第208話 運命の後夜祭が始まりました

 文化祭では、例えば売上1位もしくは来客数1位を達成できたとしても、前期末試験や体育祭で付与されたような特典を得ることはできない。


 飲食店を出すクラス、何かを展示する部活動など、異なる出し物で優劣をつけ合うことや競い合うことが難しいといった理由だ。


 それに加えて、営利に走らず、純粋に文化祭を楽しんでほしいといった願いも込められている。


 では、文化祭で得た利益についてどうなるかというと。

 事前に生徒会へ提出された計画等から予想収益を計算し、すでに今回の萌え季祭で一部が使われている。


 残りの利益については学校、生徒会が回収して翌年の文化祭予算に回すそうだ。


 次の疑問として利益の一部が今回の文化祭で何に使われたかというと、体育館に入場する時に配られた望遠鏡キーホルダーだ。


 何故配られたかの理由については、後夜祭開催時挨拶で生徒会から利益の一部を使用したと説明があった。だが、どんな目的で作られたかは後の楽しみと言うことで、謎のままだ。

 分かることが増える程、謎も増すばかりだ――。



『いやぁ~、皆さん大盛り上がりでしたね。名花の令嬢? いえいえ。傾国の美女と言ってもいいくらい圧倒的な”美”でしたね~。私も女ですけど、嫉妬することすら、おこがましいと思える程でした。男性にしておくのは勿体ない。そう思わんばかりです。男子の皆さん? 平気ですか? 新たな扉を開いて目覚めたりしていませんか~?? 目覚めても致し方ないと思いますので安心して下さいね!! っと!! いうことでっ!!!! 第一回目から伝説となった男装女装コンテスト総合優勝者は1年Aクラスの幡幸介ちゃんでした~~!!!! あ、写真部の方々。バッチリ撮れましたか?』


「「「「「――バッチリで~~す!!!!」」」」」


『ありがとーございます!! では、幡幸介ちゃんに感想を聞いてみましょう!!!! 幸介ちゃん、総合優勝した今のお気持ちをお願いします』


 壇上でノリノリに司会進行する白岩さんから、マイクを向けられる僕の親友。


 少し脱線するが、今思い返すと、体育祭のリレーで体力を使い果し倒れ込んだあと、ノリのよかった司会の正体も白岩さんだったかもしれない。


 今さらだが。


 それで、どうしてあの場に幸介がいるかというと。

 書道室を片付けている途中、生徒会に呼ばれていなくなった幸介。

 戻ってこないことに心配していたが、まさかこんなことに巻き込まれていたとは……不憫に思う。


 ちなみに順平も参加していて結果は3位。

 中々の美人さんだったと思うが……どうして立候補したのか気になるから、あとで感想を聞いてみたいと思う。


『あのぉ~? 幸介ちゃん? 感想を言わないといつまでも衆目に晒されますよ? あ! もしかしてそう言ったご趣味がおありで??』


『あ……穴があったら入りたい……』


 両手で顔を隠す幸介。その仕草に女子たちが……あ、いや、一部の男子からも息を飲む雰囲気が伝わってきた。


『仕草までもが女の子!! まさにキュート!! 可愛いの塊り!! 幸介ちゃんを出会わせてくれてありがとーって叫びたい!!!! あ~まだまだ見ていたくなるほど名残惜しいですがっ! 宴もたけなわ、第一回男装女装コンテストを終了いたしま~す!! 総合優勝の幡幸介ちゃんには特典として後日、今では入手困難。有名店のスイーツバイキングペアチケット券をプレゼント致します。あと、素晴らしいメイクを担当してくれた国井さんには、特別賞として個別に何かご用意しておきま~す。参加してくれた皆さん、ありがとうございました!! では、次にいってみようっ!!』


