第234話 いつか美海と一緒に眺めたいと思いました

 朝8時に郡山駅を出発してから、

 間に休憩を挟みつつ約4時間30分で神奈川県にある有名な観光地『鎌倉』に到着した。


 月美さん以外の名花高校2年生は、

 始めに三泊四日の間お世話になる由比ガ浜に構える旅館で昼食をとることに。


 昼食が済んでからは、由比ガ浜ゆいがはま海岸から一直線に伸びる参道”若宮大路わかみやおおじ”を通り、鶴岡八幡宮つるおかはちまんぐうを参拝して、そこから源頼朝公みなもとのよりともこうが眠る場所を巡り、旅館へ戻って来るのが1日目の予定となっている。


 そして月美さんの予定は、手作りの旅の栞の通りに旅館待機となっており、長時間のバス乗車で減らした体力を回復させるために、同級生と一緒に昼食はとらず、五色沼先生と一緒に部屋で体を休めることとなった。


 もはや修学旅行の名を借りた、ただの旅行のような気もするが、事情が事情なのだから仕方ないだろう。


 その月美さんはと言うと、熟睡してしまったのか一向に目覚める気配がない。

 五色沼先生はどちらかと言うと小柄な体格をしている。

 それを理由に月美さんを任せられてしまった。


 さらに荷物も多いからと付け加えられてしまったため、仕方ないけど僕が月美さんを背におぶり、部屋まで運び入れることになった。


 背中から伝わる女性特有力を意識しないように心がけようと決めたが、その必要はなかった。


 月美さんの口元から漏れるよだれに意識を持って行かれたからだ。

 運び入れた後に口元を拭いてあげたら、僕も肩や背中をチェックだな――。


「月ちゃんが目を覚ましたら連絡するから、八千代くんは他の2年生に混ざってご飯を食べて来てもいいし、好きに過ごしていていいわよ。ただし。旅館の中もしくはすぐに戻って来られる場所には居てちょうだいね?」


「ええ、承知しております。月美さんが楽しめそうなものを探しつつ、あとは適当に部屋で休んだりしています。外に出たとしても、旅館の周囲を歩いて回る程度だと思います」


「それならオッケ―。2人の引率は私だから一応……それに風騎士委員団の団長である八千代くんが悪いことをするとは思わないけど、よそ様に迷惑を掛ける行為はしないでちょうだいね?」


「ええ、それこそ承知しております――」


 明日の計画や予約の手配のお願い、確認事項もそこそこにして、五色沼先生とは一旦別れ、荷物を置くため部屋へ向かう。


 この旅館に用意されている客室は、

 窓から由比ガ浜ゆいがはまが望める海側。

 それと、緑あふれる景色を楽しめる山側があるらしい。


 月美さんと五色沼先生が宿泊する部屋は3階の海側にある洋間。

 そして僕が宿泊する部屋は2階の海側だと聞いた。


 どの程度の眺望なのかと期待に胸を膨らませながら、階段で一つ下の2階へ移動して、預かった鍵に書かれた名前の部屋を探し出し、鍵を開けてそのまま部屋に入る。


 どうやら僕に割り当てられた部屋も洋間のようだ。

 旅館なら、雰囲気的に和室でもよかったが、特にこだわっている訳でもないから不満はない。


 それで室内についてだ。膝の高さくらいの椅子が2脚と小さなテーブルが1台。テレビとそのテレビが乗せられた長机のようなもの。ミニ冷蔵庫が備え付けられており、ごく一般的な客室のイメージそのものに感じる。


