第211話 エピローグ
通常文化祭の中でも2年に一度だけ開催される公開文化祭。
その、後夜祭の場で生徒会一強という制度へ下剋上が達成されたことで、僕は騎士団長という大層な肩書を手にした。
騎士団長として初めての仕事、姫の護衛を完遂させた僕に待っていた次の仕事。
騎士の指名? 監査人の指名?
いいや、違う。
それは、後夜祭が終わった後でもいいだろう。
では、何かというと――。
ブラック校則の撤廃、制約の改変である。
それを目的に本宮先輩と勝負したのだが、今はもう一つの理由の方が大きい。
中断されていた未成年の主張を再開させなければならない。
約束通りに本宮先輩が協力してくれたことや、後夜祭というお祭りの雰囲気、抑圧された1カ月も相まって、その場で可決させることが叶った。
そして始まる未成年の主張。
古町先生へ愛を叫ぶ生徒や、
女池先生に愛を叫ぶ生徒。
四姫花に愛を叫ぶ生徒。
幡幸介ちゃんに愛を叫ぶ生徒。
他にも想い人へ愛を叫んだ生徒が大勢いた。
結果、何組かのカップルも生まれた。
驚いたのが、クラスメイトの黒田くんが同じクラスメイトの白田さんへ望遠鏡の交換を願い出て、交換に至ったことだ。
順平と五十嵐さんに次いで、1年Aクラス内で新たなカップルの誕生である。
とてもおめでたい。
そう思うが、最早未成年の主張というよりも、未成年の告白と言った方が正しい。
だが、まあ、大いに盛り上がったので細かい事は言わなくてもいいか。
この後に続くは、文化祭あるあるのバンド演奏だ。
モニターに映し出された演奏者一覧。
演奏順に生徒会メンバー、
幸介と佐藤さんに莉子さんの3人が組んだバンド、
軽音部となっている。
3人からは何も聞いていなかったので、とても驚いた。
演奏する3人を見たい、聴きたいとも思った。
――思った。
と、いうことは見ることができないということだ。
その理由について。
後夜祭が始まってから、ずっと姿を見せなかった山鹿さんに呼び出しを受けたからだ。
(山鹿さん)『今すぐ小講義室に来て』
本宮先輩たちのバンド演奏が始まった隙に、体育館を抜け出し小講義室へ向かう。
階段を上り10階に到着したが、どこの小講義室か分からない。
順に扉を開いて行けば分かるだろう。
万が一、中に山鹿さんでない誰かがいたら謝ればいい。
そう考え最初の扉に手を掛けると、後ろから声が掛かった。
「こう君!」
「美海?」
「祝ちゃんに呼ばれたんだけど……もしかして、こう君も?」
どうやら、美海の元にも同じメッセージが届いていたらしい。
この時点で、呼び出された理由に当たりをつける。
とりあえず、誰かに見られても面倒なので、手に掛けた扉を引いてみる。
鍵は掛かっておらず、そのまま横にスライドされ扉が開いた。
中には、綺麗な緋色と白色の巫女装束に包まれた女性。
扉が開いたにも関わらず、瞼を閉じたまま凛と立っている。
奥には祭壇のようなものが見える。
パッと見で分かるくらい簡素な造り。
だが女性から放たれている空気のせいか、厳格……神聖な場と錯覚させられる。
ここで『シャンッ』と音が鳴る。
音の正体は女性が持つ鈴。
確か
神楽鈴の音色で空気が晴れ、さらに神聖さが増したような気がする。
「八千代郡、介錯は必要?」
僕が打ちひしがれている時、弱気になった時に頼んだことだろう。
「いらないかな」
「知っている。ここに居ても声は届いていた。聞こえなかったとしても、五色沼月美から最後の手を聞いた時点で八千代郡の勝利を確信していた」
それなら質問の意味は?
と、言いたかったが、山鹿さんが魅せた綺麗な微笑みのせいで声が出てこなかった。
「隣に美海ちゃんがいるのに変な目を向けて見るな。呪う? あと、扉閉めて」
あまりにも理不尽に感じるが、大人しく扉を閉める。
「美海ちゃん、呼び出したりしてごめんね」
「ううん。祝ちゃん、凄く綺麗……こう君が魅入っちゃうのも仕方ないよ」
「ありがとう。今度、美海ちゃんも着てみる?」
美海が着るなら、
是が非でもその場にいさせてほしい。
「んー……やめておこうかな」
絶対似合うし、可愛いだろうに残念。
「本題に入る。昔3人でした約束。私の夢。この場はその演練になるかもしれない――」
まだ続きがある。僕と美海は口を挟まず、言葉の続きを待つ。
「それでも今は祝したい。いいかな、みゅーちゃん? 八千代郡もいい?」
「うん……お願い、あーちゃん」
「もちろん。お願い、あーちゃん」
「即席なうえ間に合わせの場だけど、しゃんとした場はいずれ来る未来のために取っておく。だから今はこれだけ――」
その後、父方の旧姓に姓を変え、居も移した。
僕や美海との再会の目処も経たず、一度は諦めかけた夢かもしれない。
だが、名花高校に入学して、
僕、八千代郡と上近江美海の姿を見て、諦めかけた夢に光が差した。
幼い頃から変わらないあーちゃんの願い。
大好きなみゅーちゃんが、好きな人と一緒に過ごして幸せになること。
それを後ろから見守ること。
僕、こーくんとあーちゃんが幼き頃に交わした約束。
大人になったら、必ずみゅーちゃんを迎えに行く。
そして今度こそずっと一緒にいて、2人で一緒に幸せになること。
幼馴染3人で交わした約束でもあるが、どちらかというとあーちゃんの夢。
大好きなみゅーちゃんと、
認めたくはないが大好きな八千代郡が結ばれる時。
祝詞を奏上し、神楽舞を踊り、祝辞を贈る。
自身の名に負けぬように、全身全霊でお祝いすること。
