第203話 謎は全て解けた
「中にいる山鹿さんに許可だけ取ってもいい?」
すると『チッ』と舌打ちして、僕を置いて書道室の中に入って行き、すぐに戻ってきた。
「許可はもらった。ほら、行くぞ」
あっという間の出来事で、本当に許可を得たのかと疑ってしまう。
だけど、五十嵐さんが僕を苗字で呼ぶということは、怒っている証でもある。
何だろうか、最近は揶揄うような真似はしていないし怒らせるようなことをした覚えもないけど……。
「ぼーっとすんなっ! 行くぞ」
「え、ちょっと五十嵐さん――」
僕の右手首を掴み、強引に引っ張り歩いていく。
そのまま同じ階にある小講義室Dに入ろうとするが鍵が閉まっていた。
次に隣の小講義室Cの扉に手を掛けると、今度は扉が開きそのまま連れ込まれる。
室内は物で溢れている。
臨時の倉庫か何かに使われているのかもしれない。
暗い室内に目を向けていると、五十嵐さんは扉を乱暴に閉め、さらには鍵まで閉めてしまう。
何がどうなっているのか、状況が全く読めない。
状況説明をしてほしい、そう声を掛けようとした時『ドンッ』と音が鳴る。
「おい、八千代。いつになったらあたしに協力しろって来るんだ? いくら待っても来ないからこっちから来てやったぞ」
「……五十嵐さん。随分と格好いいけど、五十嵐さんには彼氏がいるんだし女の子なんだから、足で壁ドンして男子に迫ったりしたら駄目だと思うよ?」
よく言えば壁ドン。だけど実際の所は、不良に絡まれている場面にも見える。
「おちょくってねーで、さっさと言え。それとも何か? 馬鹿にしてんのか?」
「いや、そんな短絡的に――」
「あたしじゃ協力できることがないってか?」
「だからそんなこと言って――」
「はっ。嘘ばっかり。小狡い八千代のことだ、何かしてほしいことがあればすぐにあの手この手で言ってきたはず。それなのに来ないってことは、そーゆーことだろ?」
正直に言ってしまえば、今本人が言ったように、五十嵐さんに頼みたいことはこれといって思いつかない。
生徒会や風紀委員会と知り合いという訳でもないし、クラスをまとめるのは美海と莉子さんで足りていた。
美海たちの目的がいまいち分からないため現状どうなるか分からないが、五十嵐さんに頼んで引っくり返すことも難しいだろう。
情報収集は鈴さんたちに頼めば問題ない。
だから本当に特別頼みたいことがないのだ。
返事も戻さず黙りこくってしまったことで、五十嵐さんは察し、ため息を吐き出しながら足を正しい位置に戻し、僕を解放させる。
「図星かよ。はぁ……まぁ、実際できること少ねーし、仕方ねーか。だけどあたしはこれでもズッ君にすっげぇ、感謝してる。だから下剋上して風紀委員長になりたいってんなら協力したいって思ったんだ。だけど迷惑だっ――」
「ちょっと待って五十嵐さん。僕が風紀委員長になりたいって? 誰がそんなこと?」
普段、何かあるごとに悪態付きながら僕の尻を蹴ってくる五十嵐さん。
そんな五十嵐さんの本音を聞いて、嬉しくなる気持ちがある。
だけどそれよりも――。
『風紀委員長になりたい』
僕はそんなことを一言も口にしたことがない。
「誰って、上近江しかいねーだろ? この間のだいこぉぉぉー……ん? じゃなかった。えーと、なんだー……ああ、そうそう。この間ミサンガをもらった日だ。まあ、正しくは今の横暴な風紀委員会を潰して、新しく作る風紀委員会に八千代が入るって言ってたかな? つまり下剋上ってことだろ? その日に、みんなの前でそう言っていたけど……違うのか? つか、横暴なのは八千代の策略なんだろ?」
だいこ……ん?
