第198話 絶望的な状況だけど諦めた訳ではない

 今朝、調理実習室に集まった時間は7時だ。

 普段とほぼ同じ時間帯に登校している僕と美海は大して辛くなかったが、朝を苦手とする幸介や佐藤さんは眠たそうな表情で現れた。


 だが今では、一波乱(?)あったおかげで2人の目も覚めたようだ。

 だからきっと僕と美海のせいではない。はずだ。きっと――。


 一波乱というか、茶番劇というか、おふざけする時間はここまでだ。

 7時30分にもなると、他のクラスの人たちも調理実習室に集まり始めて来た。

 里店長には理由を告げず、僕と美海のことについて触れないようお願いした。


 ――青春してんねぇ、郡!

 と、肩を叩かれ、さらに詳しく教えろと駄々を捏ねられたが『古町先生呼びますよ?』と、言ったら大人しくなってくれた。


 古町先生にはいつも助けられてばかりだ――。


 料理を完成させなければいけないリミットについて。

 文化祭が開演となる時間は10時から。


 途中、8時半に朝のホームルームがあるけど、僕ら書道部もとい調理組は免除されている。


 免除されているのだから、しっかり時間内に終わらせなければいけない。

 遅くとも9時半には完済させたいが、何事もなければ9時には完成するだろう。


 美海と並び共同作業することでカレー作りした日を思い出し、懐かしさを感じつつ、9時を過ぎたところで火を止める。

 鍋の中からカレーを小皿によそう。


 その小皿に、タッパーへ移し入れておいた『かぼちゃのポリヤル』も乗せる。

 そして里店長に試食をお願いする。


「うん、美味い!! さすがあたしが手取り足取り教えた郡なだけあるな!! これならバッチリ、完売間違いなし!! 妹ちゃんやみんなもお疲れ様!!」


 里店長のお墨付きが貰えたことで、秋が旬のかぼちゃを使ったココナッツカレーが完成となる。

 そして、それぞれが里店長へお礼を伝えてから行動へ移る。


 僕と山鹿さんが調理実習室に残り洗い物。

 美海たち4人はカレーを教室に持って行く役割だ。


 里店長に頼み用意してもらった台車にカレーが入った鍋とポリヤルを入れたタッパー、炊飯器を乗せていると、美海がひそませ声で話し掛けてきた。


「八千代くんと並んでカレー作っていたら、あの日のこと思い出しちゃった」


 アルバイト先である『空と海と。』のメニューにカレーはない。

 そして美海と一緒にカレーを作ったことがあるのは、あの日一度限り。


「上近江さんが佐藤さんと喧嘩して仲直りした日のことだね」


「もうっ、意地悪な言い方しないのっ!」


「ごめん。僕も上近江さんが横に並んだとき、懐かしいなって思い出していたよ」


「素直でよろしい。でもこうやって思い出を共有できるのって……いいね、なんか」


 名花高校に入学してからだと、あの日が美海とまともに話した最初の日となる。

 バイトをクビになり、学生証を落とし拾われ、一緒にバイトすることに決まって、美海を自宅まで送ることになって、さらには自宅に招かれ一緒にカレーを作った日。


 最後に連絡先も交換したっけな。


 あの時はまさかこんな未来がやってくるとは思ってもいなかった。


「それにしても、よくお金足りたね? このカレー、スパイスもふんだんに使って結構本格的だよね?」


「里店長の協力と、あとは米田よねだくんのおかげだね。でないと、とてもじゃないけどここまで立派なカレーを作ることは出来なかったと思う」


 スパイスや食材は里店長が仕入れてくれている。

 そして使った分だけ、里店長に支払いをする。


 そうすれば無駄に余らせることなく、本当に必要分だけのお金で済むというわけだ。


 代金も原価での支払いにしてくれているから、本当にありがたい。

 ただ、それでもギリギリだった。

 悩んだ結果、お米を減らすか……となった時。


 お米大好き米田くんが、最高の提案をしてくれた。


 ――うち、米農家なんだけど……多分、タダに近い金額で卸せると思う。

 と。


 このおかげで全て解決。

 頭を悩ませていただけに嬉しさが込みあげてきて、つい米田くんの手を取ってしまった。


 米田くんは恥ずかしがり屋なのか、顔を赤くさせてしまったから申し訳ないことをした。


 でも、そのおかげでお肉も増やせたし、立派な本格カレーを作ることが出来たというわけだ――。


「そっか。じゃあ、みんなのおかげだねっ! 私も早く食べたいなぁ~」


 距離を縮め、上目遣いしてチラッと僕を見てくる。

 うん、あざといけど可愛い。


