第196話 明日から文化祭なのに驚愕の事実が続く
別行動を取っている山鹿さんと合流するため階段を上っていると、上から下りてきた長谷と小野とバッタリ出くわす。
そのまま、ただすれ違うだけかと思ったが、長谷から声を掛けられたことで立ち止まることになる。
「八千代! ちょっとだけいいか?」
特別急いでいる訳でもないため了承し、階段踊り場で話を聞く。
「――っ…………」
「――っ…………」
長谷と小野の2人は何かを口にしようとしたが、それが言葉になることはなかった。
さらには、視線を足元に落とし無言となってしまった。
「……で? 話って? 急ぎじゃないなら、後でもいいかな?」
「……ごめん」
「……八千代、ごめん」
2人は視線を上げることなく謝罪を口にして、90度の角度で頭を下げてきた。
言い方は冷たかったかもしれないが、無言を責めた訳ではない。
だから、大袈裟に頭を下げられても困ってしまう。
これではまるで僕が2人を虐めているようではないか。
「頭を上げてよ? 別に責めた訳じゃ――」
「違う! これまでのことに対してだ」
「無視したり悪く言ったことに謝りたいんだ!」
「……そういうことか」
2人が僕に向ける感情の変化については気付いていた。
送っても戻ってくることのない挨拶。
美海や美波、その他女子と話している時に、遠くから刺すように睨んでくる視線。
僕に聞こえるように言う陰口など、2人にされた悪意の数々。
だが、何か気持ちの変化があったのか文化祭実行委員に立候補したことを境に、それらの行動が緩和された。
文化祭実行委員を協力するうちに、挨拶を送り合う関係にまでなっている。
そのことは『良い事』『良くない事』で分けるなら、間違いないなく『良い事』だ。
だから嬉しい気持ちもある。
クラス一丸となって、僕自身も楽しい文化祭にしたい。
そう考えた結果2人に協力はしていた。
けれど――。正直な気持ちとしては、それはそれ、これはこれだ。
これまでのことを考えると、素直に許そうって気持ちにはなれない。
「教室の隅に居たはずの八千代が、俺よりも底辺だと思っていた八千代が、どんどんクラスの中心になることに嫉妬してた。馬鹿なことしたって後悔もしてる。だから――」
「大槻先輩を初めたくさんの女子と、人気者の幡と仲がいいのも気にくわなかった。八千代を下げることで、自分の承認欲求を満たしていた。八千代の気持ちなんて考えず自分が自分がってばかり……だから――」
「「――ごめん!!」」
「あまり自覚はないんだけど、僕が2人に何か嫌われることをしたってことはある?」
「ない!!」
「俺らが一方的に悪く思ってただけだから、八千代は何も!!」
少なくとも僕が悪い訳ではないようだが、でもそうすると……。
今、2人が本気で後悔して頭を下げていることは伝わってきている。
だけど――。
いつも、気にしていないように振る舞っていたが傷付いたことは本当だ。
許したくないという僕の気持ちとしても。
2人の為にも。
簡単には頷けない。僕が悪いわけでないなら尚更だ。
「正直言うと、2人を許したくない。やった方は軽い気持ちだったかもしれない。けれど、やられた方はたまったもんじゃない。謝ってくれた、はい、いいですよ。許します――なんて、簡単に言えない。だから僕は2人のことを許すつもりはな――」
ふと、体育祭終了後の焼肉屋で古町先生から告げられた言葉が頭によぎる。
――切り捨てるばかりであった、学生時代を後悔して。
――私の失敗、それ以外にどんな結末があったのかその先を見せて下さい。
と。
ここでこの2人を許さなかった場合、切り捨てることになるのだろうか。
そもそも切り捨てるとはどんなことを差すのか。
言葉、そのものの意味を考えるならば、不要な物を処分することだろう。
では、この2人は僕にとって不要な存在かどうか……今は協力しているが、文化祭が終われば、ただのクラスメイトという繋がりのみが残る。
だから必要かと問われれば、必要でない。断言できる。
不要かと問われたら……こうして心から反省して謝罪をしてくれた様子を見ると、必ずしも不要とは言えないかもしれない。
もしかしたらこの先に何か手伝ってもらう時が来るかもしれない。
もしかしたら友達になる可能性だって考えられる。
ここで短絡的に狭量な判断で切り捨ててしまったら、有り得る可能性の未来が途絶えることになってしまう。
そう考えるならば、1度くらい許してもいいかもしれない。
そうすれば、古町先生に貸し一つ作ることにもなるかもしれない。
――だけど僕は人間ができていない。
頭では『許す』と考えている。
だが心の中では『許せない』という気持ちがひしめいている。
相反する頭と心。悩み、判断をくだせず、1人の世界に入り込んでいたが、周囲から『喧嘩?』等の声が届いてきたことにより、現実の世界に意識が戻される。
2人へ目を向けると、僕の言葉が途切れたにも関わらず、頭を下げたままであった。
今、判断が付かないならば。
もう少し2人と話してみたら何か変わるかもしれない。
変な噂が広がっても面倒だ。このままでいる訳にもいかない。
「とりあえず、頭を上げてもらってもいいかな? このままだと騒ぎにもなるし、そうなるとクラスにも迷惑を掛けることになる。少し聞きたいこともあるから、場所を変えてもいい?」
