第210話 祝福。

【まえがき】

 第五章最終話ですが、ごめんなさい。

 長くなっておりますので、ご注意ください。


▽▲▽ ▽▲▽



 徽章贈呈式終了後、携帯を取り出し画面をタッチする。

 メプリのアイコンに一件、メッセージマークが付いていた。


(白岩さん)『準備おっけ~』


 時間が迫っているため、既読だけ付けておく。


 いよいよ、か――。


 内心でそう呟くと同時に、本宮先輩がこちらへ顔を向ける。


『いかにも』といったような表情だ。


 その表情はまるで、新しいおもちゃで早く遊びたくて仕方ない、待ち切れないといった子供のような顔に見えた。


『さて――文化祭メインイベントでもある四姫花の発表、祝典も終わったが……まだ一つ残されている事がある。騎士叙勲式……と言いたいが、今回も残念ながら騎士の誕生には至らなかった』


 がっかりするような安堵するような声が広がる。

 本宮先輩は、その様子を見て満足げに頷き話を再開させる。


『では何かというと……ははっ。よくよく考えてみれば、これも一種の未成年の主張に該当するかもしれないね。なるほど、なるほど……ということで、中断していた未成年の主張に移らせてもらう。先ほどはデモンストレーション。つまりは今回こそ記念すべき1人目となる。その主張者は……1年Aクラス、八千代郡くん。どうぞ、前へ』


 ブラック校則への不満で一時中断された未成年の主張。

 それなのに何も解決されないまま再開されることへの戸惑い。

 また、何かと目立っている僕が呼ばれたことへの疑問。

 これから一体何が起こるのかといった不安や期待。

 事情を知る一部の生徒たちは沈黙を貫いているかもしれないが、大勢の生徒は隣に並ぶクラスメイトたちと、それぞれの思いを吐露していることだろう。


 ざわめきの中、ゆっくりと、本宮先輩の前へ歩を進める。

 適切な距離で立ち止まると、亀田水色からマイクを手渡される。

 ここで本宮先輩は、僕にだけに聞こえるようにマイクを使わない肉声で言った。


「千代くん、準備はいいかい?」

「ええ。万事……とは言えませんが、できる限りのことはしたつもりです」


「ここまでは少々物足りなかったけれど――期待させてもらうよ」

「僕としても本宮先輩のご期待には応えたいところです」


「もう終わるのかと考えると、どこか秋のような空気――寂寥感せきりょうかんを覚えるよ」

「僕は早く春を迎えたいですね」


「はは、千代くんはそれが目的だったね。結果――いや。それまでの過程すら楽しみだよ」

「僕は生まれて初めて、ストレスによる胃の痛みを体感しています」


「千代くんの初めてを奪えて光栄だよ」

「僕はどちらかというと脇役なんですけどね」


「面白い冗談だ」

「冗談じゃないのですが……でも、約束……守って下さいよ」


「ああ、もちろん。私を満足させてくれた暁には、千代くんの望みを叶えよう。敬愛する兄に、最高の舞台を用意してくれた名花高校に誓う」


「おまけで、鈴さんの汚名返上にも協力してください」

「ははっ、千代くんは強欲だね。だがいいだろう、それも守ろう」


 唯一の心残りも解消されたため、本宮先輩との会話を切り上げ、マイクを口元へ運ぶ。


 そして――。


『皆さんは、初代四姫花の1人、牡丹が行ったことはご存知でしょうか』


 急な問いかけに返事はなく、困惑した声が広がる。

 だがすぐに返事をしてくれる人が現れる。


「くびきりーー!!」

「校則整理!!」

「げこくじょーー!!!!」


 怖くて古町先生の方へ顔を向けることができないが、欲しかった言葉が聞けたため、主張を再開させる。


『皆さん、ありがとうございます。――本宮先輩、貴女は個人的な欲求に赴くまま生徒会を私物化した。このままではいずれ、生徒会がこの学校を支配する可能性が考えられる。それは、生徒の自主性や自由を貴ぶ名花高校を壊す行いだ。だから僕は、初代牡丹が行ったことを再演すると決めました』


