第200話 はい、僕はシスコンです

「お客様お帰りです」

「「「「「お代わりはヴァ・ボーレへ!!!!!!」」」」」


 記念すべき最初のひと組となった、里店長と女池先生を見送る際に唱えた掛け声に、里店長が感極まり号泣したこと以外は、つつがなく午前の時間が過ぎ去っていった。


 問題が起きなかったことは喜ばしいことだが、別の意味では問題が起きている。

 午前中の2時間。

 カレーを食べに来たお客様は20人ほど。文化祭は15時まで。

 食中毒の心配で、残ったカレーを翌日に回すことは保健所から許可がおりていない。


 来客のピークとなる時間はこれからとなるが……不安に襲われる。

 残り3時間で、あと80食分のカレーを販売できるのか? と。


 人件費を除いた損益分岐点は1日30食。

 つまり30食販売すれば予算の回収が出来るため赤字になる心配はない。


 けれど、せっかくクラス全員で頑張っているのだ。

 里店長だってたくさん協力してくれている。


 だから完売とまではいかなくても、もっと多くの人に、この美味しいカレーを食べてもらいたい。


「もしかして、やばげ?」


 不安な気持ちが伝播したのか、長谷が声を掛けて来た。


「来校者数の少ない午前中で20食だから、まだ期待できるけど……完売はちょっと怪しいかもね。ま、諦めないけどさ。だからみんなも協力してね? あ、一応言っておくけどこの調子が続いても赤字の心配はほとんどないから安心して」


 僕の言葉に少しは安心したのか、不安そうな表情が払拭されていく。

 そしてここで、小野や午後担当のクラスメイト、美海が教室へ戻ってきたので、引継ぎを済ませてしまう。


「じゃあ、上近江さん頼んだよ。何かあったら迷わずすぐに呼んでね? ご飯は食べた?」


「もうっ、こう君ったら心配性なんだから。ちゃんとすぐ呼ばせてもらうし、ご飯も望ちゃんと一緒に食べたよ。書道部は2人いれば大丈夫そうだったから、順番に回したの。千枚も書く必要なかったかなってくらい。だから、こう君も食べてから書道室に行って大丈夫だよ」