 大きな拍手が鳴り響く中、参加者が壇上裏へ姿を消していき、最後に幸介の姿が見えなくなる。


 高校生になり、中学生の頃よりも体付きが男性らしく成長して中学生の頃よりも女の子と間違われることは減ったが、壇上にいた幸介はとてつもない美女だったな……。


 まあ、それを考えるとこの結果は当然と言えば当然の結果だろう。

 とりあえず、お疲れさま……いや、ご愁傷さま幸介。今度何かご馳走してあげるよ。


 と、心の中で労いの言葉を送る。


 ちなみに男装部門の優勝者は2年Dクラスの新屋敷あらやしき木喬ききょう先輩だった。


 女子生徒たちの黄色い声援も凄かったし、男装の麗人と言われてもおかしくないくらい綺麗な人だった。


 まあ、もしも美波が出ていたら結果は異なっていたかもしれないが。


 特に説明があった訳でないが、恐らく四姫花候補の4人は、発表されるその時まで裏で控えていると思われる。


 そのため、コンテストには参加出来なかったし、参加させられなかったのだろう。

 でなければ、間違いなく盛り上がる4人が参加していないのはおかしいからな。


『それでは、準備が整ったので第一回未成年の主張を開催いたします!! 自らの思いを主張したいと言う、記念すべき1人目は…………………………………………………………私だよっっっ!!!!!! ちなみに言っておきますが、好きで立候補した訳じゃありませんよ? 流れを作るため、さくら的な演出として、半ば強制で主張することになったんです!! あとが怖いので誰に命令されたとかは言えませんが、察してください!! つまりこれは私の犠牲の上で成り立っています。だから皆さん、どうか、私が主張したあとに、どしどし続いて下さいね? でなければ私、泣いちゃいますから!!』


 正直な告白に会場の笑いを引き出す。

 白岩さんは司会が上手だな、僕には到底真似することができない。


 そういった面では素直に尊敬する。

 だがこれは、事前打ち合わせと違う。

 男装女装コンテストの後は四姫花の発表に移るはず。


 どういうことだ?


『では早速ですが、ちょっぴり恥ずかしいですけど、主張させてもらいま~す!! と、言うことで……』


 スゥーッと息を深く吸い込み音をマイクが拾い、けれどマイクは使わず一気に吐き出す。


「いちねーーん、Aクラスのーー、八千代郡くーーーーん!! 壇上まで来てくださぁぁーーーーいっっ!!!!」


 え……は、え? 僕?


 何それ、そんな段取りは聞いていないし、クラスメイトから、いやもしかしたら全校生徒から一斉に視線が届いてきている。


 えっと、行かないと駄目かな?


「いないのかーーーー!? いいや、見えてるぞぉーー!! は~や~く~、こっちきてぇぇーーーー!!!! つーか、時間押してるから早く来いッッ!!!!」


 ザワザワと『早く行けよ』だとか、『呼ばれてるぞ』だとか、『空気読めって』だとか、声が聞こえてくる。


 ……仕方ないけど行くしかない。


 というよりも、本当に行くしかない状況だ。

 でなければ盛り下がってしまうし、こうして僕を呼んだということは、何か火急を要する問題が発生した可能性もある。


 そう考えると嫌でも行くしかないため、腹を括り、列からはみ出で前に進む。

 幸いにも1年生は壇上に近い位置に整列しているから、すぐに白岩さんの元に辿り着く。


 壇上に立つと、綺麗に整列されているのがよく見える。

 壇上から見て前列から1年生、中列に2年生、後列が3年生といった並びだ。

 右側の壁伝いに恐らく来賓、そして教員が並ぶ。


『あぁー、あぁー。マイクテスッ、マイクテスッ。はいっ、ここからはマイクを使わせてもらいますね~。ではでは、時間もありませんし率直に主張致します。八千代郡さん、私はあの日、生徒会でこき使われ、風紀委員会にもこき使われ、本当に疲れていたんです。誰も労ってくれず、褒めてもくれない。私は限界に近かったかもしれない。でもそんな時!! 貴方は、私に優しい言葉を掛けホットアイマスクを手渡し労ってくれました。私はその日から、貴方に夢中です。アイマスクで前は見えませんが夢中です。だから……』


 話を聞いている流れから察するに、これは告白のシーンなのかもしれない。


 未成年の主張って、ジャブとかすっ飛ばして、いきなりこんなメイン張る主張から始まらないと思う。


 いいのかな、

 これだと後に続く人が出てこないのでは?


