第231話 美海さん、それは反則です

 残念ながら僕の好きなモンブランはなかったが、その代わりに注文した『ほうじ茶ティラミス』も美味しかったから満足だ。


 美海と美空さんの2人は、『自家製プリン』を注文し、美味しいと感想を言いながらも、材料は何かとか作りかたはきっとこうだとか、仕事モードの表情をして語りながら食べていた。


 その様子を微笑ましくも可笑しな光景だと見ていると。


「どうしてこう君はお姉ちゃんを見て笑っているの?」


「違うわよ美海ちゃん? 郡くんは美海ちゃんをみて笑っているのよ?」


「2人が仕事に一生懸命で、料理が好きで夢中になっている姿は格好良くて可愛いって思っていただけ」


 デザートの美味しさで失った気力が回復されたがそれ以上に、ほんのり耳を染める美海とほんのり頬を染める美空さんに癒された方が大きかった――。


 従業員をきっかけとするちょっとした騒ぎもあったが、デザートを完食させ楽しい食事の時間も終わった会計時のこと。


 食事に誘ったのだから支払いは任せてほしいという僕に対して、日頃のお礼と称して会計を譲らない2人。


 話し合いは難航するかと思われたが、すぐに店の迷惑になるといった考えに至り、最終的には個別で支払い店を出ることになった。


 それから2人を自宅まで送り届け、別れの挨拶をしようかと思ったが少し待っていてほしいと言われ、玄関の内側で2人を待っていると――。


「待たせてごめんねっ。それで……はいっ、コレ。この間は部活のみんなからのお礼だったけど、今度は私とお姉ちゃんからです」


「ふふふっ、郡くんの喜ぶ顔を想像して一生懸命選んだのは美海ちゃんだよ」


「ちょっとお姉ちゃん!! あとね、こう君……紅茶に詳しい女性からアドバイスとかもらったから私だけで選んだってわけでもないの。こう君が喜んでくれたらいいなって想像したことは間違いないけど……」


「大丈夫だよ、美海。ありがとう。美空さんもありがとうございます。今、開けて見てもいいかな?」


 受け取った物は、少し前にももらった『オータムナル』と同じお店の紙袋。

 それだけでも嬉しい気持ちにさせられたが――。


 何より僕が喜ぶことを考えてくれた美海の気持ちが、2人からの贈り物が、そのことが『嬉しい』という感情に拍車をかけた。


 ラッピングされた贈り物を丁寧に解いていく僕の姿を、柔和な笑顔を浮かべて見守る美空さん、どこか緊張した面持ちおももちで見守る美海。


 ラッピングが外され、露わになった物は本の形をしていた。


「ブックオブティ……」


「そうだけど……もしかしてもう持っていたりしちゃった?」


 僕の言葉尻の声が小さくなったことで『被ってしまった』。

 そう考えたと思われる美海は不安な表情をさせ聞いてきた、が――。


「いや、持ってない……というか、え? どうして? よく手に入ったね? あ、もしかしてオータムナルと一緒に? あ、でもその前に……ありがとう美海。美空さんもありがとう。すごく嬉しい。本当にありがとう」


 さっきも思った通り、美海が僕のことを思って贈ってくれたこと。

 しかもそれが諦めていて冬のブックオブティだったことで、『嬉しい』気持ちが溢れ出てしまった。


「どういたしまして、こう君。でも――ふふっ、こんなに喜んでもらえて私もなんだか凄く嬉しくなっちゃった」


「よかったわね、郡くん。それと美海ちゃんも」


「はい」

「うんっ!!」


「ふふ、お姉さんは先にリビングに行っているわね。郡くん、今日は食事のお誘いありがとう。また水曜日……じゃなかったわね。また来週の水曜日に会いましょう」


 約1週間お休みをいただくことに謝罪をしてから、最後におやすみの挨拶を交わすと、美空さんはリビングへ戻って行った。


「あ~あ……水曜から5日間もこう君に会えないのかぁ……寂しいけど仕方ないかぁ……。ところでこう君? 残り3人の騎士に誰を任命するのかと騎士団のお名前は決まったの? 明日までだよね?」


「おかげさまでどちらも目処は立ったかな。あとさ美海? ちょっとお願いがあるんだけどいい?」


「おかげさま? 何かした覚えはないけど……何かこう君のお役に立てたならよかったのかな? それとお願いごとって?」


「夜さ……」


 夜? と、やまびこの様に返事を戻しつつ首を傾げる美海。


 これから僕が口にする願いは、きっと美海なら叶えてくれるだろう。

 そう分かってはいるが、中々に恥ずかしいお願いごとのため躊躇してしまう。


「え……こう君? どうしたの? 様子が変だよ?」


 自覚している。

 すでに足のつま先から背中、首にまで熱が帯びていることを実感しているから。


 あとは『顔』に熱が上がってくる前に言い切らないと――。


「5日も会えないのは僕も寂しいから夜とか電話したらダメかな?」


 耐えろ――耐えろ――耐えろ――――。


「もちろんっ!! 私こそね……ちょっと電話したいなって思っていたから……こう君から言って貰えて嬉しい、な?」


 かすかに耳の先を染める美海。

 さらには、いじらしくも僕の左手の小指をちょこんと抓む様に握ってきた。


 美海の恥じらう様子を見たおかげで、僕は逆に冷静になることができ、ギリギリのところで耐えることが叶った。


 それから、どちらからでもなく何度目になるかもわからない約束の唄を交わし――。


「じゃあ、今日は帰ろっかな」


 言葉と共に小指を解放しようとしたが固く結ばれたままで一向に解かれる気配がない。


 美海の目を見ようとするも視線が重なることはなかった。

 美海が急に頭を下げたからだ。

 そしてそれと同時に僕の小指に何か柔らかな感触が伝わってくる。


 そのことを実感すると今度こそ小指が解放され、ゆっくり顔を上げた美海と視線が重なり――。


「えへへっ……ちょっと恥ずかしかったかも」


 はにかみ照れ笑う美海。

 その頬や耳の先はほんのり桃色に染まっているため、恥ずかしいと言った言葉に嘘はないのだろう。


 不意に起こされた美海による大胆な行動。

 それが例え小指だとしても、嬉しくないと言えば嘘になる。

 というか嬉しいに決まっている。


 けれども――。


 さっきまで首まで上がって来た熱は気合で耐えた。耐えたはずだった。

 でもコレに耐えることはできなかったようだ。


「え!? こう君!? お顔まっかっかになってる!? え、どうして? 風邪とか!?」


 その後は、美海の叫びに驚いた美空さんが慌てた様子でやって来た。

 熱を測るから部屋に上がってと心配されるも僕はその心配に対して、

『平気』『熱は100パーセントない』『恥ずかしくなっただけ』。

 そう正直に告げて――。


 無理矢理別れを告げて帰宅を果たしたのだ。

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