第193話 機敏過ぎて危うく美海を見失うところでした
どうしてこうなった……。
一体僕が何をしたというのか。
あ、いや、結構思い当たる節はあるけど、
こんなことになるとは思わないだろ普通。
昼休み終了後にあった騒ぎがきっかけで、僕は勇者の称号を得た。
本来、勇者とは勇気ある行動で絶望に打ち勝ち、光を照らす存在の人に贈られる名誉ある称号である。
だけど僕が称号を得た理由が理由なだけに、何も嬉しくない。
どちらかというと、とても不名誉だ。
ここまでなら、まだ我慢ができた。
噂さは所詮噂である。事実でなければ時間と共に風化していくからな。
だが――。
これは、最早訂正不可能。どうしようもない。
今もパシャッ、パシャッと。
あるいはカシャッ、カシャッと。
廊下を歩く僕と美波は、携帯やインスタントカメラで写真を撮られ続けている。
つまりこの状況に対して言い逃れのできない決定的な証拠写真の完成ということだ。
さらには多くの女子生徒からは『キャー!!』といった嬌声が、はたまた一部男子生徒からは『あんな可愛い子いたっけか!?』と、可哀想な声が聞こえてきている。
目撃者バッチリで詰んだかと思ったが、意外と僕だって気付かれていないのか?
それならなんとかなるかもしれないが、今はとりあえず美波の頼みに応えるため精一杯頑張ろう――。
――こっち向いてぇ~!!
と、言われれば美波と共に顔を向ける。
――写真一緒に撮りたいです!!
と、言われれば要望に応じて一緒に写る。
それが男子生徒でもだ。最悪だ。
だけど右を向くとご満悦な表情を浮かべる、誰よりも格好良く燕尾服を着こなした美波がいる。
うん。本当に格好良い。
男装の麗人という言葉がよく似合う。
いや、その言葉一つでは収まりきれないくらい格好が良い。
女子たちが美波の格好良さに嬌声をあげるのも肯けるというものだ。
可能ならば僕も当事者にならず、外側から見ていたかった。
だけどこれは、僕が美波に『Bクラスをまとめてほしい』と頼んだことへの対価でもあるから聞かなければならない。
そもそものきっかけは、1年Bクラスが文化祭で出す『コスプレ喫茶』が発端である。
そのBクラス女子が、あることを美波に頼んだのだ。
――幡くんの女装を見たい! お願いっ、美波ちゃん! なんでも協力するから!!
と。
Bクラスをまとめてほしい、といった僕の頼みを聞くため、美波は『貸しね――?』と言って快諾した。
そして美波はすぐさま行動に移った。
僕に幸介を連れて来てと、電話を掛けてきたのだ。
その時は理由が分からなかったが、Bクラスをまとめるために必要と言われたため、美海たちにひと言断り、書道室から幸介を連れ向かったのだ。
到着するや否や、幸介はBクラス女子に囲まれた。
状況を掴めず戸惑っている僕に、国井さんが状況を熱演しながら教えてくれたという訳だ。
国井さんのおかげで状況を把握した僕は、嫌な予感がしたのでこっそり逃げようとしたが、それを察した幸介に阻止される――。
――郡がするなら俺もやってやる!!
