第202話 文化祭って忙しい

 欅さんと別れてから裏階段で10階まで上がり、書道室の前まで到着したが、中に入ることができない。


 理由は単純だ。行列ができているからだ。

 美海から聞いていた話と違った様子に困惑してしまう。

 ただの行列ならば、その横を通り過ぎればいいのだが。


 さて、どうしたものか。


 並んでいるお客様は全員女子高生。

 横に広がっているグループもあり、躊躇してしまう。


 最後尾に並ぼうか、関係者特権で強引に入ろうか、考えていると肩を叩かれる。

 振り返ると、秋休みの時よりも見違えるように引き締まった優くんが居た。


「やっほ、郡くん」


「優くん。やっほ。来てくれたんだね。あと優くん、見違えたよ」


「そうかな? あれから頑張ってるから、そう言ってもらえると嬉しいな。でも……凄いね? 何だか並びにくくて、困っていたから郡くんが来て助かったよ」


 この中で男子1人並ぶには勇気がいる……ああ、だから女子しか並んでいないのか。

 誰か1人でも男子が並べば、それが呼び水となって状況が変わるかもしれない。


「僕も今来たとこだけど……並びにくいよね。佐藤さん呼んでくるから、優くんちょっと待ってて」


「え、郡くん!? 待って――」


 優くんの呼び止めをふり切り、女子高生の列の横を『通ります』と言いながら進入する。


 いくつかの視線は感じたがすぐに途切れる。

 名花高校の制服を着ているから関係者だと分かったのだろう。


 入口から三つある鳥居、それを越えた先にあるおみくじ場までなしている列の横を歩き進めると、女子の列ができている本当の原因が見て分かった――。


「次、撮りまーす。ほら、幡神主様。シャキッとして下さい。後がつかえます」


「ああ……」


「あ、お客様。先に500円お納めください」


 三つの鳥居の他に記念撮影用として、外れにバルーンで作った鳥居を用意した。

 その場所で、来訪したお客様と並び写真を撮られている斎服を纏った幸介がいる。


 撮影係は莉子さんだ。

 つまり、幸介目的に女子が集まってしまったのだろう。

 何枚撮ったか分からないが、幸介は朝よりも若干やつれたように見える。


 ひと先ず、おみくじを引く人から初穂料の300円を受け取る佐藤さんへ声を掛ける。


「佐藤さん、お疲れ」

「八千代っち、やっほ」


「あ、うん、やっほ……って、こんなサービスなかったよね? どうしたのこれ?」


「いやぁー……幡くんのファンの子がいてね、最初は断ったんだけど……どうしてもって。だから莉子ちゃんが『初穂料をお納めくだされば』って言ってね? 多分、断るだろうと思ったんだと思うよ? でも、その子納めちゃって……そうしたらさ~、次から次へと『私も! 私も!!』って……そこで莉子ちゃんにスイッチが入ったというか、商魂に火が付いたというか、暴走を止められる八千代っちや美海ちゃん、山鹿っちもいなくて、なんかこうなっちゃった……やっぱし問題、だよね?」


 唖然だ唖然、問題しかない。


 文化祭で作られた仮の神社といえ、そこで商魂に火をつけてどうするんだよ、莉子さん。


 本当の神職でもない僕らがそんなことしたら罰が当たるって。

 それに本物の巫女でもある山鹿さんにバレたらただじゃ済まない。


 想像したくないけど、少なくとも『呪う』と言われることは間違いない。

 というか、美海が離れた後の出来事と考えたら、たった1時間足らずでここまで人が増えたってことか。


 いや、それは不味い。


 このまま続けたら大変な騒ぎになる可能性が高い。

 それに下手したら千枚のおみくじもなくなってしまう。

 それだけで30万円……写真撮影も含めたら……うん。考えたくもない。


 今回書道部は、文化祭で配賦された予算にほとんど手を付けていない。

 そのため、納められた金額が丸々儲けとなってしまう。


 文化祭は営業活動じゃない。

 一刻も早く止めるための対策をとらないといけない。


 優くんには悪いが、対策している間、佐藤さんにはおみくじ担当を続けてもらう必要があるな――。


「佐藤さん、このままこの場をお願いしてもいい?」


「うん、分かった。ごめんね、余計な手間増やしちゃって……」


 本当は今すぐにでも止めたいしお金も不要だと言いたいが、不公平となってしまいクレームが発生する。


 余計な騒ぎはケガの原因にもなる。

 だから並んでいる人たちは、今の条件で続けるほかない。

 お金に関しては、騒ぎ終了後、返金もしくは寄付する形で考えておこう。


「反省は後にしよ。とりあえず、写真撮影は今並んでいる人で終わりにしよっか。僕が最後尾に並んで、以降は一旦休憩のためとか理由付けて並ばないように言うから。あと、莉子さんには後でお説教って伝えておいて」


