第247話 こぼれ話「とある昼休み」
【時系列】幸介の誕生日あたりです。
▽▲▽
「ねぇ、こう君?」
「――――ん?」
「涼子と関くんは付き合っているでしょ?」
12月1日の昼休み。
今朝、突如来訪した幸介によって、図書室で過ごす時間を奪われた僕と美海。
僕ら2人は気にしてなどいなかったのだが、美波は違った。
2人の大切な時間を奪うなと言って怒ったのだ。
その結果、本来は幸介と過ごす予定だった金曜日の昼休みは、僕と美海が2人で過ごす時間になった。
僕としては、美海と過ごせることは嬉しい。
だが、美海と過ごす筈だった佐藤さんに悪い気がしてならない。
そう考えたのだが、佐藤さんは『りこりーと学食行くから全然いいよ~』と、あっけらかんと言った。
おかげで、美海と2人初めて教室でお昼を過ごし楽しい昼食となっている。
そして今、お弁当を食べ終えた美海が僕へ質問を投げ掛けてきた。
口に含むご飯を飲み込み、美海へ目を向けてから返答する。
「そうだね、五十嵐さんの乙女な様子を見るに順調に仲を育んでいると思うよ」
五十嵐さんこと、五十嵐涼子さんという女の子は乙女の中の乙女だ。
8月の中旬に交際を開始してから、すでに3カ月以上が経過している。
だと言うのに、今でさえ順平と目が合うだけで恥ずかしそうに頬を染める。
ギャルという外見、荒々しい言動や口調からは想像できない程だ。
そんな五十嵐さんを乙女の中の乙女と言っても過言ではないはずだ。
あと、話題を振ったのは美海なのだから、五十嵐さんは僕を睨まないでほしい。
「黒田くんと白田さんも付き合ったでしょ?」
「そうだね、2人のおかげで後夜祭は大盛り上がりだったね」
『バッ』と顔を向けてきた両名。
どこか気恥しそうにしている。
まさか被弾するとは予想していなかったのだろう。
美海の投げ掛けた質問に対しては、容易に返答できたけれども。
美海がどういった意図で質問しているのか読めないな。
そう考えながら弁当箱を片付けていると、
美海が投げるクエスチョン弾は僕にまで飛んできた。
「私たちもその……いずれ、ね?」
「そ、うだね、もう時期……かな」
長谷や小野から届く、悲しみと嫉妬が混ざる何とも複雑な視線。
山鹿さんことあーちゃんから届く、ひな鳥を見守る親鳥のような視線。
居た堪れない空気が教室を覆った。
その原因を作った美海はと言うと、首を傾げつつ新たな質問を投げ掛けてきた。
「でも――――付き合うって何だろう?」
付き合う、つまりは交際することを意味する。
恋愛的『交際』を簡単に言えば、
想い人と気持ちが通じ合い特別な関係に発展する事を意味する。
だが、美海の求めている答えは別にあるのだろう。
万が一それをそのまま言えば、不満を言われることなど僕でさえも分かる。
だから、黒田くんを参考に例を挙げてみることにした。
どうして順平、五十嵐さんカップルじゃないかって?
