第243話 プライベートビーチを借りたい

 家まで迎えに行き、昼食をとり、映画を観て、カフェで感想を語り合い、ウインドウショッピングをしながら美海の目に留まった物をこっそり買う。


 それから自宅マンションへ戻る前に公園へ立ち寄り、好きだと告白する。

 出番はなかったが、告白の言葉なんかも考えたりした。


 よいのうちとなる18時頃から雪が降るとも、昨日見た天気予報で確認していたから良い雰囲気も演出される予定だった。


 告白したのち、『寒いね』って言い合いながらも手を繋いでくっつきながらマンションへ帰宅する。


 一緒に夕飯を作って、一緒に食事をする――。


 今思えば、いかにも思春期の高校生が考えそうで、誰かに話すにはとても恥ずかしくなるプランかもしれない。


 それでも――。


 公共の場で勢いのまま未成年の主張を行うという愚行。

 衆目に想い人を晒し、ピンマイク事件をはるかに上回る、ムードもへったくれもない、文字通り叫ぶような大告白よりはマシだと思えてしまう。


 けれども――。


 格好つけるどころか、みっともない姿を見せ恥しい思いもさせたというのに美海は想いに応えてくれた。


 甘いはずの生キャラメルパンケーキの味も、よく分からぬうちにお店を出た帰り道、この時も視線を重ねたり、外したりを繰り返す夢心地のようなフワフワした気分で歩いていた――。


「私……こう君と両想いに、なれたん……だよね? 夢とかじゃないよね?」


「夢じゃないと思う。もしも……たとえこれが夢だったとしても、僕は何度でも美海へ想いを伝えるよ」


 僕は夢を覚えていられないとか、歯の浮くようなセリフだとか思ったが、これは本当の本音だ。


「ん……そっか……嬉しい」


「伝える場面は絶対に変えるけどさ」


 これも100パーセント本音だ。

 本当にときを戻すことができて、やり直せるならば、もうあんなに恥ずかしい思いをさせない。


 そう思っていたが、美海は予想外な返答を戻してきた。


「……これまで生きて来た中で一番幸せだなぁって気持ちと一番恥ずかしいって思いにもさせられたけどね、あれはあれで良かったかな? って思うよ」


「…………あれが?」


「だってね? こう君の気持ちが凄く、すごく、すごーくっ! 伝わってきたから、それが嬉しかったの」


 それなら……よかったのかな?

 いや、よくないだろう。

 僕の言葉足らずで、美海に不安な気持ちを抱かせ、泣かせてしまったのだから。

 それは絶対に反省すべきことだ。


「それでも、ごめん」


「悲しくて、悔しかったのは確かだけどね、もういいの。今はその、えっとね……一番幸せなだなぁって思う気持ちが――ずっとね、更新中、だから――」


「その……好き、です」


「はい……私も、です」


「「…………」」


 もしも雪が降っていたとしても、見つめ合い、肩を寄せ合う僕ら2人には、傘は要らなかったかもしれない。


 そんな熱くも甘い空気を暫し堪能してから――。


 僕はクロコを思い出し、美海は冷たい僕の手に気を取られ、映画に集中出来なかったことを再度告白しあい、DVDが出たらまた一緒に観ようと約束を交わし、美海が目に水を溜めて、哀しい表情をしていた本当の理由や、横断歩道手前で美海が足を止め振り返った理由を教えてもらったりと。


