第246話 こぼれ話「そう思っただけだからね?」

【時系列】幸介の誕生日あたりです。


▽▲▽


 私は家族が好き。ママと兄さんとクロコが好き。

 友達も好き。志乃と美海と莉子。

 他にもいるけどこの3人は特別。

 特別な友達3人に共通する匂いは『バカ』の匂い。


 志乃は私に一生懸命なバカ。

 美海と莉子は兄さんに一途なバカ。

 だから好き。

 学校には兄さんがいて志乃と美海と莉子もいる。

 だから最近は学校も好き。

 楽しいと思える日々が好き。


 だからなのか前よりピアノも好きになった。

 前まで表現できなかった音色ねいろ

 いろいろの音を弾けるようになって楽しいから。

 最近の兄さんは忙しかったからずっと聴いてもらってない。

 久しぶりに兄さんに聴かせたい。

 聴いてほしい。そして褒めてもらいたい。


 兄さんが褒めてくれるともっと好きになれる。

 兄さんが修学旅行から戻ってちょっとした12日。

 約束したオムライスを食べに行く。

 今日はダメだけど。

 その時にでも聴いてもらおうかな。


 とっても楽しみ。


 私はオムライスも好き。

 オムレツも好き。卵料理が好き。

 果物も好き。チーズも好き。

 飲み物はココアが好き。

 スイーツが好き。甘い物が好き。


 兄さんは私に甘々なの。


 ちょっと関係なかったかも。

 兄さんのおかげで私に好きがたくさん増えた。

 知らなかったことをたくさん教えてもらった。

 私は兄さんのためなら何だってできる。


 でもね。こいつはダメなの。例外。

 だってこいつは幼い兄さんをいじめた悪いやつだから。


「おい、珍しくニコニコしてたと思ったら、なんで急に氷点下みたいな冷たい顔で俺を睨み始めたんだ? 俺、一応誕生日なんだけど?」


 そう、今日はこいつの誕生日。

 毎年12月1日になると。

 兄さんに向かって祝えと言って家にやってくる。

 図々しいやつ。

 今日も学校で兄さんからプレゼントをもらっていた。

 兄さんから一番にもらいたいからって。

 兄さんが当然に用意していると分かったうえで。

 朝の図書室にまで突撃した図々しいやつ。


 美海から驚いたと言われて私も驚いた。

 だからあいつに文句を言ってやった。

 兄さんと美海の邪魔をするなって。

 そうしたらあいつ。


 ――お前には言われたくねーな。


 だって。

 失礼しちゃう。

 私は考えがあって邪魔をしているの。

 2人が嫌がるような邪魔なんてしない。

 本当に嫌い。


 今日だって本当は。

 兄さんと莉子が働くお店に行きたかった。

 美空がピアノ弾いていいって言ったから。

 せっかく兄さんに聴かせられる。

 そう思ったのに。

 こいつと来たら…………。


「おい、黙ってないで何か言えって」


「うるさい――」


「おまっ!? はぁぁ……適当に取って来るから座ってろ」


 スイーツに罪はないの。

 だから仕方なく。仕方ないから誘いに乗った。

 兄さんも彼女なら誕生日くらい一緒に過ごしたらと言ったから仕方なく。


 でも『むっ』としたから廊下で兄さんの右腕に抱き着いてあげた。

 兄さんが困っている顔を見るのは好き。

 可愛いから。


 本当は前からも抱き着きたいけどもうダメ。

 兄さんの左腕が美海の特別だった。

 でも今は左腕だけじゃなくなったから。


 そう。それで今はスイーツ食べ放題に来たの。

 女装コンテストであいつがもらった景品。

 それを使ってやって来た。

 私があいつを好きじゃないように。

 あいつも私を好きじゃない。

 だから別の人を誘えばいいのに。

 そう考えたけど。

 多分兄さんが許さなかったのだと思う。


「ほらよ。持って来てやったんだから、コレがやだとかアレがいいとか文句は言うなよ」


「言わない――ありがと――」


「郡の教育がいいのか感謝は言うよな、おまえ」


「いただきます――」


「はいはい、どうぞ召し上がれ」


 それこそお前に言われたくない。

 そう言いたいけど今はケーキが優先。

 どっちから食べよう。

『いちごのタルト』と『いちごのオペラ』。

 迷っちゃう。

 いちごが一面一杯に広がりいちごで隠されたタルト。

 ちょこんと可愛くいちごが乗ったオペラ。

 最初は目で楽しんでそれから味わうの。

 決めた。タルトからにしよう――。


「ちっちゃいな……まぁ、そっちのほうが何種類も食べられていいのか」


 こいつ……。

 私が悩んでいる間にもう食べちゃった。

 食事相手に食べる早さを合わせる。

 兄さんからも散々言われているくせに。

 それなのに一口か二口で食べちゃった。

 味わいもしないで。

 ケーキとパティシエさんを冒涜ぼうとくするにもほどがある。


 せっかく少しだけ幸せな気分だったのに台無し。


「おまえは相変わらずのんびり食べるな。俺は次の持ってくっけどどうする?」


「――」


「……悪かったって。次はちゃんとゆっくり食べる」


「――」


「だからごめんって。俺に合わせてそんな急いで食べなくていいから、ゆっくり食べろって」


「――」


「――」


「おかわり――」


「はぁぁ……とりま行ってくる」


「べつの――」


「りょーかい」


 頑張って速く噛んだから疲れた。

 ケーキ食べるのに疲れるって何?