単純に蹴られたくないからだ。
それに、黒田くんには貸しがあるからそれを返してもらうに丁度よかった。
「黒田くんと白田さんは体調不良でバス旅行を休んだでしょ?」
「え、うん。でも……体調不良? 確か2人って――」
「シッ、だよ美海」
「あ、そっか。そうだよね」
「うん。でさ? そう言うのも付き合うに該当するんじゃないかな」
「なるほど、確かにそうかも。2人だけの秘密を共有するってこと?」
「そうそう、こっそり隠れて遊びに出掛けたりとか」
横目に見て分かるくらい、2人揃って顔が真っ赤だ。
例に挙げた事へ多少の罪悪感を覚えるが、2人はバス旅行を体調不良と偽り欠席した。
そして、駅前で誰に見られることなくデートを楽しんだ。
仲の良いことは、良いことだ。
応援したい気持ちもある。
だが、黒田くんを心配してお土産を買った僕としては、複雑な気持ちでもあった。
その話を人伝てで聞いた為、黒田くんから謝罪を受け取ってもいない。
だからこれでお相子って事にして欲しい。
「なるほどねぇ」
そう呟いた美海だが、まだどこか納得いかない表情をしている。
「美海はどういうことが付き合うってことになると思うの?」
「え? 何だろう……例えば、テスト前にお勉強を一緒にしたりとか?」
「それは何というか、今もしてるよね」
「あ、確かに」
「まあ、暫らくはみんなで一緒に――って、なるけどさ」
「うん……2人の時間が減るのは寂しいけど、みんなで勉強して過ごすのも悪くないもんね」
少しだけ唇を尖らせて言った美海を見るに、自分に言い聞かせているようにも感じた。
「あれだよ、あれ……ピンマイク事件のおかげで、僕と美海は普段から普段通りに話せるようになったからね。それにさ……これから2人だけの時間なんていっぱい作れる……と、思うんだ」
「もう……こう君ったら」
周囲から突き刺す様な視線が届いてくるが気付かない振りをして、再度、美海へ問う。
「あと他に何かあるかな?」
「んー……一緒に登下校とか?」
なるほど、登下校か。悪くない。
何度かしたことはあるけど、堂々と並んで歩くのは何というか。
「いいね、青春って感じする」
「でしょ? ちなみにこう君は何かある?」
「登下校から連想するなら、そうだな……手を繋ぎながら、とか?」
「ん、いいかも。でも、それなら……」
「それなら?」
「えっと、恋人繋ぎとかできたら……ちょっといいなぁって」
「なるほど、恋人繋ぎか。交際しているなら、全然ありだね」
と言うか、むしろ率先して繋ぎたい。
あ、いや――学校ではさすがに少し恥ずかしい。
美海が許してくれるなら、家の中や休みの日に出掛ける時だと尚嬉しい。
「あとはそうだなぁ……」
おっと、美海はまだ続けるつもりなのか。
結構、教室の中はアウェーな空気になっているぞ。
美海ならその空気に気付いてもいいと思うのだが――なるほど。
周囲に顔を向けたことで気付いた。
皆、揃って僕を見ている。だから美海は気付けないのだ。
『気付いたんだろ!?』『何とかしろ!?』
クラスメイトたちは、そんな目で訴えてきている。が、美海が続けるならば、ギリギリまで止めるつもりはない。
だから諦めてくれ――。
「休みの日や放課後とかにデートとか?」
「それならその時に恋人繋ぎをした方が特別な感じするね」
「確かに……それも捨てがたいかも」
よし、上手く誘導ができた。
でも美海は、本気で悩んでいるのか思案顔を作っている。
毛先をいじりながら悩ませる姿すらも可愛いな、ずっと見ていられるほどだ。
毛先を指で巻いても、すぐに解けてしまう柔らかな美海の髪を見ていると。
「こう君って、中学生のころ美波の髪を毎日セットしてあげていたんだよね?」
毎日ではない。
美波の甘えん坊わがまま期が来た時だけだ。
「いや、たまにだよ」
「たまにセットしない日があるってことでしょ」
見透かされていた、美波はほぼ年中甘えん坊わがまま期だったからな。
「そうだね」
「それなら……髪をセットしてもらうのも、ちょっと憧れるな」
「そうなの? でも、手の込んだ髪型にはできないと思うよ?」
「うん、いいの。こう君が私に似合うと思う髪にしてほしいなって」
「そっか、それなら考えてみる」
美海なら何でも似合いそうだけど、何がいいかな。
単純だけど、好きにセットさせてくれるのは、ちょっと楽しみかもしれない。
今度本屋で女性雑誌でも覗いてみるか、そう思っていると。
「うん! それに、ほら? こう君言ったでしょ?」
「何を?」
「髪を伸ばして、いろいろな髪型を見たいって。だから……好きにしてくれていいよ?」
「はい、好きにいじらせていただきます」
「ふふ、お手柔らかにお願いね」
食い気味に返事を戻した僕に対して、美海はおかしそうに笑った。
だがそれも仕方ないだろうよ。
美海は男心を際どく、くすぐるような発言をしたのだから。
狙ってなのか、天然なのか、どっちか分からない――けれど。
僕としてはどちらでも構わない。
どちらにせよ可愛いのだ。つまり可愛いは正義だからな。
「わり、俺もう無理……耐えられない」
「俺もだ、離脱する……」
「まじ、誰か……あの2人を止めてくれ……」
「佐藤もりこりんも不在……幸介もいない……」
「山鹿は役立たず……」
「五十嵐は――ダメか、終わった……」
そんな言葉を吐き捨て、男子複数人が背中を丸めながら教室の外へと出て行った。
その男子とは反対に、女子は目を爛々とさせている。
物凄く聞き耳を立てている。
女子は噂話とか恋話好きだよな。
あ、しかもその女子の中には白田さんに……五十嵐さん?
