第248話 こぼれ話「五色沼巴から見る2人」
【時系列】修学旅行のあたりです。
▽▲▽
大人しい顔をして、どこか他の子よりも大人っぽく見える彼が騎士を目指した理由は、月ちゃんと同じ四姫花に選ばれた
聞かされた私の方が恥ずかしくなるくらい真っすぐな想い。
大人しい顔の下には、思春期の男の子らしく熱い想いを秘めていたらしい。
それなのに未だ彼らは恋人の関係になっていないという。
大切な記念日に向けて、今は両片思いの期間を楽しんでいるそうだ。
要は、その日が来るまで八千代くんは『フリー』ということになる。
だからこそ、月ちゃんの夢を叶えることが出来るのだけれど――。
叔母としては少々複雑な思いにさせられてしまう。
『色』を失いモノクロの世界で生きる月ちゃんの目に、再び『色』を見せた彼には感謝している。
赤い鼻血を見たと嬉しそうに報告してきた月ちゃんの顔は喜色に染まっていて、その時に見た乙女の顔を私は生涯忘れることないでしょう。
月ちゃんは何番目でも側に居られるならそれで十分だと言うけれど。
ここは日本。それに彼が望まない。
上近江美海ちゃんだけを見ているから、月ちゃんの望みが叶うことはない。
彼もそのことをハッキリと告げて、月ちゃんの想いを断っている。
「風情があると思いましたが、ちょっと寒いですね。
「平気です」
「そうですか。ホッカイロをお貸ししようかと――」
「実はです。寒いです。ガクブルです」
「だと思いました。丈夫ではないんですから、無理しないでください」
「はいです……でもです。そっちがいいです」
「駄目です。上着は貸せません。カイロで我慢してください」
「ケチです」
「あれ、要らなかったですか?」
「要るです。よこせです」
「はいはい、ポケットに入れますよ」
「はいです……ぬくいです」
「そうですか、それは何よりです」
八千代くんの振舞いは紳士だなぁ。
上近江美海ちゃんにも配慮している。
とても素敵な男の子に思う。
私が高校生の時、付き合っていた彼は他の女に上着を着させていたな……。
今なら何とも思わないけど、当時は泣くほど悲しかったな……。
後ろから仲良さげに歩く2人の姿を見ているせいか、
苦い記憶まで思い出してしまったわ。
「風で揺れるです。風情です。竹林楽しいです」
「風で笹の揺れる音、それに竹がぶつかる音を聞いていると何だか癒されますね」
景色の代わりに音を楽しむよう誘導するのも素敵ね。
「
「誰ですって?」
「3年です。配下です。幹部です」
「……次は茶道体験を予定していますけど、月美さんはしたことがありますか?」
きっと面倒な臭いをかぎ取って話題を変えたのかな。
正解よ、筒音は姉妹揃って八千代くんの熱狂的なファンだからね。
「ないです」
「ならどっちが上手に
それはちょっと勝負にもならないと思うな。
多分、月ちゃんなら見ただけで出来るようになるもの。
さすがに茶道の先生と比べたら分からないけれど、素人の八千代くんに敵いっこないよ。
「……美味しく頂戴いたしました」
「はいです。千代くん、苦いです。ダマダマです。下手です。ダメダメです」
「残してもらっても――」
「嫌です。飲むです」
好きな人が点ててくれた茶ですからね、よほど美味しくない限りは全部飲みたいのだろうね。
それが分からない八千代くんはまだまだ勉強不足かな。
「次の陶芸で何を作りましょうね。ろくろを回して作るのは初めてだから、結構楽しみです」
「びゅんびゅんです」
「いや、びゅんびゅんさせる遊びじゃないですから。びゅんびゅんさせるのは自慢のツインテールだけにしてください」
「びゅんびゅんです」
「あ、こら。だからって今は――」
「勝負するです?」
「……純粋に――」
「逃げるです?」