「ははは……分かった。りこりーに伝えておくね」


 佐藤さんとの話がまとまったため、

 書道室の外に移動して優くんに事情を説明しつつ謝罪する。


「せっかく来てくれたのに慌ただしくてごめんね。あと多分、佐藤さん落ち込んでいるからフォローしてもらえると助かります」


「ははは……俺のことは気にしなくて大丈夫。でもそっか。郡くん怒ったら怖そうだもんね……分かった。望のことは任せて。ちょっと慰めてくるよ」


 優くんと佐藤さん、空笑いの仕方がそっくりだ。

 空いていた時間、すれ違っていた時間を埋め、順調に仲を育んでいるってことかな。


 さっきの僕と同じようにして書道室へ入っていく優くんを見送りながら、余計なお世話だろうが、2人の仲の良さに一安心する。


 とりあえず、最後尾に並んで後続を断っていけば一時しのぎとしては大丈夫かな。

 ああ、あと顧問の古町先生に報告しないといけないが……怒られるだろうな、憂鬱だけど仕方ない。


 それと僕は別に怒ったりしていないから怖いことなどないはず。

 怖いっていうのは、僕の真後ろに立つ、今の山鹿さんにぴったりな言葉だと思う。


「なに、この騒ぎ?」


「……ちょうどよかった。山鹿さんに頼みがある――」

「なに、この騒ぎ? 早く言わないと『呪う』よ?」


 今までで一番本気で言ったように聞こえた。

 だけど騒ぎの原因は僕じゃないから、そんなに怖い顔を見せないでほしい。


 今日はいつもより一段と可愛いのだから。

 今褒めたら怒られるかな……でもせっかくだから褒めたいな――。


「巫女服、やっぱりよく似合っているね。可愛いよ。でも、この騒ぎの原因は――」


 巫女服の朱色しゅいろよりも赤い、緋色のように顔を真っ赤に染め上げる山鹿さん。


 そして次の瞬間。


「のっ……呪うッッッ!?!?!?!?!?!?!?」


 一斉に注がれる数多の視線。

 間違いなく僕が悪い。


 あのタイミングで褒めたら、こうなることは薄々気付いていた。

 だが幼馴染の女の子を褒めたい気持ちが止まらなかったのだ。


 でも予想が付かなかったこともある。

 今いるところは仮とは言え神社。

 本来は祝福があってもいい場所。だがその反対に、


『書道室神社に行くと巫女服を着た女の子に呪われる』


 そんな噂があっと言う間に広まり、そのおかげ……いや、そのせいで残り時間は閑古鳥が鳴き、結果として、騒ぎを収めるに至ったのだ――。


 特大の呪いを掛けられた後、山鹿さんへ騒ぎの説明をする。

 それから古町先生に電話して居場所を聞く。


 Aクラスにいるということが分かったので、とんぼ返りしてAクラスに戻る。

 そして書道室であった一連の騒動を、山鹿さんの件を除いて説明する。


「事情は把握しました。平田さんが起こした騒ぎを収めたやり方は、褒められたものです。写真撮影で得たお金の返金は、すでに帰ってしまった人もいるため難しいでしょう。公益法人への寄付に関しても少額ですから悩ましいところです。ですから、生徒会や校長に投げることにします。一応、すぐに提出できるように会計を別に記録しておいてください。こうやってきちんと報告してくれたので怒ったりしませんよ。平田さんは別ですが」


