第252話 お姉様2人にみっちりと叱られました

「こんなに跡つけたりして……えへへ、なんか恥ずかしいね?」


 まるで不満を述べるような言葉から始まったのに、途中で相好を崩し嬉しさを誤魔化す様に恥ずかしいと言ってきた美海。


 彼女が喜んでくれたなら、

 狼になった甲斐もあったのかもしれない。


 後悔などない。


 けれど、お店で揶揄われることを考えると頭を抱えたくなる気持ちもある。

 ただ、陽気にクリスマスソングを口ずさむ美海を見ていると『ま、いいか』とも思えてきてしまう。


 諦めの境地ともいえるかもしれない。


 家を出てすぐ、腕を組んで歩きたいと駄々を捏ねた美海だったが、雪道で危ないからダメと言う僕の説得に応じ、今は手を繋ぐだけに我慢してくれている。


 手を繋げるだけでも嬉しいから、我慢するというのも可笑しな話だけど。


「そう言えばこう君、アルバムへのお返事だけど聞きたい?」


「待っていましたとも」


「ふふっ。えっとね――頼まれたって離れてあげない。かな?」


 言葉に聞かないで書いてもらえばよかったな。いや、言葉で聞いたからこそ嬉しくもなっているのかもしれない。


「じゃあ、離れるなって頼んだら?」


「えぇ~? そうしたらぁ……私ずっとくっついちゃうよ?」


「お風呂でも?」


「うん……恥ずかしいけど」


「…………トイレにも?」


 危うくお願いしそうになってしまったが無理だ。

 常識を考えてもだけど、一緒にお風呂になど入ったら止まれる自信がない。

 確実に野生の狼と化してしまうだろう。


 ただ、いくら誤魔化すとは言え、いくら何でもトイレを聞くなど選択ミスもいいところだ。


「こう君が望むなら?」


 なんでも許可してくれる勢いだな、心配になってしまう。


「そこは断らないとダメじゃない?」


 ずっと一緒にいたい気持ちはあるが、さすがにトイレくらいは離れてしたい。


「んー……私、多分こう君からお願いされたら大抵の事なら聞いちゃう気がする」


「気持ちは嬉しいけど、ダメなところは止めてほしいし美海が嫌がることならハッキリと嫌だと言ってほしい」


「うん、もちろん。でもそれはこう君もだからね?」


「僕は結構ダメって言っているから」


「押しには弱いけどね」


 事実だから、それを言われたら返す言葉がなくなってしまう。

 本当に駄目だと思うことは、

 強く言う前に引き下がってくれるからでもあるのだが。


 今の雪道と同じように。


「指輪……外したくないなぁ」


 結婚指輪でもないのだから、アルバイト中は外した方がいいだろう。

 ましてや飲食店なのだから余計にだ。

 美海に甘い美空さんなら許可してくれそうな気もするが、仕事にストイックな美空さんだからこそ厳しく駄目だと言う可能性も充分考えられる。


「今度、首から下げられるように革紐か何か用意しておくよ」


 今なら事前に用意しておくべきだったと容易に考え着くが、そこまで頭が回らなかった。


「ありがとうっ、こう君!!」


「あ、こら危ないって」


 雪がまだ踏み固められていないとはいえ、体重が片寄れば滑る可能性も十分にある。

 だから抱き着かれたら危険なのだ。


「はぁ~い」


「今さらなんだけどさ、お店の周りって平気だったのかな? 雪かきとか手伝いに行った方がよかったよね、多分」


「天気予報を見て、融雪剤を撒くってお姉ちゃん言っていたし、朝から総動員するとも言っていたから多分大丈夫じゃないかな? 美緒さんも応援に呼んだみたいだし。それに、みんな雪の扱いには慣れているから」


「そっか、莉子さん以外はみんな雪国新潟出身だったね。そう言えば」


 福島も雪国ではあるけど、郡山は新潟ほど雪が降らない。

 むしろここまで積もることの方が珍しいくらいだ。


「うん、それにほらっ。裏側なのにお店までの道もしっかり確保されているから大丈夫だよ」


 お客様が利用する表側を放って裏側を除雪するとは考えにくいし、美海の言った通りなのだろう。


 だとしても、除雪作業とは体を酷使することに違いない。

 皆には、昨日の休みや今日の出勤時間へ気を使ってくれたお礼をしないといけないな。


 ひと先ずは、今日精一杯働いて体で返すとしよう。


「さて、美海――いいかい?」


「うん、覚悟は出来ております」


 この扉を開ければ、揶揄われる未来へ突入することになる。

 そのための覚悟を問うたのだ。


 僕は首まで隠れるインナーを着ているが、美海はマフラーで隠されているのみ。

 コック服を着れば隠せる跡もあるが、調子に乗って1か所だけ目立つ位置に跡を残してしまった。


 そのため、万代ばんだいさん辺りが真っ先にからかってくること間違いない。


 そして僕も覚悟をしている。

 首回りの圧迫感を嫌って、普段着ることのないインナーを着ているのだから到底誤魔化せる訳がないということを。


 扉を開け店内へと入るが、幸いにも誰かと遭遇することなく2階へ上がることができた。


 先に美海へ更衣室を譲り、僕は休憩室で待つことにして扉を開ける。


「…………莉子さん、おはよう」


「ええ…………おはようございます郡さん。先に、おめでとうございます――と言っておきます」


「ありがとう、莉子さん」


「ええ、ええ、莉子も自分の事のように嬉しいですよ。でもです――どれ、莉子はちょっと更衣室へ尋問しに行って参りますね」


「……勤務前だからお手柔らかにね」


「ふんっだ!」


 休憩室の扉を開けたら、目の前に立っていた莉子さん。

 おそらく、莉子さんも扉を開けようとしていてタイミングが被ったのだろう。

 それ自体は特別珍しいことでもないから不思議でない。


 だが、いつもなら目を合わせて挨拶を交わすというのに、莉子さんは僕の首の辺りへ視線を固定していたのだ。


 全てを言わずとも、それだけで分かってしまう。

 秒で気付かれたということを。


「……先に、事務所に行ってみるか」


 更衣室が空くにはまだ時間がかかりそうだが、早めに出たため時間には余裕もある。


 美空さんがいれば、お礼と交際の報告をしておこうと考えたのだ。

 突撃されるより、自ら突撃した方が被害を抑えられる可能性がある。


 心の余裕も生まれる。


 そんな狡い考えもあったが――。


 事務所には美空さんだけでなく美緒さんまで控えており、淡い期待など物の一瞬で粉砕されることになってしまった。

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