第240話 オムライスの味が分からなかったです

 冷えた美海の手を温めるつもりが、

 どうしてか僕の体や心までが温かくさせられた道中は、事故もなく平穏無事に駅前まで辿り着くことができた。


 浮かれている僕は何を話したか覚えていない……とかそんなこともなく、しっかりと覚えている。


 会話の初めは美海の服装についてだ。

 初めて見る美海のワンピース姿。

 全体的に白色でまとめられているけど、黒色のショートブーツと黒色のミニショルダーでメリハリをつけアクセントが効いている。


 約半年前までは鎖骨にかかるくらいの長さだった髪も、

 今では肩甲骨の下にまで伸びている。


 しっかり手入れをしているのか毛先まで絹糸のように輝いており、風に吹かれたとしても手櫛てぐしをかけただけで、くしをかけた直後のように元通りだ。


 触れることが恐ろしく感じる美しく長い髪にも今日の装いはマッチしており、美海が持つフェミニンな雰囲気にも合っている。


 文化祭の時に思った通り、可愛い服装も『似合っている』。


 このひと言では表現できないほど似合っている。

 可愛いが溢れているのに、いつもよりも大人っぽく見えてしまった。

 表現しきることが出来ない自分の語彙力のなさをこの時ほど後悔したことがない。


 けれどそんなことは置いておいて、

 服装について感想を述べるのと合わせて、

 これからももっと美海の可憐な姿を見せてほしいと熱弁してしまった。


「見れば見るほど美海は可愛くなる」


「ん……そんなに見られると、恥ずかしいなぁ。でも」


「まだまだ見たりないし言い足りないけどね。でも?」


「ん、今はちょっと胸がいっぱいだし限界も近いのでご遠慮ください。それでね、こんなに喜んでもらえたならね?」


「うん?」


「もっと早くに着てみたらよかったな」


 褒めたことで照れる美海の姿は何度見ても見飽きることない『癒し』になるけど、褒めすぎても言葉が軽くなってしまうし、これ以上は怒られる可能性もある。


 だから今日はこの辺で諦めることにしよう。

 それに、喜んでもらえるからと言った美海の気持ちが嬉しいからな。


「熱弁したあとで言っても説得力ないかもしれないけど」


「けど?」


「僕はこれまで見せてくれた美海がする服装も好きだよ?」


「そうなの? でも……ふふっ、確かに説得力がないよ? だって熱量が違ったもん」


「まあ、言われると思った――」


 と、このあとは美海が僕の服装を格好いいと褒めてくれて、互いに好きな服装や似合いそうな服装を教え合い、その会話の流れで洋服屋さんに行って互いにコーデし合おうかと提案したり、その他にも話題を振り、会話が途切れることないまま、最初の目的地である”ポミュの木”に到着した。


 普段なら会話上手な美海に主導権を委ねてしまうが、やはり浮かれているのか美海以上に、僕には珍しく饒舌に話をしてしまった。


 そう自覚したものの止まることはできない。


 お昼時なこともあり店内は満席に見えたけれど、タイミングよく2人掛けのテーブル席が空き、待つことなく席へ案内され、そのまま注文を終えてからも、話し続けてしまうからだ――。


「こう君、ソファ側譲ってくれてありがとう。荷物は預かるからちょうだい?」


「いえいえ。荷物は……じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな」


「うんっ! それと私の我儘でお店選んじゃったけどこう君は平気? この間、美波みなみと来たばかりだよね?」


「美味しかったし美海とも食べに行きたいと思っていたから全然平気だよ。それにこの間は『えびマヨオムライス』を食べたから、今度は『定番オムライス』を食べたいとも思っていたんだよね。だから願いが叶ったってことになるから、むしろここのお店を選んでくれてありがとう美海」


「ふふっ、それなら良かった。質問しなくても分かるけど、前回食べた『えびマヨオムライス』は美波の言った我儘でしょう? それで美波はチーズソースか何かがかかったオムライスを選んで、両方食べたんでしょう?」


「さすが美海だね。美波と仲良しだから分かったの? 兄としては、2人が順調に仲を育んでいることは嬉しいよ。まあ、欲を言わせてもらえれば。僕に関して余計な情報交換をすることは、もう少しだけ控えてほしい気持ちはあるけれどね。特に恥ずかしい出来事とか」


「ふふっ、よくきこえなぁ~い! それはそうと、前半部分への回答ですが……」


「耳のいい美海に届かなくなるほどお店も騒がしくはないと思うのだけど? まあ、それはそうと聞いてみましょう」


「私はこう君が美波に甘いシスコンだってことを知っている方が正解に近いかな?」


「なるほど、どこかの可愛い誰かさんに言われたことがあるけど、僕と美波はどうやらブラシスらしいからね」


「ふ~ん? 私はこう君が口にした言葉は忘れないのに、こう君は違うみたいだね?」


「どれ、30秒前にときを戻させてもらおう」


「こう君にそんな能力はありません。あ、こらっ。腕時計に触れて雰囲気出さないのっ」


「なるほど、とっても可愛いく可憐な美海に言われたことがあるけれど、僕と美波はどうやらブラシスらしいからね」


「もう、人の話聞かないんだからっ。でも――ふふ、どうしたのこう君? 今日はやけにお喋りさんだね?」


「きっと浮いているのだと思う」


「浮いて? おかしな言い方が気になるけど……こう君がどうして浮かれているのか聞きたいなぁ??」


「答えを聞かずとも美海なら分かるんじゃない?」


「そうだけど、こう君の口から聞きたいなぁ?」


「美海が夜まで覚えていたら、その時一緒に教えてあげるよ」


「……それって――」


「まだ内緒」


「えぇ~」


『夜まで』。この単語が出たことで、この場で聞けないことなど美海ならば分かっていたはず。

 むしろこの場で言った方が、今唇を尖らせている以上に美海はいじけてしまう可能性だってある。


 それに、僕が珍しくもこれだけ饒舌になってしまう理由。


 その理由を言葉巧みに伝えてもいいのだけれど、今の僕が言うには嘘になってしまうかもしれない。

 それならばやはり止しておいた方が無難だろう――。


 それよりも今は初めてのデートを楽しみたい。

 これまで食事に出掛けたことは何度もあるが、こうして2人で何かを食べに出掛けるのは、ジェラートを食べに行って以来だからな。


「お待たせいたしました――」


 尖らせた唇も気付けば僅かに口角の上がった表情へ変わり、次には『楽しみだなぁ』とニコニコした顔で呟く美海を眺めていると、注文の品が届いたのか店員さんから声が掛かった。


「こちらお子様オムライスセットでございます」


 注文が届くには早すぎると思ったが、届いた先は隣のテーブル席に座る親子だったようだ。美海に夢中で勘違いしてしまった。


 それで、柔和な笑顔した店員さんが男の子の前に置いたお子様ランチ。

 チラッと見てしまったが、ワンプレートでまとめられたミニオムライスやたこさんウインナー、スイートポテト、ゼリーやジュース。


 右手にスプーンを持ち、プレートへ目を釘付けにさせ輝かせている男の子を見るに、魅惑的に映るプレートなのだろう。

 そして『こぼさないでね』と言いながらも、男の子の様子を優しく見守る母親。

 その親子の姿を見ると微笑ましい気持ちにさせられてくる。


「かわいいね……そう言えば莉子ちゃんって、小学生の頃は鍵っ子で学童? に通っていたんだって。莉子ちゃんから聞いたけど、こう君も通っていたの? あ、言いたくなかったら言わなくてもいいからね」


 急に話題が変わったように感じるが、小さな子供を見て思い付いたのだろう。

 そして小学生のころの話だけに、気を使い言わなくてもいいと言ってくれたのだろうけど、これまで美海に言わなかった理由は単に、話題にあげるほどの話でもないからだ。


「美海に内緒にしたい話はないから気にしなくて大丈夫だよ。確か10歳から11歳だから……5年生のころに通っていたよ。それにしてもバス旅行の時に、しかも寝落ちする直前に話したことなのに莉子さんもよく覚えていたな」