 怒られなかったことにホッとしつつ、心の中で莉子さんに『ご愁傷さま』と念を送っておく。


「分かりました。お手数おかけしますがお願いします。では、僕は書道室に戻ります」


「あ、こう君待って! 望ちゃんたちに説明したら誰か手伝いにもらってもいい? 何だか凄く忙しいの」


 僕ら午前中組とバトンタッチした後、立て続けに団体様が来たらしく、午前中に販売した20食をあっと言う間に抜きさったようだ。


 現在、13時半過ぎでトータル60食。

 残り時間1時間超で、40食販売出来れば完売となる。


 用意してある席は満席。

 Aクラスの外にも列ができている。


 このまま行けば、特別なことをせずとも目標である完売御礼が達成出来る勢いだ。

 それにしてもたった1時間ちょっとで40食販売したのか……パンクしてもおかしくない客数だが、美海が上手く対応したのかもしれない。


 あとでしっかり褒めさせてもらおう。


 書道部の方は、僕がやらかしたせいで閑古鳥が鳴いている。

 だから2人いれば問題なく回せるだろう。何なら1人でも大丈夫かもしれない。

 美海に了解と返事を戻し、今度は書道室へとんぼ返りする。


「――ということで、Aクラスに戻りたい人?」


 山鹿さん以外の全員が手を挙げる。

 特に莉子さんがこれでもかってくらいピンっと手を伸ばしている。


「莉子さんが残ってもいいんだよ?」


「嫌です。断固拒否します。だって郡さんオコじゃないですか!? 昨日のこともありますし……莉子、文化祭の日に怒られたくありませんっ!!」


 僕に怒られなくとも、教室に行けば古町先生に怒られることだろう。

 あと、昨日のことを怒ったりしていない。


 むしろ僕に間違えていることを気付かせてくれたから感謝しているくらいだ。

 だからお礼を伝えるついでにゆっくり話したかったが、仕方ない。


「分かった。莉子さんは、さっきのことだけ文化祭の後にお説教ね。ここは僕と山鹿さんが受け持つから、みんなはクラスの応援をお願い。ああ、でも、佐藤さんは自由でいいよ? せっかく優くんが来ているから一緒に回ってきたら?」


「殺生な!?」


 叫ぶ莉子さんへ次々に『ドンマイ』と声が掛かる。


「ん~、私もカレー屋さんやりたいし美海ちゃんの手伝いしたいから教室戻ろっかな。ごめんね、優?」


「じゃあ、俺はカレー屋さんのお客になろっかな。だから気にしないで大丈夫だよ。でも帰りは一緒に帰りたい、かな……」


「優ったら……」


 照れ笑いしながら見つめ合う2人。

 仲睦まじいのはいいことだが、見てる側としては、なんとも居た堪れない気分にさせられる。


「言っておくが、郡と上近江さんはいつもあんな感じだぞ?」


「え? いや僕らは別にこんなに甘々な空気を出したり……」


 優くん以外の全員から呆れた視線が届いたため、最後まで言い切ることができなかった。


「そういえば、早百美ちゃんと魅恋ちゃんは呼ばなかったんだね? 来るとしたら今日だよね? 明日は平日で学校あるだろうし」


 幸介と優くん、2人揃って気まずそうな表情を浮かべる。

 家族に内緒で学校見学会に来ていた件もあるし、聞いたら駄目だったのかもしれない。


「あー……まぁ、その話はまた今度する。今はクラスの応援に行かないとだしな」


「家庭の事情だし、別に無理して話さなくてもいいからね。でもとりあえず、応援頼んだよ」


「りょーかい! じゃ、またあとでな!!」


 幸介に続いてそれぞれが言葉を残し退出していく。

 先ほどまで佐藤さんが座っていた、おみくじ横にある椅子に腰を落とす山鹿さん。


 美海に負けず劣らず姿勢が良い。

 巫女服姿も相まって雰囲気もある。

 山鹿さんはどちらかというと控えめな性格をしている。


 風紀員会に入るまでは目立つようなことはしていなかった。

 美海や莉子さん、佐藤さんの影で埋もれがちだが、山鹿さんは美少女と言っても過言ではない。


「何? 私を見ている暇があるなら、明日のことでも考えたら? 亀田や広野入、白岩に会いたいなら行ってもいいし。八千代郡の”おかげ”でここは暇。私1人いれば問題ない」