「あの日は僕が断ったせいで一緒に食べられなかったけど、そうだな……今度また一緒に作って、食べよっか。上近江さん」


「うんっ、約束ね!! じゃあ、先にいってきます!!」


「熱いから火傷に気を付けてね。鍋も重いから、持ち上げる時は幸介や男子にお願いするんだよ」


「ふふっ、心配性だなぁ……でも、分かった。心配してくれて、ありがとう」


 教室へ向かう美海たち、女池先生に会いに行くと言った里店長を見送り、山鹿さんと2人で片付けを進める。


 僕が洗った調理道具を山鹿さんが拭きあげていく流れ作業。

 流し台に付いた水滴を最後に拭きあげ終了となる。


「じゃあ、僕らも教室に行こっか」


「今朝……五色沼月美は何て?」


「教えると思う?」


「………………」


 押し黙る山鹿祝を無視して、

 今朝掛かってきた月美さんからの電話を思い出す。


『千代くん、お昼寝委員会です。四姫花の特権で作るです。千代くん、入るです?』


『月美さん、おはようございます。ですが急になんですか? 一応真面目に返事しますが、そんな委員会に入らないですから。でもそう言えば、前もそんなこと言っていましたね?』


『そうです。千代くん、よくです――考えるです』


 と。

 それだけ言って通話が切られてしまった。


 訳も分からず、もう少し詳細が聞きたく掛け直すも、出てもらえない。

 メッセージを送るも既読すらつかない。


 仕方ないのでお昼寝委員会が過去にあったか、鈴さんに聞いてみたりもしたが、そんなおふざけ委員会はなかった。


 月美さんのことだから考え無しで電話してきた可能性もあるが、最後の『考えるです』が、やけに強調されていた。


 つまりあの会話には、何か隠された意図があったのかもしれない。

 今のところさっぱりだが――。


「そう…………」


「それにしても、まんまと2人には騙されたよ」


 たらればになるが――。


 もしも莉子さんと山鹿さんが本宮先輩と通じていなければ、本宮先輩派閥から削り取った賛同者を取り返されることもなかったかもしれない。


 もしも2人が僕に協力してくれていたら、勝利はすぐそこだったかもしれない。


 鈴さんの手で冨久山先輩。

 月美さんの手で白岩さん。

 生徒会に所属する2人の協力を得られたことは大きい。


 けれど、山鹿さんが反対してしまえば、生徒会役員の半数を切ってしまう。

 イコールそもそも舞台にすら上がれない可能性が浮上したということだ。


 だからなんとしても今日中に、山鹿さんを説得もしくは代わりとして亀田水色、広野入椋のどちらかの協力を得ねばならない。


 だがこの土壇場で説得できるとは到底思えない。

 圧倒的に時間が足りない。

 つまり現状はほぼ詰んでいて、

 下剋上達成の望みが絶望的だということでもある。


 昨日、莉子さんが言った。

 僕に独裁をしてほしくない。

 悪者になってほしくない。

 莉子さんにとって僕は王子様じゃなかった。

 だけどヒーローだから、そんなことをしてほしくない。


 ――郡さんには似合わない!!

 と。


 だから僕は莉子さんを責めたりはしない。

 いや、責める資格など僕にはない。


 全ては僕の実力不足が原因で招いたこと。


 影から風紀委員会を操り、校則を締めあげ、鈴さんを犠牲にするやり方が間違っていたのだ。


 僕を思って、暴走を止めたくて行動した莉子さんの方が正しい。

 内心では美海も僕に反対しているだろう。


 恐らく、日和田先輩が風紀委員会に加入したことは美海の仕業だ。

 加入させた目的まで見当つかないが、日和田先輩にお金を貸したことを美海は『貸しにしておきたい』と言っていた。


 つまり貸しを返してもらったのだろう。

 大勢の人を巻き込むやり方など、少し考えれば美海や莉子さんが反対することなど分かったはず。


 それを最初から気付いていれば、山鹿さんが裏切ることもなかったはず。

 つくづく自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう――。


「さっき言ったことを訂正する。2人に騙されたんじゃなくて、僕が馬鹿だった。それだけ」


「……私は最後まで見届ける。それが私の使命だから」


「介錯は頼んだよ」


 返事が戻ってくることはなかったが後ろから小さく『呪う』じゃなく、『馬鹿』と聞こえてきた気がした。

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