第204話 里さんは幸せ者です

 文化祭初日、書道部は残念な結果となってしまった。

 客数が伸びなかったことはもちろん、莉子さんは古町先生にこってり絞られ、さらに山鹿さんの件を密告された僕もこってり絞られてしまったからだ。


 だけど1年Aクラスに関して大成功と言ってもいい結果となった。

 あの後も客足が衰えることなく、むしろ――。


 ――文化祭なのに本格的でめちゃくちゃ美味しい。

 と、食べた人から口コミが広がり、客足が増えたのだ。


 そのため途中、並ぼうとするお客様を断ることとなってしまった。

 目標にしていた100食、それが全て完売したということだ。


 今朝、書道部のみんなと山鹿さんでカレーを仕込んでいる時、今日も完売するといいねって話も出たが、昨日と違って今日は平日。


 さらに今日は、クラスや部活動が出す模擬店は1時間短縮され14時まで。

 14時から清掃となり、その後に後夜祭が始まる。

 これらを踏まえると、完売が難しいと思われる。


 昨日完売したおかげで、赤字の心配はなくなった。

 あとは、楽しむだけで十分じゃないか。

 それでも、欲という物は出てしまう。

 本音を言えば完売させて気持ちよく終わりを迎えたい――。


 カレーを作りながら、そんなことを考えていると、生徒会から校内放送でサプライズ発表がされた。


『おはようございます。生徒会から全校生徒の皆さんへお知らせいたします。本日、時刻は15時。場所は体育館。後夜祭の場で、皆さまお待ちかねとなっております、第四代目となる四姫花を発表いたします。また、それに合わせて、別の発表もございます。発表の結果次第では、初代名花高校生が起こした伝説。それをも超える可能性がございます。ですので、どうぞ、期待してお待ちください。最後に、ケガのないよう、萌え季祭2日目を楽しみましょう!!!!』


 と。

 声からして白岩さんかな、多分。


 カレーを作り終え、教室に戻るとクラスメイトたちから応援してるぞ、頑張れ、伝説の扇動者等、散々揶揄われた。


 僕が風紀委員長を狙っているという話を、美海から聞いたクラスメイトたちは都合よく解釈し、僕、八千代郡がブラック校則を廃止するために立ち上がったと思っているようだ。


 間違えちゃいないけど、間違えている。

 ブラック校則を実行させたのは僕だからな。

 あとでしっかり勘違いを解いておかないと、大変なことになりそうだ。


 ちなみに今僕が何をしているかというと、里店長と結んだ約束を果たしている。

 朝一番の30分間、一緒に校内を巡るといった約束だ。


 これが終われば、次は美海とだ。

 それを希望に、酒臭い里店長と並んで歩いているという訳だ。


「ちょっと里店長、抱き着かないでください。あと、昨日も飲んだんですか? 臭いです」


「えぇぇ~~?? 今日くらい、いいじゃんかよっ!! 当ててやるから今のうちに大人の魅力をたっぷり味わっていいんだよ!? てか、役職名付けて呼ばないっ!! 今の郡はあたしのパートナーなんだからさ!! 酒臭いって言うのも厳禁!! だって今日はあたしへのお礼なんでしょ~??」


 ニヘニヘと笑う憎たらしい表情だ。

 約束をした時はそれくらいならって思ったが、失敗したかもしれない。

 酒臭いのはもちろん。何度も言うが、里店長は美人なのだ。

 残念な性格をしているが、人目を惹く器量をしている。


 そのせいで、一緒に廊下を歩くだけで大注目。

 おまけに人の気も知らないで、抱き着いてくるから余計に注目されている。

 出来るなら人の少ない所を回りたいが、それも不可能。

 あと、里店長では当たっているかよく分かりません……。


「んじゃあ、最初は5階……って思ったけど、つまらないから6階からな!! 図書室行ってー、次に7階歩いてー、8、9、10って感じで!!」


「そんなに回れる時間ないですよ? せっかくの文化祭なんですから、どこか気になる催し物ないんですか? そこへピンポイントで行った方がよくないですか?」


「馬鹿だなぁ、郡は! 初ちゃん、美緒ちゃん、鈴、美愛、そして最後に美空と妹ちゃん。働いているみんなを前に、いいだろ~って、見せびらかせたいから図書室から順に回るんだぞ!! 模擬店なんてあとあと!! そっちはあとで初ちゃんと回るから!!」