「いいでしょう。その安い挑発に乗って、受けて立つとしましょう」
「やれやれです」
勝負の結果は、語らずともいいよね。
少し
焼き上がりは約ひと月半してからになるそうだけれど、届くのが楽しみね、月ちゃん。
まるで私はいない存在のように、2人のあとをついて回り2日目も終わるかと思ったけれど、ウトウトしながら目をこする月ちゃんに向けて言った八千代くんの言葉で延長戦が決まってしまう。
「やぁ、歓迎するよ。月美、千代くん――ようこそ乙女の花園へ」
「すみません、本宮先輩。僕が余計な一言を呟いてしまったばかりに巻き込んでしまって」
「構わないさ。丁度暇をしていたところでもあるしね。枕も用意した、早速だけれども――」
「早くするです。枕投げです。開戦です」
室内に集まるは、月ちゃんの幼馴染である
その3人に加えて、
それと月ちゃんと八千代くんに私。
総勢8人が3人部屋に集まっている。
ちょっと狭いわね。
それに八千代くんも肩身狭そうにしている。
それも当然よね。可愛い女の子が5人もいて、お風呂上りなせいもあり、みんな浴衣姿で艶めかしいのだから。
それにしてもどうして
月ちゃんに考えでもあるのか……今、気にしても仕方ないかな、それよりも――。
「するなとは言いませんけど、よそ様に迷惑を掛けない程度に行うこと。いい? 分かった? 何かあれば私が怒られるんだから」
「もちろんだよ、
「むろん。郡は私が
「私は真弓と欅の方が心配よ」
「千代くん、騎士です。私姫です。守るです。盾になるです」
「……仰せのままに」
「どれどれ、
「欅は風騎士委員団だよ。そんなことより、つっきー楽しそう」
私の注意などお構いなく激しく枕が飛び交い、破れた枕から羽が舞ったり、月ちゃんの浴衣がはだけたり、それを不意に見てしまった千代くんに恥じらいを覚えた月ちゃんが照れ隠しに後ろから枕をぶつけたり、流れ
大盛り上がりで大騒ぎの枕投げ大会になった。
散った羽根を掃除することになったけど、笑いの絶えない時間となった。
私は学年主任からお説教されることになったけれども、月ちゃんにとっていい思い出になったから大目に見ましょう――。
3日目の午前中は、
ポーズを取り、カップル……というよりは姉弟のように楽しむ2人の姿をこっそり写真に収めて、次は五色沼家専用車に乗らず、
駅の改札を出て海へと通ずる道にある商店街”片瀬すばな通り”を散策することに。
散策とは言ったが、最初は暖房の効いた店内で塩バニラソフトを食べていた。
それから、片手で持つことが出きる手の平サイズのピザに興味を示した八千代くんの希望で購入して、そのまま商店街を抜けたけれど――。
「千代くん、目が合うです。たくさんです」
「シラスですからね。けど、言うほど目が合わないと思いますよ?」
「言ってみただけです」
「さいですか」
「月美さん、あまり体から離さないようにした方がいいかもしれません」
「……とんびです」
「旋回しているから誰か狙われているかもしれませんね。見つからないように体の陰に隠すか、ユウターンして建物を背にして食べましょうか」
「怖いです」
普段は何事にも動じず辛いことがあっても気丈に振る舞う月ちゃん。
でも今はとんびに怯えた様子をみせている。
その姿はどこか新鮮で可愛く見えるな。
きっとそれは、頼りになる八千代くんが側にいるからかもしれないわね。
微笑ましい気持ちで2人を見ていると、八千代くんは私へも気を回してくれた。
「平気ですよ。五色沼先生も気を付けてください」
「え、ええ。私は平気よ。ありがとね、八千代くん」
誰かに優しく声を掛けられることなど暫らくなかったため、不覚にもドキッとしてしまった。
私はそれで済む。
でも同年代の女の子だったら?
