第六章 「ファミリー」

第215話 セキュリティの意味を教えてください

 さまざまな犠牲を払うことになった”萌え樹祭”。


 諸刃の剣作戦で傷を負い、

 ピンマイク告白事件で黒歴史を作り、

 腐れ花から茶会への招待状が届き、

 挙句の果てに佐藤さんからは、

『八千代っちって重いね』とまで言われる始末。


 そんな深手を負いながらもようやく――。


 四姫花に告白する為の権利を得ることが叶った。


 来たる約束の日となる12月23日までは残り1カ月ほど。


 この1カ月で準備を整えると共に、”萌え樹祭”だけでは片付けられなかった問題の解決、つまりは後始末をしなければならない。


 近々、ひかりさんからアルバイト代を貰えるし、12月23日に向けての準備は順調と言ってもいいだろう。


 それよりも後始末の方が問題だ。


 諸刃の剣作戦で傷を負った人は僕だけではない。

 元樹先輩や幸介をも巻き込んだのだから、何かしら精一杯お詫びをしなければならない。


 それと意図せず被弾したクラスメイトの2人にも謝罪しなければならない。

 あんな形で2人が恋した相手が実は僕だったと教えてしまったのだから。


 そしてその2人へのお詫びについてだ――。

 いや、お詫びなんだけどさ。

 2人から要求されたのは、

『ひと言も話さず買物に付き合う』。

 一風変わったお願いというか、要求だった。


 間違いなく何か企んでいる。

 怪しいしかないけれど、まあ、買物くらいならば――と、甘く考え承諾した。


 だが、それが間違いだった――。


 萌え樹祭翌日となる25日の土曜日。

 ランニング、朝食も終えた時間。

 寝室の換気をし忘れていたことを思い出したため、窓を開けに行くと携帯が鳴った。


 窓を開けてから携帯を確認したら、よくお世話になっている紅茶屋さんから新商品案内のメッセージが届いていた。


 ふむふむ……明後日の月曜日から秋摘みのダージリンティ『オータムナル』と冬向け紅茶の詰め合わせ『ブックオブティ』が発売されると。


 四季ごとに発売される『ブックオブティ』はとても人気が高く、当日完売することがほとんどだ。

 夏、秋の発売日は運悪く入手する機会がなかったが、今度の月曜は美容室に行くくらいの予定しかないため、今度こそ入手できるかもしれない。


 けれど――。クリスマスが控えており何かと要りようでもある。

 せっかく巡って来た『ブックオブティ』を入手できる機会。

 それを諦めることは悔しいが、どちらか選ぶならばみんなで楽しめる『オータムナル』かな。


 後ろ髪を引かれる思いに駆られつつ携帯を置くと今度はインターホンが鳴った。

 こんな朝早くから誰だろうかと疑問に思うも、寝室から移動してカメラで顔を確認しようとしたが映っていない。


 そのため『おかしい』そう思うと同時に、何だか嫌な予感がした。


 気付いたのだ。


 オートロックのインターホンでなく、玄関のインターホンが鳴ったということに。

 考えられるとしたら、真下に住む山鹿やまがさんが訪ねてきたこと。


 でも山鹿さんは昨日から会津に行っているから可能性としては低い。

 そうすると次に考えられる可能性は隣人。

 要件は分からないが、何かのお知らせ、もしくはクレームとかも考えられる。


 けれどその可能性も限りなく低いだろう。

 この数カ月間で一度もそんな出来事はなかったのだから。


 では一体誰なのか。


 出ないことには始まらないが、頭の中では警笛けいてきが鳴り響き続けている。

 誰かも分からない、しかもこんな早い時間から訪ねて来る常識のない人など無視してしまえばいい。

 そう分かってはいるが、放置するのも気味が悪い。


『はい、どちら様でしょう?』


『お、おおおおおはようございますお義兄様!! ご依頼により参上つかまつりました、国井くにい志乃しのでございます!!』


 予想外の人物に驚きはしたが、正体が分かり安堵する。

 それと一緒に、肩に入っていた力が抜ける。

 だけど依頼とは何だろうか。

 オートロックの内側にいることも不思議で仕方ない。


『国井さん? 依頼ってなに? ちょっと状況が理解できないんだけど?』