 僕が言うのも何だが、煽るようなことばかりする生き方をしていたら、そのうち後ろから刺されそうだ。


「里店長って猫被ったりないんですか?」


「だ~か~ら~!! 役職名はいらないって!! あと猫? 無理無理。だってあたし正直に生きているから!!」


「…………確かに、里さんは正直者って感じですね」


「でっしょ~?? あ、着いたね!! うーいちゃん!! やっほ~!!」


「もぉ~、里先輩うるさぁ~い。図書室ではしーってしてぇ~? 八千代くんもぉ、ちゃ~んとぉ、里先輩に~、首輪付けてあげてぇ~?」


 首輪って、女池先生も中々に里さんへの扱いが酷い。

 古町先生同様、里さんからきっとたくさんの迷惑をこうむられたのだろう。


 今も、さっき僕が聞かされた話を延々と繰り返し聞かされている。

 その絡みかたは、まさに僕が抱く酔っ払いへのイメージそのものだ。


「もぉ~、分かったからぁ~。というかぁ~、里先輩くさぁ~い。まぁた、お酒飲んできたのぉ~? もぉ、出禁よ、で~き~んっ。八千代くんお願ぁ~い、早く連れてってぇ~」


 ――酷くないっ!? 後輩が冷たい!?

 と、叫んでいる里さんを引っ張り、図書室を後にする。


 何だろう、この人の将来が心配だ。

 放っておけない、矯正したくなる気持ちが湧いてくるが、身を亡ぼすほど危険な考えかもしれない。


 古町先生に出来なかったのだ。

 間違いなく僕には手が余る。

 変な気の迷いなど今この場で捨ててしまった方がいい。


 消臭スプレーを振り撒くような音を背中で聞きながら図書室を後にした僕らは、次に1年生の教室が並ぶ7階を歩き、Aクラスに立ち寄り、古町先生からは『八千代君、ご苦労様です』と言われ、