ゆっくりと姿勢を戻した2人は苦悶した表情を浮かべていた。
そしてコクっと頷きが返ってきた。気まずい空気と呼ぶには生ぬるい、陰鬱とした空気を背に浴びながら、そのまま階段を抜け出しエレベーターホールへ移動する。
エレベーターを待っている間、山鹿さんにメッセージを送信しておく。
(八千代)『変更。30分後、1階校門前』
(山鹿さん)『了解』
返信の確認と同時に到着したエレベーターに乗り込み、終始無言のまま1階校門前に。
そして余計な会話を省き、2人へ質問を投げ掛ける――。
「2人が僕に謝罪しようと考えたきっかけを聞いてもいい? 自分の非を認めて、嫌いな人に謝罪するって、結構難しいことだと思うんだけど? だから何かきっかけがあったんじゃないかなって」
「きっかけ……上手く言えるか分からないけど――」
ぽつぽつと、長谷が理由を話し始める。
それを補足するように小野も加わり、2人で説明してくれる。
2人が僕を無視することを止め、気持ち悪さを感じるくらいフレンドリーに話し掛け始めたことは、本宮先輩の指示。そして監視に就いたのも本宮先輩の指示。
だが初めは、1人で監視するから不要だと山鹿さんに断られたと。
同じ中学で、何かと迷惑を掛けて来た本宮先輩の頼みは断れない。
だから2人は引き下がることなどできず、『男子トイレまでは入れないだろ』といった理由で押し切ろうとした。
それでもやはり断られたが、携帯を見た山鹿さんがどこか納得した表情でオーケーしたとのことだ。
ここまでは、三者間で
それで2人は、僕を監視することで嫌でも普段の行動を知ることになった。
落ちているゴミを拾い、困っている人を手伝い、積極的に先生の手伝い、分け隔てなく挨拶をしていたり――と。
まだ他にも続けようとしていたが、背中が痒くなったためそれ以上は省略してもらった。
今の話を聞いてふと思った。
もしかしたら山鹿さんにメッセージを送った人は、こうなる可能性を見越して敢えて監視に就かせたのかもしれない。
誰かは分からない。けれど、その予想が正しければ恐ろしいな――。
とまあ、2人の説明は要領を得なかったが、2人の考えが変わった理由の理解はできた。
だけどまだ少し弱い。納得はできない。
そう思っていると今度は2人が僕へ質問を投げ掛けてきた。
「八千代は確か……バス旅行前くらいからイメチェンしたよな? その理由ってさ……」
「クラスのやつらや他のクラスの人とも話すようになった気がするけど、それって……」
言葉尻を詰まらせた為、最後まで質問を聞くことはできなかった。
けれど、察することはできる。要は、僕が変わった理由を聞きたいのだろう。
僕が2人に話す義理はないが、かと言って隠すほどのことでもない。
「笑っていてほしい人ができたからだよ。僕が頼りないせいで悲しい思いをさせてしまったから、僕は変わりたい、そう考え行動しただけ。その人は悲しい顔なんて似合わない人だからね」
当時、美海が自分を責めるきっかけとなった僕の悪口を言っていた人。
それは、この2人だ。
美海の笑顔を奪った大きな原因は僕だけど、きっかけはこの2人かもしれない。
そう考えると、腹立たしい気持ちが込み上がってくる。
「……多分、少しまでの俺はそれを聞いても理解できなかったかもしれない……って」
「もしかして馬鹿にもしたかも……でも、今ならその気持ちが痛いくらい分かる……って」
「「怒ってる? よな……」」
2人にも分かるほど顔に出てしまったようだ。
でも、なるほど。
今の言葉を聞いたら一つの疑問が浮上した。
「つまり2人は誰かを好きになったとか?」
「「………………」」
男が顔を染めていても何も可愛くないぞ。
それと、俯きながらチラチラこっちを見るのを止めてくれ。
「恥ずかしいけど……その通りだ」
「一目惚れってやつだ」
「そっか。つまり、2人が心変わりした本当の理由はそれだね」
「「…………そうかも」」
まだ2人に対して思う所はある。簡単に割り切ることは難しい。
だけど、恋をしたなら仕方ないだろう。
恋をして、変わりたい、そう願ったなら、一度くらい許してあげてもいいだろう。
許すことで2人が変われるなら、切り捨てず、チャンスを与えるべきだ。
恋とは、全ての世界が変わって見えるほど偉大だからな。
今の僕ならそれが分かる。
でもそれは、誰に恋をしたのか次第だ――。
「2人を許したいって思うんだけどさ、ちなみに誰を好きになったの?」
「八千代、お前……それはずるくないか?」
「言わないと駄目か? 上近江さんじゃない――」
「おい! 小野、お前、馬鹿!! それは内緒だってかみおう…………あ」
まあ、僕が美海に玉砕覚悟で告白した結果、勇者になったと噂がある。
だから、2人に僕の気持ちが知られていたとしても不思議ではない。
「で? 誰なの? 上近江さんじゃないってのは分かったけど……まさか美波じゃないよね?」
「噂通りシスコンかよ……でも!」
「千島さんに聞きたいことがあるんだけど、八千代! 代わりに聞いてもらえないか!?」
「なにを?」
「「男装した千島さんと一緒に歩いていた女の子って誰!?」」
謝罪を受けて許す、許さないの段階で、シスコンとか言われたことは、まあ、いいだろう。事実だからな。
だけど……え?
