第233話 騎士団長として出張?遠征?します
修学旅行。
それは人によって学生生活最大のイベント、思い出を作ることになるだろう。
今日12月6日水曜日から9日土曜日までの三泊四日間。
名花高校2年生の修学旅行が始まる。
本来ならば、僕には関係のないイベントだ。
学年が異なることもさることながら、家にはクロコがいる。
そのため、僕は修学旅行に行くつもりなど毛頭なかった。
けれど――。
少し昨日を振り返るが、朝の集まりに月美さんがいなかった理由。
それは単純で、今日から始まる修学旅行に備えて学校を休み身体の調整、メンテナンスをしていたからだ。
その月美さんは名花高校を代表とする四姫花の秋姫。
本来ならば秋騎士に任命した白岩さんが帯同するはずだった。
けれど白岩さんが騎士に任命されたのは昨日のことだ。
だから1週間前、同じ2年の鈴さんにお願いしようかと考えた――が、月美さんの手によって渡された『騎士団長帯同権』によって、僕が行くことになったのだ。
もちろん、多くの特権を享受するのだから義務は果たしたい。
でもクロコを放って旅行など行けないし、授業や旅行代金のことだってある。
そう反論しようとしたが――。
クロコについては美波と母さんが泊まりに来ることに――さては、これを予期していたから、この間泊まりに来たんだなと悟った。
旅行代金については四姫花予算から出す。
駄目なら月美さんが負担することに。
授業はそもそも騎士特権によって免除されており、ノートも美海が書いておくことに決まった。
僕に負けず劣らずのやきもち妬きである美海が協力的なことに疑問は出たが、すぐに理由を教えてくれた。
下剋上に際して、月美さんは僕を裏切るつもりなど考えてすらいなかった。
けれど美海は、その月美さんをこう言って説得しきった。
「こう君が騎士団長になれば、2年生の修学旅行に付き従うことになります」
結果、月美さんは美海の計画を他言せず邪魔しないことだけを誓った。
それを聞いて僕が思い出したのは、秋休み前に月美さんと保健室でした会話についてだ。
あの時、情報量が多すぎて咀嚼しきれなかったが、月美さんは確かに『修学旅行を楽しむことが今一番の夢』。
そう語った。
そしてその時の会話をカーテンの裏側で聞いていた山鹿さんが、一言一句違わず美海に伝えたらしく、美海は月美さんの攻略を思い付いたということだ。
あれを違わず暗記している山鹿さん、それだけで月美さん攻略を考え着く美海。
あーちゃんとみゅーちゃん、僕の幼馴染2人は本当にとんでもないな。
と、思わず苦笑いが出てしまった。
これらのことで、僕が行けない理由がなくなり三泊四日もの間、月美さんに付き従うことに決まったのだ――。
「あ、そうでした! はい、コレ。
「はい、承知しました。改めて、
「こちらこそ」
窓側の席に座る月美さん。その隣に座る僕。
通路を挟んだ隣の席に座る五色沼先生から手渡された月美さん特製の旅の栞。
幼い頃から体が弱く、旅行を楽しめる余裕もなかった月美さん。
その月美さんが一生懸命に考えた旅の行程に目を通そうとすると。
「揺れるです。バス揺れるです。楽しいです」
「ほら、月美さん。落ち着いて。しょっぱなから調子に乗ったら酔いますよ?」
「両手で受けろです」
「いや、それは勘弁してください。その時は座席に用意されているエチケット袋を広げますよ」
「エチケット……なんです?」
バスに乗り込み高速道路に入ってすぐ、揺れるバスに興奮した月美さん。
身体が弱いため、普段はどこに行くにしても送迎されている。
医療の五色沼というくらいだ。
送迎車もきっといい車種なのだろう。
そのためバスに乗ることなどないから、エチケット袋の存在を知らなかったのかもしれない。
ここまで考えた僕は、説明を開始するが月美さんの興味はすでに別の物に移ってしまっている。
その様子を横目に見ながら五色沼先生に話題を振ってみる。
「五色沼先生、いつもは専用車で修学旅行に行くって言っていましたけど、本当にバスでよかったのですか?」