 2年生の教室が並ぶ8階で鈴さんに遭遇すると、『千代くん、後で飲み物でも差し入れましょう』と言われ、


 3年生の教室が並ぶ9階で美愛さんには、『やっくん、後でたっぷりサービスしてあげるね』と言われ、


 そして最後の10階書道室では、山鹿さんから『の……ろわない』と言われ、

 美空さんからは『美味しいご飯、作ってあげるね』と言われ、


 美海からは『好きなだけ膝枕してあげるね』と言われた。


 そして7階に戻ってきてようやく地獄のような30分が終了となる。

 皆、共通していたことは、僕に優しかったこと。


 そして里さんに対して憐憫な眼差しを向けていたということだ――。


「あ~、満足満足! みんなの目、あれは絶対悔しがってたよな?」


 どこをどう見ても悔しそうな目には見えなかった。

 里さん、視力いいはずなんだけどな。


「…………里さんは幸せ者ですね」


 これも一つの幸せの形かもしれないが、僕は別の幸せの未来を探したい。


「だっろ~?? じゃあ、あたしは初ちゃんとこ行ってくるから!! 30分付き合ってくれてありがとな、郡! 愛してるぞ!!」


 飛んできた投げキッスを避けるため思わず一歩横にずれる。

『酷い!!』と叫んでいるが、大して気にした様子もなく大きく手を振ると、僕に背を向けた。


 羨望または嫉妬を含む視線を感じつつ、階段へ向かい歩く里店長の姿が見えなくなるまで見送り、ため息に近い本音が一言漏れ出てしまう。


「疲れた……」


 すると今度は後ろから、痛いと感じる、その手前くらいの強さで肩を叩かれた。

 この絶妙な力加減には覚えがある。

 なんとなく当たりをつけ振り返る。


「よっ、郡。なんだ、すっげぇ美人と腕組んで歩いてんの見えたけど、彼女か? つかやっぱ年上がタイプなんだな?」


「元樹先輩、こんにちは。彼女じゃありませんし、別に年上が好きってわけでもないです。あの人は、うちのクラスに協力してくれている飲食店の店長さんですよ。協力してくれたお礼で仕方なしに校内を回っていたんです」


 最近は美海や莉子さんだけでなく様々な人に、僕が年上好きだと認識されているようだ。


 自ら宣言した訳でもないから不思議に思うが、年上女性と絡む機会も増えているため、その影響もあるのかもしれない。


「そっか!! でもあんな美人と回れたんならラッキーだったな!! 腕まで組んでさ? 嫌なら代わってほしいくらいだ」


 もっと早く声を掛けてくれたら、喜んでお譲りした。


「是非とも代わってほしかったですね。というか、元樹先輩には好きな人がいるんですから、そんなことは言わない方がいいんじゃないですか?」


「男のさがみたいなものだろ? つか、カレー食いに来たんだが入れるか?」


 浮気心を男の性と一括ひとくくりでまとめないでもらいたい。

 だが、案外、正直に生きている者同士、里店長と元樹先輩は相性がいいような気もする。


 恋人というよりは友人関係のイメージが強いかもしれないけど。

 それよりも今は新規のお客様をご案内するとしよう。

 見た感じ席も空いているようだし問題ないだろう。


「大丈夫です。このままご案内しますね」


「おう、頼んだ!!」


 いつものように屈託のない笑顔を浮かべ、元気な返事が戻ってきた。

 教室に入ると『いらっしゃいませ?』と、疑問の表情を浮かべた長谷に出迎えられる。


 きっと、僕が居るからお客様かどうかの判断に迷ったのだろう。

 長谷に事情を説明してから、元樹先輩を席まで案内する。


「じゃあ、元樹先輩。僕はこれで……と思いましたが、せっかくなので元樹先輩分のカレーだけ用意してきちゃいますね。それとも誰か別の女子に用意してもらいましょうか?」


「おまっ!? いや……んーそうだな……どうせなら四姫花に――」


「あ、今は居ないですし、そもそも当クラスに指名制はないのでご了承ください。ということで僕が用意しますね。あと今のは、本宮先輩にしっかり報告しておきます」


『ごめん、俺が悪かった』と反省の意を示す元樹先輩に、言葉は発さず会釈だけ送り、手を洗うため一度教室を出る。


 手洗い後、張りぼてキッチンカーの裏へ移動して、予備のエプロンを身に着け、カレーの準備に移る。


 準備と言っても、容器へよそい入れるだけだから大して手間はない。

 完成した品を元樹先輩に手渡し、先ほど受け取り忘れた代金をもらい、裏へ戻り長谷に預け渡しておく。


「じゃあ、僕は行くよ。もしも忙しくなったら呼んでね」


「ああ、さんきゅ。でも……今日は完売難しいかもな」


 開場後、1時間になるくらいだが、客入りは芳しくない。

 Aクラスだけでなく、廊下からもその様子は伺える。

 明らかに人が少ないのだ。


 祝日と平日でこうも変わるとは……カレーの配分を変えるべきだったな。

 来年の文化祭も飲食店を行うか分からないが、反省として覚えておこう。

 気休めに赤字は回避したからとだけ言い残し、長谷やクラスメイトと別れ、書道室へ向かう。


「――完売させたいよな」


 当校は屋内。そのため過度な呼び込みや校内放送は禁止されている。

 他に何かあるかと一晩考えてみたが良案思い浮かばず、最早神頼みするくらいしか方法がないように感じたのだ――。

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