どうして男女交際の先輩でもある2人が聞き耳を立てているのだろうか。
僕と美海は、逆に聞いてみたい立場なのだけれど。
不思議だ。
不思議と言えば僕自身に対しても感じている。
以前までの僕なら、こんな話など恥ずかしくて、絶対に教室で話さなかった。
だと言うのに、今は『まあ、いいか』と思えている。
後夜祭でやらかしているから、一種の開き直りかもしれないが……。
まあ、これこそ『まあ、いいか』だな。
「なんか……ちょっと恥ずかしくなっちゃった」
男子が動いたことで、注視されていたことに美海も気付いたのだろう。
「まあ、教室で話すにはね」
「まだまだ言い足りないけど……あ! それならノートに書き出してみる?」
「だったらメプリの方がよくない? いざという時の為に取って置けるし」
「こう君が目の前にいるのに、メプリで話すのは変な感じするなぁーって。それか……背中に書き合ったり?」
美海さんや、それこそ中々に恥ずかしい行為だぞ。
注視されている状態で美海の背中に触れるのは、何というか破廉恥な気がする。
付き合っているならまだしも、今はまだ付き合う前なのだから。
「…………メプリでお願いします」
「はーい! でも、ふふ――。凄く長い時間考えていたんだね」
素直に返事を戻した美海は、クスクスと笑いながら携帯を取り出した。
『そんなぁ……』と悲壮感漂う女子の声を無視して、僕も携帯を取り出す。
メプリのアイコンには、すでに1件の通知マークが付いていた。
早くも美海が送信したのだろう、そう考えながらメプリを開いたのだが。
(五十嵐さん)『おい、上近江と話した内容あとで送れ。理由は聞くな。でも頼んだ』
なんて一方的で乱暴な依頼だろうか。
五十嵐さんらしいと言えば五十嵐さんらしいが、理由くらいは知りたい。
(八千代)『美海が許可したらね。あと、僕も順平に聞きたいことがあるんだけど』
(五十嵐さん)『それでオーケーだ。順平になら根掘り葉掘り聞いてくれていい』
順平に聞きたいこともあったから聞いたのだが、即答か。
要は、直接聞かれるのは恥ずかしいけれど、順平を通してなら構わないってことだ。
生贄に捧げられるとは、可哀想な順平だ。順平も尻に敷かれているな――と。
思いながら今のやり取りを美海へ見せると、首を縦に頷いた。
その様子を覗き見ていた五十嵐さんは、腕を組み満足そうに頷いていた。
「では、いっちょう行きますか?」
「はいっ! 私から送るから交互に送り合おっ!」
「りょーかいです」
それからの僕と美海は、暫し無言の時間を楽しんだ。
(美海)『好きなご飯を作ってあげたい』
(八千代)『いいね、賛成。でも、一緒にご飯を作るのも捨てがたい』
(美海)『じゃ、両方!』
(八千代)『だね』
(美海)『いろいろな記念日を作りたい』
(八千代)『僕としては毎日が記念日になりそうだけど』
(美海)『私もそうだけどそうじゃないの』
(八千代)『そっか。それなら、記念日はデートしたいね』
(美海)『うん! 次、こう君の番だよ』
(八千代)『お揃いの何かを身に着けるとか?』
(美海)『それって……アクセサリーとか?』
(八千代)『そうだね、限定はしないけどイメージはそれだね』
(美海)『そっか……楽しみだな』
(八千代)『だね』
(美海)『お揃いで思い付いたけど、ペアルックで出掛けたり?』
(八千代)『それはちょっと……難易度高めだね』
(美海)『それなら、部屋着をペアにするとか?』
(八千代)『他人に知られたら恥ずかしいけど、まあ……ありだね』
(美海)『こう君って、恥ずかしがり屋だよね。そこも可愛いけど』
(八千代)『……えっと次は僕だね』
(美海)『はいはい』
(八千代)『んー、好きって言い合ったり?』
(美海)『言葉だけでも嬉しいけど、もっと他にもあったら嬉しいかも』
(八千代)『ほか?』
(美海)『思いつかない?』