「10歳の頃……そっか。教えてくれてありがとう、こう君。バス旅行の寝落ちってことは、2人がカップルのように肩を貸し合いイチャイチャくっついて眠っていた時だね?」


 母が僕を捨てて出て行ったのが10歳。

 急に決まったことのため父の仕事も落ち着かない状況だった。

 そのため、1年間だけ学童へ預けられた。


 当時は、そこまで幼くもないのだから学童へ通う必要はない。

 そう思っていたが、今考えれば危うい精神状態だったから父は心配だったのだろう。


 そのことを思い出しても、やはり明るい話題になどならない。

 美海も、10歳の出来事を僕から聞いているだけに、これ以上広げても明るい話にならない。今話すには場違いになる。


 そう考えて、表情を変え、クスクス笑いながら揶揄い始めてきたのだろう。


「美海が上書きしてくれてもいいんだよ? むしろ歓迎します」


「それじゃあ……来年同じクラスになれて、同じバスや新幹線? に乗ることができたら上書きしようかなぁ?」


「随分と先だね? あ、でもな……やっぱり止めておこうかな」


「えぇ~? 吐いた言葉を戻したりしたらダメなんだよ? それに今のタイミングで止めたりしたら……まるでこう君は私と一緒のクラスになりたくないって言ったように聞こえるよ?」


 悲しそうな表情で言ってはいるが、声色からは悲しい気持ちなど微塵も伝わってこない。

 つまりその表情は作られた表情であり、返答を聞かずとも僕の気持ちが分かっているということだろう。


「まさか。同じクラスになりたいし隣の席にもなりたい」


「それならどうして?」


「いや、他の人に美海の寝顔を見せたくないなと思ってさ」


 独り占めしたい気持ちだから完全なる独占欲。

 女子は別だが、他の男子へ美海の無防備に可愛い寝顔など見せたくない。


「ん……不意にやって来るこう君の攻勢に私はやられてしまいました」


「お、今度こそオムライスがやって来たみたいだよ」


「あれ~? 楽しみにしていたオムライスが来るのは嬉しい筈なのに、オムライスに負けた気がするからちょっと複雑です」


「――――」


「どうして何も言わず微笑みで返事してきたのかな?」


 ちょっと怖い美海のスマイルと同時に、僕らが注文した2人分の『定番オムライス』をテーブルへ配膳してくれる先ほど隣の席にもやって来た店員さん。


 僕と美海はケンカしているわけではない。


 冗談のような他愛もない応酬を繰り広げているだけだ。

 だが、険悪な雰囲気と誤解を与えてしまったのか、店員さんはそそくさと去って行った。


 配膳したお礼を伝えた時に見た表情は、男の子に向けていた柔和な笑顔ではなく、固く張り付いた笑顔のように感じた――。


「それじゃあ、お腹も空いたことだし食べようか美海?」


「もう……オムライスには罪はないもんね」


「そうそう。けど、僕と同じのでよかったの? てっきり美海も美波と同じように別のオムライスにするかと思っていたけど?」


「うん、今日はこう君と同じ物を食べたいなって。その……初めてのデート、でしょ? それなら同じ物を見たり食べたりして思い出を共有できたらいいなって」


「な、るほど……」


「えへへ、初めてのデートって言葉にするとなんだかちょっと恥ずかしいね?」


 それもそうだけど、同じ物で記憶を共有したいと言ってくれた美海の言葉に照れたのだ。


「本当にね。少しむず痒くもあるけれど、まあ……悪くないかな」


「ふふっ、食べよっか!」


「そうだね、温かいうちに」


 それから2人で声を合わせて『いただきます』を言って、オムライスを味わうことに。


「美味しいねっ」


「そうだね、美味しそうに食べる美海を見たらなおさら」


「は、恥ずかしいから食べているところは見ないでっ」


 そう言い合いながら最後まで食べ進めるが、正直なところ味がぼやけてしまっていた。

 美海の言葉を借りると、不意にやって来た美海の攻勢。


 その攻勢には美海の思いが溢れており、

 僕には好勢のようにも感じた。


 そのため、オムライスでお腹が満たされるよりも前に胸の中が満たされてしまっていたのだ。


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