『はへ?? 長谷、小野の両名からお義兄様のご承諾は得ていると伺っておりますが……わたしめの勘違いでしたら、なんと、なんとお詫びしてよいか……』


 長谷と小野の2人で思い浮かぶことは、今日10時に駅前にある噴水広場、その並びにある緑の扉前で待ちあわせをしているということだけだ。


 国井さんを寄こして来るとは何も聞いていない。

 だから、できれば帰ってほしい。

 でもいかんせん彼女は声が大きい。


『よく分からないけど、とりあえず鍵開けるから待ってて』


『しょ、承知いたしましたッ!!!!』


 うん、うるさい。

 廊下は声が響くし、朝から騒いでいたら近隣に迷惑も掛かる。

 そうなると本当にクレームになってしまう。


「ごめん、クロコ。美波の友達なんだけど、ちょっと騒がしくなるかも。うるさかったら寝室に避難してて」


「ナァ~」


 インターホンから届く声で察したからか、リビングから出る僕について廊下に出るクロコ。

 そしてそのまま寝室の中へと入って行った。


 国井さんの言い分が正しければ、長谷と小野から何か連絡が届いているかもしれない。

 つい今しがたは届いていなかったが、

 インターホンが鳴ったあとに届いたのかもしれない。


 そう考えて、今度は僕がクロコのあとを追い寝室に入り携帯を手にする。

 メプリのアイコンには4件の通知マークがついていたが、中身を確認するよりも前に国井さんを格納することを優先する。


 理由は単純だ。


『おにいさまぁ??』と叫んでいるからだ。


「お待た……せ。どうぞ入って。あと前後しちゃったけど、おはよう国井さん」


 どうしてキャリーケースを引いているのか気になるが、触れたら駄目な気がする。


 後にしよう。


「お、お邪魔いたします!!」


「うちに猫いるんだけど、アレルギーとか平気?」


「問題ございません!!」


「ならよかった。でも、大きな声苦手だからさ、少し配慮してくれると嬉しいな」


「――――」


 リビングへ案内しようと国井さんに背を向けたが、返事が戻ってこないことを不思議に思い振り返るが居ない。


 けど目線を少しだけ落としたところで国井さんの姿を視界に捉えることができた。


「……なにしてるの?」


「しゃ、しゃざいを――。必要とあらば、腹を見せる所存です」


 そこは腹を切るじゃないのか。

 切られても迷惑だからいいけどさ。

 いや、見せられても迷惑だけど。


「とにかく、最高峰の日本式謝罪を止めてくれない? 話も聞きたいし、別に怒っている訳じゃないから」


「ぎょ、御意に」


 朝から国井さんと2人は胃もたれしそうだな。

 状況の確認をしたいし、ひと先ずダイニングテーブルに座ってもらい、飲み物を確認する。


「飲み物どうする? 紅茶、緑茶、コーヒーなら用意できるけど?」


「キャラメル的な何かがあれば……」


「……ごめん、ないかな。今度から用意しておくよ。もしも甘いのが好きならココアなら出せるけど?」


「ではココアでお願いいたします……」


「……了解。ちょっと待ってて」


「はひっ」


 なんとなくキャラメルは冬のイメージだからな。

 だからなんとなく言った気持ちも分かる。

 おかげで僕もキャラメル的な何かが飲みたくなってしまった。


 けれどまさか選択肢以外から注文されるとは。


 前に光さんが言った『変わっている子ね』。

 そう言いたくなる気持ちが嫌でも分かってしまった。


 ケトルでお湯を沸かしている間に、背筋を伸ばし微動だにしない国井さんを視界の端におさめつつメプリを確認しておく。


 送信相手は案の定長谷と小野の2人。

 その内容は――。


『(長谷)俺らは八千代郡など望んでいない。一目惚れしたあの子と買物がしたい』


『(小野)言ってる意味分かるよな? 俺らの純真を弄んだんだから拒否など許さない』



『(長谷)あの子が来るまで俺らは待ち続ける』


『(小野)携帯も置いて行くから交渉は不可と考えろ』


 なるほど、だから国井さんが来たのか。

 2人と国井さんの繋がりは分からないけど、

 国井さんが依頼と称して訪ねて来た理由は分かった。


 けれどさ、黙っていたのは悪いと思うけど、後だしする要求の内容があまりにも酷い。

 長谷と小野の2人は僕が承知すると思っているのか?