 美味しかったけど。

 兄さんが一緒だったらもっと美味しく感じただろうな。


 残念だけどしょうがない。

 誘いに乗って付いて来たのは私だから。

 こいつと交際すると決めたのは私だから――。


 次にあいつが持って来てくれたケーキ。

『いちごのロールケーキ』と『いちごのミルフィーユ』。

 とっても美味しそう。

 今度はあいつもゆっくり食べている。

 それでも早いけど。

 さっきよりは味わって食べることができた。

 いちごのリベンジができたから次は別なのがいいな。


「次取りに行く前に飲み物頼むけど、これでいいか?」


 メニュー表片手に指差したのはロイヤルミルクティー。

 ママと私。紅茶はミルクティーが好き。

 だから頷いてそれでいいと返事する。

 ウェイターさんに注文してからあいつは次のケーキを取りに行ってくれる。


 次は何かな。

 そろそろチーズとかチョコがいいな。


 ――美味しそうだねぇ~!!

 ――ねぇ~、ここはモンブランが人気なんだって。

 ――しかも和栗! 和栗のモンブランが好きだから楽しみだなぁ。


 モンブランは兄さんが好きなケーキ。

 それも和栗のモンブラン。

 人気なら今度教えてあげよう。


「お待たせ――っと」


 目の前に置かれたケーキ。

『NYチーズケーキ』と『ガトーオペラ』と『生チョコレートケーキ』。

 続いて飲み物も届いた。


 こいつは炭酸が好き。

 だけど兄さんと早百美さゆみの影響で最近は紅茶が好き。

 特にダージリンを好んでいる。

 覚える必要などないのに。

 何度か家に招かれたから知っている。


 早百美はゆがんでいる。ちょっと怖い。

 だからその時だけはこいつを頼っちゃう。

 でもそのせいで早百美に写真撮られちゃった。

 勝手に待ち受けにもされた。

 兄さんに見られて誤解までされた。


「どうした? 食わねーのか?」


「食べる――」


 先にチーズケーキ。

 それからミルクティーで一休み。

 そしてオペラ。生チョコの順に食べて行く――。


 正直言うとまだまだ食べたいの。

 でもこれ以上食べたら夕飯が入らなくなっちゃう。

 ママは間食を禁止したりしないけど。

 ご飯に影響がでると怒る。

 だからそろそろめないとダメかも。

 でも最後はあれが食べたい――。


「ほれ、そろそろコレの気分だったろ? 今朝、郡から聞いたけど今日は光さんも早く帰って来るんだろ? なら、それ食ったら帰るか」


『いちごのショートケーキ』。

 私が最後に食べたいと思ったケーキ。

 それを当然のように持ってきた。

 最初に食べたいケーキから。

 間に挟みたいケーキまで。


「どうして――?」


「いや、短くない付き合いだしな」


「モンブラン――」


「いや、おまえ昔からじゃがいもとかさつまいもとかホクホクしたの苦手だろ? なら栗も苦手かなって。なんだ、食べたかったか?」


「いらない――」


「なら食ったら行くか。送ってくよ」


 私はこいつが嫌い。

 私が兄さんと出会うよりもずっと昔。

 兄さんをいじめたこいつが嫌い。

 なのに。それなのに。

 今では――。


 こいつは兄さんをいじめたくせに。


 私と同じくらい兄さんを大切に思っているから私はこいつが嫌い。


 でも。偽装交際を始めてから。

 一緒に過ごす時間が増えた。

 だから互いの好き嫌いが前より分かるようになった。

 むかつく。

 本当に嫌。

 知りたくないのに。

 覚えたくないのに。

 覚えてしまう。

 でも――。


「んじゃぁな。光さんによろしく。あと、今日は急に誘って悪かったな」


「幸介――」


「ん? なんだ……って、もしかしてプレゼントか?」


「そう――」


「なんだ、明日は…………ま、ありがたく受け取っておく。サンキュウな」


「帰る――」


「おう! またな、美波」


 兄さんを思う気持ちに関してだけ。

 少しは認めてもいいと思い始めている。


 だから誕生日のプレゼントくらいは渡してあげてもいいかな。


 そう思っただけ。


 思っただけだからね?

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