 美海は可愛い。それは間違いなく。本当に可愛いのだ。ただそこにいるだけで可愛いが溢れてくるほど可愛いのが美海だ。


 今年は公開文化祭。チラホラと、他校生の姿も確認できる。

 だから変に絡まれることを心配をしてしまう。


 いつも心配し過ぎって呆れられるが、心配なのは心配なのだ。

 ただ、なんだろうか。

 聞いてもいいかな……いいや、聞いちゃおう。

 でも一応小声で――。


「あのさ……美海? もう名前で呼ぶ感じ?」


「ふふっ、どうだと思う?」


 誤魔化されたことで、思わず首を掻いてしまう。

 その僕の様子に美海はクスクスと笑い、楽しそうな雰囲気を纏っている。


「まあ、いいや。お腹も減ったし作戦を考えるがてら、ご飯食べに行ってくるよ」


「うんっ! いってらっしゃい!! あ、こう君のエプロン貸して!!」


 おっと忘れていた。

 エプロンを外し美海に手渡すが、確かエプロンの予備はあったはず。


 いいや、深く考えないでおこう。


 僕が着るエプロンを欲した理由を考えてしまったら、にやけてしまうからな――。


 そして今度こそ、手を振り送り出してくれる美海に手を振り返して教室を出る。

 僕と美海が近い距離で話をしていても、視線を向けてくるクラスメイトはいなかった。


 違和感を覚える程に、誰1人とだ。

 美海が返答を濁したということは、まだ教えたくないってことだから、とりあえず横に置いておく。


 けど、美海がクラスメイトたちに何かを告白したことは確信した。


「何食べようか――」


 邪魔にならない場所によけ、携帯を取り出し学校ホームページを開く。

 焼きそば、たこ焼き、フランクフルトにチーズハットグ。

 まさにお祭りにある屋台のようなラインナップだ。


 学食も通常営業しているし、無難に学食を選んでもいい。

 けど、せっかくだからな。お祭り気分を味わいたいから悩ましい。

 美波のクラスに行けば、冷凍だけどオムライスやパスタもある。


 ただ、コスプレ喫茶なんだよな。

 だからなんとなく入りにくい。


 美波ならいいが、別の女子に接客されたら居た堪れない気持ちにさせられそうだ。

 それにBクラスで起きた、あの日の忌まわしい出来事を嫌でも思い出してしまう。


 ……覚悟を決めるか。


 行かないと美波がいじけそうだしな。

 あとそうだ、今のうちに冨久山先輩へ連絡しておこう。


(八千代)『手が空いたら連絡ください』


 送信――と。

 携帯から視線を外し、顔を上げると、すぐ目の前に僕をじっと見つめる日和田欅の顔があった。


「千代くん、悪企み順調?」


「どうでしょうかね。日和田先輩が風紀委員会に入った理由を、いい加減に教えてくれたら、答えてもいいですよ。あと、こんにちは」


「ん。こんにちは。千代くん、お昼? オムライスがいい。おごって。今月ピンチなの」


 日和田先輩は、軽く飛ばしたジャブを華麗に流し、自身の要求を伝えるだけ伝えて、最後にお腹から『グーッ』と大きな音を響かせてきた。


 日和田先輩は朝から見回り担当だったから、今から休憩なのだろう。

 なんだかんだ真面目に委員会活動しているし、ご馳走すること自体やぶさかではないが、2人でお昼を食べるのは悩ましい。


 オムライスをご馳走することで、風紀委員会に入った理由を教えてくれるなら即答なのだが――。


「そうですね……」


 返事に悩ませていると何やらポケットをゴソゴソ漁り始めた。

 探し物が見つかったのか、それを取り出し『はい』と手渡される。


 受け取ったものはチョコレート菓子。


 よくお腹を空かせている日和田先輩に恵んでいる”キットカツゾ”だ。

 一度もらったことで味を占めたのか、遭遇するたび『チョコ』とねだられるようになった。


 日和田先輩から手渡されるものは決まってチョコの空き袋。


 所謂ゴミだ。

 だからチョコそのものをもらうのは初めてで、珍しいこともあるものだ、と考えながら何気なく裏側を見る――。


「デザートは何がいいですか?」


「ん。契約成立」


 握手を交わすことで契約を結ぶ。

 キットカツゾの裏に『教えてあげる』と書かれていた。


 主語がないため、これだけでは何のことか分からないが、恐らく風紀委員会に加入した理由だろう。


 美海の手によって加入したことは予想がついても、確定ではない。

 理由も不明だから、ご飯をご馳走するだけで僕の知らない何かを教えてもらえるならば幾らかの出費は痛くない。


 タイミングを考えれば色々と怪しくて疑ってしまうが、話を聞いてから判断してもいいだろう――。


 僕の前を歩き、Bクラスに入っていく日和田先輩に続き入室する。

 出迎え、席まで案内してくれた人は名前も知らないチャイナ服を着た女子。

 条件反射でスリットに目が行きそうになったのをグッと我慢して着席する。


「千代くんはむっつり」


「女性に対して、不躾な視線をぶつけてはいけませんからね」


「エセ紳士」


「どうぞ、好きな物を選んでください」


 紙で作られたメニューを手渡し、話を逸らす。

 僕はオムライスと決めているから、日和田先輩が選んでいる隙に教室内を見渡してみる。


 美波の姿が見えない。ついでに国井さんの姿も見えない。

 午後は働くって言っていたから、いると思ったがタイミングが合わなかったようだ。


 もしくは裏にいるのか……と考えていたら、お揃いコーデをした美波と国井さんが裏から出てきた。


「義兄さん――どう――?」


「ようこそお越しくださいまして。それでお義兄様、どうでしょう? みみ様、素敵過ぎやしませんか? もう国宝、いえ、それ以上の、最早言葉では言い表せないくらい尊くないですか?」