 家に到着する頃には、僕らは周りに甘い空気が漂わせつつも普段と同じような会話ができるようになっていた。


 そして美波とクロコに出迎えられ、お祝いの言葉と写真撮影の嵐が済むと、迎えに来た幸介と一緒に美波はマンションを後にして去って行った。


 2人になったことで再度訪れる気恥しい空気と距離感。

 これはきっと、『友達』から『恋人』に関係が変わったため、どう接していいか量りかねているせいもあるだろう。


 ちょっとばかし困った状況でもあるけれど、それも含めて一つひとつ大切に越えて行きたい。

 そんな風に考えていると、耐えきれなくなったのか、美海は照れたような笑い声をあげ始めた。


「えへへ……なんか、まだ慣れないね?」


「そうだね、でも――」


「「悪くない」」


「でしょ?」


 これでもかってくらいドヤっとした表情を僕に見せてくる。

 それすらも愛おしいと思う気持ちにさせられる。


「美海は本当に僕をよく見て知ってくれているね」


「ふふ、こう君は分かりやすいから。それでね、話は変わるんだけど今日のお夕飯、私が作ってもいいかな?」


「そんなことないと思うんだけどな? あと、とても魅力的な提案だけど、今日は一緒に作りたいって考えていたんだ。ダメかな?」


 僕がいたら邪魔だろうか、そんな風に考えていたが美海はここでも僕の予想を裏切る返答を戻してくれた。


「えっとね、その……ちょっと恥ずかしいんだけど、好きな人を想って好きな人のためにお料理を作りたいって、夢だったの。だから……ダメ、かな?」


「……是非、お願い申し上げます」


「よかったっ。でも――ふふっ、なぁに? そのおかしな返事?」


 こんな心揺さぶられる可愛いおねだりをされて、おかしくならない方がおかしいと言うか、どうかしていると思う。


「好きな人の前だと語彙力を失うほど馬鹿になれるんだなって」


「もう、変なこと言わないのっ。だって、私の前でこう君がおバカさんなのはいつものことでしょ?」


 クスクス笑い、からかうそぶりを見せているが、それが意味することはつまり――。


「僕がずっと前から美海を好きでいるって証拠だ」


「ん……そ、そんなつもりで言ったつもりは――」


「分かっているよ」


「もうっ!」


 いじけたように、ポコポコと僕の胸の辺りを叩き、可愛らしい不満をぶつけてくる。

 だがその手も止まり、気が済んだのか――いや、まだ少しばかり頬が膨らんでいるのを見るに、まだ気は済んでいないのかもしれない。


 けれど目が合うと、頬のふくらみを解放させ柔らかな表情に変えてくれた。


「1時間半くらいはかかると思うから、こう君はクロコと休んでいて。それかシャワーとかお風呂に入って来てもいいよ?」


 たっぷり美波に甘えて満足しているからか、クロコはキャットタワーのハンモック部分で丸くなり熟睡しているように見える。


 暖房があるから平気かもしれないが――今度コタツを買うか。


「ありがとう。お言葉に甘えて、先にシャワー浴びてこようかな」


『いってらっしゃい』ではなくて『ゆっくりね』と言って見送る美海に背を向け、リビングを出る前にキャットタワーを覗き込む。


 顔を上げないどころか耳が動く気配もないから熟睡しているのだろう。

 撫でることで起こすわけにもいかないから、静かにその場を離れて浴室へ移動する――。


 シャワーを浴びている間、脳内の中は楽しかったことや反省すべきことで占められ、普段よりもシャワーを浴びる時間が長くなったかもしれない。


 美海が言ったように、ゆっくり浴びる結果になってしまったわけだ。

 まさかコレを予想して、言い方を変えたのか?

 と、疑問を浮かばせながら浴室から脱衣所に出ると、脱衣所の外から扉の閉まる音が聞こえてきた。


 続けてもう一度閉まる音が聞こえてきた。

 美海が手洗いから出て、リビングに戻ったのだろう。


 濡れた髪や体をタオルで拭き取り、続けてドライヤーをかけてしまう。

 それからリビングに戻ると『おかえりなさい』と言って、白湯さゆを手渡してくれた。


『ありがとう』と言って受けとり、ゆっくり飲み干す。

 シャワーだけでは温めきれなかった内臓や心が温かくなり、使い方が合っているか分からないけど、五臓六腑ごぞうろっぷに沁み渡ったことを感じた。


 時計を見るに夕飯が出来上がるまではあと30分ほど。

 美海にもゆっくりしていてと言われたため、ソファに座るがどうも落ち着かない。


 ソワソワしてしまう。


 普段はつけないテレビでも……と思ったが、キッチンから聞こえて来る包丁を叩く『トントントン』や煮込むような『グツグツ』、『ジャー』といった水の音。


 さらに『フンフンフ~ン♪』といった可愛い鼻歌、それらが奏でる幸せなハーモニーが聞こえて来る今のこの空間に余計な音を含ませたくないと考え、つけることを止める。


 中途半端に伸びた手と、中途半端に浮いた腰の行き場はというと、不自然な動きで立ち上がりを見せ、窓の方へ向かうことに。


 幸いにも不自然な動きは見られてはおらず、突っ込まれることはなかった。

 みっともない姿ばかり見せている1日だけに、これ以上は見せたくない。

 今さら遅い無駄な抵抗なのかもしれないが、好きな人には格好良い姿を見せたいと思うのが男というもの。


 やはり浮ついているのかそんなことを考えながら、カーテンを開け、曇った窓ガラスの隙間から外を覗き込むと――。


「――雪だ」


「えっ!? ずるい、私も見たいっ!! あー……でも、今は火を止められないし……」


「先に見ちゃってごめん。食事のあとにでも一緒に見よっか」


「う~……うん、見たいけどあとの楽しみにとっておくことにする」


 唇の先を尖らせているから、渋々納得させているようにも見える。

 何かと行動を共にしたがる美海には、僕が1人先に雪を見たことが不満だったのだろう。


 反省したばかりだというのに、また余計なことをしてしまった。

 料理が出来上がるまで、ソファで大人しくしておこう――。


 それから、テーブルの上に並べられた料理は食欲そそる香りもそうだけど、見た目からしてどれも美味しそうで、口の中によだれが広がってしまい、飲み込む音で思わず喉を鳴らしてしまった。


