第205話 ハーレムなどイチミリも望んでいない


 書道部員は5人。山鹿さんという1人の手伝いを含めると計6人。

 11時から1時間ごとに3人ずつ休憩、つまり自由時間を取ることに決めてある。

 最初の1時間に留守番となるのが僕、美海、山鹿さん。


 自由時間となる3人が幸介、莉子さん、佐藤さんとなっている。


 昨日の出来事を考えると、莉子さんたち3人一緒なことに不安を覚えるが、莉子さんと佐藤さんはクラスメイトと合流して回るようだ。


 幸介はというと、文化祭らしく彼女と回る。つまり――。


「おし。じゃあ、先に遊んでくるな!!」


「しっかり、美波のエスコート頼んだよ」


「……俺の休憩半分やるから、代わりに郡がエスコートしてくんね?」


「彼氏でしょ? 美波をエスコート出来るのは栄誉なことで、彼氏の特権なんだから。それが嫌ならとっとと別れる」


 そんなに嫌なら、偽装交際など止めてしまえばいい。

 言い争いする2人を見るたび、似たようなことを言ったが、2人は決して別れたりしなかった。


 僕の勝手な想像だが、2人の仲が進展する何かがあったはず。

 だけど今までのこともあり、お互い素直になれない。

 美波の待ち受けを見た時から、僕はそう解釈している。


 何か言い返すことも出来ず、困ったように右手で頬を掻く幸介。

 その右手を掴む佐藤さん。


 さらに左手を莉子さんが掴み、2人で幸介を引っ張り、『美波ちゃんの所へ連行してきます』と言って書道室の外に出て行った。


 さらに山鹿さんも立ちあがり『手洗い』とだけ言い残し、退出して行く。

 だがすぐに戻って来て僕に言った。


「八千代郡、私がいないからといって羽目を外さないように」


 相変わらず信用がない。

 返事を戻すと何も言わず、今度こそ去って行った。

 すると、入れ替わるように4人の新たなお客様が書道室に入ってくる。


「よっ!! 美海に郡!! 来てやったぞ!! てか、とんでもないイケメンが莉子ともう1人の可愛い女の子を両手に花してたけど知り合いか? あと、巫女もいたな巫女!! 文化祭って感じでいいなぁ!!」


「美海ちゃん、郡さん。本日はお誘い頂きありがとうございます。高校に足を踏み入れるのは久しぶりで、少しワクワクしますね」


「こんにちは。美海、郡くん。今日は誘ってくれてありがとうね。子どもが2人いてゆっくり見て回れるか心配だけど、楽しませてもらうわね」


「「子ども2人?? 1人の間違いだろ(でしょ)??」」


 挨拶順に万代さん、紫竹山さん、新津さん、『空と海と。』の従業員だ。

 その3人よりも後ろに下がった位置で、柔和な笑顔を浮かべた美空さんが手を振りながら立っている。


 今日も相変わらず美しい。


 さっきは里店長とのバタバタで落ち着いて見ることが出来なかったが、今日の美空さんは外行の服装をしている。


 だから余計に美しく見えるのかもしれない。

 あと、万代さんと紫竹山さんは精神年齢が幼いから子供と言われても仕方ないと思う。


「雫さん、香さん、真弥さんいらっしゃい!! 雫さんが見たイケメンと、両手に花のもう1人の女の子は同じ書道部の友達だよ。巫女さんもクラスの友達で、書道部のお手伝いしてくれている子だよ」


