第255話 この半年でたくさんのものを貰いました

 最終第三部にいらしてくださったお客様は、名花高校の友人や知人、その方々のお連れ様で占められている。


 クラスメイトからは、バス旅行で友人となった順平と五十嵐さん。

 同じ書道部の佐藤さんとそのお連れ様でもあり僕の友人でもある優くん。

 幼馴染のあーちゃん。

 他にも長谷と小野の2人に黒田さん白田さんカップルが来てくれた。


 Bクラスからは、体育館でケンカが発生したことを知らせてくれた笹沼くんがCクラスの吉永くんと来てくれた。

 吉永くんは体育祭実行委員のあと、莉子さんとはいい友人関係を築けているようだ。

 美波と国井さんは、幸介の家に招待されているため残念ながらこの場には居ない。

 だが、美波と幸介の仲が順調に育まれているようで安心した。


 Cクラスからは、広野入さんが2年の欅さんと一緒に来店した。

 知らなかったけど、この2人は従姉同士で幼い頃から仲がいいらしい。

 どうりで似た雰囲気を纏っているわけだと妙に納得できた。

 その広野入さんといつも一緒にいる亀田さんは、白岩さんと冨久山先輩の3人で『ヴァ・ボーレ』で働く美愛さんと鈴さんの元に行っていると。


 こちらも驚いたことだが、白岩さんと冨久山先輩、それに亀田さんと本宮先輩はそれぞれが従姉同士だと。

 名花高校の生徒会は身内で固められているようだ。

 美愛さん繋がりで言えば、三穂田さんと咲菜ちゃんもヴァ・ボーレに行っている。

 ちなみに本宮先輩は元樹先輩とショッピングしているようで、情報源はと言うと。


(元樹先輩)『クリスマスに買い物してくる! オーケーもらえた!』


 と、単純な文面に見えるが、どこか喜色の色が見えるメッセージで報告を貰っていたのだ。


 僕と直接の面識はないが、他にも莉子さんや佐藤さんを介して複数の女子が来店してくれた。

 女子で溢れる店内となり、男子は肩身狭そうにしていたが満更でもない様子にも見えた。

 いや、実際楽しそうにしていたし、長谷と小野の2人が開口一番で素直にお礼を伝えて来たから満更でもなかったのだろう。


 演奏会が終わったタイミングで、

 僕と美海、莉子さんは美空さんから新しい指示をされた。

 来店してくださったお客様を接待するようにと。


 要は、『働く手を止めて友達と好きに話してきていいわよ』と言うことだ。


 僕たち3人は、優しい笑顔で指示してくれた素敵な上司にお礼を言って、それぞれの友達の元へ声を掛けに行く――。


「どう、楽しめてる?」


「よ、ズッくん。休憩か?」


「ほら、お客様のグラスが空いてんぞ」


 歯を見せる笑顔で応えてくれた順平と違い、五十嵐さんは厭らしい表情で空のグラスを差し出してきた。


 悪役がするテンプレのような対応で笑えてしまう。


「接待という名の休憩みたいなものかな? ご飯はどう? 口に合う?」


「んじゃあ、しっかり接待してもらわないとな!」


 嫌味を言っているつもりかもしれないけど、嫌味に聞こえないことも順平の魅力かもしれない。その順平に対して『仰せのままに』と返事を戻すと感想を言ってくれた。


「どれもメチャクチャ美味しいけど、お洒落な料理もたくさんあるから、微妙に緊張してるかも。まあ、涼ちゃんは平気そうだけど」


「ん? あたしは嫌でも開女で慣らされたかんな。つかズッくん、早くオレンジジュース持ってこい!! 手が吊ったらどう責任取ってくれんだ!!」


 五十嵐さんの口から『開女』という気になる発言が出たけど、これ以上無視をすれば頭を叩かれることになるだろうから、新しいオレンジジュースを用意して手渡すことを先決する。