 今の気分を色で例えるならば灰色。

 そんな気持ちを溜息で吐き出したくなるのをグッと堪えて、

 国井さんにココアを渡しつつ依頼はキャンセルだと伝える。


「えっと……ですね…………」


「どうしたの?」


「その、ですね…………」


 下を向き目線を合わせず、煮え切らない態度をみせる国井さん。

 もしかしたら、彼女にも何か事情があるのかもしれない。


「何か事情があるの? 別に国井さんに怒ったりしないから言ってくれていいよ? なんなら、あの2人には僕から文句を入れておくよ」


「では――。わたしめは、その……今日の為に、昨日徹夜してお義兄様に似合うだろう衣装を用意したのです」


 恐らく、あの大きなキャリーケースに衣装を入れて来たのだろう。

 徹夜してまで用意してくれたことへは罪悪感を覚えるが僕の責任ではない、はずだ。


「そうなんだ。なら、帰ったらゆっくり寝た方がいいね。徹夜は体によくないから」


「いえ――。二徹三徹など日常ですから、一晩くらいは平気なのですが……その、ですね? 調子に乗ってしまい衣装代が、その、結構かさんでしまいまして……」


 徹夜が常態化しているから、授業に集中できず学力の伸びが悪いのだろう。

 以前より勉強を頑張っているのに、成果が見えず伸び悩む大きな要因が分かったことは良かった。


 国井さんはくまもないから気付けなかったが、教えておいてほしかった。

 小言のような愚痴を言いたくなるけれど、衣装代、か。


 巻き込んでしまったのだから多少なら負担しても構わないが、美波をこよなく敬愛する国井さんを考えると、義兄である僕に要求するとは思えないな。


 そう考えると、話にはまだ続きがあるのかもしれない。


「衣装代がどうしたの?」


「その、ですね……お義兄様をお義姉様へ仕上げる報酬として、長谷、小野の両名から衣装代を頂いているのです」


「……なるほど。国井さんはそれを全部使ったと? ちなみに金額を聞いてもいい?」


「は、はひ……前払いで頂いた5万円、その全てを使ってしまいました。依頼がキャンセルとなると、返す充てもなくて、その……ですから、コレを使わせて頂きたく存じます」


 大きく口を開けてなどいないが、開いた口が塞がらないとはこういう時の言葉なのだろう。


 怒らないと約束したからな。


 このことについて今は怒ったりしないがとりあえず、今後は国井さんの教育を厳しくしよう。


 今回は僕だからいいけど、短慮や浅慮の結果、

 美波を巻き込むようなことにもなりかねない。

 それは回避しないといけない。


 それにしても5万円か……これまでのバイト代があるから、すぐに用意はできるけど、高校生にとっては大金だからな。


 それをポンと渡すのも国井さんの為にならないしどうしたものか。

 頭を悩ませながら、国井さんが目の前に差し出して来た紙を受け取り確認する。


「……この紙、というよりこれに書かれている1日騎士団長占有券(ベータテスト版)って何?」


「先に行われた文化祭。その後夜祭で行われた男装女装コンテストに協力したお礼として、白岩しらいわさんから報酬として頂いたものです。コレを差し出すとお義兄様が何でも言うことを聞いてくれると伺いましたが……駄目でございましょうか?」


 下剋上を達成するに白岩さんは尽力してくれた。

 そのことには感謝している。

 けれど、僕の与りあずかり知らぬところで、勝手にこんな券を報酬として渡さないでほしい。


 他に渡した人がいないか確認しないといけないが……最悪な気分だ。


 灰色が黒色へ染まったと自覚してしまう。

 また黒歴史を増やすことになるけど、仕方ないか――。


「……分かった。国井さんは美波によくしてくれているからね、今回だけだよ」


「あ、ありがとうございます!! この御恩は一生涯忘れませぬ」


 一生涯は重いな。だから卒業するまで覚えてくれていたら、それで充分だ。


「ちなみにさ、オートロックの内側にはどうやって入って来たの?」


「よくぞ聞いてくれました!」


 あ、やばい。何かスイッチが入ってしまったようだ。

 この表情は昼休みに何度も見ているぞ。

 国井さんが美波を褒めたたえる時に見せる時と同じ表情だ。


「ちょっと待って。やっぱり――」


「恥ずかしながら、お義兄様の住まう部屋をド忘れしてしまいまして……それに困り佇んでおりましたら、門番の方が声を掛けてくれたのです。わたしめはありがたき導きに感動の念を覚えました。ですから、みみ様に感謝の念を捧げながら、わたしめは、このように申し上げました。『八千代郡お義兄様にお会いしたい』と。すると門番の方は優しげな笑顔を浮かべられて通してくれたのです。さらには丁寧に部屋番号までも教えてくださりました。つまり全てはみみ様のおかげなのですよ。あぁ……みみ様――」


 今も美波に感謝の念を送っているのか、

 トランス状態のような表情をして祈りを捧げ始めたが、今日は比較的短めに済んでよかった。


 普段は、今とは比にならないほど喋り続けるからな。

 国井さんを止めることができる美波がこの場にいないから、本当に良かった。


 でもさ――。セキュリティがザル。


 働いてくれと叫びたい。


 国井さんから始まり長谷と小野、白岩さん、さらには管理人さん。

 朝から予想外な人たちによって頭を抱えさせられることになり――。


 1日が始まることとなった。


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