あ、いや、長谷。別に写真を見せなくても大丈夫。分かっているから。
え? 脚も綺麗だろって?
小野……元樹先輩に続きお前もか。
不躾な視線を不快に感じる女の子の気持ちが知れて良かった気持ちと、こんな形で知りたくなかった気持ちが半々だ。
とりあえず、しっかり確認しないとだが……できるなら聞きたくない。
「もしかして、その人が好き……とか? まさか、ね?」
「そのまさかだよ! あんな可愛い子初めて見た、今までも四姫花や平田とか他にも好きになった人はいたけど、どれも気のせいだった。そう思えるくらい見惚れちまった」
「ああ、まさに人目惚れってやつだ。まさかその子も八千代のハーレム要員じゃ、ないよな?」
「…………」
最早、黙るしかない。
世の中には知らなくてもいいことだってある。
知らない方が幸せだってこともある。
2人には悪いが、僕の精神衛生状態を考えると今は教えることができない。
せめて文化祭が終わるまで待ってほしい。
あとハーレム要員とか余計なお世話だし、長谷は惚れやす過ぎだろう――。
「おい、八千代!!」
「黙ってないでなんとか言えって!?」
「とりあえず、今はいろいろごたついているからさ、文化祭が終わってからじゃ駄目? 待ってくれるなら、今までのことは水に流すからさ」
我ながら狡い言い方だ。2人もそう思ったからか黙ってしまった。
「はぁ……分かった。本宮会長とやりあってる最中だもんな? でも、何でも協力するから、文化祭が終わった後は教えてくれよな!?」
「俺らには難しくてよく分からんがな。どうして八千代と仲のいい平田が、俺らに情報を流してくれたのかとかもな。振られた腹いせだ、仲を引き裂くためだどうのこうの言っていたけど……ま、でもどうせ八千代のことだ、それも何か作戦のうちなんだろ?」
「大事な局面でもあるし、探りを入れても答えないよ。2人がまだ本宮先輩と繋がっている可能性だって考えられるし」
「いや、もう流してねーよ。この間、カラオケに行った時に頭下げて断った。もう協力できませんって」
「一応、謝罪動画も残してるけど……確認するか?」
なるほど、2人は本宮先輩の元から離れていたのか。
恋をして、変わりたい。
そう思い、スパイのような真似をやめた。
それなら僕が女装した意味もあったのだろう――多分。そう思うしかない。
そして2人から見せてもらった動画は、冨久山先輩の外れまくっている歌唱から始まった。
この後に謝罪したと言っていたから、許可も取らずこっそり動画を撮っていたのだろう。
動画を見たからと言って、それが証拠になるかと言えば――なる訳でもない。
全員で共謀していたら意味がないからな。
けれど、一先ずはいいだろう。
文化祭終了後に2人の思い人の正体を教えると約束を結び、動画を送ってもらう。
最後に2人と仲直りの握手を交わし、一度解散とする。
そしてその場で待つこと10分。
「あれ? 郡さん? 校門前で何をしているのですか?」
「莉子さんを待っていたんだよ」
これは僕の勘違いであってほしい。
鈴さんが言うことを頑なに否定する僕に、仕方ないと見せてくれた動画。
それが作られた偽物だって証明してほしい。
「……もしや、愛の告白ですか? でもいけません。莉子は莉子だけを見てくれる王子様を待っているのです。ですから、郡さんの――」
「莉子さんだよね?」
違うと言ってほしい。
小野が言っていた、情報を流しているということを否定してほしい。
「……莉子には何のことかわ――」
「裏切り者の正体」
間違えていたら何でも言うこと聞くから。だからどうか、否定してくれ。
だけど僕の願いが――聞き届けられることはなかった。
「…………ばれちゃいましたか」
信じていた。
だから誰よりも早く気付いてしまった。が、気付かぬ振りした。
だからこそ信じたくなかったよ、莉子さん。
莉子さんの裏切り。
そのことがハッキリしたことで、傷心真っ最中の僕にさらなる裏切りが発覚する。
「……あーちゃん?」
「八千代郡……平田莉子を責めるのは筋違い。これは仕方のないことだから」
和解したはずの山鹿祝は、
僕の後ろから莉子さんの隣に移動して、そう告げてきたのだ――。
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