『ほう、それはつまり?』


 笑みを抑えきれていないですよ、本宮先輩。


『独裁に対して下剋上を叩きつけます。本宮先輩……覚悟はいいですか?』


 本宮先輩は待っていましたと言わんばかりに、抑えつけていた笑みを開放させた。


『SHALL WE DANCE?』


 シャルウィダンス。

 直訳すると一緒に踊りましょう。

 だけどこの場合違った意味にも聞こえる。


『――かかってきたまえ、千代くん』


 あまりにも洒落た受け答えに、脱帽してしまう。

 だけど、本宮先輩……すみません。僕の出番はもう少し先なんです。


 というよりも、今回、僕の出番はほとんどありません。

 今しがたも言いましたが、僕は脇役であって文化祭の主役は四姫花。

 その主役を差し置いて、勝手に盛り上がるなんてできません。


 だからここからは――。


「バトンタッチです――」


『は? 千代くん、何を言って――』


 怪訝な表情した本宮先輩の言葉を遮り、美愛さんが割り込んでくる。


『盛り上がっている所ごめんねぇ~、本宮ちゃん。やっくんの前にさ……私たち四姫花と踊らない?』


『……春姫様、何を?』


 状況を掴めず、本気で困惑したような表情を浮かべている。


『先にさ、騎士を指名させてほしいなぁ~? いいでしょ?』


『姫君方は今回、騎士を指名しない。確かそう認識しておりましたが?』


『ん~気が変わったというか、やっぱり指名したいなぁって。ちなみに騎士は他の子と被ったらダメ?』


『駄目です。騎士は1人の姫に付き従うものと決まりですから』


 大して落胆したりせず、あっけらかんと『そっかぁ、残念』と言いながら美愛さんは壇上を歩き出す。


『じゃ~あ~……私たち四姫花は騎士任命権を譲渡しよっかな』


『それは……生徒会に譲渡するということでしょうか?』


『ん~ん、違うよぉ~』


『……恐れ入りますが春姫様、二転三転する状況に私だけでなく生徒たちも困惑しております。ですので、何を言いたいのかハッキリとおっしゃってください』


 本宮先輩が言ったように、困惑した声が広がり体育館は落ち着きのない空気が漂っている。だから急かせたと思われる。


 だが本宮先輩の表情には少なからず苛立ちも見て取れる。


 本来、自身の予想にしない展開を本宮先輩は好むだろうが、僕との勝負に水を差されたうえ、話が一向に進まないことに我慢できず急かしたとも思える。


『じゃあ、遠慮なく――』


 深呼吸する美愛さん。

 その美愛さんを、本宮先輩含む全校生徒が、固唾を呑んで見守っている。


『――四姫花特権により風紀委員会の解体。もしくは再編により、新しく風騎士委員団の設立。四姫花が持つ騎士任命権をそのまま騎士団長に譲渡。代わりとして騎士団長任命権を要求。これらを私たち四姫花から、全校生徒に発議します』


「一体何を――」


 本宮先輩はマイクを使うことすら忘れ条件反射で問おうとするが、美愛さんがさらに言葉を重ねる。


『発議案をモニターに映します。遠くて見えない人は、名花高校生専用ページにも載せたから、そっちで見てね』


 壇上、さらにその両サイドにある三つのモニターに発議案が映し出される。

 内容は、美愛さんが言ったことを詳しく書いたもの。


 先ず、風紀委員会の解体もしくは再編理由について。

 風紀の乱れを正し、風紀を守り維持するはずの風紀委員会が騙し討ちの形でブラック校則を策定させ、校内に不協和音を生じさせた。

 いずれ、不満が爆発し風紀が乱れることが十分に考えられる。よって、その原因を作った責任を取る形で解体もしくは再編させる。


 次に風騎士委員団について。

 独立性を得るため生徒会を頂点とする委員会から脱退。

 騎士団長の選任方法は四姫花全員からの指名制。

 万一、四姫花の意見が揃わない場合は生徒投票で決定。

 風騎士委員団の職務内容は風紀委員会を引き継ぐものとする。

 加えて四姫花から騎士任命権を譲渡された騎士団長が、騎士(性別問わず)を任命し、四姫花に派遣する。

 また、騎士団長はその責において四姫花全員に追従する騎士となる。

 さらに、生徒会にも1名騎士を派遣させる。

 その目的は、生徒会が適正に運営されているか常日頃から監査するため。


 次に四姫花について。

 四姫花の任命は生徒の意見を反映させ、最終的に生徒会によりされる。

 役割は名花高校の顔として行事の企画や立案、運営に携わること。

 四姫花全員の意見が揃った場合に限り、騎士団長を指名する権利を得る。

 風騎士委員団に提出された監査結果に基づき、生徒会役員に対して解任請求をすることができる。


 最後に生徒会役員について。

 現生徒会長による次期生徒会長の指名制を廃止。役員と同じく選挙にて決定。

 生徒の意見を取り入れたうえで四姫花を任命する。

 風騎士委員団に1名役員を派遣。

 目的は、風騎士委員団が適正に運営されているか常日頃から監査するため。

 適正でないと判断した場合、監査結果を生徒に公表。

 生徒の賛同を得たうえ、騎士団長に対し弾劾請求をすることができる。


「監査役の派遣によって互いに互いを監視し合う仕組み……四姫花、風紀委員会の独立による権力の分散……つまりこれは、疑似的ではあるが三権分立の制定…………それにしれっと全員が同じ騎士を任命できる仕組み作り…………やってくれましたね、春姫様――」


「本宮ちゃんったら、やっくんに夢中だったからねぇ~。おかげで動きやすかったよ」


「ははっ、まんまとやられましたよ。ちなみに、千代くんは最初からこのことを?」


 僕に質問しているようだが、本宮先輩の視線は変わらず美愛さんへ向いている。

 一瞬、返答しなくてもいいかと考えたが、首だけでも横に振っておく。


「今やっくんが首を振ったように、やっくんと鈴ちゃんたちは昨日まで本宮ちゃんに下剋上する気満々だったよ。つまり昨日知ったってことかな~」


「千代くんや船引にも隠されていたってことか……道理で察知できない訳だ。この計画は大槻先輩が?」


 これが、僕が騙されていた一番の理由だ。

 本宮先輩の裏をかくため、本命の計画の隠れ蓑として僕の計画を陽動に使ったということ。つまりおとりにされたのだ。


 そして計画立案者は美海と美波。

 だから、本宮先輩がする見当違いな質問に、笑いながら首を振る美愛さん。


 本宮先輩が『では』と口に出したところで、教頭先生から早く採決を取るように指摘が入る。


『生徒諸君、失礼した。これより四姫花より発議された案の採決を取る。初めに、生徒会役員、四姫花の採決を取る。対象者は専用ページから投票システム画面を開き賛成、反対のどちらかに票を投じてくれたまえ』


 生徒から採決を取る前の第一採決である。

 生徒会役員、四姫花それぞれの半数が賛成に投じれば、第二採決へ移行する


 そして、人数が少ないため結果はすぐにモニターへ映し出される。

 当たり前だが四姫花は全員が賛成票に投じて、生徒会役員は反対が本宮先輩と亀田さん、広野入さん。

 賛成が冨久山先輩、白岩さん、山鹿さん。

 すでに裏切りはないと分かってはいたが、一安心となる。


『次に、生徒諸君。専用ページから投票システム画面を開き賛成、反対のどちらかに票を投じて欲しい。決められないという人は無投票でも構わないが、無投票者がいる場合もう一度採決を取ることになるため、出来るなら全生徒からの投票を望みたい』


 僕も含め携帯を取り出し、票を投じ始める。

 といっても、悩む必要などないからすぐに投票を終え、携帯をポケットに仕舞う。


「集計結果が出るまで、少し話をしようか千代くん」


 美愛さんに横槍を入れられた時と比べ、満足そうな笑みを浮かべている。


「してやられた割には余裕そうですね、本宮先輩?」


「一杯食わされたことは確かだね。これが成ればある意味下剋上達成となり、私が満足する結果となるかもしれない。だけれど千代くん……過半数を超える賛成票がなければ計画は頓挫。つまりは君の負けだ」


「元生徒会の先輩方の協力はこちらが取り付けていますけど?」


 すでに離反されたことは知っているが、とぼけて聞いてみる。


「今さらつまらない探り合いは不要だろう。白岩から聞いているだろ? 昨日までと逆転しているってことを。だから不思議に感じている。千代くんこそ余裕そうに見えるとね」


「緊張しすぎているせいで、そう見えているのかもしれませんね」


 小さくフッと笑みを浮かべてから、予想する結果を口にする。


「このままなら13票差で反対が賛成を上回る結果になると予想している。小講義室で内緒話などしなかったら、逆の結果だったろうに……それともそれも含め千代くんの作戦かな? それか私の裏をかいた計画立案者……月美もしくは千代くんの義妹がまだ何か秘策を講じているとかかな?」


 小講義室で思い浮かぶのは五十嵐さんとの会話だ。

 あの時気付かなかったが、もしかしたら誰かがいたのかもしれない。


 つまり窮地を招いたのは僕自身という訳、か――。


 本当に自分の間抜け具合にうんざりする。

 だけど13票差、それを聞いて安心もできた。


「そうですね……僕と月美さん2人しか知らない隠し事はまだあります」


「ははっ、そうでなければ。まだまだ期待が――」


「不思議ですよ本宮先輩。どうして、美海が計画した可能性を排除しているのかって」


 本宮先輩は一度も美海を見ていない。四姫花挨拶の時でさえも。

 美海の方へ顔を向けていたが、視線はその奥を見ていた。


 それが意味するのは、本宮先輩が美海に対して全く興味を持っていないということだ。

 楽しそうな表情を一転させ、怪訝な表情を浮かべている。


「美海ですよ。僕や鈴さん、本宮先輩を出し抜いた計画者は」


「…………まさか、全て演技だったという――」


 僕と本宮先輩を見ていた美海が、満面の笑みで投票が終わったことを告げる。


『投票が終わったみたいですよ、本宮会長』


「全く……末恐ろしいことだ。千代くんが選んだ女性だけある。だが結果が伴わなければ意味がない」


 モニターに映された集計結果は、


【賛成221票 反対234票 無投票15票】


『四姫花の皆様方にとっては残念な結果ですが、過半数を下回ったため発議された案は否決となります。無投票者がいるため、あと一度だけ採決ができますが、いかがいたしますか?』