「お待たせいたしました五十嵐涼子様。オレンジジュースでございます」


「気持ちわるっ!!」


 言葉と一緒に手が飛んで来て肩を叩かれてしまう。

 どちらの未来を選択しても結局は叩かれてしまうのか。


 ただ、五十嵐さんとしても無意識だったのだろう。

 珍妙な表情で僕の肩に視線を送っているからな、悪いと思っているのかもしれない。


「ズッくんって、どこ叩いてもいい音なるな? お前の体どうなってんだ?」


 イチミリも悪いと感じていなかった。

 五十嵐さんの頭がどうなっているのかと聞き返してやりたい気分だ。


「まあ、まぁ、ズッくんも抑えて。涼ちゃんが俺以外の男子で触る相手はズッくんだけなんだから。それだけ信頼しているってことだからさ」


「気持ち悪いこと言うなっつーの!!」


 うん、痛い――どうして僕を叩くのか、叩く相手間違えているぞ五十嵐さん。

 信頼している相手をそんなに叩いたら駄目だって教えてやりたい。


「順平も笑ってないで止めてよ」


「そうすると今度は俺が叩かれるからなぁ……」


「いや、彼氏でしょ?」


 何が悲しくてクリスマスの日に、モグラ叩きのモグラのように叩かれなければならないのか。


「そう言えばズッくんお前、上近江とはどうなったんだ?」


「おかげさまで昨日から交際する関係に至りました」


「おお、やっとか! おめでとう、ズッくん」


 心からお祝いしてくれていると分かる表情を見せてくれる順平。

 その反対に五十嵐さんからはとても嬉しくない反応が戻ってきた。


「チッ……(おめでと)」


「ありがとう、順平。でも、彼女さんからは舌打ちが飛んできたんだけど?」


「ああ、照れを一切見せずに『付き合った』って、報告が気に入らなかったんだと思う」


 なるほど、照れる姿を見せた僕を揶揄う算段だったという訳か。

 計算と違って、冷静に報告した僕が気に入らないから思わず舌打ちになったと。


 天邪鬼通り越して捻くれ過ぎやしないか。


「まあ、いいや。2人に聞いてみたいことがあったんだよね」


「お、なんだ?」


「……聞くだけ聞いてやるよ」


「交際当初って、どのやり取りでも幸せを感じて、顔がにやけたりしなかった?」


「「…………」」


 2人揃って苦虫を食い潰したような、いや、砂糖を吐き出しそうな顔をしている。


「ちょっと俺……冬休み明けが怖いかも」


「甘いって順平……今日すでに被害が起きるかもしれない……早く帰った方がいいかもな」


 意味が分からないし返事を教えてと言ってみるが、言いたくないと頑なに拒まれてしまった。


 もしかしたら2人は、人には言えない甘いやり取りを体験しており、言いたくなかったのかもしれない。


 それなら不躾に聞いた僕が悪かったし、話題を変えてあげた方がいいかもしれない。


「ところで五十嵐さん、さっき開女がどうのこうのって言っていたけど知り合いでもいるの?」


「パスッ!! あたしは上近江に目標を変更するから順平はその問題児バカを頼んだ」


 苦笑いを浮かべる彼氏を置いて、佐藤さん、あーちゃん、白田さん、莉子さんたちAクラス女子に首元を指差され揶揄われている美海の元へ移動して行った。


 あの様子って――この後きっと僕も揶揄われるやつだな。


 覚悟しておこう――。


「聞いたらまずかった?」


「いや、平気っしょ。俺に話しておけってことだと思う。つか、なんか女子たちめっちゃ盛り上がってんな?」


 交際3カ月も経てば、言葉を交わさずとも意思疎通が出来るようになるのか。


 ちょっと、羨ましく感じるな。


「美海が交際の報告でもしているのかもね」


 どうせ事実を知った五十嵐さんから教えられるだろうから、わざわざ教えることもない。


「そっか。で、涼ちゃんが言った開女についてだけどさ、俺も大したことは知らないけど、いつだったけか……幸介の家で集まって勉強会した日って……」


「夏休みが終わる直前の8月21日だね」


 ふたつに意味で莉子さんの誕生日となった日の前日だからよく覚えている。

 もう少し言えば、赤木あかぎさんに靴を隠された記念すべき日でもあるからよく覚えている。


 学校見学で遭遇してからピタリと会わなくなったが、元気にしているだろうか。


「こまかっ!? ズッくんってやっぱり細かいよな、凄いけどさ」


 褒められているはずなのに全く嬉しくない。

 似た者同士のカップルだな。

