第192話 美海に告白する日は決めている

 文化祭準備期間2日目の木曜日。

 昼食を取ってから手洗いを済ませ教室に戻ると、何やら騒然とした様子だ。


「な? 別にいいだろ上近江ちゃん。お願いだよ、俺を助けると思ってさ」


「すみません、横塚先輩の頼みを聞くことはできません」


「別に前みたいに付き合ってくれって言っている訳じゃないんだしさ、これくらいよくない? それともすでに誰かを騎士に選んだりしてるの? それなら俺も諦めるけどさ、まだなら俺を騎士に選んでよ? 減るもんじゃないだろ? 別に」


「まだ私が四姫花に選ばれるかも分からないですよ。それにもしも、光栄なことに選ばれたとしても……そんな適当に騎士を選んだりしてはいけないと思います」


「か~~、厳しいぃ~~……どうしても? 騎士にしてくれたら――」


 諦める姿勢は一切見せず、騎士にしてくれと美海に頼み込んでいる人は3年生。

 前生徒会役員会計担当の横塚先輩。


 元樹先輩や前生徒会長と幼馴染らしいが、僕は直接絡んだことがない。


 そのため、この人について知っていることは噂話程度だ。

 以前、6月のことだ。


 美海に聞いた訳でないから事実かどうか分からない。

 だが、幸介から聞いた話によると、生徒会の3年生、つまりは横塚先輩が美海に告白したといった噂があった。


 過去に付き合ってほしいと言ったことを、たった今、堂々と口にしていたから事実なのだろう。


 それともう一つの噂。

 横塚先輩は1年生から人気の高い先輩らしい。


 背も高く、すらっとした手足。流行りのヘアスタイルかどうか、疎い僕には判断が難しいが、派手だけど綺麗に整っている。


 こうした見た目から判断すると、後輩から憧れの的になるというのも肯ける。

 人を見た目で判断してはいけない。


 けれどそうだな……他にも、口調や話す距離感から判断すると、凄くチャラそうに見える。

 今も美海に触れようと手を伸ばそうとしている。


 ――は?


 心の底から湧き上がる黒い感情を自覚した。

 そして自覚と同時に足が前に出た。


 だが、僕が阻止しようと動くよりも早く、横塚先輩を止めるため動いていた生徒会役員がいた。


「生徒会の山鹿祝です。横塚優次先輩、これ以上軽薄な行動は慎んでください。風紀が乱れます」 


「……これくらい、前は普通だったろ? それに風紀委員でもないんだから」


「前は前、今は今です。前生徒会役員でしたら、生徒会の職務はご存知かと」


「チッ……少し話すくらい――」


「とても少しには見えませんでした。反省文、書いてもらうことになりますよ? 場合によっては、内申点への影響も考えられます」


 背の高さをこれでもかと利用する横塚先輩。

 上から見下すように山鹿さんを睨みつける。

 が、山鹿祝は毅然とした態度を崩さず一歩も譲らない。


 それが気にくわなかったのか、もう一度舌打ちしてから背を向けた。

 最後は扉を乱暴に開けて、教室から立ち去って行った。


 失礼な物言いで余計なお世話となるが、あの先輩に憧れを抱く人は見る目を養った方がいいと感じた。


 舌打ちや扉という物に当たる行いもだが、女性を睨みつけることは紳士じゃない。

 とても不愉快だ。


 前生徒会3年生の協力は必要だが、横塚先輩には頼みたくない。

 独裁を目指すくらいなのだから、清濁併せ呑んだ方がいいかもしれない。


 だが心がごねてしまう――。


「祝ちゃん、庇ってくれてありがとう。でもごめんね……怖かったよね?」


「私は私の責務を果たしたのみ。だから美海ちゃんが謝る必要はない。何も悪くないんだから。それに……ふっ。本物の敵意と比べれば、あんなものはお可愛いレベル」


 横塚先輩のせいでシンとした教室だったが、山鹿さんが口にした冗談を皮切りに再び騒がしくなる。


 ――ちょっと幻滅。あんな先輩だと思わなかった。

 ――そう? 私はあの感じもワイルドで悪くないと思ったけど。

 ――つか、やっぱり上近江さんが四姫花確定なのかな?