「ええ、月ちゃんがそう望んだからね。私も同行するし、バスのすぐ後ろには緊急時に備えて五色沼家の車も付いているから。八千代くんは何も気にせず月ちゃんを楽しませることだけに全力を尽くしてくれて大丈夫よ」
「分かりました。ですが……僕が何かしなくても、月美さんは楽しそうにしているみたいですよ」
目を輝かせ外の景色を楽しむ月美さんを見ていると、僕がいなくとも平気なのではと思ったのだ。
「八千代くん、あなたが横にいるのだから当たり前じゃない。おかしなこと言うのね?」
「千代くん、バカです」
「……まあ、そうですね。今のは僕が悪かったです」
「はいです」
よくよく思い返せば、僕はこの人に『好き』だと言われている。
そのことを考えれば、僕の発言が間違えているということを深く考えずとも分かってしまった。
好きな人と一緒に旅行に行く。
それだけで楽しさ倍増だということを想像できたからだ。
「上近江と千島です。2人の許可も得ているです。いっぱい甘えるです。千代くんも楽しむです?」
「僕の許可は得ていませんでしたけどね。僕には好きな人がいますから限度はありますが、でも、まあ、せっかくですから――この4日間は思い出に残る旅行にしてやりましょうね、月美さん」
「はいです。ツンデレです。ご馳走様です」
「はいはい。僕は月美さん特製の行程表に目を通しますので、ちょっと黙ります」
「楽しみです」
ワクワクしたような表情をしている月美さん。
あ、表情だけじゃなくて、
「ワクです。ワクです。ワクワクです。
って、口ずさんでいる。
子供っぽいなと思うが、一生懸命に考えた行程表と言っていたからな。
感想でも聞きたいのかもしれない。
くだらないギャグが飛び出すくらい楽しんでいるともとれる。
そう考えて、
1日目は行程と呼べるほどのことは書かれていない。
バス移動して、その後は体力回復に専念するため、旅館で待機すると書かれているくらいだからな。
ただ――必要なこととはいえ少し困ったな。
月美さんでも楽しめそうな観光地等の下調べは入念にしたけど、旅館については漏れてしまっていた。
配慮が足りないうえに詰めも甘い。
反省したくなるがそれは後にして、
旅館に着いたら月美さんを楽しませる物があるか調べるとしよう。
2日目の行程を確認しようと次のページを開くが、何も書かれていない真っ白なページが目に映った。
疑問に感じつつも、次のページ、さらに次も開くが何も書かれていない。
なるほどな、入念に下調べをしておいて良かったかもしれない。
白紙のページが意味するのは――。
「2日目以降は僕に任せてくれるってことですか?」
「はいです。いいです?」
「しっかり調べて来たから大丈夫です。任せてください」
「……はいです。頼りになるです」
ほんの少しだけ俯き、小さく返事を戻してきた月美さん。
どうしたのかなと思ったが、口角が上がっているのを見るに嬉しい感情もしくはそれに近い感情を抱いていることが分かった。
普段の月美さんなら、何か憎まれ口でも叩いてきそうな気がしたが――こうも、しおらしく嬉しい感情を表現してくる様子は珍しい。
なんだか調子が狂ってしまうな。
今、僕の目にはただの可愛い女の子しか映って見えないからな――。
「まあ、過度な期待はしないでくださいね」
「頼りないです。つまらない保険です」
「僕は慎重なんです」
「臆病とも言うです」
「僕には褒め言葉です」
「ヒーローです? 聞いて呆れるです」
「僕はヒーローじゃなくて騎士団長です」
「厨二です」
「秋姫様うるさいですよ」
普段の調子を取り戻した僕と月美さんが、ああだ、こうだと、賑やかに言い合っていると五色沼先生から突っ込みが届く。
「まるで姉弟みたいね?」
「月美さんが妹ですよね?」
「千代くんで弟です?」
声を重ねて質問で返答したが、五色沼先生は僕の望む返答をしてはくれなかった。
「どっちもどっちよ」
結局――。
それからも似たようなやり取りを繰り返しながら、月美さんとのバスの時間を楽しみ、最後は疲れた月美さんに肩を貸し、目的地に到着することとなったのだ。
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