第245話 始まりの夜。
手を繋ぐどころか、正面から抱き合いながら室内へ戻るというバカップルさながらの行動を取った僕と美海。
名残惜しいと感じつつも、白湯の準備をするために一度抱擁を解放することに。
一歩分の距離ができ、正面に立つ美海を見て気付いたが、その左手にはどこか見覚えのある箱が持たれている。
そして僕の視線に気づいた美海が思い出したように、箱についての質問を投げ掛けてきた。
「ところでこう君? こう君の右の胸の辺りに硬い物があるなぁって、気になって取り出しちゃったけど……この箱ってなに?」
なるほど、左腕に抱き着いて来ることを予想して右側に隠し入れていたが、抱き合うことで気付かれてしまったのか。
迂闊だったな。
何度も言うが、今日は本当にやらかしてばかりだ。
サプライズ的にプレゼントするつもりだったのに、その前にプレゼントがバレてしまったのだから。
それどころか、渡す前に渡ってしまっている。
とんだイリュージョンだ。
「えっと……その、一応、1日早いけど美海へのクリスマスプレゼントとして用意していた物です」
「え……」
今度は美海が『やらかした』って表情をしている。
受け取る前に手にしているのだから、普通に抱いてしまう感情だろう。
「僕都合の物だから、プレゼントと呼べるか分からないけどさ。受け取って貰えたら嬉しい」
「アクセサリー……とか?」
箱の形状や大きさからして推測したのだろう。
「開けてみて」
小さく頷いた美海はゆっくりと箱を開き、それからとても驚いた表情を見せた。
緊張している僕には、驚いた理由を考える余裕はないが、少なくとも引かれたりしていないということは分かる。
だってそれは、驚いた表情をしてすぐに喜色の目を浮かべて僕を見てきたのだから。
「え……どうして? え、なんで?」
「どうだろう、受け取ってもらえるかな?」
「それは喜んでというか、もう返してって言われても絶対に返したりしないけど……どうして私が素敵だな、いいなぁって思った物を??」
よかった。
美海を独占したいという思いからきた一方的な贈り物だったけど、どうやら受け取ってもらえるようだ。
「ちょっと
僕が言った冗談に対してジっと見られていたのだ。
今はそんなターンではないと言われた気がしたのだ。
「情報……莉子ちゃん? ううん、もしかして望ちゃん?」
情報のひと言だけで、僕が佐藤さんをスパイに使ったことを見抜いたようだ。
てっきり、最初に口にした莉子さんが情報源だと勘違いすると思ったが、その辺はさすがとしか言いようがない。
「正解。でもどうして佐藤さんだって分かったの?」
「だって――」
佐藤さんと莉子さんと買物に出掛けた時に気に入った物で、さらにはこれまでアクセサリーへ興味を示していなかった佐藤さんからの不自然な誘い。
僕がこの間佐藤さんと優くんと3人で会っていたと聞いたこと。
もう一つ理由もあるらしいが、それは教えてはくれなかったが、これらを考慮した結果正解へと導かれたらしい。
「隠し事をするつもりなどないけど、美海には隠し事が出来ないね」
プレゼントを渡す前に見つかってしまったしな。
「…………」
「美海?」
「こう君に……着けてもらいたいです」
「喜んで。お手をお借りしても?」
僕がそう言うと、美海は恥ずかしがるように左手を差し出してきた。
だがすぐに引っ込めて右手へと変えた。
右手左手どちらの手にせよ、あまり気にはしないけどその行動の理由が気になってしまった。
「その……左手は、18歳の楽しみに取って置きたくて……」
「なる、ほど……」
「「………………」」
見つめ合い、互いに恥じらいながらも美海の右手薬指に指輪をはめることが叶う。
「えへへ~、なんか私はこう君の
指輪を見つめ、嬉しそうに言ってくれるものだから僕の方が嬉しい気持ちにさせられてしまう。
「美海の彼氏は僕だって分かるものがほしくて。まあ、佐藤さんには『重い』『八千代っち本当に重い』って、言われたけど」
「え~? それってつまり、喜んでいる私も間接的に重いって言われたことにならない?」
「そうかもしれないね。不服?」
「ん~……まったくっ! 重い者同士でお似合いってことだね?」
「相性抜群ってことだね。明日に響いてもいけないし、そろそろ寝ようか」