 それにさ、この告白……絶対に冗談か何かでしょ。

 変な冗談挟んでいるし、何より白岩さんが笑いを堪えている。


 もしかしたら、遠くから見ると肩を震わせている白岩さんが涙を堪えているようにも見えるかもしれないが、これだけ至近距離にいれば一目瞭然だ。

 火急の要件があると考えていただけに、肩透かしを食らった気分だ。


『だから私と望遠鏡を交換してもらえませんか?』


 え、望遠鏡? どういうことだ?


 理解が追い付かず頭を悩ませていると、壇上袖から出てきた亀田さんにマイクを手渡される。


 そして戻って行く。

 来たついでに説明が欲しかったんだけどな――。


『えっと、白岩さんごめん。色々と理解が追い付かないんだけど……望遠鏡の意味から教えてもらってもいいかな?』


『はい、ご説明いたします。望遠鏡の交換、それが意味するのは――』


 白岩さんは、僕へ向いていた体を壇上の外、つまり全校生徒に向け直し説明し始めた。


 女子の間で流行っている望遠鏡のジンクス。

 聞けば、想い人や大切な人に望遠鏡を送り、それを受け取って貰えたら思いが通じたといったジンクスらしい。


 そして今回、生徒会がその流行りにあやかり望遠鏡のキーホルダーを全校生徒分用意して、ジンクスも多少アレンジして、イベントに組み入れたと。


 日ごろ感謝している人や、好きな人、大切な人に望遠鏡キーホルダーの”交換”を申し出る。

 見事交換が成立すれば、思いが通じた証となる。

 交換の理由が好きな人ならば、恋人になるといった内容だ。


 そして、今回の未成年の主張で見事交換が成立した人には、後日生徒会からお揃いの双眼鏡キーホルダーがプレゼントされるらしい。


 ちなみに配布された望遠鏡は、専用の付属品を購入すれば一つの双眼鏡になるらしい。

 恥ずかしくてこの場に立てない人などは、無理せず、後日購入してくださいとしっかり宣伝まで入った。


 つまりこれは――。


『勘の良い人はすでにお気づきかと思いますが、私の主張は説明の場となるデモンストレーションでした!! パチパチパチパチ~。あ、郡くん。お手伝いありがとうネ!!』


『いえ……お役に立てたなら何よりです』


『あ、でもでも!! こき使われている話や、郡きゅんに癒されたって話は本当だヨ? だから、頭撫でてくれてもいいんだヨ? むしろ、お願い!! 私に癒しをちょうだい!! 頑張るから、約束するから、私を褒めて!! 約束のしるしとして望遠鏡を交換してください!!』


『あ、これはつまり何か約束を結ぶ時に交換すれば、証明みたいにもなるってことなんですね。白岩さんは頑張っているから、受けてもいいかなって思わなくもないですが……だが断らせてもらいます』


『何の打ち合わせもなく急に呼んだのに、説明の補足!? さらに漫才のようなやり取り!? 私は結構真面目に――』


『あ、時間も押しているし次行きましょう』


 と、ここで体育館に小さな笑いが広がった。


 冗談を言ったつもりはなかったが、笑いを取れたことに少し気持ちよく感じてしまった。

 だけど気付いてしまう。いや、気付いていた。

 この未成年の主張は、今やるべきイベントではない。


 そして、僕の考えを証明するかのように、会場の盛り上がりが一転する。


 ――恋愛行為禁止なんじゃないんですかー!?

 ――主張したくても校則のせいでできませーん!!