 2人の装いは、ワインレッドや黒を基調としたワンピースにマント、シャツ、帽子。

 さらに国井さんだけ金色のウィッグをつけている。

 イメージは……何となく軍服だと思う。

 今風に形を崩し可愛くアレンジしているから正しいか分からないが、それは重要でない。


 重要なことは美波がとっても『可愛い』ということ。

 どんな賛美を送ればいいのか、言葉に悩んでしまうな――。


「美波が何着ても可愛いのは当然の事実だけど、堂々としたたたずまいで品があって、それなのに可憐で……うん。よく似合っているよ、美波。凄く可愛いのに、格好よくもある」


「嬉しい――写真――?」


「あっ、みみ様!! わたくしめがお撮りいたします!!」


 美波は手元に携帯を持っていなかったため、僕の携帯を国井さんに手渡し、兄妹並んだツーショットを撮ってもらう。


「美波にも後で送っておくね。国井さんも撮ってくれてありがとう。遅くなったけど、よく似合っているね」


「そ、そそそそそそんな、滅相もっっ!!!!」


 茹で上がったタコのように顔を真っ赤に染め上げる。

 褒められることに耐性がないのかもしれない。今後気をつけよう。


「待ち受け――する――」


 美波は新しく写真を撮る度に、その写真を待ち受けに設定する。

 そのことをクラスメイトにも、饒舌に自慢するから、美波がブラコンという噂は僕がシスコンという噂と同じくらい有名だ。


 だけど僕は知っている。


 一度だけ、幸介とのツーショットを待ち受けにしたことがあることを。

 2人の仲に進展があったのかもしれないが、それを聞くと美波は拗ねてしまう。


 幸介にもはぐらかされてしまうため、2人の仲がどのくらい進展したのかは分からない。


 僕は2人のことを大切に思っているし、幸介になら美波を任せてもいいと思っているから、本当の意味で彼氏彼女となってくれたら、こんなに嬉しいことはない。


 でもそうすると、将来僕と幸介が家族になる可能性があるってことか。


 それも面白いけど……ちょっと考えが飛躍し過ぎたな――。


 待ち切れないと言わんばかりの表情をしている日和田先輩のため、オムライスドリンクセット2人分を美波と国井さんへ注文する。


 裏に戻る2人を目で追っていると、別のテーブルから声が届いた。


「俺らも写真撮影いいですか?」


 発声者は男子2人組。他高の学生のようだ。

 頼まれた相手は、先ほど、席まで案内してくれたチャイナ服を着た女子。

 とても不機嫌そうな表情を浮かべている。


「すみません。そういったサービスはやってないんです」


「え? さっきあっちの席で写真撮影してたけど?」


 ――余計なことしないでよ!!