今こうやって改めて考えると、大胆な約束の数々である。
ある意味、子供の僕に尊敬の念すら覚えてしまう。
そんな考えや思い出が走馬灯のように去来したが、『こーくん頭』と言われ、さらに左手を取られたことで現実に戻される。
少しだけ頭を下げ、目を瞑り、続きを待つが、手は繋いだままのようだ。
そして――。
「おめでとう。ささやかだけど、私から2人に祝福を――」
――シャンッ、シャンッ、シャーンッ。
綺麗な鈴の音。神楽鈴が鳴り、祝音が届く。
演連かもしれない。
だが今、昔交わした3人の約束が果たされる。
美海と2人顔を上げると、あーちゃんはさっきよりもずっと、魅入ってしまう綺麗な笑顔を浮かべていた。
「「ありがとう、あーちゃん」」
声が重なる。
「「こーくん(みゅーちゃん)」」
またしても声が重なった。
「「――先に」」
「本当に仲がいいね。安心」
「「…………」」
僕の目をジッと見ながら頬を膨らませる美海。
だけどすぐに、『ふふっ』と笑い声を漏らし始めた。
釣られて僕とあーちゃんも声にして笑う。
「僕の初恋相手はみゅーちゃんだったんだ」
「私の初恋相手はこーくんだったみたい」
すでに告白しあったようなもの。
互いに気持ちが通じ合っていることを自覚している。
「さっきも言ったけど、美海に伝えたい話がある」
「うん」
「でも今じゃない」
「うん」
「本当は今すぐにでも伝えたい」
「うん……私も……」
「でも昔約束した12月23日に合わせて伝えたい」
「……私は今すぐでもいいよ?」
エレベーターでも言われたな。
だけどちょっと段取りがあるし、出来れば待っていてもらいたい。
「もうっ! 仕方ないから待っていてあげるっ! 待つのが良い女だもんね?」
「ありがとう。でも、美海はそのままでも最高に可愛いくて良い女の子だよ?」
「ふ~ん? じゃあ、待たなくてもいいんだ??」
「ごめん、待っていてほしいです」
「ふふっ、いいよ。今は、その待っている時間すら楽しく思えるから」
待っている時間が楽しいという感覚は分からないが、そうだな。
例えば、どこか美味しいご飯が食べられるお店。
人気で並ぶ必要がある場合、1人なら並ばないで別の店を探すかもしれない。
だけど美海が一緒ならば、待っている時間すら楽しく思えるかもしれない。
いや、間違いなく楽しい。
何食べようか、少し頂戴と言い合ったり、友達との会話内容、次の約束を結んだりと、些細なことかもしれないが、それだけで楽しみながら待つことができる。
美海が言っているのはそういうことかな。
うん。
何となく美海の感性に近付けた気がする――。
「多分、こう君が想像していることの半分くらいだよ? 正解は」
結構、自信あっただけに首を傾げるしかない。
「美海ちゃんが言いたいのは、両片思いの期間も楽しいってこと。そんなことも分からないの?」
呆れたような目を向けられるが、聞いてもよく分からない。
そんなことを言ったら、さらに呆れた表情を向けられるから言えないが。
そもそも両片思いってなんだ。
両思いなのか、片思いなのか、どっちなのか。
両思いなら、
それはもう片思いが否定されるのでは?
あきらかに矛盾している現象だ。
まあ、待ってもらう立場では何も言えないが……。
もしかして――。
両思いと自覚しているけど、何かしらの理由があってまだ付き合っていない状態か?
いや、でも……やっぱりそれの何が楽しいのか分からないな……。
「こう君はもっと女心を勉強した方がいいね」
「……精進します」
「あ、でもな……こう君がこれ以上モテたら困るかも。だからやっぱり――」
するとここでスピーカーから言葉が届く。
『――あぁ、あぁ、マイクテスッ、マイクテスッ、マイクテ~~スッッ!!』
3人揃ってスピーカーに耳を傾ける。あと、なんとなく嫌な予感をさせる。
『えぇ…………気付いたら姿が見えなくなった騎士団長様。同じく気付いたら姿が見えなくなった夏姫様。2人一緒かは分かりませんが……いやもう間違いなく2人一緒でしょう。あぁ……それで、なんでしたっけ。あぁ、そうそう。写真撮影を行いますので至急お戻りくださいネ』
「「………」」
顔を見合わせる僕と美海。
「私はここを片付けるけど、2人は愛の逃避行をまた今度にして戻った方がいい」
「もうっ、祝ちゃんっ!!」
僕と繋いでいる手を解き、山鹿さんに文句を言いに離れていく。
ちょっと寂しい。
だが戻らないといつまでも後夜祭を終わらせることができない。
さすがにそれは申訳がない。
2人で戻ると、間違いなく揶揄われるだろう。
「どっちから先に戻ろうか?」
その考えは美海も同じだったらしい。だから僕はこう答えた。
「もう一緒に戻ろう」
「え、こう君?」
別々に戻ったところで、
揶揄われるのは目に見えている。
それなら堂々と戻った方がいい。
そう思ったのだ。
「手も繋ごうか」
そう言って、美海の手を取る。
美海は慌てた表情を見せた。
でも、その手はしっかり握り返してきた。
『いいの?』そんな目をして、目を合わせてくる。
僕が頷くと、頬を染め、次には嬉しそうに桃色の頬を緩めた。
「行こうか」
「うんっ!!」
そうして僕たちは多くの生徒に揶揄われながら、
名花高校生として初めての文化祭、萌え季祭に幕を降ろし――。
青春を謳歌する切符を手に入れたのだ。
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