……
商店街を抜けたあとは、江の島と湘南の海を眺めてから一度旅館へ戻ることに。
そのため、再度”片瀬すばな通り”を歩くことに。
来た道では気にならなかったアクセサリー屋さんへ立ち寄ってから、江ノ電に乗り込む。
コソコソしていた八千代くんを考えるなら、多分、何か月ちゃんへのプレゼントを買ったのかな。
秘密にしたかったのだろうけど……気付かないふりをしてくれてはいるけど、残念ながら月ちゃんも気付いているみたい。
来る時は通らなかったけれど、
車窓の目の前まで近付く民家に興奮する月ちゃんは可愛かったな。
……旅行についてきてよかった。
私の知らない月ちゃんをたくさん見ることができたから――。
夜、夕食をとってから最後のお出かけへ。
今度は電車に乗らず、五色沼家専用車で江の島まで移動する。
目的は江の島で開催されている”湘南の宝石”と呼ばれるイルミネーションを観ること。
八千代くん以外の世界がモノクロに映る月ちゃんにとっては楽しむことの出来ないイベント。
そう思っていたけど、八千代くんはしっかり準備してくれていたみたい。
「ほら、月美さん。今は涼しげ……まあ、今は12月ですからね。寒い色と言った方が伝わるかもしれませんが、あの辺は涼しげな色に染まっています」
「はいです」
「爽やかな……そうですね爽快感を覚える色です。見ていたら穏やかになる色でもあります。まるで空や海のように包み込んでくれるような色です」
「はいです。千代くんです」
「え?」
「瞳の色です。青です。綺麗です」
「あ、月美さんには僕の瞳が青色に見えるんでしたね。初めからそう言えばよかったですね。すみません」
「いいです。次です」
青色に輝くイルミネーションを寒い色とか雰囲気をぶち壊すように例えて言ってはいたけれど、月ちゃんが楽しいならいいのかな。
「えー……次は紫ですね。高貴な人持つような優雅で気品あふれる大人な色です。不可思議な色と言ってもいいかもしれません」
「私です」
「え? いやちょっとそれは……どちらかと言えば五色沼先生にピッタリな色かと。あ、僕の瞳と鼻血を足した色です」
「台無しです」
「そうですね、確かに雰囲気にそぐわない例え方でした」
「次です」
私を大人の女性と褒めてくれたことは嬉しいけれど。
2つの意味で台無しよ。
女性といる時に別の女性を褒めるなんて言語道断。
それに青と赤を混ぜれば確かに紫色になるとはいえ、瞳の色と鼻血の色を足した色って例え方も最悪。
彼の紳士的な振る舞いは素敵に思うけれど、どこか残念な感性の持ち主かもしれない。
「ええっと、白色ですね。透明感があり純粋無垢でピュアな色です」
「私です」
「ええ……まあ、ある意味そうですね。あとは、神聖でいて祝福されるような――そうです、初恋のような、可能性にあふれて世界が広がるような色です」
「他で例えろです」
「え? あとは………………あ、僕の目の白い部分や吐く息なんかも白ですね」
「またです?」
「……確かに雰囲気にそぐわない例え方でした」
「残念です。千代くん、残念です」
やっぱり彼は残念な男の子かもしれない。
あれきっと、自分の初恋から連想して世界が広がったとか言ったわよね。
100点満点で例えるならマイナス300点の返答よ。
それに思いつかないからって、吐息や白目で例えるのもナンセンス。
加えて――。
「青や紫、白を基調として、飾られたクリスタルの宝石たちが輝いていて、それを平面だけでなく木々や機材を利用して上下左右に散りばめられているこの空間は、まるで夜空に浮かぶ空へ紛れ込んだように錯覚させられますね。それに光のトンネルの中に飾られているシャンデリアが
「はいです」
「え、感想はそれだけですか?」
「はいです。綺麗です」
「…………」
「本当です。綺麗です。ちょっとです。能書きくさいです。でもです。本当です」
「僕の感想を正直に述べるなら、光り輝く道の中にいる月美さんはとっても綺麗だなって思いました」
「……はいです。ありがとです。でもです。最初から言えです」
「反省しております」
後ろで歩いている私でさえ、まるで何かに書かれている説明文を丸々聞かされているような気分にさせられた。
きっと、真面目な彼のことだから一生懸命に調べてきたのだろう。
