第219話 友達の話だと言って幸介に相談したら「まさか暴走……!?」と言われた

「いってらっしゃい、郡」


「いってきます。母さんもいってらっしゃい」


「ふふ、いってきます。朝食は用意しておくから、美波を起こした後に2人で食べなさいね」


 朝6時。

 玄関から顔を出し、手を振る母さんに見送られエレベーターへ乗り込む。

 日課のランニングに出るのだけれど、戻る頃には母さんも仕事で出てしまっている。


 そのため『いってらっしゃい』を言い合ったのだ。


 昨晩、母さんが漏らした美海が言ったとされる言葉。


『仕方がない、全部許したくなるって思えるほど可愛い男の子』


 このことについては、結局教えてもらえることが叶わなかった。

 自分で美海ちゃん本人に聞きなさい。

 そう言われてしまったのだ。


 きっと美海なら聞けば教えてくれるだろう。

 けれどさ、

 そんなことを自分から聞くには中々恥ずかしくなる内容に思う。


 昨晩、僕の体は赤面を思い出してしまった。

 良いことなのだけれど、不味いことでもある。

 まだ上手くコントロールできない状態で、

 美海に恥ずかしくなるようなことなど聞けない。


 赤面を晒すこと自体恥しいからな。


 美海本人へ直接質問するには、

 先ずコントロールするすべを身に付けなければならない。

 その術をネットで調べつつ、

 何か参考になる本を探してもいいかもしれない。


 無駄な抵抗になるとも知らず、

 頭の中で計画をしながら莉子さんの自宅へ向かったのだ――。


「おはよう、莉子さん」


「おはようございます、郡さん。なんだか久しぶりですね」


「だね。文化祭終わるまでランニング中止だったし、昨日は莉子さん寝坊しちゃったからね」


「う……すみません。もう爆睡してしまいまして」


「ゆっくり睡眠を取れたようで何よりだよ。でも莉子さんは久しぶりでもあるし、今日は慣らす感じに走るから。もしもきつかったらすぐ言うんだよ?」


「はい、無茶はしません。それより、今日のランニング用のカバン、いつもより大きいですね? 新しく光さんに買ってもらったのですか?」


「変かな?」


「いえ、よくお似合いです」


「なら良かった。じゃあ、準備運動が済んでいるなら走るけどいい?」


「はい、大丈夫です」


 それから約30分間、莉子さんのペースに合わせてゆっくり川沿いを走っていく――。


 約ひと月ぶりとなるランニングコース。

 昔、一度だけ聴いたことがある曲、

 ロックバンドが曲名に使用したこともある川の名前。

 この町では有名な逢瀬川おうせがわ


 その逢瀬川の川沿いには桜の木が植えられている。

 今走るこの道。

 中学生の頃、春の季節。

 美波と2人で散歩ついでに花見に来たこともある。


 今は知ることもできないが、

 もしかしたら、莉子さんともすれ違っている可能性もあるかもしれない。

 いや、同じ町に住んでいるのだ。

 どこか違う場所でもすれ違っている可能性は十分にあるだろう。


 その時に出会っていたら、もっと仲良くなれていただろうか。


 いや、きっと――。


 昔の僕と莉子さんの暗い性格を考えたら、今みたいな関係になどなれていなかっただろう。

 そう考えると名花高校で出会えたことがベストなタイミングだったのかもしれない。


 桜が咲く下で友達と走る景色はまた違って見えるだろうし春が待ち遠しい。


 ただ、僕は平気だけれど、莉子さんが花粉症ならランニングコースは別の場所に移った方がいいかもしれない。


 あとで聞いてみるか――。


 莉子さんにとっては約ひと月ぶりのランニング。

 そのため、ゆっくり走ったものの後半は呼吸を乱してしまう。


 けれど最後まで完走することできた。

 これだけでも、体育祭前と比べても成長していると実感する。

 努力家な莉子さんならば来年の体育祭では本当にMVP賞を獲ることも夢じゃないだろう。


 日々、成長し続ける莉子さんに負けないように僕も精進しないといけない。

