第250話 イタズラっ子さん現れる
幼い子供には見せることのできない起床となったが、その後は普段に近い過ごし方で時間が過ぎていく。
普段に近い過ごし方と妙な言い回しになった理由だけれど、一つ目は早朝ランニングがお休みだからだ。
それだけで普段の過ごし方と外れていることになるからな。
そして二つ目というか、これが全てになるだろう。
美海のいなくなった洗面所で歯を磨き、顔を洗い終わってからリビングへ行くと、美海の姿がどこにも見えなかった。
どこへ行ったのだろうか、そう考えるまでもなく、すぐに見当は付いた。
カーテンに膨らみが見えたからだ。
かくれんぼでも、しているつもりなのかもしれないがバレバレだ。
驚かせるつもりで、足音や呼吸音を消してこっそり近付きカーテンを捲る。
僕の浅い考えなど美海にはバレバレだったのだろう。
カーテンを捲ると、美海は僕の腕を取り中へ引き入れてきたのだ。
続けて抱き着いてもきた。
もうそれだけで心臓の鼓動が跳ねてしまった。
美海は僕の胸に耳を当てているから、それすらもバレているのだろう。
「……今日の美海はイタズラっ子だね?」
「こう君、ちょっと屈んで?」
イタズラ美海さんは肯定も否定もしないまま、要求だけを突きつけてきた。
何か耳元で話したいことでもあるのか、そう考えて望まれるまま少し屈む――と、頬に柔らかい感触が伝わってきた。
その感触に驚き正面を向くと、今度は唇にまで柔らかい感触が伝わってきた。
まんまと罠に引っ掛かってしまったのだ。
とんだ幸せトラップだ。
まだ慣れないため、
鼻先がぶつかりはしたが、それすらも幸せだと感じる。
「えへへっ、驚いた?」
「……本当に、イタズラっ子だ」
「嫌だった?」
「まさか。僕もその、もっと……したいです」
「……今度は、こう君からしてほしい、な?」
心の中で喜んでと返事を戻してから、軽く触れるくらいのキスを交わす。
「――ん。もっと……?」
朝よりは短く、でもリビングに移動してきてからは一番長い時間に感じるキスをしてから、朝食の準備に取り掛かることに。
同じ室内、すぐそこだと言うのに腕を組みながらキッチンへ移動する。
イタズラっ子から代わり、今度は甘えん坊なのかエプロンを着させてほしいと言われたため、美海専用のエプロンを手に取り、バンザイをお願いする。
僕の指示通りバンザイしてくれたことはよかった。
だが美海はそのまま『抱っこ』とおねだりまでしてきたのだ。
またしても望まれるまま正面から美海へ抱き着くが、お返しとばかりに美海もギュッと抱き着いてくるため、美海の女性特有力が当たってしまう。
考えないようにしても、少しずつ、少しずつ腰が引けて行く僕。
それを逃がさないように、力いっぱい抱きついてくる美海。
そんな攻防を繰り広げてから、僕は限界を感じて逃げる言い訳を述べる。
「……和室の布団、畳んでなかったから、先にそっち仕舞ってくる」
「じゃあ、私も行く」
美海はどうあっても逃がしてはくれないようだ。
「あの、美海さん……ご勘弁を。ちょっと5分くらいゆっくり仕舞ってくるから、先に朝食をお願いします」
「ふふっ、気にしなくていいのに。私は、その……こう君がね、私でその……反応? してくれるのが嬉しいなって……思うよ? でも……分かった。朝食はお任せ下さい」
イタズラっ子な美海から甘えん坊な美海に代わったとばかり思っていたが、どうやら僕の勘違いで、両方の美海だったらしい。
僕の男部分など、とっくに気付かれていた。
さっきの攻防を考えるに、つまりは美海に僕は弄ばれたのだろう。
恥ずかしさで一杯な気持ちでもあるけれど、やっぱり悪くないと考えている自分もいる。
僕は一生叶わないのだろうと悟りつつ、和室に敷いてある布団を『ゆっっくり』時間をかけて収納した。