(八千代)『例えばそうだな……別れ際に抱きしめ合うとか?』
(美海)『ん、大いに賛成です。欲を言うと頭も撫でてほしいかも』
(八千代)『喜んで』
(美海)『2人だけの”アトスタ”を作って、アルバムを作るとか?』
(八千代)『んー、SNSでしょ? 誰かに見られるには恥ずかしいかな』
(美海)『鍵を付けたら私たち2人だけしか見られないよ?』
(八千代)『そうなの? でも、要検討かな』
(美海)『残念だなぁ』
(八千代)『……前向きには考えておくよ』
(美海)『うん!』
(八千代)『あとは、日帰りでもいいから旅行とか?』
(美海)『賛成!! 温泉とか? あ、それなら浴衣着て歩くのもいいかも』
(八千代)『観光地や知らない街を散策……って思ったけど、それもいいね。楽しそう』
(美海)『うん!』
(八千代)『ごめん。ちょっと、そろそろ出尽くしたかも……』
(美海)『えー、私はまだまだあるのに』
(八千代)『いや、考えてみたらさ? 今もしていることが案外に多くて』
(美海)『まぁね? それは否定できないけど』
(八千代)『でしょ。ちなみに美海は他に何を言おうとしていたの?』
(美海)『んー、こう君の上着を着たりとか?』
(八千代)『上着?』
(美海)『うん。彼シャツ的な?』
(八千代)『なるほど……それはちょっと見てみたい』
(美海)『じゃあ、着させてね?』
(八千代)『喜んで』
(美海)『誰にも着させたりしたらダメだからね?』
(八千代)『もちろん』
(美海)『ん――あとは、寝落ち通話とかしてみたい』
(八千代)『それって、通話を繋げたまま寝るってこと?』
(美海)『そう、それ!』
(八千代)『よく分からない感覚かも』
(美海)『声や寝息が聞こえると、安心できる気がしない?』
(八千代)『確かに。想像力が欠如していた』
(美海)『本当は同じベッドで腕枕されながら眠りたいけどね』
(八千代)『まあ、それはいずれ……かな』
(美海)『うん……私はいつでもいいよ?』
(八千代)『僕もほら、思春期男子だからさ?』
(美海)『うん、分かった上でだよ?』
(八千代)『……結局さ、付き合うってことは全てが特別になるってことかもね』
(美海)『あ、逃げた。それにちょっと雑にまとめた』
美海は二重でクリッとした丸い目をしている。
その目を柔らかくさせて、僕へ向ける美海に何度もドキッとさせられてきた。
だが、今はその可愛らしい目を半分ほどに閉じて僕を見ている。
いわゆる、ジと目と呼ばれるものだ。
さらには頬も僅かに膨らませている。
美海は僕が戻した返事に不満や不服を抱いているのだろう。
「いや、美海さん」
「ふふ、いいよ。こう君が言う『いずれ』を楽しみにしているから」
「……好きな人のことは、ほら――大切にしたいって思うのも男心だから」
「ん、そうだよね。男心だもんね。でも――早く23日にならないかなぁ」
視線を重ねることで発生する甘い空気。
そのことで教室の中の温度が上昇したかもしれない。
だが、僕と美海はそんなことお構いなしだ。
美海は僕の手を握ろうと、右手を伸ばしてくる。
それに応えようと、僕も左手を伸ばす。
手を繋ぎ、そのまま2人だけの世界へ没入しようとした、その時。
「たっだいまぁ~! 美海ちゃん、今日ね……あれ? あらら?」
「望さん、どうされたのですか? 急に立ち止まられては邪魔で、す、よ……?」
直後の出来事は、想像にお任せしよう。
ただ――。
午後の授業中に、僕と美海は揃って前を向くように注意されたとだけ。
要は反省もせず、授業とは関係のないことを想像してしまったのだ。
美海が最後に呟いた言葉。
僕と美海は、23日そしてそれ以後の日々へと思いを巡らせていたということだ。
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