「皆さん、こんにちは。イケメンの男の子は僕の昔からの友達であって、さらに言えば義妹の彼氏だから、手、出さないでくださいね? 特に万代さん」


「おぉ~、言うじゃねーか郡? だけど安心しろ。俺は年上がタイプで、ガキには興味ない」


 万代さん本人の精神年齢が幼いからな。

 だから本能的に年上の包容力を求めてしまうのかもしれない。


「真弥さんの言う通り、しーちゃん子供だから年下は無理なんだよね~?」


 僕と同意見の突っ込みを入れる紫竹山さん。


「おいっ!! 新妻やが変なこと、言う、か、ら…………」


 何度目になるかも分からない禁句を口にして地雷を踏み抜く万代さん。

 本当に学習しない。


 残念具合は里店長といい勝負かもしれない。

 鬼の形相を浮かべた新津さんに、何故か紫竹山さんも巻き込まれ怒られている。


 アルバイト先でよく見る光景を学校で見ていると、どこか落ち着かない気分となってくる。


 ここで、美空さんが近くに寄ってきたので顔を向けると、頬をツンとつつかれる。


「郡くん。お姉さんも来たぞっ。さっきは里ちゃんのせいで聞けなかったけど、どうかしら? 今日の私は。郡くんの好きそうな服装でまとめてみたのだけれど?」


 どこか幼い笑顔をしていたかと思えば、次には妖艶な表情で服装の感想を求めてくる。


 これがギャップ。

 これこそが大人の魅力だと里店長に教えてあげたい。


 さて、服装について。

 普段の美空さんは職場と自宅が近いこともあり、シャツにパンツなどラフな服装を選ぶことが多い。


 だが今日は、ハーフネックのニットにギャザー見えしたチェックのスカートを着用している。


 どちらもグレー系の色だが、ブラウンのショルダーバッグと同じくブラウンのブーツで綺麗にまとめられていて、秋らしい装いでとても素晴らしい。


 僕の好みを何故知っているのかと不思議で仕方ないが、僕が女性を見て可愛いと思う服装と一致している。


「えっと……一生懸命考えてくれるのは嬉しいけど、そんな真剣に上から下まで見られると、お姉さんでも、ちょっと恥ずかしいな?」


「ああ、すみません。あまりにも似合っていて、つい。ピシッとした服装も格好良くて似合うと思いますけど、美空さんはこう、なんでしょう……ふわっとした服も似合っていて、とっても可愛いです」


「ふふふっ、ありがとう。気合を入れた甲斐があったかな。ちなみに、郡くんの好きな服装であっているってことでいいのかな?」


 敢えて言わなかったが、美空さんには見逃してもらえなかったようだ。


「そうですね、そういうことだと思います」


「だって。美海ちゃん? 今度一緒にお洋服買いに行こっか?」


 顔を向けると、左後方に美海が立っていた。

 美空さんに集中していて気付かなかった。


「いいなぁ、お姉ちゃん。私は背も低いから、こう君の好きそうな服着ても似合わないと思う」


「え、そんなことないでしょ? 美海にも絶対似合うって。着てくれるなら、見てみたい」


 美海はスカートよりもパンツ、帽子を被ったりと、どちらかというとボーイッシュな服を着ていることが多い。


 だけど、間違いなくスカートとか可愛い服も似合う。

 というか見たい。

 見られるなら全力で肯定するし、全身全霊に傾けて褒めちぎる所存だ。


「ほんとうに? 似合うかな?」


 僕のブレザーの袖をちょこんとつまみ、自信なさそうな目を向けてくる。


「可愛い。あ、いや間違えた……って間違えていないけど、うん。自信をもって言える。絶対に似合うし、絶対に可愛い。と言うか見たい」


「ふふ、変なこう君。でもそれなら……今度お姉ちゃんとお洋服買ってくるね?」


「楽しみにしているよ」


 あたかも新しく購入した服を着た美海を見られるのが当たり前といったように返事をしてしまい、『あれ、見せてくれるよね?』と不安がよぎったが、余計な心配だったようだ。


 すぐに『うんっ!!』と返事が戻ってきたからな――。


 美空さんのおかげで、また楽しみが増えた。

 早く可愛い服を着た美海を見たい。


 そしてたくさん褒めたい。

 ニコニコする美海と目を合わせながら、そう考えていると――。


「あの? 美海ちゃんと郡くん、お姉さんを置いて2人の世界に入らないでほしいな? 一応、今日の私はお客様だよ? 寂しくて泣いちゃうよ?」


 僕も美海も視線を互いの目から外し、美空さんを見る。

 そして新たに気付く。


 その後方から3人分の、なんとも厭らしい揶揄うような視線が届いていたことを。

 こういう時は、何か言われる前に話を逸らすに限る。


「皆さんは、おみくじ引かないんですか?」


 まあ、話を逸らしたからといって成功するとは限らない。

 それはつまり結局――。四方を囲まれ揶揄われてしまったということだ。


 僕を囲む美海も一緒に揶揄われている。

 眼前に残念コンビ、後ろは新津さん、右に美空さん。

 全員が見目麗しく、そのため事情を知らない人が今の僕を見たらハーレムくそ野郎と感想を抱くかもしれない。


 耳を赤く染める美海を見て可愛いなと考えていると、足音が聞こえてきた。

 囲まれているためハッキリと姿は見えない。


 だが、隙間から朱色と白色の巫女服らしきものが見えた。

 手洗いから戻ってきたのだろう。


 でも、そうだな……うん。覚悟しよう――。


「八千代郡は本当にバカ。屑、野獣、屑屑屑屑、淫獣!! 絶ッッ対、呪うッッ!!」


 僕はハーレムなどけして望んでいない。

 けれど、羽目を外しているこの状況を見られたら何も否定できない。


 結果、いつかカラオケ屋で聞いた時と同じくらい、

 盛大な呪いを掛けられてしまうことになった。

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