 いや、似てきたのかもしれない。


 ただ、どうせなら五十嵐さんの方へ寄せずに、順平側に似せてくれたらよかったのに。

 返事も戻さず失礼極まりないことを考えていると、順平がそのまま説明を始めてくれた。


 どうやら、勉強会が終わったあとに五十嵐さんの様子がおかしいことに順平が気付いたと。

 その理由を聞いたら、原因は早百美ちゃんと赤木さんにあった。

 2人が何かをしたとかではなくて、開女で有名な2人が突然現れたことに驚いてしまったと。


「まさか百合の女帝が幡の妹で、それも目の前で茶を淹れてくれるなど想像していなかったってさ」


「百合の女帝って、また大袈裟だね。それより、もしかして五十嵐さんは開女出身なの?」


 大袈裟とは言ったが、開成女子中学の有名人で人気もあり才能あふれる早百美ちゃんなら何もおかしくはないのかもしれないな。


 名前にも掛かっているし尚のこと。


「あ、なんだ。そこから知らなかったのか。わりーな、それを先に言えばよかった」


「多分、彼氏の順平しか知らないんじゃない?」


「たった今もう1人増えたけどな」


 それから、口角を上げ楽しそうにする順平と互いの彼女の可愛いと思う所を言い合っていると、黒田くんと優くんも混ざり彼女自慢が始まった。


 正確を言えば、優くんに彼女が出来るのはあと数時間後になるけど誤差だろう。


 盛り上がる様子につられて、長谷と小野の2人も混ざって来たが一瞬のうちにユウターンして、笹沼くんと吉永くんの元へ去って行った。


 悲壮感漂う4人に見えたが、

 CクラスとDクラスの女子がその4人へ声を掛けた瞬間に『パァッ』と表情が輝いたから、心配やフォローする必要もなさそうだ。


 それを確認して体の向きを元に戻すと、目の前には困惑した男子3人と一心に僕を見つめて来る女子2人がいた。


「郡、私にかまえ」

「郡ちゃん、むくも寂しい」


 欅さんと広野入さんの2人だ。

 困惑している友達に許可を取り、2人を連れ場所を変える。


 ただ、この2人はかまえと言うが、揃ってご飯やケーキ、焼菓子類を会話もせず無心に食べていたからどこか浮いていたのだ。


 演奏会中もひたすらお肉を頬張っていたからな。

 あれだけ食べたというのに、今も片手には焼菓子が持たれている。


「欅さん、広野入さん、満足いくまで食べられましたか?」


「今月のお小遣いすべて注いだから。その分食べないと。全て美味しかったから後悔はない」


「前にも言った。郡ちゃん、椋のことは椋と呼んで。呼ばないと延々とむくむく言い続けちゃうよ?」


 親からアルバイトを禁止され、お小遣い制の欅さんは毎月1円単位でお金を管理して全てを『食』にまわしている。

 その欅さんが満足できたなら、大成功と言ってもいいだろう。

 急にしゃがみ込んだ広野入さんはとりあえずスルーだ。


「欅さんが満足されたなら良かったです」


「もうすぐお年玉シーズンだから、暫らくお店に通えそう」


「むくむくむくむく、むっくむく。郡ちゃんは女の子なのに不思議? 触れたらむくむくしちゃう?」


「お店にとってはありがたいですけど、破産しない程度に来てくださいね。それより――どこ見て……って、触ろうとしない。広野入さんは女の子なんだから下品なこと言わないしない」


「「分かった」」


 自身の名前を下ネタに使用する神経に疑いをもってしまう。

 自由過ぎる2人を見ていると、

 冨久山先輩と白岩さんが苦労する理由が嫌でもわかってしまう。


「もっと食べて来る」

「またね、郡ちゃん」


「ええ、また――」


 欅さんと広野入さんの2人と話をしていたのは、時間にして5分くらいだろう。

 それなのに今日一番の疲労を感じた。


 さらに広野入さんがおこなったことに対して、あーちゃんと莉子さんから詰問されてしまい散々な結果となった。


 だが、その後の残り時間は明るい声や笑顔溢れる時間だけが過ぎて行きラストを迎える。


 第一部、第二部でもおこなったように、出入り口で見送りつつ焼菓子を配り本日のお礼を伝え、別れの挨拶を交わしていき、最後の退店者となったあーちゃんを送り出すことで初めてのイベントとなったクリスマスパーティが終了となる。


 全員で『疲れたー』『やり切った』『楽しかった』『また来年もやりたい』と感想を言い合いながら、片付けと清掃をおこない、復旧作業は夜だとケガの危険もあるということで翌日出勤してからやることにして今日は退勤した。