 文化祭で”裏切り者”という嫌な役を演じてまで、僕の背中を押してくれたのだ。


 莉子さんが何か困っているとき、

 次は僕が背中を押してあげたいからな――。


 それよりも今は――。


 喜んでくれるといいな。

 冗談で言っていたなら恥ずかしいけれど、まあ、大丈夫かな。


 そんな期待と不安。


 相反する思いを抱きながら到着した莉子さんの自宅。

 その自宅前で、莉子さんの呼吸が整え終わったのを見計らい、声を掛ける。


「莉子さんお疲れ。走り切れたね。無理してない? 平気?」


「はい、平気です。思っていたよりも走れました」


「そっか。なら、よかった――」


「――? どうかれましたか? 何かご様子がおかしいですけれど?」


 あれ、もっと普通に渡そうと思ったんだけどな。変に緊張する。


「え……なにが? そう言えば冬って無性にキャラメル的な何かを飲みたくなるよね」


 僕は何を口走っているのだろうか。

 これでは国井さんを『変な子』だなんて言えなくなってしまう。

 莉子さんの眉間にもしわが寄り始めているから、やはりおかしいと思われたのだろう。


「……やっぱりどこか変です。さては、また何かよからぬことを考えておりますね? 莉子の目には、まるっとスッキリすべてお見通しですからね? ささ、白状してください。それとも何か言えない……ハッ!? もしや汗ばむ莉子に発情したとか……? いけませんよ、郡さん。いくら莉子が艶めかしいとはいえ、理性を忘れた色獣けだものになったりしては。貴方に心は捧げても体は捧げたりはしませんからね? ただ、どうしてもと言うのでしたら、ちょっとくらいはサービスしてあげないこともないですけど、如何ですか、お兄さん? ちょっと寄っていきますか? ささ、どうぞ白状してくださいな」


「えっと……」


 どう返事していいか悩み少し挙動不審になっただけなのに、莉子さんは水を得た魚のようにこれでもかと揶揄ってくる。


 嬉しそうに表情をニヤつかせ、地面に目線を向ける僕の前に潜り込んできて、下から僕を射抜いてくる。


 けれど莉子さんは、

 信じられないものでも見たような驚愕した表情に変えてきた。


「え……どどどどどどどどどどうしたんですか郡さん!? お顔、真っ赤ですよ!? え、お熱……お熱測りましょう。莉子ちょっと体温計お持ちしますので……あ、いや、外に郡さんを置いておく訳にもいけませんね。玄関にあがってください。もしもお熱があるようでしたら、光さんにもご連絡いたし――」


「ちょ、ちょっと待って莉子さん。熱はない、平気だから落ち着いて。それより、これ。これを渡したかっただけ」


「えっと、これは? って、お熱がないとかそんな訳ないじゃないですか!? 信用できませんよ。あの郡さんが顔を赤くしているのですから、異常です。非常事態ですよ。パターン郡ですよ!!」


「いいから。平気だから。はい。受け取ったね? 文化祭で頑張ってくれたお礼だからさ、ありがとね、いろいろと頑張ってくれて。じゃ、僕は帰るから。またあとで、バイトで」


「ちょ、郡さん!? まだ話は――」


 莉子さんに背を向け逃げるように走り去って帰宅する。

 それから念のため熱を測るが35度8分。


 運動後のため昨晩より多少高いけれど、結果はほぼ一緒で平熱中の平熱。

 母さんと同じように心配してくれた莉子さんには申し訳ないけれど、顔を染めた理由など言えなかった。


 文化祭で尽力してくれた莉子さん。

 その莉子さんにお礼のプレゼントを渡すのに緊張してしまったなどと。


 きっと――。プレゼントの中身のせいだ。


 そんな言い訳をしてから、

 シャワーを浴びて汗を流すと共に気持ちを落ち着かせる。


 それにしてもどうして莉子さんは母さんの連絡先を知っているのだろうかと、疑問を抱きながら、美波を起こすため扉をノックしたのだ。

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