼んじゃっていい?」


『会話を楽しませてください』と笑いながら怒った風に言う栢木先輩。

 それから僕と久留米さんへ、飲み物を頼むより先に会話を始めたことへ謝罪をしてきた。


 僕が注文したジャスミンティと久留米さんが注文したゆずはちみつが届くまでの間、栢木先輩がリードする形で軽い世間話が繰り広げられていき、飲み物が届き店員さんが退出すると――。


「それでは改めまして――。八千代郡さん、茶会への招待を受けていただき、誠にありがとうございます――」


「いえ、お誘い頂きありがとうございます」


「私、栢木明日香が会長を務める腐れ花こと”ラブレシア”が、精一杯におもてなしをさせていただきます」


 栢木先輩の目はどちらかと言えば僕に似た切れ長の目をしている。

 けれどそのことを感じさせないほどニコニコとしていて、人当たりの良い柔らかな性格の持ち主と印象を受けていた。


 それが今は、変わらず口角は上がっているけれど目だけは笑っていない。

 瞬きした一瞬で変わっていた表情を見て背中に緊張が走ったくらいだ。


「ふふふ――緊張なさらないでください」


 先ほども言われた言葉。

 同じ言葉なのに、まる別の言葉のように聞こえてきた。


 緊張がほぐれ、気が抜けたタイミングの出来事。


 何を話すのか分からない茶会。

 それなのに精神的不利な状況で、


 腐れ花――新たに知った名称”ラブレシア”が主催する茶会を迎えてしまう事になってしまった――。

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