第226話 風騎士委員団室はピンク色

 僕以外にも男性騎士を入れよう。


 そう心に誓いながら弁当を食べお腹を膨らませる時間となった。


 ただ、この1週間で選ぶ騎士は四姫花につけるための騎士になる。

 任命権が僕にあるとはいえ、相談しないと決められない。


 美波の騎士に幸介を巻き込みたい……任命したいが、騎士にするには成績をどうにかしないといけない。


 四姫花に選ばれる条件の一つは、期末試験で上位30位に入ること。


 一部除外されているとは言え、四姫花と同等の特権を得られる騎士もまた、同様の条件をクリアしないとならない。


 そのため、後期末試験が終わるまでは幸介を騎士に選ぶことができないのだ。

 莉子さんは前回31位と条件をクリアしていないが、旧風紀委員会所属からの風騎士委員団移行のため、例外的に認められている。


 ただし、後期末試験では上位30位以内入らなければならない。


 鈴さんに関しては学年3位のため問題がない。

 でもな、確か――前期末試験の上位30位に載った人。


 僕以外は全員女子生徒だった気がするな……。


 つまり暫らくは男性1人で騎士を担わなければならないということか――。


「……勉強会を計画するか」


「ん――無意味――」

「その通りです。不要です。千代くんだけです」


 急に飛び出た『勉強会』という単語に、僕をよく知る美海も含め疑問の表情を浮かべる人がほとんどだ。


 それなのに美波と月美さんの2人は、僕が呟いた理由を理解できたみたいだ。

 どうして僕が、2人が理解できたのかを分かっているのかと言うと。


 疑問に思った人たちが2人に理由を聞いて、しっかりと僕の考えを答えているからだ。


 このままこの話が続くと、他の男性騎士はいらないと押し切られる可能性も考えられるし、気になっていたことを聞いて話題を変えるとしよう。


「ところで、四姫花室に空中庭園直結の専用エレベーターがあるって言っていたけど、見当たらないね」


「そこ――」

「そこです。祝スイッチです」


 美波と月美さん、2人が指さした先にあるのは大きなスクリーン。

 そして月美さんに指示された山鹿さんが、どこからともなく取り出したリモコンを操作して、スクリーンを上部に収納させたことでエレベーターの扉が露わになった。


 エレベーターが隠されていた理由は、デッドスペースの有効活用また、部屋の雰囲気を損なわせないためと考えられるかな。


 みんなの後に続きエレベーターに近づくと、ボタンの横に窪みがあるのが分かる。


 空中庭園やエレベーターの使用方法が記載された動画は、四姫花でないと見られないため細かいことは分からないが、深く考えずとも四姫花が持つ徽章を嵌めて、ボタンを操作することが予想できる。


「どうする~? まだ時間に余裕あるし、ちょっとだけ覗きに行ってみる?」


「美愛先輩、使用方法や注意事項の動画を観てからの方がよろしいかと」


「ん~、確かにその方がいっか。言ってくれてありがとね、鈴ちゃん」


「いえ、恐縮です」


「そんな恐縮しないでいいのに~。とりあえずさ、立派なスクリーンもあることだし、今のうちに見ちゃおうよ」


 美愛さんの提案に満場一致で賛成となり、再度山鹿さんがリモコンを操作してスクリーンを下ろす。と、ここで四姫花室に扉を叩くノック音が響いた。


 こういう時こそ騎士の出番だよなと考え、対応するため扉の前に移動して扉越しに返答する。


「はい、どちら様でしょうか」


「郡か? 俺だ、石川元樹だけどさ、ちょっと今から話せないか? つか、俺っていうより、別のやつなんだけど……郡に謝罪したいって言ってんだ」


 謝罪されるようなことか――。


 元樹先輩が繋ぎのような役割をしているということは、もしかすれば田村先輩と横塚先輩かもしれないな。


 それなら風騎士委員団室で対応すべきだろう。

 それに横塚先輩と美海を極力会わせたくない。


「元樹先輩、すぐ行くので先に風騎士委員団の方に回ってもらっていいですか?」


「おう、分かった。サンキュウな!」


「ということで、僕は中座しますが動画は皆さんでご覧になっていてください。鈴さん、莉子さん、姫君をお願いします」


 一応、僕は2人の上司だからな。それっぽく言ってみたけど、言わなければよかったと後悔してしまう。


「騎士団長殿、お忘れ物ですよ――」


「いや、美海。それは不要かな」


「ふふっ、ダメだよ。鈴先輩、莉子ちゃん騎士団長殿を抑えて」


 イタズラな笑顔を浮かべる夏姫である美海の指示により、2人に抑えられ騎士コートを羽織る羽目となってしまった。


 クスクス笑う姫や部下から、要約して『似合う』。

 そんな賛辞を贈られるが、つまりは遊ばれたということだろう。


 肩身が狭いことを実感しながらも、気を取り直して四姫花室を退室。

 廊下から風騎士委員団室へと移動する。


「先輩方、お待たせ致しました。どうぞ中にお入りください」


「ぷっ。朝も思ったけどよく似合ってんぞ、郡!!」


「笑いながら言われても嬉しくありませんって。とりあえず奥側のソファへお掛け下さい。それと、まだ道具等揃ってもいないため、おもてなしができないことはご了承ください」


