第227話 これが両片思いってやつか?

「じゃ、山鹿さん、また明日。あと、長谷と小野も」


 1日最後の授業、帰りのホームルームも終了となった放課後。


 今日は朝から決めていた通り、早く帰宅してクロコと過ごそうと考え、席を立ち隣席の3人に別れの挨拶を送る。


「また明日」


「俺らはついでかよ」

「別にいいけど」


 文句を言いつつ『じゃーな』と言う2人と山鹿さんに背を向け、教室後方の扉に移動しながら、五十嵐さん、順平、幸介の順に挨拶していくが、幸介に止められてしまう。


「急ぎか? 5分いや、3分でいいから時間くれ」


「それくらいなら平気だけど、どうしたの?」


「いや、ちょっとな……」


 止めた理由をハッキリと言わず煮え切らない態度を見せる幸介。

 頬を掻いている姿をみるに、幸介自身も困った様子が窺える。

 その理由を考えようとするも、すぐに答えがやって来た。


「ごめんね、こう君。私たちがお願いしたの」


「美海? 莉子さんに佐藤さんまで。3人揃ってどうしたの?」


「部室でお昼休みを過ごすとき、こう君いつも美味しい紅茶淹れてくれるでしょ? だからみんなでそのお礼がしたくて――はいっ!」


 そう言って手渡してくれた物は、僕がよくお世話になっている紅茶屋さんの紙袋だ。


「昨日、莉子たち3人でお出かけしたさいに購入いたしました」


「僕が好きで淹れているだけだから、気にしなくてよかったのに。でも――3人ともありがとう」


「仲間外れはよくないってことで、幸介くんにもカンパしてもらったから4人からのお礼ってことかな~?」


「そっか、幸介もありがと。中、見てもいい?」


 軽く手を挙げお礼を受け取る幸介を見てから紙袋に手を入れ、リボンでラッピングされた贈り物を取り出す。


「え、オータムナル?」


「うんっ、オータムナルだよ。まだこう君も味わったことないかなと思って選んでみたんだけど……どうかな?」


 美海が言うようにまだ飲んだことがない。

 昨日売り始めと知っていたから、美容室の帰りにでもお店に行こうと考えていた。

 けれど、いつもと違うクロコの様子が心配で寄り道せず帰ったのだ。


「まだ飲んだことないし持ってもいない。それにオータムナル楽しみにしていたから、凄く嬉しいよ。改めて――美海、莉子さん、佐藤さん、幸介ありがとう」


 帰ったらさっそく淹れてみよう。

 それでみんなには、明日のお昼にでも振舞わせてもらおう。


「ふふっ、喜んでもらえたみたいで良かったっ」


「ええ、郡さんのこのお顔が見られるなら……と、思いましたが――とめどなく貢いでしまいそうで、ちょっと怖いですね」


「八千代っちなら何倍にしてでも返してくれるんじゃない?」


「それならアリですね。むしろプラスにしかなりませんね。それなら昨日は莉子がブ――」

「ダメだよ莉子ちゃん」


 莉子さんの唇に人差し指を当てて発言を阻止する美海。

 僕に聞かれたら不味いことなんだろうけど、『ぶ』ってなんだろうか。気になるな。


「と言うことで、私たちの用事は終わりですっ。急いでいる所に時間をくれてありがとね。学校の下まで一緒していい?」


「もちろん。なんなら美海も――」

「おい、ズッくん……騎士団長いるか!? 体育館でケンカだ!!」


 ――家に来て一緒に飲む?

 と、誘いたかったが、教室前方の扉から慌ただしく入って来た生徒、幸介を通して知り合ったBクラスの笹沼ささぬま伸二しんじが物騒なことを告げて来たため言葉が途切れてしまった。


「……僕は体育館に行くから、莉子さんは職員室に行って先生に報告をお願い。もう報告が入っているかもしれないけど一応ね。じゃ、美海と佐藤さん、幸介またね。紅茶ありがと」


「いや、ケンカだろ? なら俺も行くって。男手が必要かもしれないし」


「私も行く」


「幸介ありがとう、心強いよ。山鹿さんは生徒会と合流してから来て」


 幸介の申し出は正直助かる。

 だからお願いすることに決めるが、騒ぎを聞いて当然の様に付いて来ると言った山鹿さんは駄目だ。


 少しでも安全を確認したいから、時間差で来てもらうよう指示する。


「私も…………ううん。私は、こう君と幡くんの荷物見ているね」


 心配してくれるのは嬉しいけど、騎士団長が四姫花をケンカの場になど、連れて行くわけにいかない。


 ましてや美海を危険な場になんて絶対にだ。

 それに言い合う時間も惜しい。


 美海はそれを悟ったから、言葉を止め、別にできることを考え提案してくれた。

 だから僕は提案を受け入れ、美海と佐藤さんに荷物を預け、幸介に協力を依頼して一緒に体育館へ移動する――――。


 ――結果から言うと。


 体育館に到着した時にはすでにケンカは収まっていた。


 生徒指導の五十貝いそがい先生が到着していたことに加え、ケンカもケンカと呼ぶには至らない言い争いだったのだ。


 言い争っていた人は1年生の3人。

 言い争いが始まったきっかけは、今日が11月28日なこと。

 語呂合わせで『いいニーハイの日』。それがきっかけだ。


 スカートとニーハイソックスの間に見える太もも部分。

 いわゆる絶対領域に魅力を感じるニーハイ派。


 タイツを履くことで露出を抑え、控えめとセクシーさを同時演出し、さらには見えないことで想像力が膨らみ、魅力を感じるタイツ派。


 それら2つの派閥に対して『邪道』と完全否定して、脚好きなら生足が一番。本人曰く生足こそが王道と主張する生足派。


 幸介に荷物を風騎士委員団室に持ってきてもらうよう頼み、受け取ったあとはお礼を伝え先に帰ってもらう。


 それから風騎士委員団室で、それら3人の主張を聞き調書を取りつつ、他を否定することを禁止しそれぞれの良い所を主張してもらう。


 おかげで最終的には、互いを認め合い仲直りに至った――。


「3人とも今週中に反省文を書いて提出。以上、解散」


 まるでケンカなどしていない、俺たちはずっと仲良しだ。

 そんな笑顔で風騎士委員団室から退出する3人を見送ってから、ずっと我慢していた溜息を吐き出す。


「ふうう…………」


 思っていたよりも大きなため息が出てしまったが、誰に咎められる心配もない。

 下世話な内容のため、莉子さんや鈴さんには帰宅してもらったからだ。


 あとは五十貝先生に報告したら帰れるが、時計に目を向けるとすでに18時に近い時間だ。


 早く帰りたかったが、遅い時間になってしまった。

 プレゼントしてもらったオータムナルを飲みたかったが、紅茶を飲むにも遅い時間だ。


 遅い時間にカフェインを摂取したら、

 いくら僕でも寝付きが悪くなる可能性がある。


 今日は不動産のアルバイトも休みで、早めに就寝できる日でもあるし避けたい。

 まあ、兎に角――。報告して帰るか。


「それにしても、風騎士委員団室で脚の話ししかしてないな」


 莉子さんの予言に戦慄する思いを抱きつつ退出して職員室に移動する。が、五十貝先生はすでに帰宅していたため、机の上に報告書を置いて、帰宅することに。


 きっと、心配しているだろうから――いや、それよりも僕が癒されたいから。

 考えを訂正して、校舎を出たところで美海に電話を掛ける。


『お疲れさま、こう君。大変だったね。でも、大きなケンカとかじゃなくてよかった……今、帰り?』


 ワンコールしないうちに出てくれたということは、待っていてくれたのかな。

 たまたまタイミングが合った可能性も考えられるけど、なんとなく待っていてくれた気がする。


『ありがとう、今帰りだよ。ケンカは大したことなくてよかったけど、調書が大変だったかな。疲れたけど、美海の声聞けたからもう平気』


『本当にお疲れさま。もうちょっと早い時間だったら、一緒に帰れたのになぁ……そうしたら電話じゃなくて直接話せたのに。ちょっと残念』


『もしかして美海、学校で待っていてくれたの? あと残念なのはちょっとだけ?』


『ふふっ、い~っぱいざんねんっ! 望ちゃんと2人でね、たまには部活動でもする? ってなってね、書道していたの』


『そっか。上手に書けた?』


 たくさん残念がってくれたことは嬉しいが、僕を待っていてくれたわけではないことは少し残念だ。


 そんな僕の寂しい気持ちが伝わったのか、書道した本当の理由を教えてくれた。


『ふふっ――もちろん、こう君と一緒に帰りたいなって考えたから、書道して待っていたんだよ?』


『それなら嬉しいけど、僕が先に帰るって思わなかったの?』


 部室にいるなどの連絡もなかったからな。

 気付かず僕が先に帰ってしまうことも十分考えられる。


『え、だってこう君なら終わったら連絡くれるでしょ? 今みたいに』


『美海には……』


『ん? なぁに、こう君?』


『美海には敵わないなって』


『ふふっ、なぁにそれ?』


『早く23日にならないかな』


『――っ!? もうっ、急にドキッとすること言ったりしたら、めっ』


 何気なく呟いたひと言だったけれど、予想外に美海に動揺を与えてしまったようだ。

 それから――。

 23日が待ち遠しい、楽しみだね、晴れるといいな、何がしたい、どこに行きたい、何食べようか、約束していた映画を観に行こうなど。


 会話に花を咲かせながら自宅マンションに到着し通話が終了となった。


 普通なら7分あれば到着するところ、

 無意識にゆっくり歩いたせいか倍の15分を要してしまった。


 けれど、話をしていた時間はあっという間で、まだまだ話し足りない、物足りないと感じてしまった。


「なんか、いいな。こういう時間も――」


 エレベーターに乗り、呟くと同時に気付いた。

 これが両片思いの楽しさってことに。


 なるほどな――悪くない。


 答え合わせは必要だけれど、また一つ女心を理解できた。

 そんな見当違いな自信を得ると同時にでもやっぱりと考えてしまう――。


 早く美海と両想いになってアオハルしたい。

 心に思いを抱きながら、帰宅を果たしたのだ。

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