と。
遠回しに言えば、一緒に地獄に落ちろという訳だ。要は道連れ。僕の親友はとんでもない悪友という訳だ。
そこからのBクラス女子の行動はとんでもなく早かった。
前後の扉をいち早く抑え、鍵を掛けたのだ。
だがすでに僕は、美波に腕を掴まれているので逃げることなど不可能だし、いつもの『特権』、さらに『対価』がプラスされたことにより観念することとなったのが経緯である。
きっと頭のいい美波はここまで読み切ったから、直接幸介に電話しないで僕を間に挟んだのだろう。
恐ろしい義妹だ――。
美波は燕尾服に着替え、髪をまとめ、幸介はお姫様が着るようなドレスを、僕は黒色のフリフリしたロリータドレスだ。さらに僕と幸介は銀髪のお揃いウィッグまで被らされて化粧まで施された。
そして始まるBクラス内での羞恥心極まる撮影会。
まあ、だけどBクラス内で収まるならいいかと、油断していた。
その油断が命取りで、ある程度時間が過ぎると幸介や美波がコスプレしていると噂が広がり、女装した幸介と男装した美波をひと目見ようと、Bクラス以外の人たちも殺到して、とんでもない騒ぎとなってしまった。
この騒ぎにどう収拾付けようか頭を悩ませていたら、校内放送という天の声が助け舟を出してくれた――。
――八千代郡くん、至急保健室まで来るように。至急かつすみやかに来るように。
Bクラス女子の目的は幸介の女装。
おまけの僕がいなくとも問題ないはず。
それに至急の呼び出しなら向かわねばなるまい。
そう考え着替えようとしたが、美波に阻止された。
どうやら保健室までエスコートしてくれるようだ。
だけど着替えたい。そうお願いしたが、駄目だった。
美波は僕と一緒にこの姿で歩きたいと……。
その結果、不名誉なパレードが開催されたのだ――。
ここ最近は寝不足なせいで集中力が続かない日が多い。
それなのに今は、脳みそフル回転で忙しなくいろいろなことを考えている。
そこに慣れないヒールらしき靴を履いているせいで、足をつまずき、バランスを崩してしまった――。
「おっと――」
「義兄さん――ん? お嬢さん――?」
「ありがとう、美波」
でもお嬢さんと言い直さず、
いつも通りに呼んでくれていいよ。むしろそうしてほしい。
あ、でも、義兄さんと呼ばれたら正体がバレてしまう。
悩ましい。
「お手を――繋ごう――?」
バランスを崩しよろけてしまったが、美波が支えてくれた。
そして、お手と言いつつ腕を組むが、その紳士的行動に一気に女子たちが沸騰する。
耳にキーンと声が響いてくるが、手で耳を塞ぐことは我慢する。
そしてそのまま美波のエスコートにより、保健室まで残りの道程を歩み進んだのだ。
「お嬢さん――また――」
「ありがとう、美波。できれば着替えを持ってきて貰えると助かるな」
「分かった――美海に――渡す――」
「え、ちょっと、美波?」
呼び止めるもすでに話は終わったというばかりに、立ち去って行く。
美海にこの姿は見られたくない。
多くの写真を撮られたから叶うことのない願いであるが、直接見られるのと写真とでは恥ずかしさのレベルが違う。
項垂れたい気分になるが、山鹿さんが保健室の扉を開けたため転ばないように気を付けながら中に進み入る。
「可愛いです。千代くん、可愛いです。これが萌えです。祝、写真撮れです。眼福です」
「もう散々撮られたからいいですけど……月美さん、よく僕だって分かりましたね? 自分でも自分が分からなくなるくらい見た目が代わっていると思うのですが?」
「千代くんはカラフルです。見間違う訳ないです。唯一無二です。それより写真です」
服装のせいもあるが、化粧の技術が凄い。
そのため廊下を歩いていても、僕だと気付いた人は少なかったかもしれない。
もしかしたら、気付いた人がいない可能性もある。
頼まれて写真を撮った人の中には長谷と小野もいたが、全く気付いていなかったからな……複雑だ――。
そういった理由もあり、ひと目で僕だと気付いた月美さんに驚いたのだ。
まあ、山鹿さんが一緒だから気付いた可能性もあるが、月美さんは違う理由を口にした。
聞いてもよく分からなかったが、カラフル……確か前も言っていたな。
もしかしたら月美さんは人と違う世界を目にしているのかもしれない。
ちなみに僕と幸介に化粧を施した人は、美波の友達というか、付き人でもある国井さんだ。なんでも、国井さんの趣味はコスプレらしく、そのためこういった化粧を普段から研究していると。
僕と幸介、美波が着せられている衣装すら国井さんの手作りだとか。
だから莉子さんは国井さんを『志乃師匠』と仰いでいるのか。
その国井さんだけれども、男装した美波をひと目見て『てぇてぇ』、そう言って眠るように気を失った。
そのため今はBクラスの隅で横にされているはずだ。
どんどん個性が強くなるな、国井さん。
この短時間で数百枚撮影したと豪語する山鹿さん。