何に言い淀んだのかも気になるがそれよりも、どうして美海がクラスメイトの前で、そんなことを言ったかについて。
単純に考えれば、美海は僕を風紀委員長にしようと考えていることになるが、風紀委員長である鈴さんへ下剋上する意味がない。
勝負の内容は僕が本宮先輩に下剋上して生徒会長になるこ……と……。
「おい、ズッ君? 急に黙ったと思えば、今度は携帯なんて見てどうした? つか――」
「ねえ、五十嵐さん。ミサンガをもらった日、美海がみんなに何を話したか聞いてもいい?」
「あ、いや……あの日の話は基本的に内緒っつーか……今のも口を滑らせたっつーか、そもそも上近江本人が直接ズッ君と話すべきっつーか……」
なんとも煮え切らない態度でもどかしくなってくる。
「そこを何とか。言えることだけでいいから」
「あぁ~~…………じゃ、これだけ……ズッ君、上近江はどうしてもお前に騎士になってもらいたいんだとよ。だからアコーレドとかアーコーレードって言ったか? いや、もう分かんねーけど、そんなのを四姫花全員で達成させるって」
「……ありがとう、五十嵐さん。おかげで分かった気がする。持つべきものは友達だね」
「んだよ、気持ちわりーなぁ。つか、現金やつだな」
今日、心の中で欅さんに送った言葉が今度は僕が受け取る番となってしまったが、もう一度、五十嵐さんへ感謝の気持ちを伝える。
「五十嵐さん、今度何かご馳走させて。もちろん順平も一緒でいいから」
「別にいいってそんなの」
手でしっしとされたため、大人しく引き下がる。
これ以上言えばまた尻を蹴られるからだ。
けど後日、しれっと礼をすることを心の中で誓っておく。
それから僕は書道室、五十嵐さんは教室へ戻るということで、この場で別れを告げ解散する。
月美さんが言っていた四姫花特権でお昼寝委員会を作ること。
欅さんから伝え聞いた、三角形や騎士を超える騎士について。
そして五十嵐さんから聞いた、風紀委員会の解体、再編。
四姫花全員と言うことは、美愛さんや月美さんもこの計画に噛んでいる。
つまり、莉子さんや山鹿さんだけでなく味方と思っていた全員が、僕と異なる美海の思惑で動いていたってことか。
小出しするような情報開示の理由までは分からない。
僕が気付かなかったら、どうするつもりだったのか。
土壇場で教えてくれたのだろうか。
さまざまな疑問は尽きない。
まるで僕は道化のようにも思えるが、そうさせた理由の見当はつく。
今なら前に欅さんが美海のことを、『悪魔』と言った意味も理解できる。
だけどまあ、してやられたが逆に清々しい気分だ。
おかげでようやく、勝利へのビジョンが観えたのだから――。
「お帰り。遅かったけど何を話していたの?」
「ただいま。僕は最初から1人で踊っていたんだね?」
いきなりこんなことを言ったら山鹿さんのことだ、冷たい返事を戻してきたかもしれない。
だが山鹿さんは、驚いた表情をさせゆっくりと僕に顔を向け言った。
「…………言っておくけど、船引鈴は本気で八千代郡に味方している」
つまりは陽動的な意味で、鈴さんも使われたってことか。
「敵を欺くには先ず味方からってやつだ」
「そう。おかげで本宮真弓の目を逸らすことができた。で? 正しい選択は分かったの?」
「もちろん」
「答え合わせ。言って」
とりあえず、亀田さんと広野入さんを無理に引き込む必要がなくなった。
今すべきこと、それは――。
「三角形が大切ってことでしょ」
「……今日中にこれを見て。あと気を抜いて油断しないこと。それと気付くのが遅い」
どこから取り出したのか分からないが、1枚のDVDディスクを渡される。
何も書かれていないため、内容は分からないが夜にでも確認しよう。
それと否定されないということは、僕は正解できたのだろう。
だがせっかく正解したのに手厳しい。
それも山鹿さんらしいし、本当のことだから甘んじて受け入れるしかないが。
「放課後、美海と莉子さんを家に呼んで話をつける。山鹿さんも来て」
美空さんの計らいで、文化祭期間は休みをもらっている。
だから美海と莉子さんにも時間はあるはず。
「……私は――」
「あーちゃんも来い」
小さな『呪う』を受け取った後は、互いに無言となる。
そしてそのまま新しいお客様が来ることもなく、文化祭1日目が終了となった。
▽▲▽
「……なるほど、ね――」
俺がいくらお願いしても駄目な理由。
上近江ちゃんはすでにいたんだ。
騎士にしたい人が――。
「かー……。それがよりにもよって、元樹のお気に入りかよ」
元樹の裏表ない性格には何度も救われた。
あいつはそんなことをまるで感じてないが、俺は感謝してる。
だから元樹のお気に入りってんなら、
相手が男でも協力してやろうと思ったが――。
「知りたくなかったな」
事実など分からないまま手を貸せた。
面白そうなことしてんなって思えた。
生意気な真弓が負ける姿も楽しみだった。
俺が――。
約束を反故にすることもなかった。
「悪く思わないでくれよな――」
俺は――。
騎士の特権を利用してでも叶えたい夢がある。
上近江ちゃんにも結構本気なんだ。
『(ゆーじ)後夜祭が始まる前に話がある』
『(将平)了解した』
『(真弓)生徒会室でお待ちしております。人払いしておきましょう』
どちらにせよ騎士になることは叶わない。
夢も好きな人も手に入らない。
それなのにお前はその両方を手にする。
醜い嫉妬。それも承知の上だ。
悪く思わないでくれ、八千代郡。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます