第253話 サンタさん美海を見たいです
本日『空と海と。』の営業は少し変則的となっている。
通常なら10時から20時までの営業時間となるが、本日は13時まで完全に閉めている。
日曜日の稼ぎ時でもある貴重な時間帯を閉めてまで何をしているかと言うと、13時、15時、18時の計3回に分けて行われるクリスマスパーティへ向けての準備時間に充てている。
パーティ形式については、各時間帯1時間30分の完全予約制で立食スタイルとしている。
予告もなくクリスマスパーティを行います。
などと言うことは当然にしない。
普段からご利用してくださるお客様へ迷惑を掛ける訳にもいかないため、11月に入ってからお知らせをすることで対応をしている。
だが、それでも完全に伝えることは難しいだろう。
その場合の対応については、何も知らず来店したお客様へコーヒーチケットを1枚お渡ししてお詫びの品とすることで決まった。
サービス精神旺盛な美空さんは『少ないんじゃない?』と言ったが、期間は設けているし、店の外にもお知らせは掲示していた。
そのため、本来はコーヒーチケットのお詫びを渡す必要もないと僕は考えている。
けれども、知らずに来店されたお客様は不満の意を示すだろう。
しかもせっかくのクリスマス。
その日に、マイナスなイメージを持ったまま帰ってもらいたくはない。
だからコーヒーチケットを渡すことを提案し、それで納得してもらった。
次回来店して下さればコーヒーだけでなく食事の注文もあるかもしれない。
そうすれば、簡単に回収も出来るだろう。
まあ、これは美空さんへは伝えなかったけれど――。
午前中に関しては、幸いなことに来店された方はいなかったようだ。
次はご予約状況について。
11月から始めたお知らせと共に予約の受付も行っていたため、おかげさまで、どの時間帯も予約を埋めることが叶った。
まあ、18時の時間帯に関しては知人友人で埋まっているため、実際の営業は16時30分までのようにも感じてしまう。
設定値段は高めかもしれないが、料理上手な従業員全員で作る定番のクリスマスメニューを含む豪華な料理の品々。
コーヒーや紅茶、その他ソフトドリンク類にシャンメリー。
苺のケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキを含む数種類のケーキや焼菓子類。
ほんの気持ち程度になるが、当店で人気のある焼菓子をお土産にお渡しもする。
そしてこの日のために準備していたメインイベントが開始30分してから行われる。
そのイベントは、店内の雰囲気を演出していた存在感のあるピアノを使用して、
これらを考えれば、むしろお得なくらいだ。
と言うより、ほとんど利益がないため、7月に申請して承諾がおりていた助成金頼みとなる。
今回のクリスマスをきっかけに、毎月一度だけ演奏会付きのディナーショーを開くことを計画している。
美空さんを始めとする従業員たちも乗り気だから、是非とも成功させたい――。
従業員一同。
そして美緒さんからギルティ判定を食らった僕と美海ではあったが、
午前中から働くみんなのおかげで準備は万端。
13時まで残り10分という時間。
残るは最終確認とお出迎えの準備だけ。
莉子さんが言った『郡さんいつものお願いします』という、余計なひと言があるまではそう思っていた――。
「あの、美空さん。それに皆さんも……本当にやるんですか?」
「いいから、いいからっ。体育祭や文化祭で見て、ちょっといいなぁって思っていたのよね。郡くんの掛け声を聞くと、やる気が漲るって言うかやってやるぞぉ! みたいな、ね?」
「美空姉さん、郡さんは何せ扇動者の称号を得ておりますから。人を乗せるのがお上手なのですよ」
「ふふっ、それに先導者もね。こっちは自称だけど」
「莉子さんも美海もうるさいよ」
何が面白いか分からないけど2人揃って仲良く手を取り合い『きゃー』とか言って楽しそうにしている。
早くもクリスマスの雰囲気に当てられて浮かれているのかもしれない。
「どれ、せっかくですから私も混ざらせてもらいましょう。よろしいですね、郡?」
確認してくれているが、
美緒さんが僕に向ける表情からは有無を言わせない圧力を感じる。
ただ、サンタ帽を被る美緒さんは何だか、
そうだな――とても良いとだけ。
「おい美海! 旦那がエロい目をして美緒姉さんを見てんぞ!!」
「あらあら、いけない旦那様ですねぇ」
「美海を泣かせるなら、八千代くんの頭にハリセンを落とすことになるわよ?」
美緒さん、万代さん、紫竹山さん、新津さんへ否定の返事を戻したいが、混沌とした空間にもなりそうだから止めておこう。
「……収集がつかなくなりそうですし時間もありませんからサクッと始めましょうか」
「こう君?」
都合が悪くなると話を逸らす。
いつもの事だけど、時間もないのは本当だ。
そのため、他のみんなは仕方ないなといった表情をしたけど、可愛い彼女の美海は僕を見逃してくれないようだ。
「休憩の時でもいいから、あとで美海のサンタ姿見せてね」
「う……うん、わかった」
僕の彼女チョロ可愛すぎやしませんか?
今すぐ抱きしめたいし頭を撫でたい。
けれどブーイングの嵐が凄いから、今は我慢して始めるとしよう。
「掛け声は?」
「「「「「「「いらっしゃいませ」」」」」」」
「違うでしょ。今日は何の日?」
「「「「「「「クリスマスイヴ」」」」」」」
「それなら?」
「「「「「「「メリークリスマス」」」」」」」
「その次は?」
「「「「「「「ようこそ『空と海と。』へ」」」」」」」
「みんな可愛いよ」
「「「「「「「!?!?」」」」」」」
「お客様お帰りです」
「「「「「「「今のなに!?」」」」」」」
「お客様お帰りですよ?」
「「「「「「「……焼菓子をどうぞ」」」」」」」
「目一杯楽しもう」
「「「「「「「おおぅっ!!」」」」」」」
浮かれているのは美海や莉子さんだけではなく、僕も同じだったようだ。
予定にない言葉まで言ってしまったからな。
おかげで囲まれ、詰められることになってしまったが後悔はない。
表情は明るく、陽気な空気、皆楽しそうに笑っているからな。
クリスマスパーティを始めるには最高の空気が店内に蔓延している。
いや、蔓延しているだとネガティブなイメージが先行するな。
言葉とは難しい。
でもそれなら――店内を幸せな空気が充満している、がいいかな。
「はい、みんな!! 時間だから配置についてね。郡くんはあとでお説教よ」
事務所でのことを思い出すと、美空さんからの説教は気が重くも感じるが甘んじて受け入れるしかない。
反省しつつキッチンへ移動する美海、万代さん、紫竹山さんを見送る。
それと美緒さんか。
美緒さんは裏口から出て、お客様として正面から再入店してくる。
それからホール組となるトナカイのカチューシャを付けた新津さん、サンタ帽を被った莉子さんと僕はお客様のお出迎えをするために扉の前へ。
サンタ帽を被った美空さんは全体を見るためにフリーで動ける配置となっているが、今だけは扉の前に来て、店を代表して扉を開放させる役を担う。
「開けるわよ?」
全員で『はい』とだけ返事を戻すと、美空さんは扉に手を掛け、そして――
――チリン、チリ~ン。
「メリークリスマス」
「「「ようこそ、『空と海と。』へ」」」
予定時間丁度、たくさんの笑顔が溢れることになるクリスマスパーティが開催された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます