第209話 4人の姫君が演説しました

 名花高校ホームページには、学校関係者専用のページがある。


 その専用ページにログインすると、試験結果や体育祭の結果、イベントで撮られた写真などを見ることができ、さらには小講義室の予約を取るためにも使われていたりする。


 そして今回の文化祭から、

 新たな機能として”投票システム”が追加された。


 この投票システムにより、アンケートや生徒会選挙などをいちいち手作業で集計せずともその場で結果が確認できるようになったのだ。


 先ほど行われた男装女装コンテストでも使われており、つい今しがた、本宮先輩により発表された四姫花についても、投票システムが使われている。


 数人の無投票を除けば、満場一致で賛成票が入り、そのまま第四代目四姫花が承認されることとなった。


 そして今なお、会場は興奮冷めやらぬといった状態だが、ここで、本宮先輩がマイクを構え喋り始める――。


『ははっ! さいっこうに、盛り上がっているね!! いいねぇ~、楽しいねぇ~、文化祭はこうでなければっ!! だがそろそろいいだろうか……選ばれた4人の姫君から挨拶を貰いたいから、今はその熱を内に秘め直してほしい。生徒諸君、いいかな??』


 熱気を感じるのにシンと静まる。異様な光景だ。

 通常、これだけ人が集まっている場合、静かになるまでには、ある程度の時間を要する。


 それは全校集会時も同じで、校長先生や他の先生方が『静かに』と言っても静かになるまでには、もう何回か注意を促すことが多い。


 だが今は、徐々にを通り越して一斉に静かとなったのだ。

 そのため異様な光景に感じたのだろう。


『聞き分けのある生徒ばかりで嬉しい限りだ。では、早速だけれど、そうだな……ここは四季の順に春姫様からご挨拶をお願いいたします』


 すでに壇上袖から出てきていた亀田さんが、春姫に選ばれた美愛さんにマイクを手渡す。


『女の子のみんなぁ~、やっほぉー!! 美愛だよぉ~!!!! 今だけ名前で呼ぶの許しちゃうぞっ』


「「「「「キャァ~~~~ッッ!! みあさま~~~~~~ッッ!!!!」」」」」


 凄まじい大歓声だ。そばにいたら耳がキーンとなったかもしれない。


『ははっ……てか、どうしてか男の声も混じってたんだけど?? 男に名前で呼ぶのは許した覚えないんだけどな~……潰す??』


 実際に聞こえた訳でないが、ヒュンッと声が耳に届いた。

 きっと、どさくさに紛れて美愛さんの名前を呼んだ男子生徒が、肝を冷やしたのだろう。


『はははっ! 冗談だよっ。本宮ちゃんから紹介されたように、女の子に甘く、男子に苛烈にしてみただけだよ~。だから潰したりしないから安心していいよっ。あ、でも!! この学校で私の名前を呼んでいい男子は1人だけだから、他の男子は…………次はないからね?』


 美愛さんの迫力ある雰囲気に恐れおののく男子生徒たち。

 それとは反対に、ブーイングや嘆きの声を漏らす女子生徒。

 後者はきっと美愛さんのファンクラブの人たちだろう。

 でもおかしいな、美愛さんと僕の仲に理解ある味方のはずなんだけど……結構、ブーイングが酷い。


 演出……うん、演出。

 そういうことにしておこう。


『じゃあ、ちょぴっと真面目に……私自身、お姫様ってがらじゃないし”桃の花”ってのも、照れるけど……一応、春姫として選ばれたからね、卒業まですぐだけど……それまでは学校の顔として頑張っていくよ。だからみんな、応援してねっ!!』