 副菜にレタスとミニトマト、それに焼いた鶏モモ肉とヤングコーンを乗せたサラダ。

 スープに茄子なすや黄色のパプリカ、たまねぎ、トマト、大豆を具としたミネストローネ。

 メインにえびやブロッコリー、しめじを具としたマカロニグラタン。

 それに合わせるバゲット。


 きっと秋休み前に僕が『寒い日にはグラタンが食べたい』と言ったことを覚えてくれていたのだろう。


 いただいたご飯からも、それを美味しいと言いながら食べる僕を見ていた美海の表情からも、気持ちが溢れていて、隠し味とは呼べないくらいの愛情スパイスが幸せな気持ちで僕の胸をいっぱいにさせた――。


「ごちそうさまでした。僕のために一生懸命作ってくれてありがとう。とっても美味しかったよ。今日のご飯は一生忘れない」


「ふふ、お粗末様でした。こう君、ずっと美味しいって言いながら、お顔も美味しそうに、幸せそうにして食べてくれたからね? 幸せだなぁ。こんな食卓が続くといいなぁって思っちゃった。だから私こそ、ありがとうっ」


 胸いっぱいになったはずの幸せな気持ち。それなのに、美海はそれをさらに溢れさせようとしてくる。


「…………なんか」


「んー?」


 首を傾げ、目尻を下げ、短い言葉で返事を戻してくる。


「カナヅチだから困ったな」


「え~? どうしたの、急に?」


「溺れそうだってこと」


「よく分かんない?」


「夏になったら一緒に海にでも行きたいね」


 溺れそうだと言った理由を伝えてもいいけど、気恥しくなってしまった。


「え~? カナヅチなのに?」


「別に泳ぐ以外にも海で楽しいことはあるよ」


 美海と一緒にいるだけで楽しいからな。

 砂のお城を作ったりしてもいいし、海を眺めるだけでもいい。


「そうだけどぉ、なんか誤魔化された気がするなぁ。でも、海に行くなら……可愛い水着、買わなきゃかな?」


「美海ならどんな水着も似合うと思うよ?」


 これまで僕が何か失言するたびに見せて来た目をしている。

 ジと目だ。

 ものすごいジと目をして僕を見てきている。


 心から似合うと思っての言葉だったけど、適当に言ったと勘違いされて、信用してもらえていないのかもしれない。


「……好きな人に少しでも可愛いと思われたいってことです」


「なるほど……おとめ心ってやつか」


 少しはおとめ心へ理解を寄せることが出来たかもしれない。

 おとめ心とはつまり。

 僕が美海に格好良い姿を見せたい。そう考える気持ちと似た気持ちってことか。


 それにしてもな、ただでさえ可愛い美海が可愛い水着をきたら一体どれだけ可愛くなってしまうのか。


 それに服の上からでは分かりにくいが美海は意外と……うん。


 とりあえず、誰にも見せたくないし人のいない砂浜を探しておこう。


「……こう君、今いやらしい目していた。あと、お鼻も」


「……なんの――」


「こう君は分かりやすいって言ったよ私」


「……さて、食器は僕が洗うから今度は美海が休んでいていいからね」


 そんなあからさまの誤魔化しが通用することもなく、小悪魔のようにイジワルな表情を浮かべた美海から『男の子だね?』『見たい?』『ほら正直に?』『こう君が選んでくれてもいいよ』などと言葉攻めをされる始末となった。


 それに、『片付けまでするのが料理。特に今日はダメ』と言って、食器も洗わせてくれなかった。


 けど近くにいる事は許してくれたので、邪魔にならないところに立ち、美海との会話を楽しんだ。


 それから――。


 美海がお風呂に入っている間で和室に布団を敷き、寝間着に着替えるため部屋に入ると、本棚に目が留まる。


 美波が見ていたのか、中学アルバムの位置が変わっていたのだ。

 高さが揃っておらず、少し気持ちが悪い。

 手に取り元の位置に直そうとするも、気持ちの変化が起きたせいか、ふと、見てみたくなり開くことに。


 かといっても、特に写真映えする顔でもないし面白みもない。

 美波と幸介の姿を少しばかり探して、最後にメッセージを書き合うために用意されている白紙のページを開く。


「――まったく」


 いつの間にと言うか何というか。


 僕の記憶にないメッセージが追記されていたため、つい、言葉と共に笑みがこぼれてしまった。


 だから僕もサインペンを手に取り、メッセージを追記する。


 それから羽織ったカーディガンの右内側にプレゼント……か、どうか分からないが、プレゼントを隠し入れてからリビングへ移動。


 そして、ソファに座り、美海がお風呂から戻るまでの時間を膝に飛び乗って来たクロコを撫でることで、緊張を誤魔化しながら過ごしたのだ。


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