 会いに行きたいのは山々なんだけど、その前に冨久山先輩と話がしたい。

 というより、僕と本宮先輩が勝負を約束した時の記録を見せてもらいたい。


 日が経ってしまっているため、会話の内容を全て思い出すことが難しい。

 だから記録を見て、勝負内容をもう一度確認しておきたい。

 携帯を見るが、冨久山先輩からの返信は届いていない。


「そうだね、提案はありがたいけど――」


 ここで手に持つ携帯電話から着信音が鳴り響く。

 画面には冨久山先輩の名が出ている。


「ごめん、山鹿さん。少し外すね」

「どうぞご自由に」


 こちらに一切の視線を向けず突き放すような返事だが、許可を得たので書道室の外に移動する。


『八千代です。ご連絡ありがとうございます。今、1人ですか?』


『そうだけど……あまり連絡されると困るんだけど? また私に何か頼むつもり? それより、あの写真は消してくれたんでしょうね? あと、千代くんは見てないよね!?』


 鈴さんを通して冨久山先輩に頼んだことは、僕が提出する下剋上案に賛成してもらうこと。


 条件として、鈴さんが持つ冨久山先輩のハロウィンコスプレ写真を削除、かつ、僕が見ないことである。


 所謂、写真をネタに脅したということだ。


 鈴さんから事後報告で聞かされた時は鬼だと思ったが、手は任せますと言った手前、何も言うことができなかった。


 つまり冨久山先輩は僕に脅された、鬼畜野郎と思っているという訳だ。


『ちゃんと鈴さんに頼んで消してもらいましたし、僕も見たりしていませんので安心してください。で、連絡した理由ですが――』


 会話の記録を見せてほしい旨を伝える。

 幸いなことに今は1人で生徒会室に来ているそうなので、電話を切った後に写真を送ってもらうよう約束する。


 下剋上に賛成すること以外、冨久山先輩は僕に協力する義理はない。

 だから断られる心配もあったが、

 当事者だからと言って、あっさり許可してくれた。


 冨久山先輩が律儀で助かった。

 悪い考えだが……もしも断られたら、小野から提供してもらったネタを使うことになっていたかもしれない。


 つまり僕は本当に鬼畜野郎だということだ。

 全てが終わったら、削除するから許してください――と、心の中で謝罪する。


『肩透かしをくらった感じがするけど、大したお願いじゃなくてよかったわ。でも……本当に写真はないんでしょうね?』


『ええ。写真はないです』


『写真……は? まさか他にも何か――』


『心配しすぎですって。では、お願いしますね。また』


『ちょっと、千代く――』


 写真以外にも何かあるとちらつかせてしまったのは、ミスリードだったかもしれない。


 あるいは良心の呵責かしゃくから来た罪悪感か……。

 だがさすが律儀な冨久山先輩。


 約束を守り、あの時の会話を記録した議事録の写真、さらに動画まで送ってくれた。

 いや、ちらつかせたことで遠回しに脅されていると捉えられたのかもしれない……。


 すみません、冨久山先輩。

 文化祭が終わったら、カラオケ動画は必ず削除させていただきます――。


 さて、次は携帯と睨めっこだ。

 送られてきた写真は2枚。

 生徒会勧誘の話から始まり宣戦布告、勝敗についてといった内容だ。

 その中でも重要そうなものは――。


 ――勝敗は下剋上出来るかどうか。

 ――本宮真弓が納得する下剋上をも超える光景が演出されれば、八千代郡の勝ち。


 と、いったものだ。

 案外、記憶に残っていた通りの会話が記録されていたため、真新しい発見には至らなかった。少しばかり落胆せざるを得ない。


 気を取り直して次に考えるは、白岩さんと連絡を取り亀田さんと広野入さんについて確認すること。


 あとは、美海の考える先の展望を読み取る必要がある。

 僕の独裁を阻止する、つまりは制約に縛られることとなる。

 それは美海も望んでいないはずだ。


 そうすると、僕には思いつかない方法を美海は気付いているということになる。

 教えてくれたら手っ取り早いのだが、僕に言わずに回りくどいことしているということは、何か言えない事情があるのかもしれない。


 だから僕自身で気付かないといけない。


 一体それは何か……思考の海に潜り込む寸前。

『おい』と声を掛けられた。


「八千代。話がある。ちっとツラ貸せ」


「五十嵐さん?」


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