「気遣いはありがたいが、こちらが急に押し掛けたのだから不要だ」


 田村先輩はそう返事してから、出入り口側のソファへ腰かけ、元樹先輩、横塚先輩も続いて着座した。


「それで――。謝罪したいというのは、どんなことでしょうか」


「先ず、俺から。いくら――当日その時まで2人の気持ちに変わりがなければ協力すると言ったとはいえ、何も告げず真弓側に回ったことを謝罪したい。不義理な真似を働き、すまなかった」


 先輩2人が寝返った経緯を調査した白岩さんから話は聞いているため、僕に伝える時間がなかったことは理解している。だから田村先輩に関しては、この謝罪を受け取ることで話は終わりだ。


「はい、謝罪を受け入れます。ですから頭を上げてください」


 頭を上げた田村先輩に右手を差し出す。握手を交わしたことで、一件落着となる。


「…………」


「おい、優次――」

「分かってる!」


 僕とは顔を合わせずただ下に俯き黙っていた横塚先輩に元樹先輩が声を掛けたが、それに対して強い口調で言い返した。


 けれどこれがきっかけとなり、横塚先輩はようやく僕と目を合わせてくれた――。


「真弓に協力したことについては謝るつもりはない。けど――」


 思う所はあるけれど、味方すると確約していた訳ではないからな。

 僕が怒るのも筋違いだろう。だから黙って頷き言葉の続きを待つ。


「悪かった――。小講義室で休んでたら、八千代と女子生徒の話を聞いちまって……俺は騎士にもなれず、夢も好きな人も手にできないのにお前は全て手にするのかって思ったら、協力なんて到底考えられなくなった。せめて何かひと言伝えておくべきだったと反省してる。醜い嫉妬で不義理を働いた。すまなかった八千代」


 夢に関しては分からないが横塚先輩が言う好きな人は美海のことだろう。

 けど、騎士にならないと叶わない夢か。

 何か気にはなるけど、まあ、今考えても仕方ない。


 いずれにせよ返答は決まっている。


「はい、謝罪を受け入れます――と言いたいですが、山鹿祝にも謝罪してください」


 文化祭準備期間が始まってすぐのこと。

 横塚先輩はAクラスにやってきて、美海に騎士にしてくれと頼みこんだ。

 そのとき山鹿さんが注意に入り、横塚先輩は失礼な態度を取った。

 それを放ったまま許すことなどできない。


「山鹿祝ってーと……あの時のことか。分かった。あれは一方的に俺が悪い。だからこのあと謝罪することを約束する」


「ありがとうございます。それでしたら、僕も横塚先輩の謝罪を受け入れます――」


 まだ終わりではない。だから田村先輩の時と違って右手を差し出したりしない。


「おい、郡――」

「元樹先輩、横塚先輩。僕からも謝罪したいことがあります。ですから、握手を交わすのはそのあと、おふたりの判断に委ねさせてください」


 僕からの謝罪と聞いてもピンとこないのか、2人は首を傾げ、そのまま続きを促してくる。


「先ず、元樹先輩から――。田村先輩と横塚先輩が本宮先輩側に回ったことで追い詰められた僕はとんでもない一手を放ちました。本宮先輩側に知られる訳にいかなかったとはいえ、相談もせず元樹先輩を巻き込んでしまってすみませんでした」


 とんでもない一手とは、腐れ花ことボーイズラヴに飢えている15人を味方に引き込むため放った”諸刃の剣作戦”のことだ。


「ああ……あれな……まあ…………今のところ実害はないし、気にしなくていいぞ。けど今度メシおごれ。それでチャラだ」


 お礼を告げ、ご馳走することを約束してから握手を交わす。


 ただ、実害がないってことは、

 茶会の招待状を元樹先輩は受け取っていないのか? 


