第223話 昨日の敵は今日の友って言うよね

 11月28日火曜日


 6時40分

 甘えん坊モード継続中のクロコとの別れを惜しみながらも、背を向け学校へと向かう。が――『行かないで』。そう言ったかのように鳴くクロコの声が耳に残っている。だから今日は早く帰って、そしてクロコにたくさん遊んでもらおう。そう心に決めた。


 6時50分

 学校到着後のルーティン作業、教室整理を行う。面倒だと考えないようにしていたけどいい加減にクラスメイトたちへ教育を施そうと考えを改める。


 6時55分

 長くなるかもしれないからと考え、手洗いを済ませておく。


 6時57分

 エレベーターに乗り込み、10階のボタンを押す。目的地は大講義室。


 6時58分

 大講義室へ向かうと、石川いしかわ元樹もとき先輩が扉の前に立っていた。

 有無を言わさず上着を着せられてから席へ案内される。どうやら僕が最後の到着らしく、そのまま扉が閉められた。

 人数は多いのに誰1人と喋らない静かな空間。そのため丸テーブルに座る人たちと手を振り挨拶を交わすだけにとどめる。そしてそのまま7時を迎える――。


「生徒会役員、四姫花の姫君方、風騎士委員団の皆、おはよう――――。これより、第一回三権会議えんたくかいぎを始めさせてもらう。公平性を期すため、皆を代表して前生徒会長を務めた田村たむら将平しょうへいが司会進行を務めさせてもらう。第二回目以降に関しては四姫花、風騎士委員団、生徒会役員の三権でローテーションしてくれ。異論がなければ、このまま進行するがよいか? ――――では、続けさせてもらう。本日の議題をモニターに映す。先ずはそれを確認してくれ――」


 普段よりも早く家を出た理由。

 生徒会役員、四姫花、風騎士委員団の三権で集まる会議が執り行われるためだ。

 僕がこの知らせを聞いたのは昨晩。


 土曜日の朝を思わせるインターホンが鳴った時は何事かと思ったが、今日のこの会議を知らせるため、山鹿やまがさんが訪ねてきただけだった。


 それなら電話でも良かったのではと言いたかったが、ついでに会津のお土産も持って来てくれたから、そんなことは言えなかった。


 それにしても三権で集まり、円卓に座り、意見を交換し合う場。

 だから三権会議えんたくかいぎとはよく言ったものだ。

 ネーミングに感心しつつ視線をモニターへ移す。

 いや、その前に改めて円卓に座る人物に視線を移す。


 生徒会役員席に座る人物は6人。


 “生徒会長”本宮もとみや真弓まゆみ

 “副会長”亀田かめだ水色みずいろ

 “副会長”山鹿やまがはふり

 “書記”冨久山ふくやま紅葉もみじ

 “会計”白岩しらいわ羽雲わく 

 “庶務”広野入ひろのいりむく



 四姫花席に座る人物は4人。


 “春姫”大槻おおつき美愛みあ

 “夏姫”上近江かみおうみ美海みう

 “秋姫”五色沼ごしきぬま月美つきみ

 “冬姫”千島ちしま美波みなみ



 風騎士委員団に座る人物は4人。


 “騎士団長”八千代やちよこうり

 “副団長”平田ひらた莉子りこ

 “副団長”日和田ひわだけやき

 “風騎士”船引ふねひきすず


 円卓とは別の席には前生徒会役員の田村将平、石川元樹、横塚優次の姿もある。

 様子を見るに田村先輩が司会、その補助に横塚先輩、元樹先輩が書記といった感じだ。


 名花高校の有名人ばかりで錚々そうそうたる顔ぶれだが、疑問が一つ。


「あの……どうして皆さんは僕を見ているんですか?」


「騎士団長――。円滑に進行するため私語を慎んでくれ。時間は有言、今はモニターを見てほしい」


 それなら僕へ視線を向ける方々にも言ってほしい。


 どうせ――入り口で元樹先輩に着せられた、マントのようなロングコートを羽織る僕が面白くて見ているのだろうけど。


 ちゃっかり剣と盾、それに……桜かな?