 美海と美空さんを自宅まで送る道中、疲労のせいかいつもより口数が少なかったけど、2人の表情を見る限りどこか充足感が伝わってきた。


「郡くん、今日は頑張ってくれてありがとう。帰りは気を付けてね」


「はい、美空さんもいろいろありがとうございました」


「ふふ、いろいろは美海ちゃんのことも含めてのいろいろってことかな?」


「ええ、たくさんのいろいろです」


「ふふっ、でも……」


「でも?」


「やっっっと、くっついたって感じよ。本当にもどかしくて、イジイジして、ジレジレして見てられなかった」


 ありがたいことに、美海から僕へクリスマスプレゼントがあるということで、それを部屋に取りに行っている間、美空さんが僕の相手をしてくれている状況なのだが、まさかこんな形の不満を言われるとは予想にしていなかった。


「美海にも似たようなこと言われました」


 記念日に拘らずとも、本当はいつでも良かったと美海は言っていたからな。


「郡くんがモテモテだから美海ちゃんは心配なのよ」


「否定したいですが、大勢の女子と絡む機会が多いため心配を掛けてしまいました。僕は美海にだけモテモテでありたいですけど」


 美空さんへそう返事をすると、戻って来た美海が可愛い事を言ってくれた。


「私はずっとこう君に一筋でぞっこんだよ? ありがとう、お姉ちゃん」


「それは僕も一緒だよ、美海」


 美海が戻って来たことで、入れ代わるように美空さんが『おやすみなさい』とだけ言ってリビングへ姿を消して行った。


 気を使ってくれたのだろう。


「はい、こう君っ! メリークリスマスッ!!」


「ありがとう。開けてもいい?」


 元気よく『うんっ』と返事を頂けたので、丁寧に包装を開けていく。

 包装がなくなったことで次に見えてくる立派な箱。

 その上蓋を開けると、木枠に包まれたガラス製の物が見えた。

 落とさないように気を付けて取り出し、全体を見てみると。


「砂時計?」


 ただの砂時計ではない。ひとつの木枠に3種類の砂時計が納められている。


「うん、1分と3分と5分が計測出来る砂時計――こう君、紅茶淹れてくれる時にいつも携帯で時間測っているから、どうかなぁって」


「めちゃくちゃ嬉しい。ありがとう、美海。大切に使わせてもらうね」


「よかったっ!! いっぱい使ってあげてね」


「もちろん。でも、ごめん。僕は特に用意していなくて……」


 恥ずかしい話、指輪を用意しただけで満足してしまっていたのだ。


「もう、もらった……――ううん。それなら、何かお詫びしてもらいたいな」


 前に手を掲げ、指輪を見せてくれていた美海だったけど、何かを閃いた表情を作ってからは、掲げていた手を下げ、プレゼントの代わりとしてお詫びをねだってきた。


 そのことを言ってもいいのだけれど……何となく、僕にも都合が良さそうなおねだりと感じたため、素直に聞き返してみた。


「何をしたらいいかな?」


「……その目、こう君気付いているんでしょ?」

「バレたか」


「……いい?」

「もちろん――」


「お願いします――」


 美海と僕、2人のおねだりの答え合わせをしてから、最後に『また明日』と言う。

 だが、重ねた目を外すことができず、もう一度だけ答え合わせを行ってから今度こそ、幸福感を抱きながら帰路に就く――。


 到着したマンションの玄関を開けると。


「ナァ~」

「おかえり――」

「おかえりなさい」


「――ただいま」


 クロコだけでなく、今日から30日まで泊まりに来ている美波と母さんが出迎えてくれる。

 母さんが用意してくれていた湯に浸かり、疲労を解し、上がってからは2人へ美海とのことを報告した。


 男子高校生が母さんへ彼女ができたと報告することは言い様のない恥ずかしさを覚えたけれど、訊かれたのだから答えるしかない。


 たとえ僕が言わなかったとしても、どうせ美海から報告が入るのだ。

 だから仕方なく報告をした。

 母さんと妹から祝福の言葉をもらったあとは就寝を決める。

 時間も遅く、明日も早いためだ。


 冷たい布団を覚悟して足を入れたが温かい。

 どうやら湯たんぽを入れてくれていたようだ。

 優しい気遣いに、体だけでなく心まで温かくされる。


「いい日だったな」


 人生で一番多くの幸せを感じることのできたクリスマスイヴ。

 そのことを実感しながら、温もりに溢れる布団へ意識を沈めて、この日を終えたのだ――。

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