第229話 そりゃ可愛いよね?

 美緒さんとの距離が縮まった翌日の朝。


 普段通り美海と図書室で勉強をしていると、予期せぬ来訪者が現れた。

 その人物は施錠されている図書室の扉を思いっきり横に引いたため、朝の静かな図書室に大きな音が響いた。


 肩をびくっとさせてから、一体誰だろうかと疑問が浮かんでくると同時に、音に驚いた美海が僕の左手を取り、さらに左腕に体を寄せてきた。


 意識外からの大きな音、さらには誰かも分からないため不安なのだろう。


 美海の不安な気持ちを解消するため、そのまま左半身を預けていたいが、解消するために自由にさせてもらう。


 それから僕1人で扉に近付き、扉の窓から見える人物に目を見やると――。


「おはっす郡!! プレゼントもらいにきた!!」


 なんてことない、自ら誕生日プレゼントをねだりに来た幸介だった。

 下剋上のアレコレで山鹿さんや鈴さんにも知られてから、毎朝僕と美海が図書室にいることを幸介と佐藤さんには伝えてある。


 それにそのアレコレのせいで、今は誰に知られているのかも分からないくらいだ。

 そのため、誰が訪ねて来たのか予想ができなかった。


 ひと先ず、美海の許可を得てから開錠して図書室に幸介を招き入れプレゼントを渡す。

 苦笑いを浮かべる美海が続けて幸介へプレゼントを渡した。


 美海が苦笑いした理由は、幸介が急に訪ねて来たことではなく、幸介が僕から一番にプレゼントをもらいたいと言ったことに対してだ。


「やいちゃうくらい仲良しさんだね」


 と。それで――。僕が渡し物はマフラーだ。

 欲しいと言われていたからな。

 だからサプライズ要素はないだろう。


 美海はクラフトコーラシロップをプレゼントしたようだ。

 炭酸、特にコーラが好きな幸介には嬉しいプレゼントだろう。


 プレゼント受け取り笑顔を浮かべる幸介。

 その顔のまま邪魔したなと、まるで悪びれた様子もなさそうに立ち去ろうとするが、僕は待ったをかける。


「さて――せっかくだから勉強しようか。喜べ幸介、誕生日プレゼントとして勉強も教えてあげるよ」


「いや、そんなプレゼントは――」


 ――と、僕と美海が幸介にみっちり勉強を教えて朝の時間は終わった。


 その話を聞いた佐藤さんが『い~なぁ~』と羨ましがったため、古町先生と女池先生の許可を取ったうえで、週明けの月曜日から朝の図書室の時間は勉強会にシフトチェンジとなったが、幸介1人だけが苦い顔を浮かべていた――。