 幸介も受け取っていないって言っていたし……つまり呼ばれたのは僕だけということか。


 うん、可能なら全力で断りたいな。


 気を取り直して、残るは横塚先輩だ。


「俺に何を謝るのか分からないけど、そんな苦渋に満ちた表情をさせてまで謝ることねーぞ?」


「あ、いや、すみません。今のは別のことを考えてて……それも失礼ですね。重ね重ね失礼しました」


「いいけど、それで? 八千代に何かされた覚えはないけど……まさか上近江ちゃんと両想いですみませんとか言わねーよな?」


 わざわざそんなことを謝ったりしない。

 失礼になるし、何十人にも謝ることになってしまうからな。


「いえ、そうじゃありません。僕が謝りたいこととは、校則の締め付けを行ったことに対してです。責任の所在は鈴さんから学校側に移りましたが、元は僕が鈴さんに指示して実行したことなんです。下剋上達成の折には、校則を元に戻すと言って協力をお願いしましたが、そもそもの主犯は僕だったんです。聞かれないことをいいことに黙っていてすみませんでした――」


「お前の仕業だったのかよ!! あの時にも言ったけど女子と喋るのは生きがいだから後輩の女の子と喋れない1か月間がマジしんどかった……つかなんでそんなことしたんだ? それと両想いは否定しないのな?」


「両想いかどうかについては、確かめてもいないため肯定も否定もできないと考えて流しただけです。校則を締めた理由についてはいくつかありますが、主な目的は一つだけです」


「いや、肯定も否定もって……はぁぁ。もう、いいや――。で? その主な目的はなんだ?」


「不快にさせるかもしれませんけど、正直に言ってもいいですか?」


「おう、言え言え」


「怒りませんか?」


「いいからはよ言え。怒んねーから」


 うんざりした表情して面倒な奴だなと追加で言われたが、許可ももらえたためストレートに失礼なことを告げることを決める。


「横塚先輩みたいな軟派な人から美海や義妹を守りたかったからです。それが理由です」


「ストレートすぎんだろ!!」

「ぶっ……」

「後輩に言われたら世話ないな」


 綺麗にセットされた髪が崩れるほど頭を掻き始める横塚先輩。

 肩を震わせ笑う元樹先輩。

 僕に味方してくれる田村先輩。

 三者三様の反応を見せてくれる。


「それで、横塚先輩は許してくれるのでしょうか?」


「八千代、お前……空気読めないって言われないか?」


 この場合は空気を読んだうえで質問しているから、空気を読めなかったわけではない。そんな否定の言葉など口にできないが。


「ええ、まあ、それなりに」


「やっぱりな………よし――。ほいじゃ、握手しようぜ」


「いいんですか?」


「いいんだよ。つか別に怒ってないっていうか、今朝の三権会議えんたくかいぎの時点で毒気抜かれたんだよ。上近江ちゃんの生足を見せたくないって、お前があまりにもバカバカしいことを熱弁するし、それに対して顔を染めながらも満更でもなさそうにしてる上近江ちゃんに。だからなんつーか……こんな理由で負けを認めるのは癪だけど、八千代には敵わねーなって分からされた。だから、ほい、握手しようぜ」


 至って真面目に弁を奮ったのだから馬鹿馬鹿しいと言われるには甚だ遺憾な思いだが、差し出してくれた右手を取り握手を交わす。


「これにて一件落着だな」


「だな!!」


「俺は新しい恋でも探すとすっかなー」


「それなら横塚先輩もアオハル実行委員に――」

「入んねーよ!!」


 食い気味に拒絶されてしまっては諦めるしかない。それならば次だ。


「なら、元樹先輩はどうですか?」


「いや、俺は――」

「まさか断りませんよね?」


「郡お前…………」


「なんだ元樹? こいつに強請られるようなネタでも掴まされてんのか?」


「八千代、脅したりすることは感心しない」


 元樹先輩は、本宮先輩に好意があることを僕だけにしか言っていない。

 幼馴染2人に相談するには恥ずかしかったと言っていたからな。


 僕としては、元樹先輩の気持ちを知っているため本宮先輩と2人で何かを行動するには忍びない、それなら元樹先輩の背中を押すためにもなるから巻き込んでしまおう。


 脚フェチの元樹先輩がいるなら何か良い意見も貰えそうだ。

 そう思っただけだから、これは脅しなどではない。


「謝罪してすぐに脅したりなどしませんよ。ね、元樹先輩?」


 先輩方3人に呆れた顔を向けられてしまう。


「分かった。俺もアオハル実行委員に協力する!!」


「では、早速ですが脚フェティシズムの考えを教えてください」


「元樹が決めたなら何も言わないが、俺と優次は先に戻る」


 そう言い残し退室して行く田村先輩と横塚先輩。

 それから朝のデジャヴじゃないけれど。


 脚フェティシズムについて、

 昼休み時間終了ギリギリまで元樹先輩から話を聞いたのだが――。


 風騎士委員団室に居るということも忘れ、場所や身に付けている徽章、羽織っているコートにそぐわない会話をしたことに、莉子さんが言った『18禁コーナー』。そのことを思い出し、猛省しながら教室に戻ることとなった――。


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