文字通り丸暗記するくらいに。
器用なくせに不器用な子ね。
「それと月美さん。これを――1日目の時のお詫びです」
「開けて……いいです?」
「ええ、どうぞ」
「――白いです。綺麗です。綺麗な白です。それにです。黄色? です」
「はい、
「はいです……綺麗です……つけてほしいです」
「ちょっとお借りしますね――はい、思った通り。よくお似合いですよ」
「……大切にするです」
当然のように
きっとあの簪が、コソコソしていた時に買った物なのね。
「ええ、そうしてください。寒いですし、帰りましょうか」
「もう少しだけです――」
「……あの? 僕じゃなくて、展望台を見てはどうでしょうか?」
「見ているです。綺麗です」
「えっと、じゃあ――」
「動くなです。千代くん、展望台見るです」
「え……よく分かりませんが分かりました」
「綺麗です」
「そうですね――喜んでもらえたなら、色ことばについて調べて来てよかったですよ」
「…………はいです」
「なんです? 今の間は?」
「気にするなです」
きっと――。
月ちゃんは八千代くんの瞳を通して、綺麗に輝くイルミネーションを見ている。
そして人よりもおかしな感性ながらも、一生懸命に色を伝えようとする優しい気持ちへ触れて、『綺麗』と言ったのでしょう。
彼はそのことにまったく気付かず、
色ことばを覚えたおかげと思っているようだけれど。
でも――いいものを見させてもらったわ。
ありがとう、八千代くん。
「そろそろ戻りましょう。風も強くなってきたし、風邪を引いても大変だからね」
「「はいです」」
「真似するなです」
それから――。
旅館へと戻り、お詫びの品としてもらった簪を月ちゃんは大事そうに抱えながら眠りについた。
「悪いわね八千代くん。月ちゃんの我儘で寝かしつけまで付き合ってくれて」
「いえ、2人きりはまずいですけど五色沼先生もいるならいいかなって」
「知られたら怒られるんじゃない? 彼女さんに」
「まだ付き合っていませんよ。それに――」
「それに?」
「言われたんです」
「……月ちゃんを楽しませろとか?」
「いえ、僕のしたいようにしろって。そして楽しんできてねって言われたんです。だから僕は全力で楽しみました」
「そう――」
月ちゃんを楽しませろとか言っていたなら、傲慢で嫌な女に思ったかもしれない。
最終的な意味で考えるならば同じかもしれない。
八千代くんが楽しむこと、それはつまり、月ちゃんを楽しませることでもあるから。
けれど――それは似て非なるもの。
彼の境遇については、五色沼家で調査しているから私も知っている。
知っているからこそ、分かってしまった。
上近江ちゃんは月ちゃん
「でも残酷なことをするのね?」
「ええ、僕は応えることはできませんから」
「分かっているのに?」
「月美さんにも言われたんです。遠慮せず、気にせず千代くんが楽しめって。だから僕は月美さんも一緒に楽しめるよう全力で考えてみました」
「そう――それなら非難するのではなく、お礼を言わないといけないわね。ありがとう、八千代くん。全力で楽しんでくれて」
「いえ、僕も楽しみましたから。ただ、ちょっと楽しみ過ぎたから、帰ったら謝罪しないとですけど」
「ふふ、やっぱり怒られるんじゃないの」
「まあ……免罪符になるとは思いませんが、でもそのぶん尽くして甘やかすつもりです」
「好きなのね」
「ええ、困ったことに」
首を掻いてはいるものの、まるで困った様子など見えない。
いえ――そうね、
好きの気持ちが強すぎて困っている。
八千代くんはそう言っているのだ。
「ちょっと胸焼けしちゃったから、八千代くんは戻っていいわよ」
「はい、では失礼します」
「ありがとう、素敵な修学旅行になったわ」
「帰るまでが旅行ですよ」
「生意気ね」
「よく言われます。では、今度こそ――おやすみなさい」
「ええ、おやすみ――」
残酷だと思う感情を拭い切る事はできなかったけれど。
今は感謝する思いの方が強いかもしれない。
最後に楽しい思い出が作れてよかったね、月ちゃん。
だからもう一度だけ。
ありがとう、八千代くん。
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