 と、いったような目でチャイナ服女子に睨まれてしまった。


 すみません、以後気をつけます。と、内心で謝罪しつつ頭を下げておく。

 すると奥の方でレンジが『チンッ』て、なる音が聞こえてきた。


 本当に『チンッ』て鳴るんだな。

 そんな余計なこと考えていると、さらに棘が飛んできた。


「あちらのお客様と先ほどの女の子は、名花高校でも有名なブラコン、シスコンの兄妹ですから。だから写真を撮ったんだと思いますよ」


 事実だから黙って刺されることにする。


「兄妹!? それなら、まぁ、分かりました。はぁ。可愛い彼女がいて、可愛い妹がいるとか……はああ……」


 文化祭を異性と2人、食事をしていたら付き合っていると疑われても仕方ないかもしれない。そう考えたから悩んだんだよな。


 まあ、だが、ごねたりしない理解力のある男子高生でよかった。


「千代くんは私の彼氏? 私は千代くんの彼女? 私は可愛い? 付き合う?」


「……日和田先輩は魅力的なレディで間違いないですが、僕らはただの先輩後輩です」


「そうなの? 友達じゃないの?」


 首をこてん、と傾け純粋な目を向けてくるため、罪悪感に襲われてしまう。


「いえ、僕が間違えていました。僕と日和田先輩は友達です」


「ん。欅でいいよ」


「分かりました、欅先輩。でもそれなら、僕のことも名前で呼んでくださいね」


「先輩はいらないよ、郡?」


「では、欅さんと呼ばせてもらいます」


 短く『ん』とだけ返事が戻ってきたとこで、美波と国井さんがオムライスを持ってきてくれる。


 僕の分は美波が、欅さんの分を国井さんが、テーブルもとい机に配膳する。

 冷凍のわりにはふわっとした見た目で美味しそうだ。


 確か『ポミュの木』の冷凍オムライスと美波が言っていた。

 名花高校の入っているこのビルにもお店があったはずだし、今度行ってみようかな。


 それとBクラスにはデザートメニューがなかったため、その代わりとしてドリンクセットにしてある。僕がアイスティ、欅さんがメロンソーダフロートだ。


「どうぞ――」


「美波ありがとう。国井さんもありがとう。じゃあ、食べましょうか欅さん」


「ん。いただきます」


 待ち切れなかったのか『いただきます』の途中ですでに、スプーンの上にはオムライスが乗せられており、言い終わると同時に口の中へ運び込まれていった。


 僕も食べようかとしたがスプーンがない。

 何故か美波の手に握られていて、そのまま僕のオムライスをすくい上げた。


「あーん――して――?」


 さっき写真撮影をお願いしていた男子高生がいる方から視線を感じる。

 裏から顔を出したチャイナ服の女子が『分かってますよね?』といった鋭い目つきを突き刺してくる。


「美波、他の人の目もあるしここは家じゃないから出来れば自分で食べたいな。気持ちは嬉しいけど」


 ――家では食べさせてもらってんのかよっ。俺もあんな妹が欲しい……。


「いやっ――!」


 ――くはっ……可愛い……可愛いが過ぎる……。


「ここはどうか、みみ様の望みを叶えてあげてください。お義兄様」


 ――まさかこっちの金髪っ子も妹なのか!?


「あ、何度も言うけど僕は国井さんの兄になった覚えはないから名前で呼んでね」


 ――さすがに違ったか。いや、でも、血は繋がっていない可能性も?


「これが噂のツンデレお義兄様……」


 ――男のツンデレを見ても、なんも嬉しくねぇ……。


 いや、どこにデレがあった?

 相変わらず国井さんとは話が噛み合わない。光さんが心配になる訳だ。


 あとさ――。


 さっきからちょいちょい男子高生の反応が煩い。

 気になるのは分かるがこっち見過ぎ……って、そんなことよりも美波が『むぅっ――』と言いながら頬を膨ませ始めた。早く何とかしないといけない。


 美波本人は怒っているアピールのつもりだろうが、その表情は可愛すぎるのだ。

 現に、男子高生やクラスの子たちが顔を赤くし始めているし国井さんも『てぇてぇ』と呟き始めた。


 つまり危険信号だ――。


「1回だけだよ?」


 ぷいっと顔を背けて抵抗の姿勢を見せていた美波だが、こちらに向き直してスプーンを差し出してきた。


「はい――あーん――」


 たくさんの視線が突き刺さる中、

 美波に食べさせてもらったオムライスは冷めていた。


 すくい上げられた状態で、宙に固定されていたのだから当たり前だ。


 だけど可愛い義妹に食べさせてもらって『美味しい――?』と聞かれたら、義兄が答える返事は決まっている。


「美波が食べさせてくれたから特別美味しく感じたよ。ありがとう。上の階にあるみたいだし、今度一緒にお店に食べに行ってみようか?」


「うんっ――!!」


 男子高生から届く怨嗟のこもった視線。

 チャイナ服女子から突き刺さる非難する視線。

 シスコンと言いつつ温かな視線を送る美波のクラスメイトたち。


 また何か噂が広まるかもしれないが、美波が喜んでいるなら構わない。

 そんなものはどうでもいい、些事だ。


 そう思えるくらい、とても素敵な笑顔だった。

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