 ――確定だろ。元生徒会の先輩が騎士にしてくれって懇願してんだから。

 ――それよりもさ、山鹿さん格好良かったね!?


「「「「「――確かに!!!!!!」」」」」」


 注目されることや、言われ慣れない称賛に照れくさくなったのか僕の後方という定位置に、姿を隠すように戻ってくる。


 その様子にクラスメイトたちは温かな目線を向けてくるが、僕が壁となり山鹿さんに視線が届くことはない。


 えっと、そんな恥ずかしかったの?


 うるさいって……じゃあ、掴んでいる手をブレザーから放してもらって――。

 分かった。いいよ。だから呪うのは勘弁。


 もう何度目になるか分からないが、これまでも似たようなやり取りをしてきた。

 そのせいで、このやり取りすらも楽しく感じるようになってしまった。


 呪われそうになっているはずなのにな……おっといけない。

 そんな風に考えると言うことは、すでに呪いに掛かっているのかもしれない。


 騒がしくも明るい話題で盛り上がる教室の隅で、そんなことを考えていると、否定的な声が耳まで届いてきた。


「でもさ……横塚先輩が言っていたように、前は普通だったよね? ちょっとくらい話すのって」


「確かになぁ。今みたいに話せなくなるのは嫌だな……ずっと文化祭が続けばいいのに。それか――」


「風紀委員会なんて無くなれっつーの」


 反感を抱きつつも慣れ始めていた厳しい締め付け。そして一時的な開放。

 一度緩くなった校則を思い出してしまったら、

『もう戻りたくない』『このままがいい』そう考えてしまうだろう。


 こんな校則を騙し打ちのように制定させた風紀委員会に対して不満を抱くのも仕方がない。


 日を追う毎に不満が溜まり、やがて爆発するまでに至ることだろう。

 その中でも特に割を食っている五十嵐さんからも不満の声も聞こえてくる。


 五十嵐さんや順平、他の生徒に風紀委員会、鈴さんに対して罪悪感を覚えるが、やりきるしかない――。


「余計な雑音など気にせず、八千代郡はすべきことする。ただそれだけ」


「…………叱咤激励どうもありがとう」


「礼を言われる筋合いはない。最後まで見届けるため、私は八千代郡の傍にいる」


「莉子さん風に言うと、ズッ友ってやつだ。それなら山鹿さんとは一生の付き合いになるね」


 ズッ友が気にくわなかったのか、黙ってしまった。

 そう思い振り返るが、僕の動きに合わせて僕の後ろに回り込んでくる。


 次は回り込むことができないように、壁を背にして山鹿さんを見ると頬をうっすらと染めていた。


 すると、美海を助けた時に見せた格好良い姿とは、逆の姿を見せてきた。


「み、みるなよぉ…………」


 弱々しく言葉を吐き出し、けして目を合わせようとしない山鹿さん。

 過ごす時間が増えるにつれ、無防備な姿や恥ずかしがる反応を見せてくれるようになっていたが、こんなに可愛い様子は初めて見たかもしれない。


 どこの琴線に触れたか分からなかったが、まあ、うん。


 今後何か怒らせてしまうようなことがあったら、『ズッ友』と言ってみることにしよう。


 小狡いことを考えていると、心配するクラスメイトたちに囲まれていた美海の周りが開けた。


 だから、僕も心配の声を掛けに移動することにした。


「上近江さん、平気? 災難だったね」


「うん、八千代くんの後ろで頬を染めている祝ちゃんのおかげで大丈夫だよ。でも……八千代くんこそ平気?」


 まだ頬を染めたままなのか。

 振り返りたい気持ちもあるが、今は美海が言ったことに対してだ。


「上近江さんが無事なら良かった。でもえっと、ごめん。平気って? 何に対してか分からないんだけど?」


「凄く、その……怖い顔していたから。多分だけど、横塚先輩の協力も欲しいよね? それなのに――」


 けして表情には出ていなかったはず。