 と、言葉は違えど、ほとんど似た内容で不満の言葉が生徒たちから届いてくる。


『はいは~い、静粛に。静かにして下さい。もちろん、生徒会も把握しておりますし、考えもあります。そのため、順番を変えて先に……これから四姫花を発表したいと思います。では、本宮生徒会長お願いします』


 柔和な笑顔を浮かべた本宮先輩が、静かにゆっくりと壇上の袖から中央へと歩いてくる。


 その本宮先輩に目線を向けていると、白岩さんから小声で話し掛けられる。


「(郡きゅん。超緊急の話があるから、何も聞かずついて来てネ)」


 本来なら、男装女装コンテストの後に四姫花発表、下剋上を起こし、そして未成年の主張といった流れで後夜祭を進行すると聞いていた。


 だからやはり、何か問題が発生したのかもしれない。

 そう考えが至り、コクッと頷き、マイクを本宮先輩に手渡した白岩さんの後に続き壇上の袖へと移動する。


 そして完全に姿が隠れた所で、白岩さんが言った。


「元生徒会の2人が離反したみたい。どうしようネ、郡きゅん」


「……それは確かな情報?」


「そだヨ。後夜祭が始まる直前に本宮先輩から聞いたからネ。これが離反の理由か確かじゃないけど、横塚先輩は結構本気で向日葵が好きだったみたいだヨ? 本宮先輩は、このタイミングを狙ってバラしたんじゃない? 郡きゅんと向日葵の関係。ちなみにちなみに、強引な司会進行の変更で、多分私の裏切りもバレたカモ? まぁ、直前に話すくらいだから、もっと前から疑われていた可能性もあるけどネ」


「……分かった。教えてくれてありがとう」


「他ならぬ郡きゅんのためだからネ。でも絶体絶命のピンチじゃない?」


「白岩さんは月美さんから聞いている? 最後の手」


「えっと、詳しくは聞いてないけど……私と祝はネ、郡きゅんの口から最後の手って言葉が出た後にこう聞き返せって言われているヨ? 作戦名”諸刃の剣”ってネ?」


 これから四姫花の発表が始まる。

 そのため月美さんは自分が動けなくなると考え、用意してくれていたのだろう。


 月美さんの準備のよさに感嘆の思いとさせられるが、ネーミングセンスが絶望的だ。

 ついで言うと、ドヤ顔で作戦名を口にしている姿も浮かんでくる。


「……月美さんの合図でいつでも始動出来るように――準備しておいてもらってもいい?」


「よく分からないけど、りょーかい。でもネ、祝と連絡が付かないんだけど、郡きゅんは何か知ってる?」


 そういえば『先に行ってて』と言った山鹿さんの姿を、書道室で別れたきり目にしていない。

 クラスの列に整列していると思うが、ハッキリと分からない。


 そのため、白岩さんには首を横に振り分からないと返事する。


「そか……1人だと大変だけど”諸刃の剣作戦”の準備してくるヨ。頑張るから、後でご褒美頂戴ネ、郡きゅん?」


 今度は首を縦に頷き返事する。

 嬉しそうに『ヤタッ!』と小さな握りこぶしを作り、去っていく白岩さんを見送り、1人たたずみ壇上に目を向けると。


「「「「「「「「「「――わああぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


 これでもかといったように、体育館中に大きな歓声が響き渡る。


 白岩さんと話している最中でも聞こえていたが、すでに四姫花の発表、紹介が済んだようだ。そのため、会場が最高潮に盛り上がっているのだろう。

 そしてこの後は、四姫花の挨拶が始まり、それが終わるといよいよ下剋上を叩きつける流れとなる。


 美海や莉子さんと腹を割って話せたことで、勝利は目前。そう、確信していた。


 だがそれは慢心であり、隙を突かれ、またもや足元を掬われたということだ。


 白岩さんは司会進行役。

 それに、四姫花の近くには生徒会役員が控えているから、伝えることも出来なかったはず。だから今の状況は美海たちも知らない。つまりは僕が何とかするしかない。


「この手は使わずに終わらせたかったな――」


 最後の手、それは作戦の名の通り自分すらも傷つく”諸刃の剣”そのものだからだ――。

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