 美愛さんを応援する気持ちで、鳴り響く拍手。

 その中に紛れてすすり泣く声も届いてくる。

 卒業という言葉に哀しんでしまったのかもしれない。


『春姫様、ありがとうございました。卒業間近……文化祭で四姫花を発表する改善すべき事案ですね。早急に、検討させていただきます。では、続いて……夏姫様どうぞ』


 美愛さんからマイクを受け取る美海。

 どんな挨拶をするのか気になるが、固い笑顔をしている。

 美愛さんが盛り上げた後でもあるし、緊張しているのかもしれない。

 だけど何だろう。

 気のせいか何かイタズラを考えている表情にも見える。


『……やっ、やっほーー!! で、いいのかな?』


「「「「「つ――ヤッッッホーーーーーー!!!!!!!!」」」」」


『ふふっ、元気よく返事をしてくれてありがとうございます。あっていたみたいで一安心しました。美愛先輩のあとですっごく緊張していたけど、おかげでほぐれてきました』


 背筋を伸ばし、お礼を言う時のお辞儀も綺麗で、笑う時は口元を隠し、紹介にあったように一つ一つの所作が洗練されている。

 それに美海が浮かべる柔らかい表情は、見ていると気持ちが和らいでくる。


『ごめんなさい。嘘、ついちゃいました。やっぱりまだ緊張しているみたいです。何を話そうか考えてきたのに、全部飛んじゃいました……え、どうしよう……』


 慌てふためく様子に声援が飛び始める。


「上近江ちゃーん!! 頑張れぇーー!!!!」


「かわいい~~!! 私の妹になってぇ~~!!!!」


「みうーー!! ファイトォォッッ!!!!」


 む……どさくさに紛れて、美海を名前で呼んで、しかも呼び捨てにした男子がいる。


 面白くはないが、今はお祭りのようなものだし目くじらを立てても仕方ない。


 今は我慢しよう。


『ふふっ、応援ありがとうございます。そうですね……光栄にも夏姫として選ばれました。大人な魅力あふれる美愛先輩と違い、まだまだ子供な私には荷が重くも感じますが……精一杯に学校の顔として、今よりもっと名花高校をよくするため、頑張っていきたいと思います。象徴は”向日葵”ということなので……えっと、こんな感じでしょうか――』


 立派だ、立派な挨拶に全力で拍手を送りたい。

 だけど、美海……最後にした満面の笑顔、こうなることが分かって、絶対狙ってやったでしょ?


 確かに可愛かった、可愛くて見惚れたが、多くの男子生徒……女子生徒も結構いるな。


 多くの生徒が、美海の可愛いさ溢れる笑顔に射抜かれて、胸を押さえ、膝から崩れ落ちている。


 ここからだと何を言っているか聞こえないが、多分『尊い』とか何かだろう。


 紹介にあった通り、まさに一瞬で魅了したのだ。

 最初に感じたイタズラな表情の正体はコレだったということか。


『あと、最後に一つ……いえ、二つだけ言わせてください。私のお姉ちゃんは実の姉の他に古町先生だけです。だから気持ちは嬉しいですけど、新しく誰かの妹にはなれません。それと――』


 生徒たちがバッと、教員が待機する方へ顔を向けた。

 言葉を止め、溜めている美海はというと、袖に控えている僕を見て笑った。


 なんだ……。

 美海は一体何を言うつもりなんだ――。


『美愛先輩と同じように……私が、私のことを名前で呼んで欲しいと考える男の子は1人だけです。その男の子以外から名前で呼ばれても……その、困ります。以上となります。お時間ありがとうございました』


 今度は違った意味で膝から崩れ落ちる男子生徒たち。

 女子生徒はというと、応援するような黄色い声援を送っている。


 まあ、でもあれだ。

 美海が考えていたイタズラの本命は今の小さな告白だったということか。


 しっかりイタズラに引っかかってしまったな。嬉しいけどさ。

 それにしても、1年Aクラスでは誰1人と崩れ落ちていなかったことは意外だった。


『ありがとうございました。それにしても向日葵の名に恥じぬ、素晴らしい笑顔でしたね。さらに、隙もなく鉄壁や難攻不落の姫と言われ、男子との噂もなく、さらには試験や体育祭で活躍した有名人を袖にしたと噂される夏姫様からの大胆告白……会場は色んな意味で大盛り上がりだ。早速四姫花として盛り上げていただき、ありがとうございました。では、続いて……秋姫様、お願いいたします』