起床してからまだ30分の出来事なのにな、一体これからどうなってしまうのか。
ある意味で
「お時間、ありがとうござりました」
「なぁに? 変なお礼。それより、はい! 白湯、用意したから飲んでね」
クスクス笑いながら白湯を手渡してくれる。
受け取り飲み干すが、白湯など必要ないくらい体の芯から温まっていたように感じる。
「ご馳走様。朝食は……」
「昨日作ったミネストローネのスープがあるから、それとほうれん草のオムレツにトーストだけどいいかな?」
「はい、最高でございます」
「ふふ、了解しましたっ! すぐに出来るから、こう君は座っていていいよ」
「ありがとう。とりあえず、テーブルだけ拭いておこうかな」
「うんっ!」
何か手伝いたいけど、僕の手など必要ないくらい準備が整っていた。
僕が和室で悶々している間で準備してくれたのだろう。
美海は将来間違いなくいいお嫁さんになる。
旦那さんになれる人は幸せ者だな――。
「こう君、お顔がにやけているけど、どうしたの? またエッチな……ちょっと違うかな。何考えていたの?」
「今度、美海が作るお弁当食べたいなって」
「分かった。今度作るね。でも、それだけじゃないでしょ?」
誤魔化すつもりはなかったけど、本題が隠れていたことはお見通しだったようだ。
「美海の旦那さんになれる人は幸せ者だろうなって想像していただけ」
「…………こう君のお嫁さんになれる人もだね」
「美海こそ顔がにやけているけどどうしたの?」
「なぁ~いしょっ!」
ちょっと幸せすぎるな。
どうしよう、怖い。
順平と五十嵐さんも付き合い始めはこんなやり取りとかしていたのかな。
今日会った時にでも聞いてみようかな。
叩かれるかもしれないけど、
今なら五十嵐さんに叩かれても痛みを感じないかもしれない。
「こう君はいいお父さんにもなりそうだよね?」
自分自身が父親になる姿はあまり考えられないけど、美海はきっと咲菜ちゃんと接する僕を見てそう思ったのだろう。
「いいお父さんとか、いいお母さんの定義は分からないけど、それでも、美海は間違いなく、子供と相思相愛になれるお母さんになるだろうね」
それで僕が放置されたら、ちょっと寂しいけど。
「ふふ――えっと、こう君はその……子供の人数とか、何人がいいなぁとか希望ってある?」
「そうだね……」
子供、子供か……正直なところ、僕は自分が子育てをできる自信がない。
だから考えた事がなかった。
それに、まだ考えるに早い気もするけど……。
でもそうだよな。
――ゆくゆくは、そういった行為をすることになる。
僕は我慢強い方だと思うけど、将来、抑えきれない日がくる可能性だって十分にある。
その時になって焦らないように、遅い早いとか言わず、しっかり向き合わないといけないよな――――。
「……一人っ子だと寂しいかな」
その後、どこか見守る様な表情をした美海は会話を終わらせた。
用意してくれた朝食をとり終えた時間に、
クロコが起きてきたため二度目の挨拶を交わしてから、クロコの朝食を用意する。
続けてトイレ掃除をして、部屋の換気もおこなっておく。
換気した時、窓から見えた外の景色は白色に彩られていた。
奇跡的な夜空を眺めたあと、雪は止むことなく降り続けたということだ。
本当に、あの時あの一瞬にだけ訪れた時間だったのだろう。
18歳になるまでは秘めたままでいるつもりだった。
それなのに、奇跡のような景色に後押しされる形で、勢いでプロポーズをしてしまったが、それでも感謝したい。
あの素敵な時間をくれてありがとうって。
『気持ち』ではあるけど、外に一礼をしてから窓を閉め換気を終わらせた。
「……考え過ぎは僕の悪い癖……だよな――」
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