 まさかこれで終わりじゃないだろうと言っているように聞こえたが、元生徒会の離反をまだ知らない美愛さん、美海、美波の3人は予想を裏切る結果を見て固まっている。


 その中で月美さんだけが結果に動じず、僕の指示を待っている。


 何か奇跡が起きないかと祈ったりはしたが、起きることはなかった。


 つまりは腹を括るしかない。


 結果を見たことでようやく決心がついたので、指示を待つ月美さんへ向かって首を縦に振る。


『もう一度です。採決するです。その前にです。これを見るです』


 再投票を要求し、音のしない指パッチンを鳴らす。

 きっとこれが合図なのだろう。

『カスッ』としていたが、しっかり伝わっただろうか。


 不安に襲われたが、モニターが切り替わり始めた。


 つまり、作戦名”諸刃の剣”が始動したということだ――。


 モニターに映る人物は僕と元樹先輩。

 何をしているかと言うと、食堂に八つあるソファ席。

 入口に一番近い801番の席でランチを共にしている。

 その映像には、『男2人がヤオイ席』とのコメント付きだ。

 食べている物は、ホットサンドもしくはペペロンチーノ。

 どちらもベーコンレタスがたっぷり具沢山で、

 略した英語表記でコメントが付け加えられている。


 食事している場面から別の場面に切り替わる。

 僕の後ろを歩く元樹先輩が、僕の太ももを触り『いい脚だな』と言っている場面だ。

 他にも腕を掴んだり、肩に腕を回したり、手を握り合う映像が差し込まれている。


 続いて今度は食堂801番の席で食事している場面に戻る。


「んじゃあ、郡。いただきます」

「はい、どうぞ召し上がれ」


 学食初日に交わした会話だ。悪意のある編集だ。

 さらに、元樹先輩が僕の耳元に口を近づけている場面が映し出された。

 これは、内緒話をした時だが、角度のせいか頬にキスをしているようにも見える。

 悪意の塊りだ。

 すると大音量で『やっぱ、好きだわ! 俺!』と響き渡る。


 まだ始まったばかりだというのに、すでに僕の精神……きっと元樹先輩もかな。

 2人の精神は両刃の剣によってズタズタに切り裂かれ始めている。


 辛い――。


 また場面が変わった。

 映っている人物はまたしても僕。

 それと親友の幸介だ。

 場所は駅前。何をしているかというと、2人仲良く手を繋ぎ歩いている。

 可笑しそうに笑顔を浮かべる幸介。

 ほんのり笑顔を浮かべる僕。

 それはもう、公衆の面前だというのに仲睦まじい様子だとコメントまで入っている。

 やっぱり編集に悪意を感じる。


 ごめん、幸介。巻き込んで――。


 また場面が切り替わる。

 というか、まだあるのか……。

 任せきりだったから、どんな映像が流れるか僕自身も分かっていない。


 今度は長谷と小野だ。

 場所は校門前、2人が僕を見つめて頬を染めている場面だ。

 きっとあれだ、好きな人を教えられた時だ。

 長谷と小野に同情することはないが、最近の2人は散々だな。


 他にも、女装した幸介に僕が壁ドンしているシーンや、

 何かもう目を逸らしたくなる程に、僕と元樹先輩、幸介のシーンがこれでもかって流れていた。


 それで、映像の雰囲気が変わった。場面は保険室のようだ。

 ああ……あの時受けた変な質問はこのためだったのか。


 映像が流れるよりも先に納得する。

 映る人物は黒色のフリフリしたロリータドレスを着ている。

 もう1人は画面外から質問を投げかけている。

 音はなく、字幕で会話を流している。

 だが、特徴的な語尾『です』が付いているから、映らずとも誰だか分かってしまう。


 その2人の会話についてだ。


「男も好きです? その意味の両方です。両刀とも言うです。好きです?」


「当たり前じゃないですか。月美さんはそのことを――」


 ――即答である。愚問であったようだ。だが問おう。

 と、謎のテロップ付きだ。


「聞きたいです。覚悟を問うです」

「(コクッ)」


 ――黒色のフリフリしたロリータドレスを着た人物は真剣な表情で頷いた。


「もう一度です。女でも本気出すです? 男でも本気出すです?」


 ――はたして回答は。


「それこそもちろん。ハッキリ、断言しますが、相手が男でも女でも僕は本気で相手になります」


 ――僕? まさか!?


「女装で言われてもです」


 ――なんとこの可愛らしい人物の正体は女装した八千代郡だったのだ。


「放っておいてください」


 ――趣味に口出しするは野暮ということか。 Fin

 と。そうだな――うん。辛い。


 けれど、どうりで女装した僕の噂が全く広まっていなかった訳だ。

 きっとこの時の為に情報規制していたのだろう。


 その時。


「「う、うそだあぁーー!!!???」」


 1年Aクラスから、男2人分の悲痛な叫びが重なって聞こえてきた。

 見なくとも誰が叫んだのか見当つくが、僕としてはそれどころじゃないので置いておく。


 それにしても……確かに僕が発言したことだが会話の順番が違う。

 正確に覚えていないが、間違いなく編集されているし余計なコメントまで付け加えたおまけつきだ。

 セリフを得るため、会話を狙って誘導したと考えたら、月美さんが恐ろしすぎる。

 おかげで微動だに出来ない。


 立っているのがやっとだ。はは……。


 それなのに月美さんが質問を投げてきた。


『千代くん、どっちです? 賛成です? 反対です?』


『……賛成に投じています』


 無音。体育館の中は恐ろしいほど静かだ。

 だが――。

 フィンということは、”諸刃の剣作戦”がこれで終わりということ。

 それを肯定するかのように、唖然と固まる本宮先輩に代わって月美さんが告げる。


『採決です』


 見る人がみたら分かる、そこかしこに散りばめられたキーワード。

 僕も全ては理解できなかった。

 だけど充分過ぎる。

 何もここまでしなくてもよかったのではとさえ思える。

 この映像が流れた理由。

 それはもちろん無投票の15人を取り込むためだ。


 以前、月美さんから聞いた噂話。

 名花高校には腐った花がいる。

 通称”腐れ花”。

 どういう集まりなのかは、省かせてもらう。


 その腐れ花に所属する人数は15人。

 けしてどの派閥にも属さない。

 そのため本宮先輩すら、はなから諦めていた。

 だが僕は諦めきれなかった。


 そのおかげで今回、最後の手として、いざという時のための保険となった。

 この保険が何パーセント適用されたのか、蓋を開けてみないと分からない。

 つまり本当にギリギリの戦いというわけだ。

 そして今、結果が映し出される――。


【賛成236票 反対234票 無投票0票】


『可決です』


 奇抜や奇天烈、型破り、奇想天外、エキセントリックと言ってもいいような方法による終結。

 そのため、勝敗が決したのにも関わらず月美さん以外誰1人と声を上げることが出来ないでいたが、1人だけ徐々に笑う声を大きくさせていき、やがて――。


『――――――はは、はぁぁ……負けた。

 負けたよ千代くん。

 義妹君である冬姫様がおっしゃっていたが、

 まさに計算も予想も想像も全て超えてきた。

 完膚なきまでの敗北、完敗だ。

 もう結果は分かっているが一応聞こう。

 四姫花の姫君方、

 誰を騎士団長に任命されますか?』


 最初に答えた人は美愛さんだ。


『私が指名する人はもちろん、やっくんだよ。彼以外ありえないよね』


 次に、月美さんが短く答える。


『千代くんです』


 三番目となったのが美波。


『義兄さん――』


 今のところ3人中3人が同一人物を指名している。

 残りは夏姫である美海だけだが、四姫花紹介にあったように鉄壁や難攻不落の姫と言われ、これまで男子との噂もない。


 さらに3人から指名された人物は、その夏姫に振られていると噂が立っている。

 そのため四姫花の中で唯一、

 誰を指名するか予測できないのが夏姫、上近江美海である。


 多くの生徒が見つめる中、口にした人物は――。


『八千代郡くんです。こう君以外、ありえません』


『四姫花全員からの任命によって

 初代騎士団長の誕生、風騎士委員団の設立。

 よって、ここに三権分立を認めよう――

 おめでとう、千代くん』


 静寂に包まれていた体育館が、本宮先輩の言葉を合図に、一気に歓声や拍手が広がる。


「おめでとーー!! やちよくーん!!」

「よっ、騎士団長!!!!」


 などと、純粋にお祝いの言葉を掛けてくれる人もいれば、


「おめでとーー!! 頼むーー! 俺を騎士に任命してくれぇーー!!」