 それなのに美海は、僕の黒い感情をあの一瞬で離れた位置から感じ取った。


 本当に勘が鋭い。


 それに、僕を分かってくれているということだ。

 そのことは素直に嬉しいが、美海は一つ勘違いしている。


 美海が横塚先輩の望み通りに騎士にすると約束したならば、確かに生徒会の協力は得やすくなったかもしれない。


 だが、断った。

 美海はきっとそのことを気にしているのだろう。


 そして黒い感情の正体は、美海に触れようとした横塚先輩に対して抱いたものだ。

 美海に対してじゃないし、僕が美海に向ける訳がない。


「大きな声で言うには恥ずかしいけどさ、上近江さんに触れようとした横塚先輩に思う所があっただけ。多分僕は妬いたのかもしれない。でも、僕が勝手に上近江さんへ、その感情のせいで上近江さんを怖がらせてしまったりして、ごめん」


 俯き気味だった美海が『バッ』と顔を上げた。

 その表情は驚きであり、瞳も普段より開いているように見えた。


「――ッ!? こ……八千代くん? それって――」


 美海が驚くのも仕方ない。

 周囲には何人ものクラスメイトが会話の聞こえる距離にいるのだ。


 それなのに僕は堂々と通常の声量で、好意を抱いていると宣言したのだから。

 そしてやはり、僕と美海の会話が聞こえていたクラスメイトが騒ぎ立て始める。


 ――え……今、うちらの扇動者、上近江さんに遠回しに告白してなかった?


 ――八千代くん……狙っていたのになぁ。上近江さんが相手じゃ諦めるしかないよぉ。


 ――あいつ勇者か!? 文化祭前に鉄壁姫に特攻するなんて。


 ――上近江さん赤くなってない?


 ――ね! 初めて見たかも……可愛い。満更でもないのかな?


 と。

 いろいろと突っ込みたいこと満載だが、それらを無視して美海に声を掛ける。

 あ、でも、赤く染まる美海が可愛いのは全力で同意したい。


「八千代くん、モテモテだね?」


 おっと、心の中で同意していたら先に言われてしまった。


「とりあえず、移動しない?」


 ――場所変えて告白か!?

 ――いいなぁ、私もあんな大胆に告白されてみたい。


 外野の声が気になって仕方ない。

 あと移動したいと言ったのは教室から部室に、という意味で告白のためじゃない。


 告白は約1か月後の12月23日と決めている。


 それまでに、いろいろ整えさせてほしい。


「幸介や佐藤さん、莉子さんたちと一緒に部室にね」


 ジと目で僕を射抜いてくる美海。

 僕でなければ気付けないくらい、若干だけ頬を膨らませているような気もする。


「八千代くんは私のことも――幡くん、望ちゃん、莉子ちゃん、祝ちゃん、涼子に関くん、おトモダチみ~~んなのことが好きだもんねっ! でもね、女の子に対して勘違いさせるようなことを、やたらめったら言ったりしない方がいいからねっ。はい、この話はおしまい。文化祭の準備始めよっ!」


『だよな』と嘆くような、安堵したような声が複数届いた。

 その声の理由は簡単に察することができる。


 多分、美海は僕が告白した訳でないと判断したから『友達』を強調した。

 そして『これは告白じゃないよ』と、周囲に伝えて有耶無耶にしようとしてくれた。


 でもその意図を理解できたのは、美海に近しい人たちだけだ。

 それ以外の人たちはきっと、こう捉えたことだろう――。


 ――私と八千代くんはただの友達だよ。だから気持ちには応えられない。


 と。

 そしてその噂、つまりは僕、八千代郡が上近江美海に玉砕したという誤った話は瞬く間に広がることになった。


 そしてそれと同時に『勇者』の誕生。


 さらに『鉄壁姫』の異名が前以上に轟くことになった。

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