第201話 ヒントが増えるほど謎も深まる


 1年Bクラスで食事を終えた後、欅さんの秘密を聞くため人の少ない裏階段に場所を移し、人が途切れたことを確認した第一声の言葉。


「上近江美海におどさ……とある契約したから私は風紀委員会に入った」


 鵜呑みにするのもどうかと思うが、やっぱり美海の仕業か、といった感想が出てくる。


 それにしても、契約と言い直す前に何やら物騒な言葉を口に出そうとしていたな。

 欅さんは美海に脅されたと。


 いや、美海が一方的に搾取するような真似はしないだろう。

 契約と言い直したことから推測するに、欅さんは対価をもらっているはず。


「……借りたお金の利子が高くついたってことですね。ですが契約ってことは、欅さんも何か対価を受け取っているのでは?」


 千円しない借金に対して、欅さんは幼馴染である本宮先輩の元から離れた。

 利子が高いといっても、釣り合っていない。


「……初めはお金を返そうとした。でも上近江は私に対して薄情と言った。『私がいなかったら警察を呼ばれてもおかしくなかったですよね』って。私は確かにお金を返すだけでは不義理と思った。だから倍のお金を出そうとしたが今度は『脅したみたいだから受け取れない』と言われた。『お店が潰れちゃう』とも。その結果、こんなことになった」


 今の話だけを聞くと確かに脅したようにも聞こえたかもしれない。

 だが日和田欅は僕とは一切目を合わせず、慌てた様子で身振り手振り、その時の状況の説明をした。まるで言い訳する子供のように。


 他にもお店が潰れちゃうなど気になるワードが出てきたが、脱線してしまうので一先ず置いておく。


「それで、対価は受け取ったのですか?」


 欅さんは質問に対して『はい』『いいえ』どちらとも答えなかった。

 だからもう一度質問したのだ。


 目を泳がせ続けている欅さんをじっと見ていると、ようやく視点が定まる。

 そして言葉にした対価の内容に呆れてしまう――。


「………………バナナの天ぷらバニラアイス添えとキャラペチーノ。月に2回奢ってもらう。私、親からバイト禁止されてるしお小遣い制だから……でもこれは真弓を裏切った訳じゃない。上近江は言った。『この方が本宮先輩も喜ぶ』って。だからこれは真弓のためなの」


 甘いデザートに釣られてしまったことを仕方ないことと言い訳、そして自己肯定する様は、まるで子供みたい。でなくて、まるで子供だ。


 いつか悪い大人に騙されてしまいそうで心配になるが、話を進めさせてもらう。


「呆れて物も言えませんが、どうして美海がそんな要求をしたのか分かりません。何か聞いています?」


「さぁ?」


 一番知りたかったことだけに、残念でならない。


「では、どうして今このタイミングで僕に秘密を打ち明けたんですか? 僕に何か頼みでもあるんですか?」


「郡には感謝している。金欠でお腹を空かせた私にいつもチョコをくれたから。孤独……居場所を失くした孤高の私にはそれが嬉しかった。そのお礼。だから教えた。私が風紀委員会に入った理由、知りたかったんでしょ? 今なのは特に理由はない。強いて言えば友達になったから? だから別に頼みなんてない」


 幼馴染で構成される生徒会から離れ、風紀委員会に入るも疑われ輪に入れず1人で行動することになった欅さん。


 配慮が足りなかったことに対して反省しないといけない。

 そう思ったが――。


「私は前から1人。その方が楽でいい。そう。私は孤高の女」


 悦に浸ったような表情をしているが、そうだな。

 僕に気を使わせないため言った欅さんの配慮ってことにしておこう。


 下心など全くなかったが、チョコを恵み続けた甲斐があったということにもしておこうか。


 それにしてもどれだけ甘い物に弱いのか……欅さんの弱点だな。


「あっ、頼みあった。このことは内緒だから私が言ったって誰にも言わないで。バレたらバナナの天ぷらバニラアイス添えとキャラペチーノが貰えなくなっちゃう」


「……もしもバレたら、代わりに僕がご馳走しますよ」


 一応、必要な時が来るまで内緒にするが、味方とは情報共有したいからな、内緒にするとは約束が出来ない。


 そんな狡いことを考えている僕とは反対に、欅さんはキラキラした目をさせて言った。


「持つべきものは友。郡と友達でよかった」


 なんとも現金な友達だな。

 そんな感想しか出てこなかった。


「ちなみに美海と結んだ契約を本宮先輩にも言ったりしました?」


「そんなことしない。生徒会を抜けた意味がなくなる。上近江だけでなく真弓にも怒られる。中途半端なことするなって」


 対価であるバナナの天ぷらバニラアイス添えを失い、裏切り者といった不名誉な称号だけ得ることになるからな。


「あ、でもそういえば、上近江はこうも言ってた」


 あまり期待しないで、やまびこのように聞き返してみる。


「美海はなんて言っていたんですか?」


「ないなら作ればいいって」


 要領を得ないため、もう少し具体的に聞き返してみる。


「何をどんな目的で作ると言っていたんですか?」


「三角形とか騎士を超える騎士とか何とかかんとか」


 予想にしない返答に、とっさに返す言葉が見つからない。


「いけない。そろそろ時間。山鹿祝にも休憩あげないと」


 新しく出来た現金な友達は、中々重要な言葉を残し軽快なステップで颯爽と去っていった。


 誰の手で欅さんが風紀委員に加入したのか謎は解けた。

 曖昧であるが美海の目的も分かった。

 だが余計に謎が深まることとなってしまった。


 三角形、騎士を超える騎士とは何だろうか。


 言葉だけでは何が何だか分からない。

 んー……駄目だ、これだけでは理解が追い付かない。

 それにもうすぐ13時。


 優くんが遊びに来ると言っていた時間となる。

 会えるのは秋休み以来だし、楽しみにしていた。


 約束を反故にする訳にもいかない。

 ひと先ず、書道室に向かうとしよう。

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