「くそーー!! むかつくけど、おめでとーー!!」


 と、お祝いしつつ嫉妬や願望をぶつけてくる人もいる。

 暫らく生徒たちからの祝福が続いたが、徐々に拍手や歓声が静まって行き、そのタイミングで本宮先輩が騎士叙任式を執り行う旨を宣言する。


 するとここで、壇上袖から何やら楽器が運び込まれ、瞬く間にセッティングされた。

 何が何やら呆然と立ち竦んでいると、美海が声を掛けてくる。


「私たちからこう君にサプライズプレゼントだよ」


「えっと、何も聞いてないんだけど?」


「ふふっ、だってサプライズなんだから言うわけないでしょっ。頑張って練習したから……ちゃんと聴いてね?」


「もちろん。でも、いつの間に練習してたんだね」


「こっそり、雫さんたちに教わったの。それより、誓いの流れは大丈夫? ちゃんと練習した?」


 ばっちりだよと返事するが、山鹿さんから渡されたDVD映像を見ただけだから、実際にやるのは初めてだ。そのため少しばかり不安に感じる。


「じゃあ、私も準備するねっ」


 そう言って所定の位置と思われる場所へ移動していく。

 見たところ、ベースが月美さん。

 ドラムが美愛さん。

 キーボードが美波。

 マイクスタンドがセットされている場所には美海。ギターも持っているようだ。


 説明がなくとも、これだけ揃った状況を見れば四姫花によってバンド演奏がなされることが分かる。

 そのため、生徒たちは演奏が始まるその時まで固唾の呑み見守っている。


 そして――。


 マイクスタンドの高さ調節を済ませた美海が、緊張した面持ちで話し始める。


『これより、騎士団長誕生を祝して、私たち四姫花から演奏を贈りたいと思います。曲は”YOASOBIさんの「祝福」”』


 流行りの曲に疎い僕でも知っている曲。

 前一緒に行ったカラオケで美海が歌い、聴いた曲の中で、僕が一番好きだと思った曲だ。


 美愛さんが叩くドラムの音は、ドラムならではの力強さだけでなく、音の強弱でリズムやテンポを整え、各パートを乗せる場面もあった。

 何より楽しそうにドラムを叩く美愛さんの表情に、楽しい気持ちにさせられた。


 月美さんが弾くベースの音は、他のパートより目立たないが美愛さんのドラムと合わせてリズムを刻んだり、しっかりした低音で臨場感を演出したりする縁の下の力持ちや陰の実力者といった印象だ。

 何より普段とのギャップも合って凄く格好良く見えた。


 美波が奏でるキーボートは、他の楽器では奏でることのできない音で彩を作り、より一層、演奏にボリューム感を持たせている。

 何より、今までで一番『楽しい』思いが音に乗っていて、ずっと聴いていたくなった。


 美海が弾くギターメロディは、曲の世界観を見事に奏でていた。楽曲タイトルに相応しい祝音が、美海の鈴の音のように綺麗な歌声に乗って、祝福してくれている気持ちがこれでもかって伝わってきた。

 何より、歌詞に合わせて変わる表情が格好良かったり、可愛かったり、楽しかったりと見惚れてしまった。


 美愛さん、月美さん、美波、美海。4人の演奏は、僕が持つ言葉では表現することができない素晴らしいものである。

 終わるのが惜しい。

 まだ続いてほしい。

 もっと聴いていたい。

 そういった感情の波が押し寄せてきている。

 だけど、とうとう終わりの時が来てしまう――。


 演奏が終わることで訪れるひと呼吸分の静寂。

 だが次の瞬間、大歓声とともに爆発したかのように万雷の拍手が沸き起こった。


 鳴りやまぬ拍手の中、それぞれに大きな賛辞が贈られ続ける。

 それに手を振り笑顔で応える四姫花。


 ひとしきり声援に応えると、楽器を置いて中央に集まる。

 たたずむ僕の元へ莉子さんが剣を運んできたので受け取る。


 さらにピンマイクを装着される。


 顔を上げると美海にも装着されている様子が見えた。

 空気を察した生徒たちが静かに見守り始める。


 そして美海が一歩前に出て言った。


『八千代郡。前へ』


『はっ』


 美海のすぐ目の前で足を止め、鞘から剣を抜き、美海に預け跪く。

 美海は受け取った剣を僕の肩に乗せ――。


『騎士となろうとする者よ、礼節を重んじ、礼儀を守り、己の品位を高め、風紀を維持し、生徒や四姫花を守る盾となり、名花高校を代表する騎士の誇りを、けして忘れぬと、誓えますか』