 美愛さんから受け取ったマイクを、今度は美海が秋姫である月美さんへ手渡す。


『やっほーです。私がレアキャラです。目に焼き付けておくです』


「「「「「やーきつーけまーーーーーーす!!!!!!!!」」」」」


 今日の月美さんは珍しくツインテールじゃなく、髪を下ろしている。

 そのせいで、顔の輪郭が隠れていて焼き付けるのも難しそうだ。

 ああ、なるほど。

 その気がないもしくは、普段の印象を変えるために下ろしているのかもしれない。


『紹介の通りです。月下美人です。病弱です。手短にするです。一緒です』


 長時間立てるだけの体力がないと前に言っていた。

 だから月美さん本人が言ったように、無理せず手早く済ませて欲しい。

 心配になるからな――。


 それにしてもすっかり忘れていた。

 本宮先輩から届いた思わぬ被弾で思い出したが、まだ告白すらしていないのに僕は美海に振られたことになっているんだった。


 気付いたらあっと言う間に噂が広がっていたからな、困ったものだ――。


『私の名です。呼べる男子は1人です。それだけです』


 おっと、また被弾しそうな危険な香りがする。

 と、思ったがすでに着席しようと歩き出していたので、胸をなでおろす、が――。


「「「「「おしえてぇぇーーーー!!!!」」」」」


 足を止め振り返った月美さんと目が合ったため、首を振っておく。


 だが凡人である僕の願いは天才には通じず、ひと言の爆弾が落とされる――。


『千代くんです』


 シンとなる体育館。でもすぐに落とされた爆弾が着弾、そして爆発する。


「「「「「ええぇぇぇっっーーーーーー!?!?!?!?!?!?」」」」」


「八千代ふざけんなーーーー!!!!」

「大槻先輩に、五色沼先輩とか……お前ばっかりズルすぎだろぉぉーー!!!!」

「しかも妹は千島ちゃんだぞ!!!!」


「「「「「クソォォォォッッーーーーーーーー!!!!!!!!」」」」」


 ブーイングの嵐だ。

 今日一番の盛り上がりかもしれない。

 それに今回は1年Aクラスのクラスメイトたちの何人かが、膝から崩れ落ちているのも見えた。


 どうして美海の時は崩れ落ちなかったのか不思議だな。あんなに可愛いのに。


 とりあえずさ、本宮先輩。笑っていないで、司会進行してほしい。これ以上は辛い。


『――失礼。いやぁ……千代くんは四姫花からだけでなく、学校中の人気者だね。さすがヒーローといった感じかな。かくいう私も彼のファンだから、もう少々ばかり皆から千代くんへの熱い思いを聞いていたいが……次でラスト。最後の姫、冬姫様の挨拶を聞きたい。だから生徒諸君……千代くんへの思いを今はどうか心の中にしまって、静かにしてほしい――――――ありがとう。では、冬姫様……お願いいたします』


 あれだけブーイングが轟いていた体育館。

 それが本宮先輩によって、一瞬にして静まった。

 話術……いや、人心掌握術というのかもしれない。本宮先輩はそれがとても上手だ。


 そして最後、僕の義妹である美波の番。

 騒ぎの間にマイクを受け取っていたのか、すでに握られている。


『やっほ――?』


「「「「「………………」」」」」


 短すぎる一言。そのため反応が遅れ、一呼吸分置いてから――。


「「「「「やぁっほぉぉぉぉ~~~~~~!!!!!!!!」」」」」


「美波ちゃーん!! か~わいぃーー!!!!」

「みみさまぁ~~!! 尊いッ!! 尊すぎですッッ!!!! あぁ~~……可愛すぎですよぉ~~!!!!」

「幡のくそやろぉーーーー!!!!!」


 我が義妹ながら、凄まじい人気だ。

 可愛いから当たり前だけど……この学校を選んでよかったな。


 中学の時は、美波に嫉妬し敵視する人ばかりだった。

 だけど名花高校では、美波の可愛さに対して純粋な好意を向けてくれる女子が多い。


 おかげで、中学の時とは比べものにならない程に美波が学校生活を楽しめている。

 国井さんはちょっと傾倒しすぎている気もするが、美波が気を許しているのだからいい関係を築けているはず。


 あと、幸介は気の毒に思うがこれくらいの嫉妬なら可愛いものだろう。


『うるさい――』


「「「「「しぃーーーーーー」」」」」


 オブラートに包まずストレートに言った美波の文句に、生徒たちは人差し指を縦に唇の前に構え、素直に静かになっていく。


『私の義兄さん――格好良いの――』


 前振りもなく急に褒められ困惑する。


『可愛いの――頭もいいの――努力家なの――』


 えっと、美波?

 嬉しいけど今はそんなことを言う場じゃない。

 皆も困惑しているみたいだしさ、挨拶しよう?