 月美さんが宿泊する広い部屋を見たあとだと狭く感じるが、生徒、教員含めても個室が手配されているのは僕だけだと考えれば贅沢な悩みだろう。


 それにベッドはシモンズ製品で寝心地は抜群に良さそうだしな。

 シモンズ製品と知ったかぶりをしたが、調べたから知っているだけで、どのくらい寝心地がいいのかは今夜試してみないと分からない。


 そしてお待ちかね――。


 1人部屋で広くないため窓は小さいが、部屋から海を眺望する景色が素晴らしい。

 夕方の時間になると夕日が海に沈む景色も見えるらしいから、宿泊している間でその瞬間が見られたらいいなと期待もしている。


 バスで月美さんが寝てしまったあとに、日没の時間まで調べたからな――。


 荷物を置き、少しばかり海の景色を楽しみ、最後に写真を撮って満足した僕はパンフレット片手に館内の散策に移る。


 先ずは、現在地でもある2階から……と思ったけど、2階は客室と宴会場、マッサージチェア。

 あとは温泉があるくらいか。

 月美さんが楽しめそうなものは温泉くらいかな。


 調べて分かったことだけど、鎌倉にある源泉は稲村ケ崎いなむらがさきが唯一らしい。

 けれど、お世話になるこの旅館には熱海あたみから運び入れた温泉があるため、鎌倉にいるのに熱海温泉を楽しめるようだ。


 月美さんなら知っているかもしれないけど、目が覚めたら教えてあげよう。


 パンフレットを見る限り、3階には客室の他にキッズスペースがあるだけのようだから、飛ばして1階へ移動する。


 正面玄関横にお土産屋さん、

 中庭を見ながら軽食をとれるラウンジ、レストラン。


 それと――。


「室内温水プールまであるのか。それにテニスコートまで」


 まあ、カナヅチの僕には関係ないか。テニスも好きってわけでもないしな。

 ソフトテニス部で頑張っている順平なら、また違ったかもしれないけど。


 さて――。

 20分もしないうちに散策が終わってしまった。


 けれど月美さんが楽しめそうなものには巡り合えず、今いちピンとこなかったな。


 んー……するかどうか分からないけど、保険としてトランプを貸してもらえるかロビーで聞いておこうかな。


 駄目ならお土産屋さんでも覗いてみるか。


 小腹も空いたし軽く何かを食べておきたい。

 その気持ちとは反対に、せっかくなら月美さんと一緒にご飯を食べたいという気持ちも湧いてくる。


 目が覚めるタイミングによっては夕食になるだろうし……今は我慢するか――。


「……部屋でゆっくりするか」


 無事にトランプを借りることができたが、本格的にすることがなくなったため部屋に戻ることを決めたのだ。


 本でも持ってこれば良かったかもしれない。

 目は疲れるけど、携帯で電子書籍でも買おうかな。

 そんなことを考えていると――。


「やほ、こうり


けやきさん、こんにちは。それと冨久山ふくやま先輩も」


「こんにちは千代くん。月美を放っておいて1人散策?」


「月美さんが熟睡してしまったので旅館を探検していました。2人は昼食終わったんですか?」


 僕の質問に対して、欅さんが膨らませたお腹を擦りながら早口で感想を言ってくれる。


 バイキングスタイルになっていたらしく、オムレツやハンバーグ、エビフライにカレーやラーメン、お寿司に天ぷら、最後はケーキやプリンなどなど。これでもかと言うくらいお腹いっぱいに食べてきたらしい。


 それはもう、目を輝かせながら語ってくれた。


 普段からよくお腹を空かせている欅さんが満足できたなら、微笑ましい表情で欅さんを見る冨久山先輩同様の気持ちにもさせられる。


 けれど今の僕は小腹を空かせた状態だったのだ。

 そのため、話を聞いたおかけで小腹では済まなくなってしまった。


 それを証拠に『グゥーッ』って、2人の先輩に聞かれるくらいの音でお腹が鳴ってしまった。


「郡、お腹へったの? かわいそう……」


 この世の終わりかと言うくらいの表情を僕に向けてきた。

 欅さんは食いしん坊だからな、心からの声だと思えてしまうことが怖い。


「ごめんね千代くん。私、今は何も持ってないの。あ、でもガムなら……」


「あ、いえ。お気になさらずに。適当に食べるか、もしくは月美さんが起きたら美味しい物食べますから。それより2人は外に出られますよね?」


 断ったけれど、憐れむような目をしながら右手にガムを持たされる。

 まあ、頂いたのだから軽く頭を下げお礼を告げておく。


真弓まゆみを待ってる」


「他のクラスの子と話し込んじゃってさ、だから欅とお土産屋でも覗く? って来たところだったの。でさ、真弓で思い出したけど、千代くん夜って時間ある? 真弓が例の件で話したいってさ。月美の承諾がもらえるなら部屋まで来てよ。私たち3人は同じ部屋だからさ。消灯の時間までならいつでも大丈夫だから」


「トランプする?」


 僕が持つトランプを見ながら聞いて来たマイペースな欅さんに、トランプは月美さんのために用意したことを伝えてから、冨久山先輩に行ける時は連絡すると返事する。


 例の件とは『アオハル実行委員』についてだろう。


 だから僕としても話しておきたいが、この旅行で優先すべきは月美さんだからな。

 月美さんが駄目だと言うならば諦めるしかない。


 それが分かっているからか、冨久山先輩は柔和な笑顔で『りょうかい』とだけ言って、トランプと呟く欅さんの腕を引きながら、お土産屋さんへ入って行った。


 その後は誰と会話することもなく部屋に戻り、明日以降の予定の確認をしてから電子書籍を漁る。


 何を読もうかと悩みはしたが、そう言えばと思い出し、色ことばに関する書籍を購入して、表現方法を勉強することに決める。


 それから月美さんが目を覚ますまで、窓から望める海の景色を楽しみつつ読書して時間を過ごしたのだ――。


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