 僕から言葉を発することはせず、次の動作を待つ。

 そしてすぐに、肩に置かれた剣が外され、そのまま剣先を向けられる。


 誓いの印として、向けられた剣先にそっと唇を当てる。


『汝を騎士団長に任命す』


『謹んで拝命いたします』


 僕には縁のない不似合いな場面に感じ、こそばゆい気持ちが込み上げてくる。


 そのため、本来は緊張する場面である筈なのに、普段とは違った言葉遣いもあり口角が上がりそうになってくる。


 緊張が振り切れた可能性も捨てきれないが、不思議とそこまで緊張を感じない。

 たからきっと前者の気持ちの方が適当だろう。

 笑いそうになるのを全力で堪えている時、不意に美海と視線を重なるが――。


 美海も僕と同じで、今にも笑いだしそうな表情をしていた。

 僕ら2人の状況も露知らず、本宮先輩が生徒たちへ告げる――。


『皆、盛大な拍手を!! 今ここに……開校初となる”アコレード”が成った!!!!』


 本日二度目となる、大歓声や万雷の拍手が沸き起こっている中、とうとう我慢できず美海が笑い声をこぼし始めた。


『ふふ……ふふふっ、こう君……ふふっ、格好、いいよ』

『姫様にそうおっしゃって頂き光栄に存じます』


『ふふっ、よきにはからえ? あれ、なんかちょっと違う?』

『可愛いは正義。つまり可愛いから正解だよ』


『――つ!? も、もうっ!!』

『ほらやっぱり可愛い』


『…………適当な気持ちで可愛いって言われても、嬉しさ半減だよ?』

『それでも半分は残るんだ? でも……僕が美海に向かって適当に言うと思う?』


『………思わない』


 悔しい気持ち半分、嬉しい気持ち半分といった、複雑そうな表情を作り、重なっている視線を外してくる。

 そんな美海も可愛くて、つい、いつもみたいに意地の悪いことを言いたくなるが、今は止めておこう。


 美海は拗ねているのか、可愛らしく唇の先を少し尖らせている。

 僕に見られていることに気付き、顔を向けた美海と再び目が合う。


『笑ったりして、また悪いこと考えているでしょ?』

『そうかもね……美海?』

『こう君は本当に仕方ない人だね。それで、なぁに? こう君』


 あーちゃんと話した夜から、美海には敢えて触れないように接してきた。

 聞くのが怖くもあるが、今は楽しみな気持ちの方が強い。


 昔交わした約束をみゅーちゃんは覚えているだろうかと――。


 武者震いじゃないが、後夜祭が始まる前に感じた緊張とは別の緊張に襲われる。

 その証明じゃないが、今までにないくらい、手に汗をかいている。


 緊張を吐き出す為、深呼吸……とまでいかないが、普段の呼吸よりも少しだけ深く息を吸いこむ。そして――。


『伝えたい話があります。12月23日。僕とデートしてもらえませんか?』

『まだ……先だけど、どうしてその日なの?』


『この日は……特別な日だから。約束を果たしたい』

『……約束って?』


『みゅーちゃんに誓った約束。この日から続きを始めたい』

『うん……分かった。私にとってもその日は特別なの。だから……私にも”こーくん”の時間を下さい』


 美海にとっても特別な日。

 さらに呼ばれた名。『こう君』でなく『こーくん』。

 このことが意味するのは、美海も約束を覚えてくれていたということだ。


『約束だね』

『うん、約束だよ』


 たった数カ月。だけど凄く長い数カ月に感じた。

 でもやっと、ここまで辿り着くことができた。

 もう少しで、願いを叶えることができる。


『ねぇ、こう君。約束のしるしとして、望遠鏡交換しよ?』

『喜んで。でも手元にないから後でね』

『うんっ!』


 この時。

 美海との会話に夢中で気付くことができなかった。

 そんな僕と会話していた美海も、きっと忘れていたのだろう――。


 気付くと――。

 あれだけ鳴り響いていた歓声や拍手が一切聞こえてこない。


「「(嫌な予感がする)」」


 間違いなく僕と美海の心が嫌な意味で重なった。

 重なっていた視線を外し、2人でそーっと周囲に顔を向ける――。


『やっくんも上近江ちゃんもさ~……ははっ!』

『私は何番でもいいです?』

『むぅっ――義兄さん――美海――めっ――!!』


『騎士団長様、夏姫様。ピンマイクのスイッチが入ったままですよ。今さらですが』


「「………………」」


『ちなみにですが、お二人が所属する書道部。

 格言おみくじが大人気でしたね。

 お二人がお二人の世界に入られている間で、

 とある人物が投票システムで

 ランキングを集計したんですよ。

 その中でも特に、人気を集めた言葉があります。

 何かお分かりです?』


 いつの間にそんなことをしていたのか。

 まあ、きっと莉子さんあたりだろう。

 それと白岩さん、いつの間に戻っていたのか。

 さっきは助かったけど、

 今は取りあえずカメラを構えないでほしい。


 止めてくれ。


 せめてモニターに映さないで、頼むから――。


『ああ、誰を想像したかまでは分かりませんが、犯人は私です。こっそりサイドモニターを使い生徒たちに伝えたんですよ』


 心を読まないでほしい。

 それに、すぐネタバラシするなら『とある人物』と言う必要もなかったと思う。


 意地悪な人だ。


『見当もつかないですね』


『では、騎士団長様と夏姫様にお答えいたしましょう。生徒諸君、先生方もどうか一緒にご唱和下さい――』


 誰が言ったか分からないが『せーの』と掛け声が聞こえてきて、そして――。


「「「「「馬鹿に付ける特効薬はない!!!!」」」」」


 よりにもよって、僕が作った迷言”馬鹿に付ける特効薬はない”が、ランキング1位となったのか……恥じ以外の何物でもない。


『私の完全なる独断となりますが、この名言中の迷言に文化祭特別賞を与えたいと思います。どうだろうか?』


 僕が断るよりも前に、

 体育館全体に『賛成!!!!』と大きな声が響き渡る。


『賛同に感謝を送りたい!!

 おかげで、この記念すべき出来事をしっかりと

 記録することが叶う。第四代目四姫花の誕生、

 騎士団並び初代騎士団長の誕生。

 それらと共に、

 後世にしっかり残すべき瞬間だからね』


 最悪だ……つまりこれは――。

 名花高校が存続する限り、半永久的に残り続ける『黒歴史』になったということだ。


『もぅ、やだ……はずかしぃ…………』


 美海が漏らした呟きは、まだ切られていないピンマイクにしっかり声を拾われてしまう。

 そのことが拍車をかけ、さらに頬や耳を真っ赤に染め上げる。


「「「「「か~わ~いぃ~~!!!!!!」」」」」


 とうとう耐え切れなくなった美海は、両手で顔を隠し俯いてしまう。

 学校で様々な表情を使い分ける美海。

 照れたり、恥ずかしそうな表情を見せることもある。


 だが、特別仲のいい人以外には顔を赤くさせたことがない。

 そのため滅多にない美海の姿に、生徒たちは大盛り上がりだ。


 嵐のように『可愛い』を連呼している。


 僕はというと。

 一挙一動可愛い美海の姿を見逃さないよう眼球シャッターを切り続けている。

 つまり皆と同じように、美海の可愛さに釘づけということだ。


 ある意味現実逃避ともいえる行動だろう。


 だがここで――。


『騎士様……見ていないで、助けて欲しい…………です』


 まだまだやらなければいけないことはある。

 だが、騎士としての初仕事は姫の護衛に決まった。

 羞恥の視線に晒されている姫を守るため、

 手を取り、姿を隠すように壇上袖へ2人移動する。

 情けないが逃げの一手だ。戦略的撤退とも言える。


 だがその行動がいけなかった。


 大いに盛り上がった騎士叙任式アコレード

 たくさんの祝いの言葉も届いた。


 だが最後は、

 大ブーイングで締め括られることになったのだ――。


 第五章 ~完~



【あとがき】

 こんにちは。山吹です。

 第五章完結までお読みいただきありがとうございます。

 長い章となりましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

 フォローや評価、応援もありがとうございます!!


 少しでも面白いと思ってくれた方は、作品のフォローや評価欄から「★〜★★★」を付けての応援をお願いします!!


 さてさて。

 残りの章はごちゃごちゃせず、割と平和な日常が続く章となります。

 

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