 それらがデザインされた徽章まで付いている。

 この3日間で準備したと考えたら早すぎだろう。

 コートも軽いし生地に触れた手触りや徽章の輝きを見ても、間違いなく逸品物だ。

 考えたくもない金額が掛かってそうで怖い。


 汚したり失くしたりしないように細心の注意を払おう――。


 気を取り直してモニターに目を向けるが、記載された今日の議題は6つある。


(1)監査役の指名について

(2)騎士任命について

(3)騎士団名について

(4)四姫花室また風騎士委員団室について

(5)空中庭園使用権について

(6)船引鈴の汚名返上案について

(7)騎士団長帯同権について


 うん――。空中庭園使用権以外はほとんど風騎士委員団案件だ。

 1時間で行うには濃い内容でもある。

 ホームルーム開始直前まで長引くことを頭に入れておいた方がいいかもしれないな。


「皆、確認したようだから議題カッコイチに移らせてもらう。先の文化祭にて三権が成立されたことにより、生徒会及び風騎士委員団の独善、独断、独走を阻止する目的に両者間で監査人を派遣し合う制約が成った。よって、両者速やかに監査人の指定をしてくれ。先ず生徒会側から――誰を風騎士委員団に派遣する」


「私が行く」


「山鹿祝副会長、名指しされた時以外に発言する際は挙手してからにしてくれ。本宮真弓生徒会長、山鹿祝を監査人として派遣することを承認するか」


「そうだねぇ……裏切り者の白岩羽雲会計、それか信頼できる亀田水色副会長のどちらを指名したいところだが――私は敗者だ。だから今期の監査人に関しては風騎士委員団に指名権を譲るとしよう」


 楽しそうな表情を浮かべる本宮先輩。

 言葉のナイフが急に飛んで来たことで目を泳がせる白岩さん。

 涼しい顔をする亀田さん。

 射貫くような鋭い目つきを向けて来る山鹿さん。


 居心地悪い生徒会に白岩さんを残すことは悪く思うが、これは元から決定していたこと。だから悩む必要はない。


「生徒会からの申し出に対して、風騎士委員団はどうする。生徒会に派遣する監査人の指名も合わせて答えてくれ」


「生徒会に譲渡された指名権を行使して、山鹿祝副会長を監査人として指名します。また、風騎士委員団からは副団長の日和田欅を派遣します」


「四姫花の姫君方、これらを承認されるか。拒絶の場合のみ挙手をしてくれ――――いないようだな。三権により可決されたため、山鹿祝副会長と日和田欅副団長の両名を監査人に決定する。それではカッコニの議題に移らせてもらう――」