そこからさらに月美さん、山鹿さんとそれぞれツーショット写真を撮り終えたところで、ようやく満足したのか、呼び出した本題に移っていく。
「千代くん、聞きたいです。覚悟を問うです」
ホクホク顔から一転、凛々しく真面目な表情となる。
凛々しい表情を作ったとしても、次に口から吐き出される言葉は、大抵冗談のようなふざけた内容だ。
だから今回も同じかもしれない。
肩ひじ張る必要がないかもしれない。
適当に話を聞いたっていいかもしれない。
だが、今――。
月美さんから発せられる空気が、雰囲気がそれを許さない。
緊迫した空気が保健室を支配する。
僕は月美さんが作り出した空気に気圧され、言葉でなく頷きで返す事しかできなかった。
「勝つ気、あるです? 千代くん、まるで感じないです。やる気あるです?」
「当たり前じゃないですか。月美さんはそのことを――」
「千代くんは甘々です。優しいです。特に女に甘々です。長所です。そんなとこも好きです。でもです。今は短所にもなるです。勝負に優しさは不要です。非情も必要です」
淡々と言っているように聞こえるが、その表情は豊かである。
まるで恋する乙女のような表情を浮かべたかと思えば、面白くなさそうな表情を作り、やれやれといったような仕方ない人を見るような表情をし、最後に冷淡な表情で、温度のない目で僕を射抜く。
「千代くん、本宮は女です。でも――」
「確かに、女性に甘くなることは多々あります。それは自覚しています。ですが、これは僕の願いを叶えるための勝負です。それに最早これは、僕だけの願いじゃなくなりました。だから、相手が女性だとしても手を抜くことはあり得ません」
「分かったです。千代くん、噂があるです」
ここで保健室内に蔓延していた緊迫した雰囲気が霧散する。
「噂……ですか?」
「はいです。両方いけるです?」
言葉が足らず、何に対しての両方なのか分からないので、オウム返しのように聞き返したが、返ってきた言葉に愕然としてしまう。
「男も好きです? その意味の両方です。両刀とも言うです。好きです?」
月美さんにこんな変な質問をされたことはきっと、元樹先輩との噂のせいだろう。
だがおかげで、さっきまであった緊張した空気が嘘のようになくなった。
弛緩した表情をしている月美さんのせいもあるが、後ろにいる山鹿さんから、笑いをこらえる声が聞こえてきているからだ。
「…………恋愛的な意味でなら、僕は女性が好きです」
「もう一度です。女でも本気出すです?」
「もちろん。本気でやります」
「男でも本気出すです?」
まだ噂を疑っているのか。
笑いのツボに入ったのか、最早、山鹿さんは我慢しきれていない。
あとでお仕置きだな。
「それこそもちろん。ハッキリ、断言しますが、相手が男でも女でも僕は本気で相手になります」
「女装で言われてもです」
「放っておいてください」
最後のやり取りを聞いた山鹿さんは、とうとう腹筋を崩壊させた。
こんなに笑う姿は珍しい。というより初めて見た。
山鹿さんは『呪う』と言っている姿より……弱々しく『呪う』と口にする姿も可愛らしいが、でもやはり、こうやって笑っている方が圧倒的に可愛いと思う。
笑わせた理由を考えたら素直に喜び難いが、記念に動画で撮っておこう。
何かに使えるかもしれないからな。
あと、月美さんはデコピンです……なんでそんなに嬉しそうなんですか?
いいからやれって? いきますよ?
「――あうっ……これが愛の痛みです」
「はいはい」
両手でおでこを抑え、涙目になりながら、世間話するかのように、結構重要なことを告げてきた。
「段取りしたです。明日の昼です。前会長と会計も来るです。頼んだです」
明日は金曜日。つまり元樹先輩と学食で会う日。
そこに前生徒会長の田村将平先輩と、今はあまり関わり合いたくない横塚先輩も来るということか。
「さらっと大事なことを…………でも、ありがとうございます」
「ツンデレです。ご馳走様です――あうっ」
デコピンの御代わりをして話し合いは終了となるが、最後はやはりいつも通りに締まらない。
――では、また。
と、保健室を退出しようと思ったが、扉を開く前に重要な事を思い出す。
僕は女装の真っ最中だ。
そして着替えは美海が持ってくることになっている。
するとタイミングよく保健室の扉をノックする音が鳴った。
「どうぞです」
「失礼しま…………」
扉を開けた目の前に、学校に似つかわしくないロリータドレスを着た人がいたから、固まってしまったのだろう。
だが固まったのは一瞬だった。
そこから機敏な動きで入室し、『ガチャッ』と鍵を閉め、そして――。
「こう君? こう君だよね!? かぁ~~~~わいぃぃぃ~~~~!!!!!!!!」
この日最後の撮影会が始まったのだ。
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