「こう君との2人の時間が減るのは寂しいけど、4人で勉強して過ごすのも悪くないもんねっ」


 少しだけ唇を尖らせて言った美海を見るに、自分に言い聞かせているようにも感じた。


「ピンマイク事件のおかげで、僕と美海は普段から普段通りに話せるようになったからね。それにさ……これから2人だけの時間なんていっぱい作れる……と、思うんだ」


「もう……こう君ったら」


 12月1日の金曜日の出来事とはこれくらいだったと思うが――。

 この会話を繰り広げたのは休み時間中の教室だったとだけ言っておこう。


 それで翌日の2日、土曜日。


 午前中の不動産アルバイトを終わらせたあと、諦めつつ紅茶屋さんを訪ねるも、やはり『ブックオブティ』は完売していた。


 残念だけど次の春の『ブックオブティ』を楽しみに待つことに気持ちを切り替え、次に里店長にお礼の品を渡しに向かう――。


 里さんや美愛さん、鈴さんと少しだけ会話してから、すぐに店を後にした。

 お昼時の忙しい時間でもあったし、この後に約束もあったからだ。


 待ち合わせ場所の駅前噴水広場、その並びにある緑の扉の前に移動するとすでに約束の人物が待っていた。


「ごめん、待たせた?」


「ううん、今来たとこだよ。それにまだ待ち合わせの10分前だから」


「それなら良かった。遅くなったけど――優くん、佐藤さん、こんにちは。今日はよろしく」


 以前、優くんからもらったライトノベル。

 その作者が新作を出したため、それも一緒に買いに行こうと優くんが誘ってくれたのだ。


 優くん、佐藤さん、2人が挨拶を返してくれたところで、昨日も見せたように佐藤さんが羨み始めた――。


「え~えぇ~~ズルイ八千代っち!! 私も優と『ごめん、待った?』『いいや、待ってないよ』ってやりたいっ!! なんで私より先にやっちゃうのぉ~!!」


 なんかごめんなさい。

 僕がそう心で呟くと、優くんが佐藤さんに提案した。


「えっと、それじゃあ……今からやる?」


「やるやるっ!! じゃ、ちょっと行ってくるね!!」


 佐藤さんは元気に返事して少し離れた位置まで小走りで移動して行った。

 というか結構遠いな、あんなに離れる必要あったのだろうか。


 佐藤さんかどうかも判断が難しい距離にいる佐藤さんを見ていると、優くんがおかしそうに笑いながら声をかけてきた。


「おかしいよね。でもああやって無邪気に振る舞う姿が可愛いなって思う。俺はあんな望も好きなのかもしれない」


「わかるオブわかる」


 僕も美海が無邪気に振る舞う姿は好きだからな。

 優くんの言ったことに共感を覚えてしまい、即答で変な返答をしてしまった。

 意味が伝わったか不安だったけれど、笑う優くんを見るに上手く伝わったようだ。


「優くんはいつ告白するの?」


「え? それ今聞く?」


「今しかないと思って」


 何故か佐藤さんはゆっくり歩いて向かってきているからな。

 この後はいつ優くんと2人になれるか分からないし、聞くなら今のうちだろう。


「郡くんはい――」

「12月23日」


 あまりの即答ぶりに呆れ笑う優くん。けどすぐに答えてくれた。


「俺はその翌日かな。『空と海と。』でクリスマスパーティーをした帰り道に考えてる」


「そっか――楽しみだね」


「ちょっと怖いけどさ」


「両片思いの期間はどうだった?」


 最近知ったばかりの知識をひけらかす様に投げ掛けてみたが、優くんは僕とは違って当然の様に両片思いを知っていて、即答で『悪くない期間だった』と答えた。


 僕と似ている優くんなら、おそらく知らないだろう。

 そう予想していただけに、少しばかり悔しい思いにさせられてしまった。


「2人の待ち合わせの場を邪魔したくないから、あっちのベンチで座って待っているよ」


 それだけ言い残してベンチに移動する。

 そして2人の仲睦まじく息の揃った、まるで阿吽あうんの呼吸だと感じるやりとりを見てから買物を開始したのだ――。


 目的の物を購入したあと。

 エキナカにあるエスパル中央部、生キャラメルパンケーキで有名なお店に目を奪われながらも、その並びにあるフードバザー内にあるお店でタピオカを購入して、テーブル席で小休止していると、佐藤さんから不満をぶつけられた。


「そうそう、この間は八千代っちのせいで恥ずかしい思いしたんだからね~?」


 聞けば、先週の日曜日。美海と莉子さんと買物に行った時に揶揄われたそうだ。

 それは――悪いことしたな。


「まあ、情けは人の為ならずだからさ」


「も~、それ言われたら何も文句言えないじゃ~ん!!」


「まぁ、落ち着きなよ、望。俺らは郡くんに受けた恩を返しただけなんだから。それにこうやってタピオカまでご馳走になったんだから」


「うぅ~……ご馳走様、八千代っち!!」


「いえいえ。実は佐藤さんに追加でお願いしたいことがあるんだよね」


 すぐさま『うわぁ……』と言った表情をさせた2人とは、それから少しして別れ、帰宅してからはあっという間に1日が終わり、それから週が明けた月曜日の放課後。


 周囲に揶揄われ羨ましがられながら、僕は美海と2人で学校を後にした。


 別に手を繋いだり腕を組んだりしているわけでもないのに。

 そう思いもしたが、相手は四姫花だからなと無理矢理納得させた。


 ……まあ。

 一緒に帰れることが嬉しいのだろう。


 美海はニコニコ顔で僕の横顔を見ていたんです。

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