 元の鞘に収まるような監査人の決定。

 そのため、監査の役割などないようなものだけれど、これは美海を代表とする四姫花と欅さんが交わした契約でもある。


 美海は欅さんに対して、全てが終わったら生徒会に戻す。

 そう約束した。そのための措置だ。


 下剋上を達成するための第一段階として、生徒会側過半数の承認が必要だった。

 今なら欅さんが約束を反故しないと分かるが、契約を交わした当時は欅さんの性格など把握できていない。


 だから絶対に美海を裏切らない山鹿さんを生徒会に入れて、票を固定させたいと美海は考えた。

 そのため山鹿さん、欅さんの立ち位置を入れ替えたと美海は言っていた。

 この一手で、本宮先輩の片腕を削り、山鹿さんというスパイを潜入させ、さらには調査するための人員を割かせ攪乱かくらんさせた。


 僕の想い人はとんでもない策士だったようだ。

 頼もしい気持ちもあるが、恐ろしい気持ちもある。


 僕は一生美海には敵わないかもしれないなって――。


 それで――。

 議題カッコニ騎士任命については、少なくともあと3人を指名すること。


 議題カッコサン騎士団の名称と合わせて、明日を起算日として12月5日までの1週間で決めることになった。


 騎士はともかく、騎士団の名称を決める必要性はないと思うが、僕を除いて満場一致で決める必要があると意見が揃ってしまったため、考えなければならない。


 簡単そうだけど……困ったな、何も浮かばない。

 まあ、莉子さんは得意そうだしお願いして決めてもらうとしよう――。


 次に議題カッコヨンとなる四姫花室また風騎士委員団室については、生徒会室もある9階の委員会エリアに、それぞれ1室与えられた。


 この3日間で改修工事もしてあるらしい。

 後で確認しに行くつもりだけど、本当にお金のかけ方がおかしいと思う。


 それから議題カッコゴの空中庭園について。

 これは四姫花のみに認められた特権。


 一応、騎士は足を踏み入れることが認められているが、それは四姫花に帯同する時のみとなる。


 その空中庭園に直結する専用エレベーターが四姫花室内に配備されているらしい。

 使用方法や注意事項は四姫花専用の学校ホームページで確認するようにと説明された。


 そして最後の議題カッコロク、鈴さんに着せられた汚名について。

 第二代目四姫花が残した負の遺産となる時代に逆行する校則。

 生徒たちを騙し討ちするような形で負の校則を制定させた旧風紀委員会。


 その代表者である鈴さんに対して事情を知らない生徒たちは、よくない感情を抱いたままだ。


 汚名返上するのに協力してほしいと、後夜祭のとき本宮先輩にお願いしていた。

 だから約束を守り議題に組み込み、解決案まで考えてくれた。


 解決案の内容も問題ないため、このまま決めてしまいたいが、汚名返上するために動いていること知らなかった鈴さんは、挙手して発言を求めてきた。


「風騎士船引鈴の発言を認める」


「――私は覚悟をもって臨んだまでです。ですから、汚名を返上してもらう必要はありませんが?」


「本件提案者は風騎士委員団所属、騎士団長八千代郡となる。騎士団長、部下がこう言っているが、どうする」


 立場上は僕が上司で鈴さんは部下となるが、こうして声に出して言われると違和感が残る。


 まあ、今は僕の感想などさておき汚名返上についてだ。


「船引鈴の意見を却下して、解決案を決行してください」


「承知した。生徒会役員及び四姫花の皆、反対の場合は挙手してくれ――――反対者ゼロのため可決。よって、本三権会議終了後に名花高校在校生専用ホームページで通知すると共に、本日朝のホームルームにて、各クラス担当教師から生徒へ説明を行うこととする。最後にカッコナナの騎士団長帯同権についてだが、これは記載の通りのため説明は省略させてもらう。以上をもって、全七つの議題の話合いが終了となるが、他に何か意見等があれば挙手してくれ」