明日とは言うが、すでに日付を越えてしまっている。
『空と海と。』でクリスマスパーティーが開催されるが、僕と美海は働く側のため、夜更かしをして無茶する訳にもいかない。
美海もそれを理解してくれているため、素直に了承して、白湯を飲んでから歯磨き等の就寝の準備を済ませてしまう。
「エアコンはつけてあるけど、寒くない? 平気?」
「お布団もあったかそうだし平気だと思うけど……今日はその……」
「ん?」
「一緒にね? その、こう君にくっついて寝たいなって言ったら迷惑、かな?」
迷惑か迷惑じゃないかの二択なら、間違いなく迷惑じゃない。
むしろくっついて寝たいとさえ思う。
けれど――けれども。
何かをするつもりなど毛頭ないけど、交際初日から同じ布団に入るにはいささか抵抗を感じる。
「朝起きた時に……こう君のお顔を一番に見て、この幸せな出来事は夢じゃなかったって思いたいの。ダメかな?」
もう、無理だろう。
彼女から、こんなに可愛いおねだりをされて断れることなどできる訳ない。
「今晩はまだまだ冷えそうだからね。手でも繋ぎながら寝よっか」
「うんっ! ありがとう、こう君、大好き!!」
「可愛い可愛い彼女からの頼みだからね」
満面の笑みで抱き着いてきて美海と一緒に和室を出て、クロコが寝る部屋に移動する。
クロコはベッドの足元の辺りで丸くなり眠っていたため、蹴らないよう気を付けながら布団へ入る。
布団の中は冷たく、容赦なく体温を奪ってきたけれど。
手を繋ぎ、身を寄せ合ったことですぐに暖かくなっていく。
そして暖かくなったことに気が付いたクロコが、布団の中へ入れろと要求して来たため右腕を上げて布団へ誘い入れる。
そのまま右腕の中で丸くなり落ち着くクロコ。
左に顔を向ければ、今日出来たばかりの彼女と目が合う。
暗闇でも目が慣れたおかげで、目が合っていることが分かる。
美海はほんの一瞬、手にギュッと力を込めてきた。
そのことに気を取られながらも外すことの出来ない視線。
だがゆっくりと、美海は瞼を閉じていく――。
前に美海1人が泊まりに来てくれた朝を思い出す。
あの時は、互いの気持ちを分かってはいるが交際するに至っていなかった。
そしてクロコのおかげで止まることができた。
でも今なら、正式交際に至った今なら――。
体勢を変えることのお詫びじゃないが、クロコをひと撫でしてから僅かに頭を起こす。
一つの枕を2人で使用しているため、僕が頭を浮かせたことで枕の沈み具合に変化が生じる。
また、あお向けにしていた体が美海へ向いたことで察したのだろう。
美海は受け入れるように顎を上げてくれた。
固く繋がれた左手からは、美海の緊張が伝わってきている。
反対に僕の緊張も伝わっているかもしれない。
嫌がられたらどうしょう。先に進んでいいのか分からない。実はもう寝てしまっているかもしれない。まだ初日。さすがに早すぎる。だから今日はやめておいた方がいいかもしれない。
そんな逃げの気持ちを一瞬だけ考えた。
でも――。
繋いでいた左手を離し、そのまま頬へ添える。
そして右手は美海の左肩へ。
軽く――。
触れたか、触れていないかも分からないくらいの。
でも確かに。
唇に熱が残っている。
もしかすれば今の出来事は幻や夢かもしれない。
けれど。
恥ずかしがるように。
僕の左手と顎を押しのけ。
首元へ顔をうずめて来た美海を見るならば。
現実なのだろう――――――――。
僕の背中に添うように伸びて眠るクロコ。
気付けば僕の左腕を枕にして、
胸の中で気持ちよさそうに眠ってしまった美海。
最後に幸せが更新されたことを実感してから。
僕と美海、2人の新たな関係が始まったのだ。
第六章 ~完~
【あとがき】
こんにちは。山吹です。
皆さま、第六章完結までお読みいただき、ありがとうございます。
フォローや評価、応援もありがとうございます!!
最後まで読んでもいいかなと思ってくれた方は、作品のフォローや評価欄から「★〜★★★」を付けての応援をお願いします!!
さてさて。ようやく辿り着きましたね。
次は間章。イチャイチャ会です。
残り僅かとなりますが、どうか最後までお付き合い頂けると幸いです。
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