『優しいの――私に――甘いの――』


 止まる気がないのか、さらに続いていく。

 生徒たちは困惑しつつも静かに聞き入っている。


『格好つけ――意地悪――照れ屋――』


 おっと、今度は悪口、というか不満を言うターンのようだ。


『厳しい――頑固――むっつり――』


 ここで会場にクスクスといった笑いが広がる。

 僕はというと、率直に『勘弁してほしい』。その思いで一杯だ。


『でもね――匂いが――落ち着くの――』


 不思議なほど会場が静まり、美波が口にする言葉の続きを待っている。


『不器用――でも優しい――匂い――』


『私が――困ると――助けてくれる――』


『安らぎを――くれるの――』


『素敵で――自慢の――義兄さん――』


『みんなに――義兄さんを――義兄さんが――素敵だって――』


『知ってほしい――』


 ここで一度、美波の言葉が途切れる。

 質問、声援、拍手、どれ一つ飛び交うことなく静寂が続く。


 どんな反応をしていいのか正解か分からないのかもしれない。

 それか、まだマイクを構える美波の言葉待っているのか――。


『疲れた――終わり――』


 唐突な終わりを迎え、呆気にとられる生徒たち。

 その生徒たちを置き去りにし、四姫花に用意されている席へスタスタと歩き、そのまま着席する。

 終始マイペースな美波の挨拶。いや、挨拶と言えない。


 なんなら僕を紹介する場になっていた。

 だから――。

 四姫花としての、美波の言葉を期待していた生徒たちから野次が飛んでくるのではないかと不安になったが、杞憂に終わる。


 1年Bクラスが大きく拍手したことを皮切りに、拍手が全体に波のように広がっていったからだ。


「やちよくーん!! 私のお兄さんになってぇーー!!」


「やちよーー!! 俺たちの兄貴になってくれーー!!!!」


「八千代くんも美波ちゃんも好き~~!! 推しにさせてもらうねぇ~~!!」


 美波の言葉に感化された人たちが、兄になれと声をあげる。

 だけど僕にとって大切な義妹は美波だけ。

 美波だからこそ、僕は義兄としてやれている。

 他に妹は不要だ。だから、頼まれたとしてもお断りだ。


 ここでマイクのスイッチがオンに切り替わる音が鳴る。

 本宮先輩の手にマイクは握られているが構えてはいない。

 四姫花席に目を移すと、美波がマイクを構えている。


 手に持ったままだったようだ。

 美波はそのまま今日一番の声量で言った。


『だめ――!!』


 飛び交っていた声が落ち着き、視線が美波へ集まる。

 そしてもう一度、今日一番の声量を更新した。


『だめ――私の――義兄さん――なの――!!』


 何てことない。美波は僕が取られると思って不安になったのだろう。


 心配することないのに。


『むぅぅっ――めっ――!!』


 最後に頬を膨らませ、怒った表情をさせる美波。

 美波、それは……義兄の目から見ても心臓が跳ねた。


 つまり可愛いということだ。


 身内である僕にも影響があったのだ。生徒たちは……うん。

 何度目になるか分からないが、膝から崩れ落ちている生徒多数。

 多分だが立ったまま気絶してそうな生徒も多数見える。


 国井さんに教わった言葉だが、『キュン逝』したのだろう――。


『ははは……素晴らしい兄妹愛からの、可愛い嫉妬。不覚にも私も胸を撃ち抜かれてしまったよ。何とも末恐ろしい義兄妹だろうか、今後が増々楽しみになったよ。――と、いうことで、冬姫様、ありがとうございました。これで四姫花全員の挨拶が終了となったため、象徴をモチーフにあつらえた徽章の贈呈に移らせてもらいましょう。恐れ入りますが春姫様、夏姫様、秋姫様、冬姫様――中央までお願いします』


 呼ばれた4人が立ち上がり、中央へ移動する。

 さらに僕とは反対側の壇上袖から生徒会役員が現れ、四姫花の前に立つ。


 美愛さんの前に冨久山先輩。

 美海の前に亀田さん。

 月美さんの前に本宮先輩。

 美波の前に広野入さん。


 そしてそのまま、本宮先輩の合図に徽章が手渡され、最後に盛大な拍手が鳴り響き、あっさりと徽章贈呈式は終了となった。


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