 騎士団長帯同権――。

 前に国井さんが持っていた『1日騎士団長占有券(ベータテスト版)』の正式版。

 これに思う所はあるが、他に関しては良い意味で予想を裏切ったな。


 司会進行を手際よく淡々とこなす田村先輩おかげで、話し合いは30分で終了した。

 本宮先輩も終始大人しかったし何よりだ。

 これで大きな問題は片付いたはずなのだけれど……。



 何か……何か大切な事を忘れているような気が――――。



「特にないようだから、これにて第一回三権会議えんたくかいぎを終了と――」

「――あ」


 大切な案件を思い出したことで、思わず声が出て田村先輩の終了の合図を遮ってしまった。

 そのためこの部屋にいる全員から視線を浴びてしまう。


「騎士団長、何か?」


 僕にとっては大切な案件だけれど、とても発言しにくい。

 第一回目となる三権会議。そのためか、皆、静かに真面目に会議を受けていた。

 場の雰囲気としては堅い雰囲気が室内を覆っている。

 思い出した大切なことは、その堅い雰囲気にそぐわない内容なのだから。


「騎士団長殿、今のうちに言っておきたまえ。私が全面協力するのは今回までだけだからね」


「本宮真弓生徒会長、発言は挙手制だ」


「おっと、田村先輩失礼した。以後気を付けるよ」


 本当に目聡い人だ。

 僕が言い噤んでいる様子を見て何か面白いことでもあるのかと睨んでいるのだろう。


 後夜祭の時ほどではないが目が爛々としているからな。


「それで騎士団長、どうする」


 言うに恥ずかしいが仕方ない。腹を決めよう。

 本宮先輩の手の平に乗るのは癪だが、全面協力は惜しい。


 今がチャンス、そう思うことにしよう。


「……服装の自由化が認められているのに、夏のタイツ禁止はどうしてなのでしょうか。相反する校則でもありますし、こんな校則はなくすべきかと」


 予想にしない発案。


 そのためか唖然とする新旧生徒会役員、四姫花、風騎士委員団。

 けれど数名は、すぐに僕の意図に気付いたようだ。


 馬鹿を見るような視線を向ける山鹿さんと莉子さん。

 笑いを堪える美愛さん。

 愛すべき馬鹿ですと呟く月美さん。

 頬を膨らませる美波。

 両手で顔を隠し、耳を赤く染める美海。


 ここまでは不本意ながらもよく見る光景かもしれない。


 けれど本宮先輩――。


 普段の本宮先輩なら、厭らしい表情を浮かべることが想像できた。

 それなのに今は珍しく困ったような、

 申し訳なさそうな表情を僕に向けてきている。


 その理由が分からず、だが珍しくもある本宮先輩を見ていると本宮先輩は挙手をした。


「本宮真弓生徒会長の発言を認める」


「先に――全面協力する。そのことは本当だ。けれどその校則を変更することは諦めた方がいい」


「両者そのまま会話を続けてくれ」


「本宮生徒会長、その理由をお聞きしても?」


「私の兄、初代生徒会長本宮錦もとみやにしきは寛容な兄だ。四姫花制度運用のため、スポンサーとして多額の資金を提供してくれている。お金は気にせず、一つのことを除いて自由にやりなさい。そう言ってくれている。けれど――唯一、夏のタイツ着用を禁止する校則を変更することを許さない。四姫花制度運営するためには絶対条件なんだよ」


 うん、意味が分からない。

 理由を聞いたはずなのに謎が深まるばかりだ。


「よく……理解ができなかったのですが。どうしてそこまで禁止に拘っているのですか?」


「妹としては恥ずかしい話になるが……私の兄は究極の脚フェチなのだよ。冬は厳しい寒さを考慮して、防寒耐寒のためタイツ着用を認めてくれているが、夏のタイツは邪道と考えている。全面協力すると言った手前、望むならば全力を尽くすが、過度な期待はしない方がいい」


 やっぱり理解が追い付かない。

 と言うかそれはつまり、女子高生の生足を見たいがために、タイツ着用を禁止しているってことになるのでは?


 何それ、もうそれは変態に当て嵌まるだろうし、何がとは言わないけど、何々予備軍と言ってもいいだろう。


 そんな人に支援される四姫花制度なら廃止してしまった方がいいように感じる。


「尚更、そんな校則は廃止するべきということが分かりました」


「……君は本当に頑固だね。そんなに夏姫様の肌を隠したいなら、制服でなくとも私服登校しても構わないんだよ? それならジーンズ等を履けば隠せるのだから」


 なるほど、確かにそれなら隠すことができるな。

 でもな、やっぱり諦めきれない。


「えっと、ごめんなさい。私これ以上このお話聞くには耐えられそうにな――」

「夏姫上近江美海、挙手制だ」


 注意されてすぐ頑張って手を挙げる美海だが、現在は僕と本宮先輩が話している最中と言われ却下されてしまう。


 しょんぼりと落ち込んだ様子も可愛い。


「それで納得はしてくれまいか、騎士団長殿? 兄を敵にまわすのは得策でない。私はそう考えている」


「これは僕だけの意見とは限りませんが――」


 集中する視線。美海はと言うと、

『やめてやめて』と言わんばかりに首を横に振っている。


 でもこれは僕の願いの一つでもあるから止まることはできない。


「やっぱり学生のうちに制服デートとか憧れたりするんじゃないですか。本宮生徒会長も言ったじゃないですか、『アオハルしたいだろ』って。だから協力してください」


 まあ、制服テートだけならば冬でもできるが僕は欲張りだからな。

 夏も制服デートがしたい。


 春夏秋冬。

 四季折々それぞれの思い出が欲しいと考えることは当然のことだと思う。


 え、当然だよね?


「「「「「…………………………………………」」」」」


 予想はしたが――。


 美海は顔を隠すのに机へ突っ伏し、他全員は唖然、または引いた表情をさせたことで大講義室に静寂が訪れた。

 けれども、僕が発した言葉の咀嚼が済んだ本宮先輩が大きな笑い声を上げ、そして。


「君は本当に飽きさせないね! いいだろう、本宮真弓は兄に対して全力で抗ってみせようじゃないか。文化祭が終わってすぐ、兄に挑戦状を叩き込むという心躍るイベントが起きるなんて……いやぁ、面白いことになったね、千代くん。いいや、騎士団長殿。今回は味方としてよろしく頼むよ」


「ええ、心強いです」


 それから――。

 先に行われた議題六つの倍以上の時間を使用して、打倒本宮錦対策会議が執り行われ、結局ホームルーム直前まで第一回三権会議えんたくかいぎが行われたのだ――。


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